「ついに‥‥‥」
レミリアが肩を震わせる。その横では目の下に立派なくまを作ったパチュリーが、自らのヒットポイントを使い果たして机に倒れこむ。限られた情報と材料しか与えられず、それでもここまで漕ぎ着けられたのはひとえにパチュリーの功績だ。むしろ9割くらいはパチュリーしか働いてない。残りの1割は材料を集めてきた咲夜と美鈴で半分こ。
「ついに、完成した!」
完成した『ロケット』の構造図と、並び立つ材料たちを見て瞳を爛々と輝かせるスカーレットデビル。まるで自らの力で完成させたような言い方であるが、こちらの吸血鬼様は作業遅延となる要素しか生み出していなかったりする。
やれカリスマ性が足りない、やれ見てくれが悪いといらぬ指示ばかり飛ばしては、最終的に「ん~、ボツ」の一言でバサリと切り捨てるので、可愛そうな彼女の友人は振り回されてばかりだったが。これでようやく解放される。
「さぁ、早速飛ばすわよ!」
テンション上がりっぱなしのレミリアだが、紫魔女は深い眠りの中。
◇
んでもって、気を取り直してその翌日。
快晴の空の下、咲夜の掲げる日傘の中でレミリアは一つ咳払い。
そして自らの従者からマイクを受け取ると、
「諸君、時は満ちたわ!」
熱くなるレミリア。その上空ではプリズムリバー楽団がレミリアのテーマ曲を演奏中。
紅魔館前に集まった観衆達は彼女の美声の前に。
揃って手で耳を塞いでいた。
「お嬢様、しばしお待ちください。マイクの音量設定が」
「まったく、準備悪いわね」
マイクを口元に構えたまま、電源も入ったまま自らの従者に向かって続けざまに放つ小言は咲夜の耳には入らない。耳栓してるから。でも、そんな咲夜が音量つまみを弄っている間も回りの妖怪たちにはキュンキュン音が直撃中。迷惑千万である。
「お待たせいたしました」
「うむ」
気を取り直してもう一回咳払いを終え、改めて正面を見据えたレミリアが演説を始める。
「今日、私達は一つの大きなことを成すわ。
宇宙、空への旅。我々はその第一歩として月へ到達しようとしている。そのためにロケットプロジェクトを立ち上げ、多数の理解者と協力者を得て今日ここに至ったわ。
我々は一丸となって一つのものを完成させた。この事実はスカーレットのみならず、この幻想郷史上においても重要な一歩であり、歴史にその名を残すことになるでしょう。非常に名誉なことであり、誇りである」
レミリアが言葉を紡ぐ度、プロジェクトに関わった妖怪たちは―――主に紅魔館メンバーと材料たちは―――ようやく努力が報われると涙した。
ここに完成を見るまで費やした時間を考えれば感動もひとしお‥‥‥‥文書解読に3週間(パチュリーの仕事)、材料集めに1時間、軽量化の設計図作成作業に5日(パチュリーの仕事)、予行練習に2時間、演説ステージ用意に1時間。長い道のりであった。
BGMは1ループして、今度は「月まで届け、宇宙ロケット」に変わっていた。
レミリアはなおも続ける。
「だがまだだ!
名を残すのであれば、同時に素晴らしい成果を後世に伝えねばならない。我々は成功者として、勝利者として、英雄として歴史の1ページに名を刻む!
スカーレットの名にかけて誓おう。このプロジェクトに失敗はない!」
熱弁を振るい続けるレミリア。それに紅魔館前に集まった観衆は期待に胸を膨らませた。歴史が動くその瞬間を目に出来るという期待にボルテージは上がっていく。
「それでは、我らの夢を託す宇宙飛行士を紹介しよう!」
言葉とともに背後を振り向くレミリア。
紅魔館の正門。
ゆっくりと開かれるその先から姿を現した宇宙飛行士たち。堂々と歩むその姿は、確かに貫禄があった。
「補助ロケット担当、伊吹萃香!
同じく補助ロケット担当、星熊勇儀!
メインブースタ担当、霧雨魔理沙!
月面着陸船担当、霊烏路空!
