朝の目覚めは、いつも憂鬱だ。
夢から現実への回帰。
重い頭を持ち上げるのも、ぬくもりの残る布団から出るのも、全てが億劫。
幸せな夢とか見た後だとそれも最悪。そのままもう一度眠りに落ちたくて、身体の全てが現実への拒否反応を引き起こす。
でも、起きなきゃいけない。
私の生きるのはやっぱり、暗くて妬ましくて変化の無い、この現実だからだ。
「──まったく、」
乱れた衣服を正しながら起き上がる。朝方の冷たい風が私の髪を撫でていく。部屋の隅で立ち上る湯気が外へと流れていった。
「はい」
「ありがと」
差し出されたカップを手にとって、黒い液体からの香りを楽しんでから、そっと、口付けた。
……うん。
やっぱり朝の一杯は大切だ。
苦くて渋い、現実を思い出させてくれる朝の珈琲は欠かせない。
「どう?」
くりんとした、爛爛と輝くまん丸な瞳が、私を覗き込んでいる。
「──ふむ」
私は喉を一度鳴らして、目を閉じた。
通っていくのは張り付くような、ドロドロとしたもの。
口の中にはザラザラとした食感が残っている。
カップは白い四角形で埋め尽くされていた。
まぁ。
つまり。
「甘ぁぁぁァァァいッ!!」
「ひゃんっ」
それを淹れた本人は──古明地こいしは小さく身をすくませた。
「こわいよぉ」
「可愛らしく怯えてもダメッ! なによこれは!?」
「だって、朝はいつもこうだって聞いたよ?」
「誰に!?」
「お姉ちゃん」
ちがうの? と傾げる頭には被っている黒い帽子。小柄な身体は落ち着き無く一定のリズムを刻んでいる。さとりとは正反対な、でも同じものを持つ古明地妹。
彼女が朝っぱらから何故他人の家にあがり込んでいるのかと言えば、ただの通りすがりだ。私の家を地上へ向かう道すがらの休憩所か何かだと思っているらしい。自分の別荘だとも。
「まったく……いい?こいし。朝の一杯ってのはもっと澄み切った黒じゃなきゃいけないのよ。そう、現実の苦々しさを思い出させてくれるようなね……」
「角砂糖うまうま」
「──って聞きなさいよ!」
「よく分かんないんだもん、甘いほうが美味しいに決まってんじゃん」
確かにそれは人の好みの話なのかもしれないけれど。
にしたって角砂糖丸ごとは流石にない。
太る。
でもこいしは太ってない。
あぁ、妬ましい。
さあ、お前の体重を数えろ。
私は数えない。
「……もういいわ」
自分で淹れ直してから椅子に腰掛けて、机の上に足をどっかりと乗せた。
こいしは勝手にタンスを漁っている。部屋の一角を占拠している灰色の収納スペースには『こいしの』服が大量にしまわれている。別に捨ててしまう理由も無いのでこのままにしているが、こうも毎朝通われると、朝の大事なひとときが台無しだ。
「朝か夜かなんて実際は分からないのに?」
「なんとなくわかるもんよ、そんなの」
くるりくるりと無駄にステップ交じりに身支度を進めるこいし。
今日も嵐のようにやって来て、嵐のように去っていくのだろう。
なんて、ハタ迷惑な。
──あぁ、せめて。
こいしが可愛い気のある妹だったら……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「──きて。起きて」
朝の目覚めは、いつも憂鬱だ。
夢から現実への回帰。
重い頭を持ち上げるのも、ぬくもりの残る布団から出るのも、全てが億劫。
幸せな夢とか見た後だとこれまた最悪。そのままもう一度眠りに落ちたくて、身体の全てが現実への拒否反応を引き起こす。
でも、起きなきゃいけない。
私の生きるのはやっぱり、暗くて妬ましくて変化の無い、この現実だからだ。
「──まったく、」
乱れた衣服を正しながら起き上がる。朝方の冷たい風が私の髪を撫でていく。部屋の隅で立ち上る湯気が外へと流れていった。
「はい」
「ありがと」
差し出されたカップを手にとって、黒い液体からの香りを楽しんでから、そっと、口付けた。
顔が歪む。
痺れるほどに苦い。
でも、
「今日もいい感じよ。こいし」
私はそう言って、こいしの頭を撫でた。
「えへへ……今日は隠し味にソースを混ぜてみたの。美味しい?」
「このよく分からないコクはそういうことだったのね。でも、美味しい。流石こいし、妬ましいわ」
「へへ、パルお姉ちゃんに喜んで欲しくって……」
古明地こいしは毎朝私の家にやってきて朝の一杯を淹れてくれる、妹のような子だ。
さとりという本当の姉がいるのも関わらず、私のことをお姉ちゃんと言って慕ってくれるのは正直さとりに悪い気はするけれど、なかなか悪くない。
「今日はどこ行くの?」
「え? う~ん、そうだなぁ……地上をいつもみたいにブラブラしようと思ってたけど」
「けど?」
「今日はここにいても……いい?」
服の端を摘みながら、こいしはたどたどしく、上目づかいに私を見た。
そうねぇ、と私はまた一口、苦味を口に含む。
「偶にはあんたに一日のんびりと付き合ってやるのも、悪くないかもね」
「ほんとぉ?」
「ホントよ」
「やった! じゃあさ、じゃあ!」
ぱぁっと表情を明るくすると、とたんにはしゃぎ回る。
