春の陽気が麗らかなお昼過ぎ。
緑の景観が美しい永遠亭の縁側を、鈴仙・優曇華院・イナバは歩いていた。
一歩、二歩……踏み出す足は次第に大股になり、数秒後にはスキップの姿勢となる。
「ホップっ」
遂には、とん、と大きく跳ねた。
「ステップ!」
そして、仔馬の尻尾のように結わえられた後ろ髪が、楽しげに揺れる――。
「ジャてゐどいてー!」
「……へ、鈴仙?」
「きゃー!?」
鈴仙の視界に、障子を開けて部屋から出てきた同僚の因幡てゐが飛びこむ。
虚を突かれたのだろう、振り向くてゐは目を瞬かせる。
瞬かせただけだった。
兎は急に止まれない――どってんもくもくぅ。
――場所を移して、てゐの自室。
軍隊仕込みの回避術で、鈴仙はなんとか直撃を避けた。
この件の直撃とはつまり、てゐに衝突することである。
彼女自身は見事に額から地面へと突っ込んだ。
「おでこ痛い……」
該当部位に両手を当てる鈴仙に、薬箱を片手に携えたてゐが呆れた視線を向ける。
「素直に突っ込んでくりゃいいものを」
「体格差考えると潰しちゃうじゃない」
「へーへ、私は小さいですからねぇ」
呟きつつ、薬箱を開けるてゐ。
鈴仙はじりじりと下がった。
距離をとっている。
てゐの半眼が少し険しくなった。
「血、出てない。消毒、必要ない。痛いの、ヤ」
「見りゃわかるっての。冷やすだけ」
「なーんだ、早く言いなさいよ」
鈴仙はぺしぺしとてゐの肩を叩く。
口元を引きつかせるてゐ。
いらっ、ときたようだ。
気付いているのかいないのか、鈴仙は両手で前髪を分け、額を曝け出した。
「んっ」
「はいよ」
「あぁぁ、冷たい!」
永遠亭の薬師八意永琳特製の冷感シート。
フィルムを外しただけで冷たくなると言う。
作り方は企業秘密、冬の妖怪が一枚噛んでいるらしい。
閑話休題。
額を中心に広がる冷たさに、鈴仙は頭を数度振る。
体が感覚に慣れるまでの行為だ。
それが理由の一つ。
もう一つは――デモンストレーション。
「あー……」
「ん、ん、なになに?」
「やけにテンション高いと思ったら……」
てゐの呆れた声に、鈴仙は食いつく。
彼女にとって響きはどうでもよかった。
デモンストレーションが功を奏したのならばよい。
数瞬の後、頭を振った余波で揺れる後ろ髪をそっと掴み、てゐが続ける。
「その……ポニーテール、悪くないんじゃないかな」
鈴仙は普段、長い薄紫色の髪をただ下ろしているだけだ。
けれど今、てゐの言葉の通り、珍しくもポニーテールを結っていた。
曝け出された白いうなじが健康的なイメージを持つその髪型と、いいギャップになっている。
――控えめな賛辞は、悪戯兎の精いっぱいの抵抗だった。
「ぶっぶー」
だと言うのに鈴仙は唇を尖らせる。
眉根に皺を寄せるてゐの手を掴み、少し上にずらした。
突然のことに態勢を崩したてゐの顔が胸に直撃したのだが、鈴仙は一切気にしていない。
「っぷあ!?
あんたもうちょっと恥じらいを持て!
あと髪に合った白いリボンが似合ってるよ!」
反射的に仰け反り顰めるてゐに、鈴仙は満面の笑みを浮かべる。
「でしょでしょ?
師匠に貰ったの!
