こんこん。
夜遅く、けど、私たち吸血鬼にとっては一番活動しやすい時間に、扉を叩く音が響く。
「フラン、開けてくれるかしら?」
あれ? いつもなら、「入るわよ?」とお姉様が言って、私が、「うん、いいよ」って答えるはずなのに。どうしたんだろうか、今日は。
「うん、お姉様、ちょっと待ってて!」
考えてても仕方ないから、私は椅子から立ち上がって、扉まで駆け寄る。
「こんばんは、フラン」
「こんばんは、お姉様。……どうしたの? 珍しいね。お姉様が、自分で紅茶とお菓子を持ってくるなんて」
扉の向こう側には、湯気を立ち上らせる紅茶の入った二つのカップと、クッキーの積まれたお皿が乗った銀のトレイを持ったお姉様が立っていた。
甘い香りが届いてくる。
「ふふん。今日の紅茶とクッキーは私が作ったのよ」
お姉様が、自慢げに言う。……って、お姉様が作ったっ?!
「それ、ほんとっ?」
驚きすぎて、思わずそんなふうに声を上げてしまう。
「なんだか、物凄く失礼な反応ね。正真正銘、私が作った物よ。なんなら、咲夜に聞いてもいいわよ」
不満そうな態度を取るお姉様。ここで、咲夜の名前を出す、ってことはほんと、なんだ。咲夜は、お姉様と私にだけは絶対に嘘を吐くことはないから。
「そう、なんだ。……ごめんなさい、疑っちゃって」
「信じてくれたんなら、別にいいわ」
私が謝ると、すぐにお姉様は不満そうな態度を何処かへとやってしまった。
お姉様は、細かいことはあんまり気にしない性格なのだ。
「でも、突然、どうしたの?」
「別に、そんなに大した理由もないわ。そうね、一言で表せば、貴女を喜ばせてあげたいから、かしら?」
お姉様が、微笑みを浮かべる。
私は、その微笑みに思わず見惚れてしまう。お姉様が浮かべる微笑みは、綺麗過ぎるのだ。卑怯だ、と思ってしまうくらいに。
「フラン?」
動きを止めた私を見て、お姉様が不思議そうに首を傾げる。そう、お姉様は、自分の微笑みの破壊力に全く気付いていないのだ。
「な、なんでもないよっ。紅茶が冷めちゃうから、早くお茶会を始めようよ!」
お姉様に見惚れていたことを誤魔化すように、私はそう言って、さっきまで私が座っていた椅子を目指す。
「そうね。夜は長いとはいえ、紅茶の熱は待ってくれないものね」
焦りに焦って、挙動不審な私とは対照的に、お姉様は落ち着いた足取りで私の対面の椅子に座る。そのときに、銀のトレイも、テーブルの上に置く。
落ち着いたお姉様を見て、ずるい、と思ってしまう。私に原因があるんだとしても。
「ふふ、自分で用意した紅茶とクッキーを前にしてのお茶会は、なんだかいつもと違う気分になるわね」
いつもよりも声を弾ませながら、私と自分自身の前にカップを置く。私の好みにあわせて淹れてくれたのか、紅茶からはクッキーにも劣らない、甘い香りが漂ってくる。
「さあ、どうぞ。存分に味わってちょうだい」
「うん、いただきます」
そう言って、紅茶に口をつける。
ふわり、と紅茶の香りと甘さが口の中に広がる。
存分に甘くて、けど、しっかりと紅茶の香りも残っている。そして、暖かさが自然と身体の中へと広がっていく。
……うん、私が大好きな味だ。お姉様が、それをちゃんと分かってくれていることが嬉しくて、思わず笑みを零してしまう。
「お姉様、美味しいよ。私の好みのど真ん中だよ」
「当然よ。私は、フランの好みは、何から何まで把握しているのよ」
お姉様も、笑みを浮かべながら、そう返してくれる。
紅茶以外の熱が、私の中へと注がれる。
そんな熱に、少し浮かされるようにしながら、今度はクッキーへと手を伸ばす。
形は綺麗に整っている。咲夜のものと比べたら劣りそうだけど、十分に綺麗だと思える。
私は、ゆっくりとそれを口に運ぶ。
さくっ。
噛むと、そんな気持ちのいい音がした。けど、それは最初の一噛みだけだった。
どうしてか。
それは簡単だ。中が湿っていたから。
でも、それは失敗じゃない。意図されたことなんだから。
噛んだクッキーから滲み出てきたのは、蜂蜜だった。紅茶よりも甘い甘いそれが、舌を遠慮なしに刺激してくる。
幸せな刺激だ。甘いものは、どんなものだろうと、私を幸せにしてくれる。
「このクッキー、最高だね。幸せになれるよ」
きっと私は、さっきとは比べ物にならないような満面の笑顔を浮かべている。
お姉様は、これを作るために、どれだけ努力を重ねたんだろうか。
「ふふ、そう。どう? 私への尊敬が高まったんじゃないかしら?」
自信満々の笑顔を浮かべて、そう言う。絶対に間違っていない、と信じて疑っていないかのように。
でも、残念。お姉様の言葉は外れだ。
「ううん、そんなことないよ」
「へえ、それは残念だわ」
気にしてない風を装ってるけど、本当はすごくすごく気にしてる、ってことを知ってる。
でも、ごめんなさい。お姉様への尊敬が高まることは、絶対にないんだ。だって―――
「私は、もともと、お姉様のことを最上級に尊敬してるんだよ。だから、これ以上尊敬する余地なんてないんだ」
それに、それだけじゃない。
「お姉様のことは、最上級に信頼してるし、最上級に誇ってるし、最上級に愛してる」
私にとって、お姉様以上の存在なんてありえない。
「それはそれは、光栄なことね」
さっきまでの様子は何処へやら。すぐに、嬉しそうにそう言う。子供っぽいなあ、って思う。
「私は、貴女のことを最上級に可愛いと思ってるし、最上級に信頼しているし、最上級に誇ってるし、そしてなによりも、最上級に愛しているわ」
私の言葉を真似して、そう返してくれる。
「私の言葉、盗ったね」
そう言いながらも、私は心の中で嬉しい、と思ってて、
「私は私の思ったことを言っただけだわ」
お姉様もきっと同じ風に思ってくれてるんだ、って思って、
「じゃあ、きっと、次に言う言葉も同じになるんだろうね」
「さあ? 言ってみないことには分からないわ」
だから、私たちの言葉は重なるんだろう、と確信する。
「大好きだよ、お姉様」
「大好きよ、フラン」
私たちの言葉は、溶け合って、混ざり合って、心の中へと沈んでいった。
確かな、暖かさとなって。
Fin
とっても良かったです!!!
紅茶をお菓子を → 紅茶とお菓子を
美しき姉妹愛、良きかな良きかな。
今の現実に、これほどまでに純粋に互いを尊敬し、誇り、愛する姉妹が居るだろうか?
この姉妹は毎日こんな感じでいいのさ。