Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

しっているか、咲夜はとてもひきょうなやつだ

2010/06/12 05:21:07
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 咲夜はひきょうなやつだ。
 とてもひきょうなやつなんだ。



「これ、片付けておくわね?」
「ああ、うん、よろしく頼む」
「楽しむのよ」

 空いた皿を、咲夜が洗い場へと運んでいった。きっと、私が微妙な表情をしているのに気づいていたに違いない。
 けれども、そんな態度はおくびに出さなかった後ろ姿を目で追って、一向に減らない酒を喉に流し込んだ。
 胃の辺りがぽかぽかと暖まってきたけども、頭のほうは薄ぼんやりとしていて気持ちが悪かった。
 酔っているわけではないと思う。自分の飲める量はわかっているつもりだし、それに比べてもまだまだ全然、始まったばかりの量でしかない。
 しかし、飲んでもちっとも気分は高揚しないし、固まって飲んでいる連中に混ざる気にもなれずに、縁側でぼんやり境内を眺めていた。
 
 宴会が楽しくないかといえば、楽しい。
 霊夢は腹踊りをしているし、アリスも向こうで飲んでるし、レミリアは相変わらずだし。
 いつも固まっている命蓮寺の面々も、散らばって思い思いに飲んでいる。
 その中で、私だけがいまいち盛り上がれずに居るのだ。



 
 今日、私はクッキーを焼いてきた。
 およそ女の子らしくないと自負している私がお菓子を作るだなんて驚天動地のイベント事である。
 霊夢は頬をつねって逆立ちをしてから井戸に落っこちていったし、あとからきたアリスもひっくり返って頭を打って気絶した。
 いくらなんでも、失礼すぎると思う。
 
 それにしても、霊夢はよく死ななかったもんだ。というか、怪我一つないとかこいつはまさか不死身なのか。
 つい五分前に落下したばかりだというのに、今はのほほんと縁側でお茶を飲んでいるこいつは多分、人間じゃない。

「人間、大抵ガッツでどうにかなるのよ」
「いや、ならんよ」

 霊夢の常識を人間の常識に当てはめるのは相当に危険だ。
 
「で、どういう風の吹き回しなのよ。あんたの作る料理って山賊が好みそうなのばっかりじゃない」
「馬鹿いえ。きのこを主食にする山賊がいるか。私のはヘルシーでスマートでブレインな料理なのぜ」
「嘘おっしゃい。弾幕と一緒でパワーでしょうに」
「酷くないか。魔理沙さんにはまるで繊細なところがないみたいじゃないか」
「少なくとも、女々しいってことはないわよね」
「馬鹿な」

 大袈裟に驚いておく。まぁ、私は乙女チックではないとは思うけれど、繊細なところはそれなりにあるかもしれない。自分ではそういう機微はわからないものなのだ。
 霊夢が見ている私はどうも、サバサバしているんだろう。きっと。
 
「ねぇ、一個もらってもいい? それ」
「全部は食うなよ」
「誰かにあげるの?」
「そういうわけじゃないんだがな」
「ふーん」

 味見は、した。
 誰かさんの作った菓子の味には遠く及ばない味だったけれども、そこまで悪くないっていうか、かなり良い出来だった。
 味だって、紅茶の葉を細かくしたのを入れてみたり、チョコレートを混ぜてみたりと、まぁ、大きな失敗はしないようにそれらしい物をチョイスしてバリエーションを付けた。
 包む袋も薬液のついたようなきちゃない物じゃなくって、アリスがくれた小袋を真似した縫った自作の物を用意してきた。
 私にしては、よくがんばってたと自分で自分を褒めてやりたいぐらいだった。 

「いやー、んまいんまい」
「って馬鹿、お前食いすぎなんだよ」
 
 少しばかり思案している隙に、霊夢は口一杯にクッキーを詰め込んでいた。こいつは貧乏性だから、食べ物を口一杯に詰め込みたがるのだ。
 誰も取らないと言っているのに、この癖は治る気配を見せない。こう、食事のたびにリスみたいな口になっているのはみっともないぞ。
 一応女の子なのだからその辺に気を遣って欲しいものだが、とんとんと胸を叩いてから、私の手に指で文字を書く。
 茶を、よこせ。だそうな。

