Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

狼の信頼

2010/05/29 02:46:10
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百合ん百合んです。苦手な方はここでUターンお願いします。










「う~ん……」

 背を預けることで二本足にした椅子に腰かけながら、文は唸り声を上げた。

「良いネタが無い」

 文屋としての悩みは、これに尽きる。
 いや、あると言えばある。
 例えば、今日の夕食の献立とか、服の新調もしなければいけないし……。
 これは文屋関係ないか。

「……」

 床が大きい音を立てるのも気にせず、文は勢いよく椅子を四本足に戻した。

 違う、そうじゃない。
 そう言い聞かせるのは、自分の無意識に。

 何を考えていても、白い尻尾が、ピクピク動く耳が脳裏を過る。

「だぁ~!もうっ!」

 頭を抱えて左右に振って、脳内を駆け巡る白いわんこを追い出そうとする。

 ……昼寝しやがった。

「全く……」

 零れ落ちるのは不満ではなく、仕方ないな、という気持ち。
 あの白い犬、じゃなくて狼に恋心を抱いた時点で、負けは決まっているのかもしれない。

「ほんと、気持ち良さそうに居座るわね」

 文は静かに椅子から立ち上がった。
 首に愛用のカメラを下げ、ポケットには文花帖を仕舞う。

「今日は身内の取材でもいいでしょう」

 くすぐったい気持のまま自分に言い訳して、文は部屋を飛び出した。
 妖怪は捻くれていても、欲望には素直なのだ。

 文は一つ翼を羽ばたかせた。風が体を撫でていく。
 見事なまでの晴天に、文は更にスピードを上げた。

 どうせまた河童たちと大将棋でもやっているのだろう。

 苦笑しながら辿り着いたのは、目当ての滝の上。
 妖怪の山の広さは相当だが、烏天狗のスピードなら冬の厠より断然近い。
 この滝の裏に彼女の部隊があるはず……と言っても、基本的に数人で入れ替えて見張りをしているから持ち場にいるのは一

人か二人だろう。
 彼女の部隊の見張り範囲はこの滝から下流。つまりこの周辺にいるはずだ。

 文は一通り周りを眺めて、いないことを確認した後、もう一度飛び上がった。
 今度は人捜しなので、ちゃんと見回せる程度にゆっくり飛ぶ。
 この川の岩は白いので、彼女がいても見つかりにくい。

 ふと、視界の端に茶色い点が目に入った。そのまま上空で停止する。
 高度を少し下げてみると、それは将棋盤だった。

「あれ?」

 目当てのものは見つかったが、何かがおかしい。
 周りに人が見当たらないのだ。
 流石に子供じゃないのだから、将棋盤をほっぽって行くはずないのだが。
 不思議に思いながら、文は更に高度を下げる。
 今度目に映ったのは、木の陰から揺れている白い物体。
 それがなんなのかすぐに見当がついた。
 顔が無意識に綻ぶ。


 だが、次の瞬間



 我が目を疑った。


 全体が見えたその白いものは、誰かにのし掛かっていた。下から青い服が見え隠れする。
 じゃれているのか、その誰かの喉元に彼女は噛みついた。


 ズキンと、胸が痛む。


 呼び止めようと口を開く前に、彼女は振り向いた。

「射命丸様?」

 不思議そうにこちらを見てくる。
 そういえば、この時間にここに来るのは初めてかもしれない。

 白い塊――椛が立ち上がると、私を見て微笑んだ。
 尻尾もパタパタと揺れている。

「何かご用でしょうか?」
「おぉ、本当に射命丸様だ」

 下にいたのは、よく椛と将棋をする河童、河城にとりだった。
 若干表情が固く見えるのは、天狗と河童の種族差からか。
 まあ、椛も天狗だけれど。

「特に用はないわ」

 文はゆっくりと羽ばたくと、椛の前に降り立った。

「取材対象がいなかったから、たまには身内でもと思ったんだけど」

 平静を装ったのに、何だかきつい言い方になってしまった。
 恥ずかしくなって、椛から目を逸らす。
 だが、今度は後ろにいたにとりと目が合ってしまった。

「えーっと、じゃあ、弾幕取材をまたやるとか……どうです?」

 何かを訴えるように見えたのか、にとりは慌てて話題を振ってきた。
 そういえば、と文は胸ポケットから文花帖を取り出す。

 あれから異変は沢山起きている。
 取材に行きたいところはあるのだが、最近のものは異変と呼べるものではなく、とりたてて理由が無かった。
 弾幕の魅せ合うもの。取材で自慢のスペルカードを見せたがる輩も多い。

