部屋に戻ると、てゐが私の洋服だんすをガサゴソと漁っていた。それは折しも下着類を詰め込んでいる段だったので、ついにてゐも変態趣味に目覚めてしまったか、と私は暗い考えを心に抱きつつ、背後からてゐに近付いてつまみあげた。
「こーら」
「わっ」
「なに漁ってるの。罠でも仕掛けようってわけ? さすがに下着に何か仕込まれるのはごめんよ」
「失敬な。純情でカワイイ妖怪兎になんてことを言うの鈴仙。私はただ外の世界の赤い服を着た変態よろしく素敵なプレゼントを置いといてあげようとしただけだよ」
「で、その贈り物はポケットの中で蠢いてる得体の知れない何かってわけ?」
てゐは悪びれた様子もなくにやりと笑い、ポケットをぽんぽんと叩いた。ぐちゅっと何かが潰れる音がした。いったいそのワンピースを誰が洗濯するのだろう。私か。
「まったく、親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってるでしょ? 人の部屋に勝手に侵入しないの。私にもプライバシーってものがねぇ」
「ぷらいばし? 外来語は難しくてわかんないなー」
プレゼントだって外来語だろう、というつっこみはしないことにした。無駄に労力を使うだけだ。
「はいはい。今度教えてあげるから。とりあえず部屋から出て」
「えー、けちー、いいじゃんちょっとくらい」
「だーめ。そろそろお夕飯できるから。兎たちに伝えてきて」
「ほーい」
てってって、とてゐは部屋から出ようとする。
私はその頭をガッシと掴んだ。
「まてゐ」
「うわっ、寒気が」
「ポケットの中のそれ」
「ん、これ?」
ぐちゃ……。
「そっちじゃない! 出すなそんなもん! 反対側のポケット!」
「な、なんのことかしら」
「ちょっと膨れてるわ。まだ何か入ってるでしょ」
「そんな、年端もいかない幼女の微かな膨らみを探るなんて、鈴仙ってばやーらしーい」
「自分で幼女とかいうな。大体何歳なのよあんた。そんなことはいいから、早くポケットのものを出しなさい」
「うぇー」
「うぇー、じゃないの。物を盗むのはいけないことよ。ほら、今なら許してあげるから、早く」
「むー」
渋々といった感じでてゐが差し出してきたのは、予想通り純白のパンティーだった。それも私のお気に入りの。
「なんでこんなの盗もうと思ったのよ。あんたいつもドロワじゃない」
「んー、被ろうと思ったから?」
「疑問形にしてる時点で違うってわかるよね」
少しほっとした。
「とにかく、これは没収。何に使おうと思ったか知らないけどさ」
「ん……うん」
あれ、なんだか少ししおらしい。もちもちした耳も、力なく垂れ下がっている。どうしたのだろう。
「……何に使おうと思ったの?」
「……別に。なんでもないよ」
「まさか、履きたかったとか?」
「…………」
てゐはついとそっぽを向いた。図星らしい。
珍しいこともあったものだ。幻想郷では幼い外見をした女の子は大抵好んでドロワを履くものだと思っていたけれど……いや、だからこそ、たまには違うものを履きたいと思うのかもしれない。でも、てゐはパンティーを一枚も持っていない。だから、私から拝借しようとしたのだ。
「素直に履きたいって言えば、貸してあげるのにさ」
「……だって」
「だって?」
私はてゐを覗き込む。
なんとまぁ、花を散らしたように赤くなっていた。恥ずかしいのだろう。
ちょっと可愛いと思ってしまった自分が憎い。
「……わかった。それ以上言わなくていいから。あっちで履いてきなよ」
「え……いいの?」
「いいよ。ただ、サイズ合わないと思うから、ちょっと待ってて。もっと小さいのがあるから」
「なんでそんなの持ってるの」
「企業秘密です」
ごそごそと下着をかきわけ奥を探る……あったあった。これならてゐでも履ける。
「はい。もう盗もうなんて考えちゃだめよ」
「あ……あ、ありがと」
ごにょごにょ言って、てゐはいそいそと衝立の向こうへ消えた。