「ほい」

 湯のみを手渡すと、んぐんぐ、と喉を鳴らしてお茶で流し込んでいった。
 リス口の中身が、そうして腹の中に収まってしまった。
 多めに焼いてきたから、まだまだ余裕はあるんだけどさ。

「あー死ぬかと思った。結構美味しいじゃないの。びっくりした」
「私はお前の食いっぷりにびっくりしたよ。食い尽くす気か」
「まさか。幽々子じゃあるまいし」
「あいつはよく食うほうだけど、お前みたいに口一杯に詰め込んだりしないぞ」
「知らないの? 口一杯に頬張るから美味しいのよ」
「初耳だな」
「これから真似すると人生が豊かになると思うわ」

 そこはまったく、胸を張るようなところじゃぁないと思うんだがね。
 
 

 宴会が始まるまでにつまめればいい、というのは言ってしまえば自分へとついた嘘だった。
 このクッキーを食べてもらいたいのはたった一人だったし、けれどもそいつは、来るなり台所へと引っ込んでしまった。

「これ、お茶請けに出してもいい?」
「ん、ああ、いいぜ。自信作なんだ」

 霊夢がざかざかと、クッキーをテーブルの盆へと出す。
 ぼちぼち、レミリアだとかアリスだとか命蓮寺だとかの連中が集まってきて、居間や縁側だとか思い思いの場所に散らばり始めた。
 ちなみに入道は今日は留守番らしい。女ばかりの場所に来るのは心情的に憚られるんだと。繊細だな、案外。
 挨拶をそこそこに済ませたあとは、入道の尼公や船長だとかはあいつの手伝いをしていて、ハングリータイガーはネズミに虐められていた。
 概ねこの辺も、いつも通りだ。
 
「だからなご主人。手伝いたい気持ちは実によくわかるけれども、ご主人が手伝うと仕事が二倍に増える」
「不況にぴったりですね」
「いやいや、そういう意味じゃないよ」

 違うのですか? などと首を傾げている天然物には、離れて見ている私も苦笑だ。
 できれば猫じゃらしとずっと戯れていて欲しいものだ。猫だけに。 

「お茶いかがですか?」
「あらまぁ、ご丁寧にどうも」

 そいで、もう一人の尼公には、あいつが湯飲みを差し出していた。
 私はそこからなんとなく目を背けて、クッキーを口に放り込んだ。
 
 こんなに美味しくできたのに、食べさせたい相手は腕によりをかけて料理を作らなくちゃ、とかなんとかいって台所に引っ込んでる。
 他の奴がんまいんまいって食べてるのを見ても、私は全然、嬉しくない。

「なーんかしけた面してるわね」
「あん?」

 誰が話しかけてきたかと思ったら、ニーソの奴だった。
 こいつはちょっとばかし、苦手だ。
 腹も黒いし、何を考えているかがつかみにくい。

「これから宴会じゃないの。そいで、宴会って楽しいもんじゃないの? ま、私はあんまし、参加したことないんだけど」
「ああそうだろうな。お前の場合は参加したら滅茶苦茶にかき回しそうだ」
「んなことしないわよ。私だって空気ぐらい読むわ」
「それはからけ、って読むんじゃないんだぞ」
「知ってる。わざと」

 もしかしたら、こいつなりに気を遣ってるつもりなのかもしれない。
 こういうやんちゃに振舞っている奴ほど、繊細で周りの反応に敏感だったりするから。
 そうであるならば、それだけ私は不機嫌なオーラを放っていることになる。
 大人気ないな、私は。

