「髪、随分と伸びたわね。少し梳いてあげよっか? もうじき夏だし、少し軽くしたほうがいいんじゃないかしら」
咲夜に言われて、私は自分の髪に触れてみた。
水気が足りない気がして、気分がモヤっとした。
私の髪の毛は鮮やかな、とは少しばかし言いがたい金髪で、全体に緩いカールがかかっている。
子供の頃から伸ばしているから、背中の半分ぐらいまである。
アリスなんかの髪の毛は、私のよりも金色で、陽の光を反射して、眩しいぐらいに煌めく。
結構、手入れするの大変なのよ、ってどや顔をされるのは気に入らないけれど、私よりも髪の毛に気を遣ってるんだなってのはわかる。
でも私だって、櫛を入れるのと、洗うのと、えっと、椿油を付けるのとごにょごにょ……。
これだから、アリスにはガサツだとか言われるんだろうけど。
「はいはい、大人しく座る」
「うー」
「髪の毛は女の子の命なんだから、研究研究とかいって蔑ろにしたらダメよ」
「だって、」
「だっても何もない、ほら、櫛だって上手く通らないじゃないの」
「しょうがないだろぉ。私のはお前のと違って、癖っ毛なんだから」
そう言ったら、ため息を吐かれた。
「うちのお嬢様だって癖毛だけど、引っかかったりしないわよ」
「うー」
紅魔館のテラスに、シーツと椅子を置いての散髪。
太陽はてっかてかに輝いているけど、ここは丁度日陰になっていて風も通って気持ちが良かった。
「で、お客さん、今日はどうします?」
「うーん」
と、言われても、だ。長年連れ添ってきた相棒だ。長さは変えたくはなかった。
「えーと、じゃあ、長さは変えず、全体を軽めにしてくれたら、嬉しいかな?」
「前髪はどうするの? これ、真っ直ぐにしたら完全に目が隠れちゃうじゃない。しかもまばらに揃ってるし」
「う、五月蝿いなぁ。自分でしてるんだから仕方ないだろ」
「いっそのこと、ぱっつんにしちゃえばいいのに」
「それはなんか、いやだ」
「霊夢は時々パッツンにしてるわよ?」
「あいつは似合うからいいんだ」
「んじゃぁいつも通り?」
「ああ。上手くいってるときは弄ったりしないものなんだ」
「上手くいってるの?」
「まぁ、それなりにな」
「ふぅん」
園芸用の霧吹きで髪の毛に水を振り掛けてくのはどうなんだろう。
まさか鋏まで園芸用だとは言わないだろうな、こいつは。
「高枝バサミとナイフと梳き鋏があるけどどれがいい?」
「なんで高枝バサミがあるんだよ」
「美鈴のよ。ちなみにこれもあの娘から借りたの。あの子園芸が趣味だから」
「違う。私の質問に答えているようで全く答えていない。なぜお前は人の髪の毛を切るときに高枝バサミを見せるような真似をするんだ」
「あら? 私は旅行のチケット代わりによくナイフを突き立ててたもんだけど」
「さりげなく猟奇的な発言をしないでくれ」
「まぁ冗談よ。本場エゲレスのジョークよ」
「エゲレスって言ってる時点で信用ならん」
「あらあららっと。じゃあ梳き鋏がいいのね。私はナイフのほうが扱い慣れてるけど」
「ぜひとも普通にやってくれ」
「ワガママね」
ごくごく当たり前の要求しかしていないはずだが。
「今の魔理沙、てるてる坊主みたい」
「バカな」
「鏡、見てみる?」
「いや、いい」
「んじゃ、適当に軽くしてくわよ」
櫛が何度か通されて、じゃくり、という小気味良い音と一緒に髪の毛が落ちる。
シーツに落ちるものと、途中風に吹かれて飛んでいくもの。
「あらあら」
「まぁ私は構わんけどな。天狗辺りの鼻に入ってくしゃみでもしたらいいんだ」
切ったあとの髪の毛に感傷なんてないしね。
「毛先傷んでるわよ。見る?」
「見ない」
「そう。せっかく綺麗な髪の毛なのに、勿体無いわよ?」
「綺麗だと思うか?」
「うん」
「そうか」
なら今度からきちんとするよ、という言葉は心の中だけで呟いておく。
素直に頷くなんて、私がするようなことじゃない。
「ちょっと赤みがかってるのよね。魔理沙の金髪って。私の髪の毛ってなんだかおばあちゃんみたいであんまし好きじゃないのよね」
「そうなのか? いや、私は咲夜の髪の毛、綺麗だと思うけど……」
「隣の芝が青いのかしらね。この場合金色だけど」
「金色の芝だったら荘厳だろうな。羨ましくなっても仕方ない」
「うん。羨ましい」
私は、お前の銀色の髪の毛が羨ましいよ。
風が吹くたんびに、サラサラ流れるみたいに揺れてるのとか、いつも見てるんだ。
もしかしたら私が他人のことを羨みすぎてるのかもしれないけど。
霊夢の黒髪も、アリスの金髪も、咲夜の銀髪も。
ちなみにパチュリーのはあまり羨ましくならない。
あいつはもっと、身嗜みに気を遣うべきだ。
私よりも、あいつの髪の毛を梳くべきなんじゃぁないのかな。
「なんか、猫みたいだわ」
「私の髪がか?」
「ううん、魔理沙が」
「ふむ。それは実に哲学的な問いかけだな」
「猫っぽいってだけで?」
「ああ」
チョキンチョキン、と小気味良い音が聞こえてくる。
これは秘密にしていることなんだが、私は他人に髪の毛を触られるとだんだん眠たくなってくるのだった。