自然と頬が緩む。
どうあれ、元気がいいのは結構なことだ。
「でも、いいの? 『お姉ちゃん』と一緒にいてあげなくて。さとりの奴、いっつも心配してるわよ」
「えぇ~。だってぇ」
と、その時、ドアが小さく鳴らされる。
「ほら、噂をすれば」
三度のノックの後、ゆっくりとドアが開く。
「こいしったら、やっぱりここにいたわね!」
「げぇ、お姉ちゃん!」
はわわーとこいしは私の影に隠れた。
本物のお姉ちゃんが、随分と恐れられたものだ。
「どいてくださいパルスィ。その子ったらまた」
「今日はなに? 朝ごはん抜いてきたりしたの?」
「違います」さとりは手に持っていたハサミを鳴らした「爪を切っていないんです」
「お姉ちゃん爪きり下手っぴなんだもん!」
「そんなこと……さとり、あんたの心配性もそこまでいくといっそ清清しいわね」
「なにを言うんですか、大事なことでしょう? どこかで引っ掛けて爪を剥いだらどうするんです!? そもそも、貴方の方こそガサツすぎるんですよ。そんなのだから捨てられたんじゃないんですか?」
「あ、あんた、言っていい事と悪いことってのがね……」
怒りに私の拳は震えた。こんなことで昔の事を持ち出すのは反則だろう。
そうだ、私はこの過保護でデリカシーの無い悪魔のような姉から、こいしを救い出さなければならない。
決してこのちびっ子一発殴ってやりたいとか、そんな個人的理由ではない。断じて。
「やろうっていうんですか。暴力は好ましくないのですが……」
「とか言いながらファイティングポーズでやる気満々ね畜生!」
──そして始まった。
醜くも美しい、妹を巡る争いが。
飛び交う罵詈雑言。
髪を振り乱して、お互いの衣服までも乱しながらの壮絶な戦闘。
二人の姉の間で揺れ動く、こいしの心。
「たまには私だってお姉ちゃんって呼ばれたいッ!」
現れる第三のお姉ちゃん、じゃなくてあんたは姐さん。
そして……
「──パルスィ? いや、そんな、どうして貴方が……」
「パルお姉ちゃん死んじゃやだよぅ……」
「ハハ……こんなんじゃ、嫉妬、できない……わ……」
「パルスィィィィィイイ!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「私が死んだぁぁぁぁァァ!?」
どうして!?
私の妄想なのに!
どうして私が死んでんの!?
「……どしたの? 嫌な夢でも見た?」
「へ? あれ?」
こいしが本気で心配した表情で、私を覗き込んでいた。
それはそうだろう、いきなり『死んだぁ』なんて叫び声を上げればそれは驚いて当然だとは思う。
嫌な汗が頬を伝っていた。それを拭ってから、首をぐるりと回して部屋中を探した。
私にこんなものを見せてくれた奴を探した。
「……で、あんたはそこにいるのね」
「私さとりさん。今貴方の後ろにいるのというやつですね」
「そうね、いつでも首を締め上げられるようになってるわね」
さとりのもやしみたいな指では、きっと人間くらいしか殺せないだろうけど。
「なに、やってんの?」
「人の妹を奪い取ろうとする不届き者を排除しようかと」
「あ、そう」
「はい」
やばい。目が本気だ。
こいつのシスコンっぷりだけは現実だった。
どうしよう。
この状況を打開する術はなにか。
「あ、簡単な解決方法があるじゃないですか」
意外なことに、先に動いたのはさとりの方だった。
「は? どういうこと?」
「こいしが私の妹であって、貴方の不純な妄想が実現する方法がありました」
「へ、へぇ、聞かせてもらいたいわね……」
嫌な予感がした。
ずれたこと言うのだろうなと、そんな予感がした。
予感どおりに、さとりはじゃがいもの芽を穿り出すかのように言葉を放り投げた。
「結婚しましょう」
静寂。
パチ、パチ、パチ。
こいしの乾いた拍手の音だけが、部屋の中にあった。
角砂糖丸々の方が良いに決まってるじゃないか。
あと、とっても良い解決方法だと思います
末永く幸福であることを願ってやまない
よし司会進行は私に一任してくれたまえ
ついでにこいしちゃんとも結婚して嫁兼妹になってしまえばよいだろう
そのときの司会進行も私に一任してくれたまえ
妹をめぐってハート弾幕を撃ちあう素敵なサプライズで大盛り上がり
するとだな流れ弾に当たりきっと私は死ぬだろう
しかしそれはパルスィたちの愛に比べれば詮なきこと哉
あっ私の妄想もパルスィの妄想と同じ展開にもしやこれは運命か運命の出会いなのかやったー
つまり何が言いたいかというといいぞもっとやれどこまでもやれやり続けろもっとやってくださいお願いしますフォーーーー!
さて。
興奮してここまで書きなぐってしまいましたお許しください。
やはり鳥丸さんの描く地底は最高です! いつまでも見ていたい
今ならこいしちゃんはフリーだな(チラッ
ところでコーヒー+ソースの味に関するレポートはどこにありますか?
こいしかわいいよこいし
結婚おめでとうございます。
自分が幸せになってしまったらパルスィはどうなっちゃうんだろうの