暗闇から意識が引きずり出された。そんな感覚で深い眠りから目覚めた。
ゆっくり目を開くが目の前は暗闇で何も見えない。そして二度寝するようにもう一度ゆっくりと目を瞑る。まず、今私はどんな状況におかれているのかとボンヤリする脳に鞭を打って思考を巡らせてみると肌がヒンヤリとする感覚に襲われた。何故か体がビショビショに濡れており、しかも見知らぬ場所の床に横になっているようだ。
私は閉じていた目を開いて辺りを見回す。農具らしきものが置いてあるのでどこかの小屋の中のようだ。
とりあえずその場で起きようと体を起こした。
「……い、たた……。」
硬い床に長時間横になっていたおかげで背中がズキズキと痛む。痛みのおかげか、ようやく頭が活性化してきて昨夜のことを思い出してきた。
長年暮らしてきた村の連中が、老けることのない私を不気味がって……。
そろそろ住む場所を変えるかと山道を移動してたら山賊に襲われて……。
相手をするのが面倒だから撒こうとしたら足を滑らせて川に落ちた……。
……と、そんな感じだった気がする。完全にドジを踏んだ私のミスだ。
そんな事をボンヤリ思い出していたその時、戸が開く音が聞こえて私は思わず身構える。
「あら、目を覚ましたのですね。」
そんな言葉と一緒に落ち着いた雰囲気の妖怪が灯りを持って中へと入ってきた。恐らくだが獣系の妖怪だと解釈する。灯りを持っているとゆうことは今は夜か?
初対面で警戒していた私の気持ちを悟ったのか、妖怪は安心してくださいと宥めてくる。まぁそんな言葉だけじゃ流石に信じきれないので警戒は解きはしない。
……まぁ襲われても怪我をするだけで怖くはない。痛いけど。
「ここは村のお寺の裏小屋です。あなたは川で溺れて息もなかったのに心臓は動いてたからと主が連れてきたのですよ。」
そう言って妖怪は私に替えの服を渡してきたが、火を扱える私は断った。服を乾かす程度のことは手慣れている。
「……世話になった、失礼する。」
私は静止する妖怪を無視してフラつきながらも小屋から出ていこうとする。
ここがお寺ということは、前に住んでいた村からあまり離れてないかもしれない。一刻も早くもっと離れた場所まで移動して、またしばらく静かに暮らすつもりなのだから長居する意味もなく、そんなつもりも更々なかった。
……と、何故お寺に妖怪がいる?
「……ここの主って妖怪?」
そう私が尋ねると妖怪はキョトンとし、私の言葉を理解したのか少し笑った。
「いいえ、主は人間です。私はちょっとした都合により、ここで主に仕えて過ごしているのですよ。」
ずいぶん変わった人間がいるものだ。何より、人間に仕える妖怪も変わっているかもしれないが。
少なくとも、前に暮らしていた村の近くには妖怪が仕えている神社など聞いたことも見たこともない。
……気が変わった。挨拶くらいならしてもいいか。
~♪~♪~♪~
私は助けてくれたお礼を主に言いたいと妖怪に伝えると妖怪は主とやらに直接交渉してくれたらしく、快く承諾してくれた。そして今、本堂へと案内されて歩いているところだ。
外は暗くなっており、空には地上を優しく照らすように月や星がそれぞれ独特の光を放つ。
目をよく凝らすと暗いとはいえ雰囲気で辺りを把握出来る。少なくとも前の村に住んでいた時には一度も見たこともないお寺だ。私の姿を知っている者は居なさそうだし……少し安心した。
「ここです。主はあなたと2人で話がしたいと……どうぞ。」
そう妖怪に言われ、部屋に入るように促された私は逆らうことなく目の前の戸を開ける。その部屋には大きな大仏様が奉られ、部屋の中心に女性が座って私を待っていた。
笑顔で私を迎えてくれたその女性は、人が良さそうというか……相手のことを信じきってしまいそうな感じがした。今の世では少々珍しい感じかもしれない。
「お目覚めになられたようですね。良かったですわ。」
「……助けて貰って感謝します。」
私は素直に頭を下げる。すると、その女性に座って茶を飲むように勧められた。
「昼間にあなたが川に浮いていて、引き上げた時はとても驚きました。心臓が動いてらしたから……すごい生命力ですわ。」
生命力とか言われても困る。私は元々死ねない身だ。そんな女性の言葉を私は笑って誤魔化す。
この時、私はふと閃いた。
言ってしまえば今の私は完全に迷子状態。旅をしていると嘘をついて地の利を得るのも悪くない、と。
「私は旅の者なんですが、この辺りで人気のない山や森はありますか?より深い自然のある場所を見て回っているんですが……。」
私にしてはずいぶん立派な言葉を言えた。案の定女性は私の言葉を信じ、この辺りの地図を持ち出してわざわざ説明してくれた。
そして何カ所か紹介されたが『凶暴な妖怪もいるので~』とか言って女性は心配している。まぁ、普通の人間が妖怪が出る場所へ行くなど自殺行為そのものだから仕方あるまい。
その何カ所か紹介された場所の中で、私は竹林を選んだ。その付近では『迷いの竹林』などと呼ばれ、人は滅多に近寄らないそうだ。それなら私にしては非常に都合が良い。筍とか採れそうだし。