艦長兼シャトル担当、八意永琳!以上5名が空に舞う。勇士達に、敬礼!」
どこで覚えたのかきれいに敬礼を決めるレミリアに、なんでかテンションの高い5人の宇宙飛行士も敬礼を返す。
その時、観客側から飛び出してくる影があった。少女達は他に目もくれず、飛行士達の下へ駆け寄る。宇宙飛行士たちの家族だ。
「ちゃんと帰ってきてね、永琳」
「姫を一人にはさせません。必ずや戻ってきます」
「骨は拾ってあげるわ」
「縁起でもないこと言うなよなぁ。ボチボチがんばってくるから、見ててくれよ霊夢」
「えぇ。行ってらっしゃい」
「こ、これ!地底のみんなから二人にって」
「パルスィ、そう心配しなさんな」
「別に、心配なんて‥‥‥。お空も、しっかりやってきなさい」
「あいあいさ!」
「失敗したらその瓢箪取り上げね」
「それで紫がお酌してくれるならどうぞどうぞ。まぁいいや、ちょっと行ってくる」
フラグ立ても滞りなく終了しました。
咲夜と美鈴、それに小悪魔が「危険です、下がって下がって」と霊夢を始めとする観客たちを飛行士たちから遠ざける。3人に押し戻されながらも名残惜しんだ霊夢が魔理沙に向けて手を伸ばすと、魔女は親指を立ててそれに答えた。後には何も言わず、霊夢は黙って観衆の波の中へ。
ただしいろけっとのくみたてかた。
説明しよう!
永琳がリュックを前に掛け、自分の正面に。
その状態で空をおんぶする。
萃香の肩の上に、永琳はトーテムポール風に立つ。落ちないよう萃香は永琳の足をがっちりと掴んで固定。
魔理沙を挟んで、勇儀が萃香を抱きかかえる。鬼二人にサンドイッチされた魔理沙は両手に八卦炉を掴み、放出口を下に向けた。
説明終了、準備完了。
「組み立て正常終了」
『NASAよりアポロへ。これより最終チェックに入る』
プリズムリバー楽団はまだまだ演奏中。メルランはトランペットで酸欠気味。
その素晴らしきBGMを背にして管制塔、もとい紅魔館館内に移動したスタッフ達。その居城から、レミリアはぬえの頭の上に乗せたアリスの人形無線でロケット側のクルーと会話する。ロケット側の無線人形はリュックに積んであった。UFO娘を使うことでNASAを表現することに成功した、とパチュリーは思っている。
さてそのリュックサック。中には他にもケーキ一式が積んであるが、逆に言うならば他のものは一切積んでいない。
一切、である。パチュリーがその出力からの最大積載量を計算し、宇宙服だの推進剤だの酸素だの食料だのといった余計なものはすべて省き最軽量を実現したロケット。足りない推力はこれで補う。
「管制」
『OKよ』
「整備班」
『ロケットに異常なし』
「飛行観測班」
『配置に付きました、いつでもいけます』
「気象班」
『快晴、風も極微風。打ち上げに支障ありません』
パチュリーが、にとりが、椛が、衣玖が。
呼びかければ人形無線越しに声が届く。ロケットだけではない。それを支える者がいて始めてこの事業は成功を見るのである。
サポート組のチェックを終えた。あとは、ロケット本体のみ。
◇
瞑想して時を待つ永琳に、管制から通信が入る。
時は来た。
『永琳へ、準備はいいわね?通信』
「感度良好」
『計器確認』
「ケーキチェックを開始。すべて積んでるわ」
『スペルカード』
「アポロ13、セット完了」
『ブースターおよびイーグル』
「チェック、オールグリーン」
永琳のGOサイン。
『了解した。全班へ連絡、これより打ち上げシークエンスを開始する。発射1分前』
「整備班。セーフティ解除、総員退避!」
組み立て失敗を想定し、シャトルの周囲に待機していたにとりがオンバシラセーフティを外して退避令を出した。ロケットを支えるために縦置かれていた御柱が、ロケットを中心に放射線状に倒される。花の中心から、空へ舞おうとするロケットの雄姿が観衆の目に。
『パチュリーよりロケットへ、発射カウントダウンを開始する。発射31秒前。30、29、28‥‥‥』
「エンジン出力問題なく上昇中。異常なし」
「本当に成功するんだろうね?」
魔砲の充填を続ける魔理沙へ、勇儀が疑いをかけてくる。アームストロング2名とマスタースパークの出力、緊急対応マニュアルまで用意して臨んだロケット発射であるが、それで本当に宇宙まで飛びたてるのかと。
