おかしい。もうすぐ五百歳だというのに……
どうして膝の上に乗せられて絵本なんか朗読されなければならないのだろう。
――目が覚める。
いつも見ても何の新鮮さも面白みも感じない私の部屋。
館内をうろつくようになってからは特に退屈を感じる。
だから、起きればすぐにこんな場所からは、おさらばするのだ。
私の最近のお気に入りは私の部屋と同じく館にある図書館だ。
いや、正確には、図書室だろうか。
まあ、何でもいい。とりあえず、本の沢山ある所だ。
いつものように訪れたこの部屋。
扉は静かに必要以上に音を出さないように開ける。両手でしっかりと押さえて必要以上に開けないように気をつける。
以前、扉を思いっ切り開けたことがあった。続きが気になる本があってついつい急いてしまって、その時にパチュリーに注意されたのだ。
人に注意されるのに慣れていなかった私には、結構堪えるものがあって、それからは絶対に失敗しないようにと気をつけているのだ。
僅かにできた空間に身体を滑り込ませる。
「おはようございます。妹様」
「あ、おはよう小悪魔」
扉を抜ければ、声を掛けられた。その声の主は、髪を揺らして私に近づいてくる。
普段は本を抱えて、忙しなく動き回っている彼女なのに、今日は珍しく手ぶらだ。
「そんなにゆっくり開けなくても……普通に開けて大丈夫ですよ。そんな隙間じゃ入り辛くないですか?」
「ん、分かった。次からそうするよ」
全く、加減というものは難しい。
どのくらいが適切なのか、一般常識に疎い私には、その見極めはなかなかつかないのだ。
「ああ、パチュリー様なら今いませんよ」
「そうなの?」
小悪魔が言うには何かの用事で出掛けているらしい。
……これは困ったことになった。
いつもはパチュリーに面白い本を教えてもらって、それを読んでいるからだ。
どうしたものかと考えを巡らせていると、小悪魔が口を開いた。
「私が本読んであげましょうか?」
――あの時断っておけば、こんなことにはならなかっただろう。
誰かに本を読んでもらうことなんて今までなかった。
だから、面白そうだと二つ返事でお願いしたのだ。
そう、ここまでは何の問題もなかった。
ただ、小悪魔が持ってきた本がいただけなかったのだ。
満面の笑みを浮かべて二つの本を私に差し出す彼女。
「どっちが良いですか」
と尋ねてくる。
一冊は煌びやかな表紙が目を引く、如何にも幼児向きの絵本。
そして、もう一つは、昆虫図鑑。表紙には虫の腹側が所狭しと描かれている。
答えは考えるまでもなく決まった。一応こんな私でも女なのだ。虫はあまりいただけない。
……と言うか、まず、どう考えてもチョイスがおかしい。
まず図鑑の朗読なんて、できやしないだろう。
もし、私が図鑑を選んでいたら、体長やら特徴やらを読み上げるつもりだったか。
私が絵本を指差すと小悪魔はさもおかしそうに笑う。
「やっぱりこっちですよね」
なんだか馬鹿にされた気がしないでもなかったが、嬉しそうな小悪魔の顔を見ていたらまあいいかと思えたのだった。
絵本を机の上に置いて椅子に座ろうとした時、小悪魔に呼び止められた。
「あ、椅子でいいんですか? ここ座ってもいいんですよ」
彼女は既に別の椅子に深く腰掛けていて、自らの膝の上を指差す。
「えーっと、さすがにそれは……」
見た目は確かに幼く見えるかもしれないが、私だって五百年近く生きているのだ。恥じらいだってある。
はっきりしない私の態度に再び小悪魔が口を開く。
「ここに座ってもらわないと読みづらいんですよ。ほらほら乗っちゃってください」
膝を叩きながら嬉々とした表情で迫られて、私は結局、断れなかったのだ。
――本のページが捲られる。耳から入ってくる言葉を聴いていると欠伸が出た。
しまったと、慌てて口を押さえる。
しかし、私の一連の動きはばれていたようで……
軽快な笑い声が頭の後ろから響いてきて、それと同時に髪の毛をそっと撫でられる。
それから
「眠たいんですか」
と言いながら小悪魔が真上から覗き込んでくる。
んー、と間延びした声を出しながら私の目を見つめてくる子悪魔。彼女の髪の毛の先端がおでこに当たってくすぐったい。
「そ、そんなことないよ……」
私もなんとか取り繕うのだが、正直なところ物凄く眠たい。
とても失礼なのは分かってはいるが、どうにも耐えられない。
どれもこれも小悪魔が悪いのだ。
何故なら……
あり得ないほど棒読みなのだ。折角の水彩調の味のある絵柄も台無しだろう。
それにしても情緒も余韻も全く感じさせないのはぶつ切りの読み方は、悪い意味で驚きだ。
まあ、もちろん、それだけではない。
むしろ、小悪魔の体勢が厄介なのだ。
私を抱きこむようにして本を持っているので、自然と身体と身体がくっつく面積が増える訳で……ベッドの中に居るように暖かいのだ。
その上、呼吸のリズムに合わせてゆっくりと膝が揺れて、それが更に眠気に拍車を掛けるのだ。
「寝ちゃってもいいですよ」
朗読とは違って、耳元で囁く彼女の声はとても甘く、いつまでも耳に残る程に濃厚だ。
首が前へと落ちる。自分でも船を漕いでいるのが感じられた。
目が開けていられない。
パタリという音と僅かな空気の流れを感じて、それから前に垂れた頭を優しく手で包まれる。
そのままその手に導かれて後ろへと頭を投げ出す。
後頭部に柔らかい感触を感じて、私はそのまま意識を投げ出したくなる。
それでも、寝てはだめだと気力を振り絞って目を開く。
眼前に小悪魔の顔が広がる。その口がそっと開いて、言葉を落とした。
「おやすみなさい。妹様」
その声はなるほど、彼女の名前道理に悪魔の囁きで……
その声を合図に私の意識は途切れた。
仮にも「小」悪魔だというのに、このカリスマあーんど悪魔性は何なのだ……
ごちになりましたっ! 宜しければ片膝を貸して頂ければ嬉しいな、なんて。
一箇所だけなってました。
私も新たな扉が開きそうです!
そして、朗読が下手な小悪魔も良いですね!ギャップに萌える。