「ありがとうございます。助かりました。」
「いえ、お力に添えられて光栄ですわ。」
さて……そろそろ行くか。礼も言ったし、目的地も得た。
夜出歩くのは危険だと女性に止められたが、強力な魔除けを持っているので平気だと誤魔化した。余計なことを手伝われるとむしろ迷惑だ。
それでも『最後くらいは』と、女性はわざわざ門まで出向いて見送ってくれることになり、その女性は私が姿を確認できなくなる最後まで手を振ってくれていた。ここまで気にされると逆に悪い気がする。
「……あ。」
思わずそう口に出して立ち止まる。
……しまった。
お世話になったというのに名前を名乗るどころか聞いてすらいない。ずいぶん失礼なことをしてしまった。
恩になったのだからこの場所を覚えておこう。それが礼儀だ。
そして、生活が落ち着いたら改めてお礼に来よう。そう心に決めて私は止めた足を再び前へと進めた。
~♪~♪~♪~
私が竹林に住むようになってからかなりの年数が経った。私にとっては日数などなんの意味もなさないので正しい経過年数などハッキリ覚えていない。
ただ、この何百年という長い歳月をダラダラとした生活で送っていた訳ではない。
竹を使った炭を販売したりするようにしたり、私なりに努力した結果かなり安定した生活を送れるようになった。
それに、竹林に迷い込んでしまった村人を人里まで送ったりしていたおかげで慧音という友人も出来た。
しかも、私の住んでいる竹林に『アイツ』が住むようになりよく殺し合いをするようになった。怨みを抱いていた私にとってはこれが一番の報酬だ。
過去何百年も目的もなく生活してきた私にとっては毎日が素晴らしい日々で、それはそれは充実していた。
そんなある日、ふと私を助けてくれた上この竹林を紹介してくれた女性の存在を思い出した。
この充実した今の生活を送れるのもあの女性のおかげ。曖昧ながらも、あのお寺の場所は覚えている。
何百年と経ってしまったためあの女性が生きている可能性はないと思うが、それでも心に誓っていたお礼を言うために、手土産の筍を持って微妙な記憶を頼りに丸々1日かけて道なき道を進んでいった。
……しかし、私がそのお寺を見つけたのはよかったが、初めて訪ねた時のような面影はなく、すっかり廃墟と化していた。
もっと早く気付いて、もっと早くお礼を言いに来るんだったと私は酷く後悔し、その廃墟と化したお寺を前にただただ悔しさに拳を震わせながら立ち尽くした。
結局その日、私は持ってきた手土産の筍をその廃墟と化したお寺に置いていくことしか出来なかった。
~♪~♪~♪~
最近、幻想郷に新しいお寺が建った。
そのお寺から私宛てに天狗を通して注文の手紙が届いた。新聞記者のクセに郵便の仕事も始めたらしい。達者なものだ。
私は相変わらず竹を使った炭を販売する仕事をしており、お得意様がかなり増えた。
そのお得意様から勧められた素晴らしい炭があると噂を聞きつけた新しいお寺の主が是非、と手紙を出してきたのだ。
手紙に記された地図の通り道を進み、目的地を目指す。少し高い丘に大きなお寺が見える。近付くと立派な門構えの地点でかなり立派なお寺と解釈した。
私は門を叩く。
少し待っているとゆっくりと門が開き、鼠の妖怪が出迎えてくれた。
「御主人様から話は聞いてるよ。ささ、どうぞ。」
お寺に招き入れられ炭を指示された倉庫へと運んだ後、わざわざ手紙を出してまで注文してくれた主さんに挨拶することにした。これも一応礼儀だ。
「主と御主人様はこちらの本堂にいます。中へお入りください。」
促された私は案内された本堂の戸を迷わず開けた。そこには女性と獣系の妖怪が礼儀正しく座っている。
………あれ?
思わず私は固まった。初対面のはずなのに見覚えがある2人を前に。私が何か喋ろうとするが思いがけない出来事で言葉が出ない。
「……『初めまして』ではなく『お久しぶり』ですよね?」
私が何も言えずに立ち尽くしていると、相変わらず人が良さそうな笑顔で女性はそう言った。その言葉を聞いただけで私の記憶は完全に蘇った。そして自然と涙が出た……。
~♪~♪~♪~
私は涙を流しながら何度も何度も感謝の気持ちとお礼を告げ、挨拶どころか名前を名乗ることさえ出来なかった謝罪の気持ちを同じく何度も何度も謝った。
女性も妖怪も私のことを覚えてくれた。ただ覚えてくれていたということなのに、私にとってはどんなことよりも嬉しかった。
……まだ仕事が残っていた私は寺を後にする。勿論しっかりと自己紹介もしたし、相手の名前もはっきり覚えた。
帰り道の途中、そのお寺に振り返り改めてまた挨拶に来ようと決めた。今度は仕事ではなく、私用で。
お土産の筍も持ってまたお礼を言いに来よう。
あの時伝えられなかった『ありがとう』をもう一度伝えるために。
妹紅なら大昔に白蓮とも会ってそうですよね。
確かに一度くらい会ってそうですね。面白かったです!
千年の時を越えた「伝えたい言葉」、趣深いものだと思います。