「なんか、あんたってもっと騒いでるっていうか、いつも中心にいないと気がすまないような性格してるっていうかさ」
「馬鹿をいえ。魔理沙さんだってときには哲学的な物思いに耽るときがあるし、センチメンタルに乙女をするときもあるのだ」
「ふーん、ふーん。」
「わざわざ興味なさげな物言いを二度するな。気の長いことで有名な私だってしまいにゃ怒るぞ」
「だから興味がないっていうか、こう、珍しいなって思っただけなんだけど。いけない?」
「珍しい、か。まぁそうなんだろうな。今日の魔理沙さんはレアな魔理沙さんだ。そっちのネズミのダウジングに引っかかるぐらいにはな」
「私のロッドはお前なんかを引っ掛けないよ」
「ちっ、聞こえてたのか」
「あいにくと小心者だからな私は。自分を悪く言うのを聞き逃したりはしないのさ。
 よっこらせっと。ご主人の相手にいささか飽きた。こちらの会話に加えさせてもらうよ」

 このネズ公は背丈もちっこいくせに、態度だけは命蓮寺の誰よりもでかい。
 結構短気なところもあるが、理知的に振舞うだけマシな部類だ。
 わがまま大好きな、あっちで尼公相手に説教をぶっている吸血鬼だとかよりは大人に見える。

「そういえばあのクッキーは君が焼いたのか? 一つ頂いたが、なかなか上等な出来だった」
「あぁそうなの? 私も食べたけど、結構美味しかった」
「ああ。私が焼いてきた」
「意外だな。私はお前さんのことを誤解していたようだよ」
「私も」
「どういう意味だ?」
「およそ女らしい素養に欠けた男女だと思ってたよ」
「私もー」

 悪気はないんだろうけど、このネズ公はもう少し言葉を選ぶべきだ。
 主人が丁寧すぎるから、これぐらいざっくばらんじゃないと釣り合いが取れないのかもしれないが。
 現に、あっちでたんこぶを作ったアリスと話をしながら、三秒に一回は頭を下げている。
 どんだけ腰が低いんだ、あいつは。
 
「うちの主人に関しては放っといてやってくれ。アレでも意外と、優秀っちゃ優秀なんだ」
「聖を解放したのも、星だしねぇ」
「あれが毘沙門様って呼ばれてたんだろ? あれが人前に出てたんだとか言われても、およそ私にゃ信じられないよ」
「いやいやそれがな、あの人はうっかりが酷いだけで普段はしっかりものなんだよ。そのうっかりが大抵間抜けなんだが」
「ほう」

 ネズ公は主のことを馬鹿にしているもんだと思ってた。褒めるときは褒めるんだな。

「裾を踏んでずっこけたりは一度や二度じゃないし、失くし物はしょっちゅうだし、塩を砂糖を間違えるのは二回に一回はあるな」
「凄まじい頻度じゃないか。そういう奴を普段はしっかりしているとは言わないぞ」
「補って余りあるほど優秀だと言ったら?」
「にわかには信じられないな」
「そうだろうな。ご主人は人が居るとすっかりダメになるんだ。気が緩むんだろうかね」
「そうそう」

 茶を飲んでいたぬえが同意した。
 外からと内からでは見えるものも違うのか?
 照れくさそうに頭を掻いている金髪寅が優秀だなんて、言われても信じがたい。

「なんだっけ、狐の式が居たじゃない」
「藍のことか?」
「ああそうそう、確かそういう名前だった。アレを除いたら、星ぐらい力のある妖獣っていないんじゃないかな」
「でも、うつほとかお燐とかがいるぜ」
「火力だったら軍配はそっちに上がるかもしれないけど、挌が違うね。
 信貴山の毘沙門天王って言ったらそんだけ有名だったのよ。褒めるのは癪だけどね。
 私は京に住んでたけど、こっちまで噂は聞こえてきたのよ。結構離れてるのよ。
 幻想郷の端から端よりも、とーいのよ」
「へぇ……」