しかし魔理沙は瞳を閉じたまま静かに、疑いなく言い放つ。
「私達には厄神様がいる」
紅魔館より遠方、妖怪の山では高速スピンを続ける雛がいた。幻想郷全体の厄を集めて遠くから見守ってくれるお守り。ロケットから迸るただならぬ量の災厄の波動は、すべて雛が集めてくれる。
「雛様がいる限り、失敗はない」
「だね。よぅし、気合入れるよ」
『15、14、13‥‥‥』
「空へ飛ぶんだ。必ず月に届ける」
「見ていてくださいさとり様。空は必ずやり遂げて見せます」
『3、2、1、』
カウントは進み、
それぞれの思いを胸に。
『リフトオフ!』
「マスタースパーク、点火!」
同時、地面に向けていた八卦炉から膨大なエネルギーが放出された。周囲に粉塵が舞い、観客からはロケットを視認できなくなる。
見えない不安に、まさか飛ぶことも出来ず散ってしまったのか?飛行士達の安否は?最悪の結末を脳裏に浮かべて戦慄する霊夢たち。しかしすぐ数秒後には土煙を切り裂いて空へと向かうロケットをその瞳で捕らえ、ひとまずは安堵する。
『上昇開始を確認。カウントを開始。5,4,3,2,1、フェイズ2へ移行』
「了解、ダブルマスタースパークへシフト」
1条だった光線が2本に増え、一気に加速するロケットはさらに高度を上げる。魔砲の範囲が広がったために下にあった紅魔館の門が吹き飛んだが、美鈴以外は誰も気にしない。
青空へと飛び立つ姿を見れば順調かに思える。事実ロケットは確実に宇宙には近づいていたが、それはパチュリーの計算を超えていた。
椛から凶報。管制室が一気にざわめく。
『飛行観測班よりNASAへ報告。ロケットは予定より7秒遅れてポイントAに到達』
『まさか、私の計算に狂いなんて‥‥‥高度が足りないわ。もっと加速して』
「そうしたいんだが八卦炉のエネルギーが尽きそうだ。フェイズ3に行けないか?」
『今やってしまったら確実に足りなくなるのよ』
魔理沙のエネルギーは、きちんと計算した必要量に加えて多めに充填していたはずだ。こんなに早い段階で足りなくなるなどありえない。予行練習も十分行っているから魔理沙が制御に失敗しているとも思えない。
パチュリーは設計図と出力計算を再確認する。計算違いなんてあるはずが‥‥‥‥、
あ。
「総重量が違ってる」
「なんですって?」
「あなた、私が3日かけて出力計算を終えた後、最後の最後になって咲夜に計器増設させたでしょう?750グラムがリュックの重量に加算、それで計算が狂ったんだわ」
疲れていて、この不安要素たる友人が仕掛けるトラップに気づけなかった。
このままではロケットが墜落する。
ロケット側も心中穏やかではない。パチュリーとレミリアのやり取りが無線で駄々漏れだったから。
しかもタイミングの悪いことにダブルマスタースパーク、放出終了。
「まずいぜ。霊力からっけつだ」
魔理沙が眉をひそめる。もちろん、最後の魔砲のための霊力は残しているがそれは使うなとパチュリーのお達しだ。
「何、墜落確定?」
「あたしらは妖怪だからまだいいが、この高さじゃお前さんは精肉所行きだね」
「いざとなったら飛んで逃げるから心配には及ばないぜ」
鬼達と冗談めかして話すが現実そうなるとどうなるのかを想像し、どうしたもんかねと困惑していると、
『聞こえる魔理沙?今から人形を介して魔力を送るわ』
無線越しにアリスの声が響く。
「なるほどマリス砲か。よしわかった、いつでもいける」
『距離が離れてるから供給できる魔力は一回分しかない、補助魔力が切れた瞬間に最後のスペカに切り替えて。行くわよ』
供給が開始され、レーザーの色彩が変わった。
マリス砲使用によって不足していた出力は補えたが、急激な加速はロケットに負担を強いていた。リュックサックの中身をチェックしていた永琳が嘆く。
「モンブラン全損。シュークリームも中身が出てしまっているわ、指示を」
『仕方ないわ。大丈夫、パウンドケーキとシフォンケーキの信頼性は抜群だから全滅はしないはずよ』
空中分解しずらい的な意味で。
その「信頼性の高い計器」は最後にレミリアが積んだものだったので結果オーライ、さんざか足引っ張ってくれたけどやっと役に立ったわねと誉めるべきか。用意したの咲夜だけど。