 文は文花帖の新たなページに思いつく場所、人物を書き出した。

「にとり、ありがとうございます」

 口調を仕事用に切り替える。
 決して棘のある言い方をしたい訳ではない。

「え?ええ、どういたしまして」

 文はにっこりと笑って小首を傾げると、文花帖を片手でパタンと閉じた。
 流石にこのまま郷を巡るのはフィルムの枚数的に無理だが、一人分ならわけもない。

「ではにとり、協力してもらえますね」
「え?」
「言いだしっぺがやらないっていうのは、おかしいですよね?」

 文はズイッと前に出た。
 多少強引なのはいつものこと。
 決してさっきの状況に苛だっている訳ではない。折角だから一枚でも多く撮ってから帰りたいだけだ。

「いや、その」

 にとりは文と距離を一定に保つように後ろに下がった。
 消極的なのは相手が天狗だからか、時間を割かれたくないからか。
 自分の技術をひけらかしたがる傾向のある河童が、見せたくない訳がない。

「射命丸様、無理強いはいけないですよ」

 椛が子供を宥めるように言う。
 しかし、その物言いが余計文に片意地を張らせた。

「じゃあ、椛もやって下さい」

 今度は椛が慌てる番だった。

「いや、その、私はスペルカードとか……」
「今すぐ作って下さい」

 椛の言葉を遮った。
 言われなくても椛がスペルカードを持っていないことは知っている。
 だからこそ、無茶を承知で圧力をかけているのだ。

「椛が……そうですね、三つほど見せてくれれば、にとりもそのくらいで結構ですよ」

 文は首から下げたカメラを手にとってみせた。
 顔を見合せる椛とにとり。
 諦めたように肩を落とすと、やはり仕方ないというように苦笑した。
 自分で漕ぎ着けた状況なのに、二人の仲の良さが垣間見えて余計に腹が立つ。

「分かりました。じゃあ私から先に」

 にとりが一歩前に出た。

「いつでもどうぞ」

 文は仏頂面になりそうなのを我慢して、口角をつり上げる。
 対するにとりの表情は引き締まった。

「水符「ウォーターカーペット」!」





*****




「文様……」

 椛が呼んでいる。随分呆れた声で。

 二人との弾幕戦(一方的に写真を撮っているだけだが)の後、文は一度家に帰って来ていた。
 丁度交代の時間だったらしく、椛も一緒である。

「飼い犬に手を噛まれた気分よ」

 椛の言葉を背にしながら、文は憮然とした表情でカメラのフィルムを取り替えた。

「ああ、手じゃなくて首か」
「文様……何を怒っているんですか?」

 この白狼は本当に分かっていないらしい。 
 そのくせ、こういう風に聞いてくるということは、さっきのスペルカードが悪かった訳ではないと気付いている。
 変にタチが悪い。
 一度同じ目に遭って貰おうかと考えたが、すぐに自分で打ち消す。
 そんな器用なことをしても、この大馬鹿者に伝わるはずがない。