 実に意外だ。

「あれでも軍神の御使いだからな、っと、そろそろご主人の病気が出る頃だ。また話そう」
「ナズー、ナズー? どこー?」
「あいあい、ここに居るよ」

 それじゃあ失礼するよ、とネズ公が去っていった。
 ナズーナズーとか言って、部下の頭をぐりぐり撫で回して嫌な顔をされてる奴が優秀だなんて世の中はどうかしてるね。

「仲良いよね」
「あぁ」
「うちの人たちって、みんなあんな感じ。飽きないのかな?」
「本人たちが楽しいんだったら延々続くだろ」
「そうなんだろうね。私も、一輪とか村紗をからかうのは楽しいよ」
「ナズーリンとか星はどうなんだ?」
「うーん、あの二人って、ちょっとばかし立場が違うのよね」
「ほう?」
「ほら、私たちは封印されてたけど、あの二人は封印されてなかったし」
「ふむ……」
「村紗と一輪は、星とはたまに話してるけどナズーリンとは殆ど話さないし、私は誰とでも喋るんだけどね」

 意外だった。命蓮寺は全員が聖信奉者で、一枚岩だと思い込んでいたから。

「いやてっきり、全員が仲良いんだと思ってたぜ」
「どうなんだろうね。村紗と一輪はいつも一緒に居るし、ナズーリンと星も大抵一緒に居るし」
「お前は?」
「んー。どっちつかず。聖と一緒」
「あぁ、尼公は何を考えてるかさっぱりわからないな」
「わからなくても、一緒に居ると安心するけどね」
「そういうものか」
「うん」

 わからなくて安心するというのは、羨ましい。私は、そうじゃない。
 安心させてほしくって、ふとした瞬間に、目線でその姿を探してしまう。
 
「誰か探してるの?」
「いや、別に」
「ふぅん。お料理まだかな。楽しみ」
「あぁ、咲夜の作った飯は美味いぜ」
「探してたのは咲夜って人なんだ、ふーん」
「……」
「声のトーンが変わったから」
「言うなよ」
「それ以上の根拠は言わない。ミステリアスなほうが楽しいでしょ?」

 さて、とぬえが立ち上がった。

「私、ちょっとそこらへん散歩してくるね。ちょっぴりしたら戻ってくるから」
「あぁ」

 手を振ると、振り返してきた。
 
 咲夜の名前が出たとき、ドキリとした。飛び上がりそうになった。
 テーブルの上のクッキーはもう、ほんのちょっぴりしか残ってない。
 上手になったねって、褒めてほしいのに。あいつは鼻歌混じりに鍋をかき混ぜてる。
 私の見てないところで、食べてくれたのかな。


 
 クッキーに限らず、お菓子や料理の作り方の大半を、私は咲夜に習った。
 それまで料理といったら、適当に鍋にぶち込んで、調味料を目分量で放り込んでいるだけのものだった。
 霊夢の言うとおり、力任せの料理とも言いがたい代物だったが、自分で食べる分にはそれなりに満足していた。

「私が食べてそれなりに美味しかったらそれでよくないか?」

 料理を教えてあげると言った咲夜へ、返した言葉だ。
 今思い返すと、生意気が過ぎて赤面してしまう。

「大事な人ができたときに、それと同じことが言えるのかしら?」
 
 微笑む咲夜に、返す言葉に詰まった。
 霊夢だったりアリスだったりしたら、自分で食べるような料理を出してもなんとも思わないし、あいつらも普通に食べてくれる。
 多少は嫌味を言われるかもしれないが、いつも通りだ。
 でも、同じ料理を咲夜に出せるだろうか。
 それは咲夜が大切な人ということではなくて、対等な友人以外を前にしたときに私は料理を作って出すことができるのか、ということだ。

 答えは、NOだ。
 見栄えの良い料理を私は作ることができないし、そんな腕では恥ずかしくって料理を作ることなんて、できない。
 いつか大事な人ができたときに、そのとき困って途方に暮れるのは私なのだ。
 
「友達に作る料理と、愛情を込めて作る料理は全然違うのよ?」

 咲夜が笑う。咲夜は、私の知らないことをたくさん知っている。
 羨ましいというより、眩しかった。 

「それってお前だったら、レミリアのことか?」
「お嬢様には、そうねぇ、いっぱい愛情を込めて料理をお出ししているけど、それとはまたちょっと違うわね」
「ふむ。難しいな。じゃあ、恋人に作る料理のことか? お前の恋人は仕事だと思うが」
「そうねぇ、気にかけてる妹分に食べさせてあげるときとか、かしら?」
 