もう嬉しくて嬉しくて!」
スキップもステップも、全てはそのためだったと言う。
『師匠』――永琳がリボンを渡したのは、なにも鈴仙だけではない。
夏に向けてのあせも対策に、長髪の者へと配っている。
否、配っていた。
結局、永琳は亭の全員に配って回ったのだから。色々と我慢できなかったらしい。
しかも、リボンは一律ではない。
形も色も、各々に合った物を選んでいる。
流石は‘月の頭脳‘永琳と言ったところであろうか。
「‘月の親馬鹿‘って言った方が適しているような」
「ん、何のこと?」
「いやいや」
鈴仙は首を傾けた。
その視界から、てゐが消える。
続く衣擦れの音が背に回ったことを示していた。
足を崩して座る鈴仙、その後ろ、膝で立つてゐ。
「リボン盗ったら‘幻朧月睨‘」
「容赦ないなぁ。違うよ」
「じゃあ」
なによ――問うと同時。
しゅるりとリボンが解かれる。
重力に引かれ、髪が床へと落ちて行く。
「オプティック!」
振り向き瞳を赤くする鈴仙に、てゐの片手が押し当てられた。
「みぎゃー!?」
「オプ……? 結い直すだけだって」
「目が、目が赤く染まるー!? ……って元からか」
鈴仙が絶好調だ。
それはさておき、解いたリボンをひらひらと漂わせるてゐ。
気持ちが高揚していたためか、鈴仙の結び方は緩かったようだ。
加えて、先ほどの飛んだり跳ねたりで、形も曲がっていたそうな。
事情を聞き、鈴仙は静かになった。
視線を前方に定め、てゐに委ねる。
時々頭に触れる指がこそばゆい。
「あ、そだ、てゐ。そろそろ漫画読み終わった?」
「あんたが置いていったんでしょうに」
「面白かったでしょ?」
「……ちょいと子供っぽかったかな」
「むぅ。妖夢も借りる時、微妙な顔してたなぁ」
穏やかな時間が、暫しの間、続く。
「後で返しに行かないと。……それはそうとさ」
「ん、もうちょいだよ」
「ありがと。……じゃなくて」
「よし、できた」
「えーと、なんで、左右で結ってるの?」
――と言う訳で、ツインテール鈴仙の完成である。
「ほんとはお団子にしたかったんだけどね。流石に長さが足りなかった」
「それをするなら姫様の方が合ってるんじゃないかなぁ」
「いや、うん。ほら、月の兎」
鈴仙が妖夢――更に言うなら正式な所有者は主で、出所はその友人だ――に借りたのは、所謂、少女漫画だった。
「珍しいね」
「ごめん、誘惑に勝てなかった……」
「うーんと、多分、何か勘違いしてるんじゃないかな。私が言ったのは、リボンを持っていること」
言いつつも、鈴仙は顔を数度振る。
その眼前に、ひょいと手鏡が現れた。
浮いているのでは勿論なく、てゐが差し出したのだ。
「あぁ。私もお師匠にもらったからね」
数秒ほど鏡と睨めっこをして、鈴仙は言う。
「変じゃない?」
「そう思うならやってない」
「じゃあ、師匠と姫様に見てもらおう!」
外出も申し出ようと、鈴仙は本棚から件の漫画を抜き出した。
数冊を脇に抱え、ふと首を捻る。
一冊足りない。
「姫が持ってった」
視線でてゐに問うと、あっさりと応えが返される。
「丁度良かったんじゃないかな。
確かお師匠、姫の所に行くって言ってたし。
あの方にあせもとかは無縁だけど、駄目もとで渡してるんじゃない?」
立ち上がり、てゐが障子を開く。
足並みを揃え、二羽は廊下へと出た。
心持温かくなった耳周りに触れつつ、鈴仙は思った。
姫様のポニーテール、凄く見たい――と。
