「ふぅっ。さすがに熱かったわ……」
「紫様。いくらなんでも無茶しすぎです」
境界を操る大妖怪『八雲紫』
その両腕は黒く焼け焦げていた。
自慢の高価そうなドレスも半分近く燃えてしまっていて、もう台無しである。
「こんなやけどすぐ治るわ。それよりも落下地点が大分ずれちゃったわね」
紫が視線を向けた先にあるのは博麗神社である。
彼女が両手を犠牲にしてまで手に入れたかった物は、神社の付近に落下したようだった。
「湖に落とす予定が変わってしまいました。すぐに追います」
「それは私が行くわ。藍は着替えを持ってきてちょうだい」
紫がかろうじて原形をとどめている指先を虚空に這わせると、そこに人一人通れる程度の入り口が開いた。
「このままじゃ風邪ひいちゃうわ」
「それは大変ですね」
クスクスと小さく笑いながら、紫の式神である八雲藍がその空間に身を滑り込ませて消えた。
「ねえルナ、サニー。これ何だとおもう?」
「鏡みたいにも見えるわね……ちょっと変な鏡」
「なんでもいいわよ。空から落ちてきたんだからお宝に違いないわ!」
博麗神社の裏手にある森に突如落ちてきた謎の物体に、三人の妖精は興味津々だった。
夜も更け、これから寝ようという時に三人が最近住み着いた巨木の目の前にそれは落ちてきた。
サニー、ルナ、スターの三人の妖精が覗き込む先にあったのは、手の平に乗るほどの小さな青く光る板状の破片である。
謎の落下物を囲んで、ああでもないこうでもないと議論に花を咲かせる三人の妖精。
「あら、先に拾われちゃったのね……」
「うわっ。ごめんなさい!」
突然、三人の頭上から女性の声が降ってきた。
その声に、反射的にサニーは謝り、ルナは腰を抜かし、スターはそんな二人の影に隠れる。
「謝ることはありません。こんな格好で失礼」
「あなたは……確か紫さん……?」
「あら、覚えていてくれたのね」
三人の目の前に降り立った紫。
着替えはまだ届いていなかったが、その腕はすでに何事もなかったかのように元に戻っている。
「それはあなた達が拾ったのだから、もうあなた達の物です。大切に持っていなさい」
「えーと、あのぅ……これは何なのですか?」
恐る恐るサニーが代表して紫に質問をした。
大事にしろと言われても、その正体がわからないのでは大事にしようがないと思ったのだ。
「それは外の世界で気の遠くなるような長い長い旅を終えた夢の翼。七年もの旅を終えてようやくこの星に戻ってきたのです」
「外の世界の!? そんな貴重な物を私達が貰っちゃっていいんですか?」
「本来ならば跡形もなく燃えてしまった物です。その儚さもまたロマンチックなのでしょうけど……」
紫は宙を見上げて独り言のように呟く。
「外の世界で失われたものだからこそ幻想郷には相応しい。たったひとかけらだけですけど、こちらに持ってきちゃいました」
「えーと……それならやっぱり紫さんの物なんじゃ」
「ふふ……貴女達に拾われたのも何かの縁なのでしょう。大事にしてくださいね」
それだけ言うと、紫は再び空に舞い上がった。
「ごきげんよう」
「紫様。妖精なんかに預けてよろしかったのですか?」
いつの間にか戻ってきた藍が呆れたように言う。
両腕が焦げるほど苦労して手に入れたものだというのに……。
「あの子たちは星の名を持つ妖精。ならばアレが引かれるのも無理はなかったのかもしれない」
「そういうものですか」
「そういうものよ。さて、今日は呑むわよ」
勇者に乾杯!!