 心臓が、飛び跳ねた。
 そのまま口から飛び出していきそうだった。

「料理は人の心をそのまま映し出すものなのよ。ね?」

 それだったら、私が咲夜に作る料理は、一体どういうものになるんだろうか。



 それから私は、紅魔館にたびたび出向いて、咲夜から料理を習っていた。
 もちろんあいつは仕事で忙しいから、いつも会えるわけじゃなかったけれど、大抵は部屋に通されてそこで待っていた。
 咲夜の部屋はこざっぱりしていて、装飾のないデスクにベッドだけ。
 必要最低限の物しかなくって、クローゼットにもメイド服の他には私服が数点しかない。
 ブラッシングは丁寧にされてるみたいだけど、袖に手を通した形跡はほとんどない。
 
 私服など、ほとんど必要ない。
 
 外に出るときも、紅魔館そのものである咲夜はいつもメイド服を着ている。
 ほとんど笑うこともなく背筋はしゃんと伸ばして服には皺の一つもなく。
 十六夜咲夜は、人間である前に紅魔館のメイド長で、決して一人の少女などではない。
 私人である前に公人で、紅魔館の看板を背負って歩いているようなもの。
 私にとっても、そんな咲夜のイメージがフィルターとして一番初めに存在している。
 
 十六夜咲夜とは紅魔館のメイドで、レミリアのメイドで、それでいて、紅魔館という組織そのものを体現しているのだ。
   
 でも、私服のあいつは――一度だけ、一緒に里で甘味を食べたときは、そういうフィルターが全て消し飛んだ。
 
 美味しいねってほころぶ顔だとか、口元にクリームを付けているときだとか、一瞬一瞬に、初めて出会う咲夜が居た。
 誤解しないでほしい。
 間違っても、咲夜に恋愛感情を抱いているだとか、そういうことではない。そもそも私たちは女同士なのだし、恋慕とそれ以外の区別はついているつもり。
 ただ、霊夢やアリスへの感情と、咲夜に向けている感情の違いは間違いなく存在していて。
 
 たぶん、恥ずかしいことだけど。私は咲夜に憧れているんだと思う。
 背も高いし、その、化粧だって、教えてくれたし。料理も上手だし、頭だって良いし、大人の余裕のようなものも漂わせていて。
 咲夜に比べて自分はガキっぽいし、子供なんだろうなというのは自覚はしていた。
 いまこうして、咲夜がクッキーを食べてくれないことに苛立っているのも。
 私が大人になりきれてない、子供の悪癖なんだと思うと、段々卑屈な気持ちになってきた。

 用事が出来ただのなんだの言って、宴会を抜け出して帰ってしまおうか。
 暗いオーラを漂わせている人間が居たら、みんなもそれに引きずられて気分が重くなってしまうかもしれない。
 そうだ、そうなのだ。さっさと帰ってしまおう。
 それで、布団に包まって一晩も寝ればいつも通りに戻れる。
 いつも通りの魔理沙さんに戻れるはずだ。我ながら妙案を思いつくもんだ。褒めてやりたいね。
 酒を呷って立ち上がろうとすると、白蓮が向こうから寄ってきた。
 相変わらず微笑んでいて、敵意は無いのはわかるけれども真意が掴めずに不気味だ。

「こんばんは、魔理沙さん」
「ん、ああ、久しぶり」
「どうかなさいましたか? 顔色が優れないようですが」
「いやねちょっと恵まれない妖怪たちについて考えていたんだ。とくに、夜雀辺りをな」

 私はこれから帰るのだ。適当に誤魔化してしまおう。
 そう思ってわざと妙な話題を振ったのだが、運悪く食いつかれてしまった。

「それはそれは。考えることは良いことですね。平等な世界などありえなくとも、諦めてしまえば悪い方向に傾いていくばかりです」
「まぁな。それに心を痛めて酒を飲んでいたところだったんだ」
「そうなのですか。魔理沙さんは真面目ですね」 
「あぁ。幻想郷を見渡したって私ぐらい真面目なのはあんたのところの寅丸ぐらいのもんだ」
「星が、ですか? あの子はそうですね、真面目で良い子です」