姫――永遠亭の主、蓬莱山輝夜の部屋の前に来た二羽がまず聞いたのは、破裂音だった。
部屋の中から聞こえてくる、破裂音だった。
ぶぱぁ。
そして、赤く染まる障子。
「ひ、姫!? 師匠ーっ!」
「またなにかお師匠がいらんことしましたか姫ぇ!?」
安心と信頼の永琳クオリティ。
鈴仙は左の、てゐが右の障子を開く。
二羽の視界に映るのは、当然のごとく月の主従。
微苦笑を浮かべる輝夜と仰向けに倒れる永琳だった。
「え、と……?」
状況を飲み込めず、目を白黒させる二羽。
気付いた輝夜が顔を左右に振る。
揺れる、仔馬のような尻尾。
「どうかしら、因幡たち?」
――デモンストレーションだ。
「おかしくはない?」
「あ、や、怖いくらい似合って」
「わ、わーわーっ! 姫、可愛い! 綺麗! 素敵!!」
鈴仙のメーターが振りきれた。
なんのと言われても説明はできない。
できないが、確かに振りきれたのだった。
「あぁ、来ては駄目よ、月因幡」
「そんな!? ぎゅっとしたい!」
「あんたちょっとお師匠に毒されすぎ!」
飛びつこうとする鈴仙のスカートを、どうにか掴んだてゐが叱責する。
だが――てゐは首を捻る――惨状の理由がまるでわからなかった。
血で染まる永琳とその辺り一面、一方、普段と違うのは髪を結っているだけの輝夜。
或いは永琳なら、それだけで全身の血管を破裂させるかもしれない。
けれど、彼女を中心にして広がる赤い液体は、とても一人分とは思えなかった。
結局、妥当な推測も立てられず、輝夜へと視線を向けるてゐ。
「月因幡、貴女はさっきから浮かれすぎ。めっ、よ」
「あぅ、ごめんなさい、姫様ぁ……」
「それで正気に戻るんかい」
突っ込むてゐは、気がつかなかった。
「あれ? さっきからって……聞こえていたんですか?」
代わりとばかりに、鈴仙が問う。
この場だけならば、輝夜の言葉は出て来ない。
だから、てゐの部屋に入る前の嬌声を拾ったのだろう。
跳ねて飛んだ時、思わず口にしていた、掛け声を。
――そう、鈴仙は推測した。
「ええ。
故に、永琳は倒れている。
……これじゃちんぷんかんぷんかしら」
愛するペットの鋭い指摘に笑み、輝夜が立ち上がる。
その手には、一冊の本が掴まれていた。
鈴仙が借りた漫画だ。
一歩、二歩、と二羽に近づく。
「あ、姫! 床は血で汚れています!」
「永琳のだもの。構わないわ」
「えっと、御馳走さまです」
意味はよくわからなかったが、鈴仙は自身がよく向けられる言葉を言ってみた。
向けてくるのは、主に輝夜や永琳。
傍にいるのはてゐだった。
「めっ。
ともかく、そう、褒美を考えていたの。
ほら、珍しく永琳が下心抜きの仕事をしたでしょう?」
そのてゐが、額に手を当てている。
ついで、重い溜息を零した。
理解したようだ。
「ちょっとこら、てゐ。ちゃんと聞きなさいよ」
「あんたが言うな。……姫、まさか」
「ふふ、地因幡も一因ね」
何を?
「私は、貴女に借りていた是を読んでいた。
丁度その時、永琳がやってきたわ。
そして、月因幡の声が聞こえた」
部屋の惨状を。
永琳の状態を。
褒美の内容を、だ。
「あ、是って」
「うん。『姫――」
「ライオンのぬいぐるみも用意しておくべきだったわ」
つまり、鈴仙と同じく、輝夜も跳ねたのだ。
それも極上の笑顔という大盤振る舞い。
永琳にはちょっと刺激が強すぎた。
顔を見合わせる鈴仙とてゐ。
再び輝夜へと視線を向ける二羽の視界には、輝夜と、その髪を彩る赤いリボンが映る。