髪に櫛が通っていくのがくすぐったくて気持ちが良いからかもしれないし、あるいは単に、人に触れられているのが好きなだけかも。
嫌いな奴には絶対、髪を触らせたりなんてしないけどな。
「ねぇ魔理沙。今日は何食べたい?」
「ハンバーグがいい」
「んじゃぁ、今日はうちで食べてくのね?」
「お前の主人が良いんならな」
「いいんじゃないかしら。いつも暇そうにしてらっしゃるし、お客様と食事するのも良い刺激になるわ、きっと」
「ふむ。私はお客様か。いいね、豪勢にもてなしてくれ」
「残念ながら私にとってはお友達だから、盛大なおもてなしはできないわ。せいぜいこのあとケーキセットが待ってることぐらいかしら」
「それはとてもいい報せだ。で、これはあとどれぐらいかかるんだ?」
「んー。まだまだかしらね」
霧吹きの水が髪の毛に降りかかる。
櫛が通っていって、ぱつん、ぱつんと鋏の入る音がする。
だんだんねむたくなってきた。
「さくや、ねむくなってきた」
「寝ててもいいわよ。寝てるうちにさっさとやっちゃうから」
「うむ、じつによい風である」
門番が昼寝をする気持ちもよくわかるというものだ。
「魔理沙、起きなさいー。終わったわよー」
「んぉっ」
口元を拭って、ぼんやりする頭を再起動させる。
そういえば、散髪してたんだっけか。
「はいお嬢様。鏡をごらんになってくださいな」
咲夜がニコニコ笑いながら、鏡を持ってあれこれ立ち回る。
私はそれに対して、おぉだの、ほぉ、だのと感想を伝える。
悪くない、実に悪くない気分だ。
「なんだか頭が軽い気がするぜ」
「頭、流す? お風呂なら湧いてるわよ」
「ふん」
風呂か、日中から紅魔館のでかい風呂に浸かるのは実に贅沢だ。
「お前も入るのか?」
「私は、そうねぇ。一緒に入りたいの?」
「うむ」
「それじゃあ用意してこようかしら。まずはここ片付けないと」
「待て、時は止めるな。私も手伝うから」
「殊勝な心がけね。感心だわ」
「何から何までやってもらうとムズムズするんだよ」
「確かに。私の場合、いつもする側だからこうやって手伝ってもらうとムズムズしちゃう」
「嫌ならしない」
「嬉しいから、して?」
これだよ。
いつも冷ややかな目で淡々と済ましてるのに、なんでにやにやしながら上目遣いをしてくるのか、私にはさっぱり理解できない。
そして私は、こいつのこの表情に、てんで弱いんだ。
だいたい、反則だろ。
こいつ、人前だと滅多に喋らないし、喋っても淡々と事務的だし。
なのに、肝試しをやろうぜっつったらミイラの格好して妖夢を追っかけまわして半べそかかせてたり。
かっこいいんだか、もっと別のなにかなんだか、ようわからん。
表情を読み取られたのか、咲夜はこんなことを言い出した。
「いいかしら魔理沙。女っていうのはね、たくさんの仮面を被ってるものなのよ?
でも本当の姿は、滅多に見せたりしないの。魔理沙にもいずれわかるようになるわ」
「わかるもんかね」
「女っていうのは、そういうものよ」
「ふぅむ……。じゃあ、レミリアもそうなのか?」
「お嬢様は、ああみえて立派な淑女であらせられますもの」
「私にゃ、ただのワガママなガキンチョにしか見えんのぜ」
「女はそういうものなのよ」
ぴんっとおでこを指で弾かれた。
「魔理沙もあと何年かしたら、そうなるのかしらね」
「そうなったら、咲夜は嬉しいか?」
「うーん。半々」
「半々か」
「そうなったら、魔理沙のことも妹みたいには見れなくなるかもしれないから」
確かに、数年後の私たちはどんな会話を交わしているんだろうか、想像することができなかった。
身長もまだまだ伸びているし、価値観だって――咲夜が私の事を妹のようにって言っているように、私も、咲夜を姉のように見ている。
それがこれから先、変わっていくかもしれない。
というよりも、変わるという確かな予感がある。
隠さず言えば、私は咲夜に憧れているし、でも憧れたところで同じ人間にはなりえないことも知っている。
自分より年齢が上の連中と張り合おうとして、背伸びしているところがないとは言わない。
でも、背伸びをしているという自覚が有る限り、まだまだ私は子供なのだ。
シーツに、切った髪の毛を包んで、椅子は咲夜が持った。
これからケーキを食べて、お風呂に入って、ご飯を食べて、それから。
咲夜の様子をちらりと覗う。
こいつはこの歳で、一体どれだけの物を抱えて生きてるんだろうか。
どれだけ努力したら、肩を並べたって胸を張れるようになるんだろうか。
こいつが亀のような歩みしかしないんだったら、走って一気に追い抜かしてしまえるのに。
「なぁ咲夜。これからはあんまし時間止めるなよ」
「ん、なんで?」
「ただでさえ、お前のほうが年上なんだ。もっと離れていかれたら、かなわん」
「善処しときますわ」
なぁ咲夜、だから、そうやって頬を綻ばせるのはやめてくれ。
その表情を私以外の誰にも見せてないんだってことぐらい、わかってしまうんだからな。
ばーか。
あと私にも命の水プリーズ
もうあなた大好きだ!
姉妹みたいな咲マリが大好きです!
咲マリはやれ
咲マリの波を…!!