 ……言うしかないようだ。

 あからさまに肩を落とす。
 いじっていたカメラを机に置いた。

「椛」

 呼びかけて、振り向く。
 彼女は真っ直ぐこちらを見つめていた。
 澄み切った瞳は、私の黒い心を映し出す。

 ずっとそのまま、私だけを見てくれたらいいのに。

 そう思って、自嘲する。

 そんなこと、できるはずない。
 私自身、縛られることが嫌いなのに。
 でも、天狗という種族に生まれて幾年、色々なものに縛られている。
 
 全てが矛盾していた。

 それもこれも、

「文様」

 全部こいつのせいだ。

「怒ってないわ」

 そう、怒っていない。

 ただ、嫉妬していただけだ。

「私は我儘なの」

 椅子から立ち上がり、一歩前へ。
 そのまま両手で椛の頭を無理矢理首元に持っていった。
 初めはピクピクと頬を撫でていた彼女の耳が、動かなくなる。

「……どうしたんですか?」

 私の背中に腕を回す彼女は何も分かっていないのだろう。

「噛んで」

 頭を抱いて、首筋に押しつける。
 くぐもった声が聞こえた。きっと非難の声だろう。

 目を瞑って見えるのは、さっきの二人。
 首筋を噛むのは、肉食獣が獲物を狩る行動。



 椛が情事でする、本能―コウドウ―。



 それを私でない誰かにしていた。
 疑っても仕方のないことだと思う。

「嫉妬していたの。さっきの子に」

 一向に噛む動作を見せない椛に痺れを切らして、文はそう呟いた。

 手を緩めると、椛が不思議そうにこちらを見ている。
 間近で見る双眸は、黄水晶のように豊かな深い色をしていた。

「椛が噛みついていたから、ここ」

 自分の首を指さす。

 やっと合点がいったらしく、椛はピンと耳を立てて楽しそうに微笑んだ。
 腑抜けていた尻尾はゆさゆさと揺れ始める。
 こんな風に笑うとは、どうやら私は勘違いをしていたようだ。
 急に言ってしまったことが恥ずかしくなる。
 熱くなる顔を隠そうと下を向くと、分かっていたとばかりに抱きしめられた。

「文様は噛みませんよ」

 意味が違いますから、とまた笑う。

「じゃあどういう意味なのよ」
「狼が首筋を甘噛みするのは、得物を捕える時だけではないんです」

 教師然とした言い方が、少し可笑しい。
 文は椛の腕の中で、口元を緩めた。

「私を信じろ、っていう意味です」

 そう言って、満足したように私の髪に顔をうずめて鼻を鳴らした。 

 答えを聞くと、本当に一人相撲だったらしい。
 ため息が出た。

 でも、今度は別の問題が首をもたげた。

「私は信用しなくて良いっていうの?」

 疑ってかかった私が言えたことではないのだが、折角の粗を見つけたのだ。
 突っ込まない手はない。

「いいですよ」

 辛くも即答だった。
 一体どういうことなのか。

 引き離して、若干背の高い彼女を見上げる。
 下駄を履けば同じくらいにはなるのだが……何だか悔しい。

「私が文様を信じてるから、いいんです」

 見上げた頭を、再び下げる。

「……そう」

 さっきの比ではないくらい顔が熱い。
 嬉しいような悔しいような、いや、嬉しいけれども。
 幸い彼女から今の私の表情は見えない。
 でも、悔しいと思ったそばからこの身長差をありがたく思ってしまって、余計に憤った。

「解決しましたか?」
「したわよ」

 くそう、この鬱憤は何処に晴らせばいいんだ。

 視線を巡らせて、暖簾の先の赤い部屋が目に付く。

 そうだ、さっき椛を撮った写真。
 あれにぶつけてやる。

「文様?」

 野生の勘だろうか、椛が声をかけてくる。

「何?」

 満面の笑みで言ってやる。

「……いえ、なんでもありません」

 からかい過ぎたと気付いたのか、椛の表情が引き攣った。
 同時に緩まった抱きしめてくる腕から抜け出して、回れ右。
 机の上にあるフィルムとペンと文化帖を鞄に入れて、肩に掛ける。
 カメラも忘れずに。

「これから、取材に行ってきますので」

 ゆらゆら揺れていた尻尾が止まる。
 敬語に戻ったということは仕事モードだということを、分かっているはず。
 つまり、置いてきぼりをくらうということだ。

「は、はい」

 残念そうに耳が下がる。
 まるで主人にかまってもらえない犬のようで、こちらの優位を取り戻したように思えた。
 いつもの調子に戻れそうだ。

 仕方ないから、今日は早めに終えて、本格的な取材は明日からにしよう。

「それじゃ、早めに帰ってきますから」
「はい、気をつけてくださいね」

 その声を背にして、下駄を履き、家を出る。

「今日は妖怪の山周辺ということで」

 夕方になる前に帰れるだろう。
 そういえば、結局今日の夕食を決めていなかった。

 ……まあ、何か作っておいてくれるか。

 今から帰るのが楽しみになってくる。
 文は首に掛けたカメラを一撫でして、上機嫌で空の旅に飛び出した。






 
お久しぶりです。

ダブルスポイラーレベル4やったあと(3月)すぐに思いついたんですが、なんでこんなに遅いんでしょうね。
対の形でにと雛も書いたんですが、普通の単品ものになりました。
もう出来てるので、明後日くらいに修正してから出します。
はらまき
http://marimite0306fate.blog.shinobi.jp/
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
あやもみひゃっほい!!
凄く良かったです。