そして、件の漫画を差し出す輝夜に浮かぶ笑顔は、彼女たちのみならず、永琳にまで繰り返し元気を与えてしまっているのであった――。
「えーと、じゃあ姫様、このあり得ない量の出血って、全部……」
「永琳よ。蘇って思い出して出し切って、蘇る。繰り返し」
「あぁ、リボーン」
――おあとが宜しいようで。
<ちゃんちゃん>
緑の景観が美しい永遠亭の縁側を、鈴仙・優曇華院・イナバは歩いていた。
一歩、二歩……踏み出す足は次第に大股になり、数秒後にはスキップの姿勢となる。
「ホップっ」
遂には、とん、と大きく跳ねた。
「ステップ!」
そして、仔馬の尻尾のように結わえられた後ろ髪が、楽しげに揺れる――。
「ジャてゐどいてー!」
「……へ、鈴仙?」
「きゃー!?」
鈴仙の視界に、障子を開けて部屋から出てきた同僚の因幡てゐが飛びこむ。
虚を突かれたのだろう、振り向くてゐは目を瞬かせる。
瞬かせただけだった。
兎は急に止まれない――どってんもくもくぅ。
――場所を移して、てゐの自室。
軍隊仕込みの回避術で、鈴仙はなんとか直撃を避けた。
この件の直撃とはつまり、てゐに衝突することである。
彼女自身は見事に額から地面へと突っ込んだ。
「おでこ痛い……」
該当部位に両手を当てる鈴仙に、薬箱を片手に携えたてゐが呆れた視線を向ける。
「素直に突っ込んでくりゃいいものを」
「体格差考えると潰しちゃうじゃない」
「へーへ、私は小さいですからねぇ」
呟きつつ、薬箱を開けるてゐ。
鈴仙はじりじりと下がった。
距離をとっている。
てゐの半眼が少し険しくなった。
「血、出てない。消毒、必要ない。痛いの、ヤ」
「見りゃわかるっての。冷やすだけ」
「なーんだ、早く言いなさいよ」
鈴仙はぺしぺしとてゐの肩を叩く。
口元を引きつかせるてゐ。
いらっ、ときたようだ。
気付いているのかいないのか、鈴仙は両手で前髪を分け、額を曝け出した。
「んっ」
「はいよ」
「あぁぁ、冷たい!」
永遠亭の薬師八意永琳特製の冷感シート。
フィルムを外しただけで冷たくなると言う。
作り方は企業秘密、冬の妖怪が一枚噛んでいるらしい。
閑話休題。
額を中心に広がる冷たさに、鈴仙は頭を数度振る。
体が感覚に慣れるまでの行為だ。
それが理由の一つ。
もう一つは――デモンストレーション。
「あー……」
「ん、ん、なになに?」
「やけにテンション高いと思ったら……」
てゐの呆れた声に、鈴仙は食いつく。
彼女にとって響きはどうでもよかった。
デモンストレーションが功を奏したのならばよい。
数瞬の後、頭を振った余波で揺れる後ろ髪をそっと掴み、てゐが続ける。
「その……ポニーテール、悪くないんじゃないかな」
鈴仙は普段、長い薄紫色の髪をただ下ろしているだけだ。
けれど今、てゐの言葉の通り、珍しくもポニーテールを結っていた。
曝け出された白いうなじが健康的なイメージを持つその髪型と、いいギャップになっている。
――控えめな賛辞は、悪戯兎の精いっぱいの抵抗だった。
「ぶっぶー」
だと言うのに鈴仙は唇を尖らせる。
眉根に皺を寄せるてゐの手を掴み、少し上にずらした。
突然のことに態勢を崩したてゐの顔が胸に直撃したのだが、鈴仙は一切気にしていない。
「っぷあ!?
あんたもうちょっと恥じらいを持て!
あと髪に合った白いリボンが似合ってるよ!」
反射的に仰け反り顰めるてゐに、鈴仙は満面の笑みを浮かべる。
「でしょでしょ?
師匠に貰ったの!