あんな風に恥ずかしがって顔を赤らめているてゐなど、滅多に見られるものではない。これは大変いいものを見た。ごちそうさまです。つーんと鼻の頭が痛くなった。まずい、鼻血が出る。
「れ、鈴仙。履いたよ」
「そ、そう」
私がちり紙をゴミ箱に捨てているところへ、てゐが戻ってきた。「ん」と私に脱いだドロワを差し出したので、それを受け取った。
「どんな感じ?」
「ん……」
てゐはワンピースの裾を両手で抑え、なにやら俯いている。
裸の両足を、もじもじと重ね合わせて。
「どうしたの?」
「す……」
「す?」
「スースーする……」
再び顔は真っ赤である。
私は思わず吹き出しそうになった。
やばい。可愛い。
「そ……そうね。慣れないうちはそうかもね。でも大丈夫よ。履いてれば慣れてくるわ」
「うーん……なんか恥ずかしいなぁ。やっぱりやめよ。鈴仙、ドロワ返して」
すぐに返してあげようと思ったが、出しかけたところで、魔が差したとしか言えないような衝動が私を襲った。こんな風に恥じらいを浮かべているてゐは非常に珍しく可愛らしい。この状態がすぐに終わってしまうのは、とてももったいのないことだ。ここで返してしまうのは月兎としてのプライドに関わる。ならば。
「はい……、!!!ああっと!!! 手が滑ったぁ!」
「あーっ!!」
小型ロケットの弾丸によって方向と重みを与えられた穢れなきドロワ―ズは、中庭の池にぽちゃんと落ちて穢れてしまった。とてもいけないことをした気分になったものの、私の顔はきっと満足感に輝いていただろう。
「な、なにしてるの鈴仙!」
「やー、ごめんごめん。ついロケットが出ちゃって。戦争から離れてると加減がわからなくてたまーにそういうことが起きるのよねぇ」
「そ、そんなこといいから、早く新しいドロワ持ってきてよ!」
「む……」
しまった。てゐの部屋にはまだたくさんのドロワが眠っているのだった。あのドロワが穢れてしまったとはいえ、まだまだたくさんの純白のそれらが残っているのである。無念。
「話はきかせてもらったわ」
「お師匠様!」
かつてない素早さで、お師匠様が現れた。
お師匠様は緩やかに私に微笑みかけ、それからてゐに残念そうな口調で告げた。
「てゐ、悪いけど、薬で狂乱した兎たちがなぜかドロワをみんな外に放り投げてしまってね。あいにくもうストックがないのよ」
縁側から外を見た。空から雪のように舞い散る白い布。それらはすべて、純白のドロワーズだった。屋根から、兎たちが一斉に投げ捨てているのだ。
「な……な……」
あまりのことに、てゐは二の句も告げない状態だった。
兎たちがうさうさと集まってくる。みんな興味津津といった表情をしているものの、薬で強制的にさせられているという印象は受けない。つまり、これが永遠亭の総意ということだ。「てゐの恥じらう姿を見つめ続けたい」。そんな高邁な目標のために、今永遠亭の心は一つになっている。
私は静かな感動を覚え、人差し指で涙をぬぐった。
「あらあら。どうしたの? みんな集まって」
向こうから姫様がするすると滑るように歩いてきた。
「ひ、姫様ぁ」
てゐが半泣きになりながら姫様に抱きついた。
「あらあら、てゐ。どうしたの?」
「みんなが……みんなが……」
「ふむ……」
姫様は聡明な瞳を庭に向け、私を見て、お師匠様を見た。それから何かを悟ったように頷くと、てゐの頭を撫でる。
「何が起きたかは知らないけど」
「え……?」
「人は一歩ずつ階段を上っていくものよ。てゐは妖怪だけど、もうそろそろ大人になってもいいんじゃないかしら……大丈夫。どんなてゐでも、私たちはずっと好きでいられるわ。イナバたちへの愛情は永遠に変わらない。だって、ここはそういう場所だもの」
殺し文句だった。
てゐはぱくぱくと何かを言おうとするが、何も言えず、もじもじとワンピースの裾を押さえた。
人に幸福を与える幸せ兎。今彼女はその姿によって、私たちみんなを幸福にしているのである。
私はほくほくした気分になりながら、てゐの肩に手をぽんと置いた。
「さ、お夕飯にしよ?」
そしてもう片方のポケットの中身が気になる
お夕飯はお赤飯ということでいいですか。