 ふふ、と笑う。
 疑り深いだけかもしれないが、こういう超然とした態度がどうしても好きになれない。
 ただ単に付き合いが浅いからそう思うだけで、付き合いが深くなれば理解できるようになって、命蓮寺の妖怪たちのように心酔することもあるかもしれないが。

「ささ、一杯どうですか?」
「ん、ありがたいな」

 とくとく、と透明な液体が杯へと注がれていく。私のほうも返してやって、ぐいっと飲み干す。
 
「魔理沙さん魔理沙さん。腹の底で抱えていてはお互いに辛いと思うのですよ?」
「何の話だ?」
「星と村紗の話です」
「そうは聞こえないがな」
「あの子たちは、深いところではお互いの立場を理解しているのに、それを口に出せずにいるのですよ。
 二人とも良い子なのですが、素直になれないのですよ」
「お前が言ってやればいいじゃないか」
「私は、あの子たちに近すぎますからね。あなたたちはそうなのでしょう? と言うことだけが気持ちを汲み取るということではなく、見守る愛情もあるのです。
 なんせ、二人とも私の大事な家族ですから」
「ふぅん……」

 手酌をして、もう一杯を喉に流し込む。
 早く解放してくれないものか。

「ですが、二人とも言い出せずにいる可愛い子たちがいると、ついつい口を出したくなってしまうのが老婆心なのですよ」
「はぁ」
「裏で、待ってますよ。あなたの思い悩む原因となる人が」
「っ……!?」
「内緒、ですよ?」
 
 尼公は口に人差し指を当てて、ウインクをした。
 ああもうほんとうに、余計なお世話だっつの。

「ちょっと夜風に当たってくるのぜ。酔っちまった」
「はい、行ってらっしゃいませませ」
 
 できるだけ千鳥足で、私はそそくさと境内へと飛び出した。
 そういえば昨日は満月だったか。少しばかし欠けた月のほうが、日本人は好きだとかなんとか。
 天には月が照っていて、月明かりの下では霊夢が萃香の奴とふらふらしていた。
 また井戸に落ちる前に誰か引っ張りこんでやれよと思いつつ、逸る気持ちを抑えて神社の裏へと回る。

 十六夜の晩に、その名を冠する奴と逢引をするだなんて、ちゃんちゃらおかしくって笑いが止まらない。
 誰だよこんなお膳立てをしたのは、いや本当に、ばかばかしい。
 振り向いて、誰もいないことを確認してから、深呼吸を一回。
 心臓が早鐘みたいだ。
 愛の告白をするわけでもないし、仇敵と向き合うということでもないのに。
 胸は高鳴るし、喉は渇くし、頭はくらくらしてぶっ倒れてしまいそうだ。
 いっそのこと、倒れたほうが楽なのかもしれない。それか、一度水を飲みに戻ろうか。
 喉が嗄れて声が出なかったらそれこそ恥ずかしいのだし。
 そうだ、そうしようと踵を返したところで、小枝を踏んだ。
 パキッという音が、妙に大きく響いた。
 