もう嬉しくて嬉しくて!」
スキップもステップも、全てはそのためだったと言う。
『師匠』――永琳がリボンを渡したのは、なにも鈴仙だけではない。
夏に向けてのあせも対策に、長髪の者へと配っている。
否、配っていた。
結局、永琳は亭の全員に配って回ったのだから。色々と我慢できなかったらしい。
しかも、リボンは一律ではない。
形も色も、各々に合った物を選んでいる。
流石は‘月の頭脳‘永琳と言ったところであろうか。
「‘月の親馬鹿‘って言った方が適しているような」
「ん、何のこと?」
「いやいや」
鈴仙は首を傾けた。
その視界から、てゐが消える。
続く衣擦れの音が背に回ったことを示していた。
足を崩して座る鈴仙、その後ろ、膝で立つてゐ。
「リボン盗ったら‘幻朧月睨‘」
「容赦ないなぁ。違うよ」
「じゃあ」
なによ――問うと同時。
しゅるりとリボンが解かれる。
重力に引かれ、髪が床へと落ちて行く。
「オプティック!」
振り向き瞳を赤くする鈴仙に、てゐの片手が押し当てられた。
「みぎゃー!?」
「オプ……? 結い直すだけだって」
「目が、目が赤く染まるー!? ……って元からか」
鈴仙が絶好調だ。
それはさておき、解いたリボンをひらひらと漂わせるてゐ。
気持ちが高揚していたためか、鈴仙の結び方は緩かったようだ。
加えて、先ほどの飛んだり跳ねたりで、形も曲がっていたそうな。
事情を聞き、鈴仙は静かになった。
視線を前方に定め、てゐに委ねる。
時々頭に触れる指がこそばゆい。
「あ、そだ、てゐ。そろそろ漫画読み終わった?」
「あんたが置いていったんでしょうに」
「面白かったでしょ?」
「……ちょいと子供っぽかったかな」
「むぅ。妖夢も借りる時、微妙な顔してたなぁ」
穏やかな時間が、暫しの間、続く。
「後で返しに行かないと。……それはそうとさ」
「ん、もうちょいだよ」
「ありがと。……じゃなくて」
「よし、できた」
「えーと、なんで、左右で結ってるの?」
――と言う訳で、ツインテール鈴仙の完成である。
「ほんとはお団子にしたかったんだけどね。流石に長さが足りなかった」
「それをするなら姫様の方が合ってるんじゃないかなぁ」
「いや、うん。ほら、月の兎」
鈴仙が妖夢――更に言うなら正式な所有者は主で、出所はその友人だ――に借りたのは、所謂、少女漫画だった。
「珍しいね」
「ごめん、誘惑に勝てなかった……」
「うーんと、多分、何か勘違いしてるんじゃないかな。私が言ったのは、リボンを持っていること」
言いつつも、鈴仙は顔を数度振る。
その眼前に、ひょいと手鏡が現れた。
浮いているのでは勿論なく、てゐが差し出したのだ。
「あぁ。私もお師匠にもらったからね」
数秒ほど鏡と睨めっこをして、鈴仙は言う。
「変じゃない?」
「そう思うならやってない」
「じゃあ、師匠と姫様に見てもらおう!」
外出も申し出ようと、鈴仙は本棚から件の漫画を抜き出した。
数冊を脇に抱え、ふと首を捻る。
一冊足りない。
「姫が持ってった」
視線でてゐに問うと、あっさりと応えが返される。
「丁度良かったんじゃないかな。
確かお師匠、姫の所に行くって言ってたし。
あの方にあせもとかは無縁だけど、駄目もとで渡してるんじゃない?」
立ち上がり、てゐが障子を開く。
足並みを揃え、二羽は廊下へと出た。
心持温かくなった耳周りに触れつつ、鈴仙は思った。
姫様のポニーテール、凄く見たい――と。
姫――永遠亭の主、蓬莱山輝夜の部屋の前に来た二羽がまず聞いたのは、破裂音だった。
部屋の中から聞こえてくる、破裂音だった。
ぶぱぁ。
そして、赤く染まる障子。
「ひ、姫!? 師匠ーっ!」
「またなにかお師匠がいらんことしましたか姫ぇ!?」
安心と信頼の永琳クオリティ。
鈴仙は左の、てゐが右の障子を開く。
二羽の視界に映るのは、当然のごとく月の主従。