『補助エネルギー終了まで3、2、1、今』
「ファイナル・スパーク!」
温存していた最後のスペカを開放、3段階目のこの加速で一気に月までの距離を稼ぐ。
『永琳。そのままだと積載量オーバーだから故障した計器をそのまま投棄して。予備一式を捨てても構わない、少しでも軽くするわ』
「わかったわ」
こればかりは致し方ない。持っていっても使えぬのであればと、永琳がリュックの中から損傷したシュークリームやアップルパイらを空中投棄していく。ロケットから取り外されたケーキたちは虹川3姉妹がおいしく食す。
グラム単位で軽くなったロケットは更なる上昇を続け、
『ポイントBまで残り500。400‥‥250‥‥150』
「勇儀」
「あいよっ!」
永琳に呼ばれた補助エンジンは左腕に魔理沙を抱え、右手一本で萃香の角を掴んで残る3名の重量を支えた。
『ゼロ。パージ』
「魔理沙、踏ん張りな!」
そして、シャトル側を宇宙に向けてぶん投げた。反動で魔理沙と勇儀の高度ががくんと落ちる。
持てるエネルギーをすべて放出し、シャトルから切り離されたメインブースタと第一補助エンジンはその身を重力に任せながら、空高く飛んでゆくシャトルを見送る。力を使い果たし、飛ぶことも出来なくなった二人は楽団娘のルナサとメルランが空中回収した。
だがこれで終わりではない。
力の勇儀といえど足場の不安定な場所で、それも片手では本来の馬力を出すことが出来なかったのだ。いまだ大気圏内にいるシャトルにはもう一段階ブーストが必要。
だから、そのためにアームストロングは二人居る。
『頼んだわ小鬼』
「さっきも思ったんだけどケーキ積みすぎじゃない?重量オーバーって奴」
『損壊した分なら食べていいけど』
「酒には合わないからパスで。じゃ、」
シャトルは失速寸前。萃香はシャトルを肩から外して両足を振り上げた。すべての力を腕に萃め、
「行って来い!」
高く、空高くシャトルを打ち投げた。最大級のGがシャトルを襲い、肉体が軋むがそれでも二人は黒色の大海へとただ飛翔する。
自然落下していく萃香は瞬きもせず、宇宙へと旅立つロケットを見つめる。
ロケットは豆粒大になって。
やがて地上の者達から姿を消した。
◇
山頂に陣取り、最後までその姿を追い続けた飛行観測班、千里を見通す程度の目を持つ椛は、手元の人形を使ってパチュリーへ報告を入れた。
「飛行観測班よりNASA。ロケットの視界外離脱を確認、当班は任務終了します」
『了解。発射ミッションは無事成功したわ。以後はこちらで引き受ける、任務ご苦労様』
任務を解かれる。
リリカが萃香を拾い上げたことを見届け、帰路へ。
仕事はまだ終わらない、これから住民達に配る速報新聞を文と共に作らなければならないのだから。
でも、忙しいけれど、ロケットは無事宇宙へと旅立った。それでいいじゃないか。
麓から歓声が上がる。
観客達が、見事役目を果たして帰参した飛行士達を温かく迎えていた。
『紅魔館、こちら静かの基地。イーグルは着陸した』
人形通信で送られたその報は、興奮冷めやらぬ幻想郷を熱狂に包んだ。
無事にケーキを豊姫達に渡してお礼の手紙を受け取った二人は、一路地球への帰還コースに入ったのだった。
総責任者、レミリア・スカーレットは後の記者会見にてこう語る。
「さすがの私もアレで飛べるとは思わなかった。ん、大気圏突入?気合でいける」
遅れて?
まさかケーキを届けるためにwwww
そして、はやぶさもお疲れ様でした!
文字通り星になりそうだ.....
再突入時はえーりんがお空を庇って、燃え散るそばから再生して熱を遮断
大丈夫、帰って来れます!
……多分
アリスを含めて、今、全ての人々(妖怪・鬼・神その他含む)が確実に成長した。
それは幻想郷的な目で見れば極めて小さな、緩やかなものだったかもしれない。
だが、これらの人々(人外含む)は大きな満足感を抱いていたのは確かである。
時に香霖堂世紀2007、42月16日。у(うー☆)任務部隊、任務完了。
その頃、八雲紫はスキマを使って届けられたケーキをつまみ食いしていた。
こうですね、わかります。