「誰かそこに居るのかしら?」
「にゃ、にゃー」
「あらあら仔猫さんかしら」 
「……待ったか?」
「いいえ全然」

 あまりにも不自然すぎたので、決心して足を踏み出す。
 カチューチャを外した銀髪が、少しばかしの月明かりを含んで夜に弾んでいる。

「どうしたの? こんなところに呼び出して」
「えっ……。私は、お前がここに待ってるって言われて」
「あら、そうなの? 私もそう言われたのよ」

 血の気が一瞬引いて蒼褪めてから、一気に顔に血流が戻って真っ赤に茹で上がった。
 耳まで真っ赤になっているのが、触らなくたってわかる。
 
「どうしたのよ。顔、真っ赤よ?」
「わざわざ言わなくていいんだよ、そんなことは、あーもうっ!」
 
 地団駄を踏んだってしょうがないけれども、年長者に上手く嵌められたのが悔しかった。
 見透かされているような気がして、ではなくて、完全に見透かされていたんだ。

「もしかして、今日機嫌が悪かったのって拗ねてたのかしら?」
「っ……!? そうだよ、そうだよ悪いかよ。あー拗ねてましたよ私はどーせ子供ですってば。
 気づいてたなら拾ってくれよ。ばか、ばか、馬鹿咲夜!」
「そんなこと言われても、ねぇ。私、メイドだし」

 頬に手を当てて、本気で困ったような顔をする。
 そういう顔をさせたいとか、そういうことを言わせたいって思ってなかったのに。

「せっかく、クッキー、焼いてきたのに。自信があったから」
「知ってるわよ。よく出来てたじゃない」
「私は、咲夜に食べてもらいたかったんだよ」
「ちょっと食べたわよ?」
「そうじゃなくて、ほんとは、全部」
「そんなに食べたら太っちゃうわよ」
「だから、そういう意味じゃなくって」
「わかってるわよ」

 こいつ、時を止めやがった。
 いつのまにか私は咲夜に抱き上げられて、神社の屋根へと昇らされていた。

「上手に出来ました。さっき宴会場からくすねてきたのよ。ここで一緒に飲みましょ? 特等席よ」
「……うん」
 
 境内では霊夢と萃香が腹踊りをしていて、天には十六夜の月が照っていた。
 神社の中から絶えず笑い声が聞こえてくるけれど、私たちだけが静かに、酒を酌み交わしていた。

「なぁ咲夜」
「なぁに?」

 ぽりぽり、と頬を掻く。
 こうやって改めて言うのは恥ずかしい。

「また、料理教えてくれ」
「いつでも。喜んで。ただし、ちゃんとパチュリー様に本を返してあげるのよ」
「まぁ、考えておくさ」
「それじゃ、乾杯」
「乾杯」

 十六夜を肴に飲む酒は酔いの回りが思いのほか早くって、二杯も保たずに、ぐるりと世界が暗転してしまった。
 しかしながら、咲夜はずっと、私の頭を膝に乗せて撫でていてくれたこと、そして、少しばかし頬が紅に染まっていたことだけは、薄ぼんやりと覚えているのだった。
 
 

 さくやはひきょうなやつだ。 
 とても、ひきょうなやつだった。
いや、分類は今考えました
電気羊
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
  _  ∩
( ゚∀゚)彡 咲マリ!咲マリ!
 ⊂彡
2.名前が無い程度の能力削除
こ、このひきょうものめ!!
3.名前が無い程度の能力削除
咲夜さんマジ卑怯
4.名前が無い程度の能力削除
魔理沙さんマジ乙女。もう早くくっついちゃえよ!!
5.奇声を発する程度の能力削除
咲マリ!咲マリ!
6.つくし削除
咲マリは僕らのサンクチュアリ……!
7.名前が無い程度の能力削除
求め続けた楽園に辿り着いた旅人の気分であります。
8.名前が無い程度の能力削除
咲マリは、このくらいの関係がちょうどいい
9.風峰削除
さくまりっ!(挨拶)
もう何も言えません。

言うならば、咲マリ最高!!
10.名前が無い程度の能力削除
良い咲マリでした。
11.名前が無い程度の能力削除
なんだろうこのああんもう!と言いたくなるようなじれったい感じは!
12.名前が無い程度の能力削除
咲夜←魔理沙←霊夢の三角関係が見てーです。
恋愛感情抜きでの三角関係が見てーです。
13.名前が無い程度の能力削除
ああじれったい
咲夜さんマジ卑怯
14.名前が無い程度の能力削除
ジャスティス!!
15.名前が無い程度の能力削除
ひきょうものめが
つ100
16.名前が無い程度の能力削除
百点いれられないとか作者マジひきょう
17.名前が無い程度の能力削除
咲マリおいしいです!!1!!