微苦笑を浮かべる輝夜と仰向けに倒れる永琳だった。
「え、と……?」
状況を飲み込めず、目を白黒させる二羽。
気付いた輝夜が顔を左右に振る。
揺れる、仔馬のような尻尾。
「どうかしら、因幡たち?」
――デモンストレーションだ。
「おかしくはない?」
「あ、や、怖いくらい似合って」
「わ、わーわーっ! 姫、可愛い! 綺麗! 素敵!!」
鈴仙のメーターが振りきれた。
なんのと言われても説明はできない。
できないが、確かに振りきれたのだった。
「あぁ、来ては駄目よ、月因幡」
「そんな!? ぎゅっとしたい!」
「あんたちょっとお師匠に毒されすぎ!」
飛びつこうとする鈴仙のスカートを、どうにか掴んだてゐが叱責する。
だが――てゐは首を捻る――惨状の理由がまるでわからなかった。
血で染まる永琳とその辺り一面、一方、普段と違うのは髪を結っているだけの輝夜。
或いは永琳なら、それだけで全身の血管を破裂させるかもしれない。
けれど、彼女を中心にして広がる赤い液体は、とても一人分とは思えなかった。
結局、妥当な推測も立てられず、輝夜へと視線を向けるてゐ。
「月因幡、貴女はさっきから浮かれすぎ。めっ、よ」
「あぅ、ごめんなさい、姫様ぁ……」
「それで正気に戻るんかい」
突っ込むてゐは、気がつかなかった。
「あれ? さっきからって……聞こえていたんですか?」
代わりとばかりに、鈴仙が問う。
この場だけならば、輝夜の言葉は出て来ない。
だから、てゐの部屋に入る前の嬌声を拾ったのだろう。
跳ねて飛んだ時、思わず口にしていた、掛け声を。
――そう、鈴仙は推測した。
「ええ。
故に、永琳は倒れている。
……これじゃちんぷんかんぷんかしら」
愛するペットの鋭い指摘に笑み、輝夜が立ち上がる。
その手には、一冊の本が掴まれていた。
鈴仙が借りた漫画だ。
一歩、二歩、と二羽に近づく。
「あ、姫! 床は血で汚れています!」
「永琳のだもの。構わないわ」
「えっと、御馳走さまです」
意味はよくわからなかったが、鈴仙は自身がよく向けられる言葉を言ってみた。
向けてくるのは、主に輝夜や永琳。
傍にいるのはてゐだった。
「めっ。
ともかく、そう、褒美を考えていたの。
ほら、珍しく永琳が下心抜きの仕事をしたでしょう?」
そのてゐが、額に手を当てている。
ついで、重い溜息を零した。
理解したようだ。
「ちょっとこら、てゐ。ちゃんと聞きなさいよ」
「あんたが言うな。……姫、まさか」
「ふふ、地因幡も一因ね」
何を?
「私は、貴女に借りていた是を読んでいた。
丁度その時、永琳がやってきたわ。
そして、月因幡の声が聞こえた」
部屋の惨状を。
永琳の状態を。
褒美の内容を、だ。
「あ、是って」
「うん。『姫――」
「ライオンのぬいぐるみも用意しておくべきだったわ」
つまり、鈴仙と同じく、輝夜も跳ねたのだ。
それも極上の笑顔という大盤振る舞い。
永琳にはちょっと刺激が強すぎた。
顔を見合わせる鈴仙とてゐ。
再び輝夜へと視線を向ける二羽の視界には、輝夜と、その髪を彩る赤いリボンが映る。
そして、件の漫画を差し出す輝夜に浮かぶ笑顔は、彼女たちのみならず、永琳にまで繰り返し元気を与えてしまっているのであった――。
「えーと、じゃあ姫様、このあり得ない量の出血って、全部……」
「永琳よ。蘇って思い出して出し切って、蘇る。繰り返し」
「あぁ、リボーン」
――おあとが宜しいようで。
<ちゃんちゃん>
…ピクシブでポニテの姫様のイラストないかなぁ。
可愛い永遠亭をありがとうございます。
てゐ苦労人気質な気がw
ポニテの姫様ならいくらでもおk。
そのうち新番組ブレザームーンが始まるのかww
前作はいろいろ条件がそろいすぎてたので、てっきりあの絵を見た上で書いたもんだと思ってました。
知ってるよとか言われたらどうしようかとww