Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

嵐の夜

2010/05/27 16:37:15
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 ざあ、ざあ、ざあ。

 朝方から降りしきる雨は、もう夜になった今もまだ一向に止む気配を見せない。
 むしろ、日が暮れる時間になってからは、より一層勢いを増しているような気がする。だって、室内にいても雨音がよく響いて聞こえるんだもの。
 少し前からは、雷も鳴っているらしい。障子ごしにあたりが光ったり、しばらくして振動を伴うような轟音が響いたりしている。

 そう、今日は嵐。

 寝室で布団の支度をしていた私は、襖の方を見ながら、そっと小さく微笑んだ。

 雨は天の恵み。すべての穢れを祓うようなそれを私は好んでいる。
 なまじ死なない分、こんな嵐の夜は外に出て、身体全体でそれを味わいたいと思うほどだ。もっとも、永琳がとても嫌な顔をするから実行はしないけれど。

 過保護なところのある永琳は私が危険なことをするのを嫌う。どんなことがあっても致命的な事態にはならないことぐらい分かっていても、心配をしてくれる。
 そんな長年連れ添った従者の思いを無下にするほど、私の心は死んでいない。ちょっとだけ鬱陶しいと思うこともあるけれど、心配してくれるのは素直に嬉しい。

 永琳は心配している時、怒ったような、泣きたいような、そんな表情になる。いつもきりっとしている眉が少しだけさがって、泣きそう。
 月からの使者を振り切って、この竹林に来てから、数え切れないほど見たその顔を、私はもう二度と見たくない。

 そんなことを考えながら、ひいたばかりの布団を見やる。
 布団には枕が一つきり。だけれど、敷布団は二枚。掛け布団と毛布も二枚ずつ。
 こんな嵐の夜には、きっとそれが必要になることを知っている。

 少しだけ楽しい。布団の支度を終えて、そろそろ寝巻きに着替えようと思う。
 白襦袢。最近ではぱじゃまとか、ねぐりじぇとかいうものもあるらしいけれど、私は小さい頃からずっとこれを愛用している。永遠亭が開かれた頃、永琳が里からひらひらしたレースのついたねぐりじぇやぱじゃまを用意してくれたことがあったけれど、結局落ちつかなくて、白襦袢に戻ってしまった。
 ちなみに、そのねぐりじぇもぱじゃまも、今は鈴仙が使っている。捨ててしまうのももったいないし、永遠亭の中で私と背格好が一番近かったのが鈴仙だから。
 人が着ているのを見る分には、すごく可愛いと思うんだけどな。

 着替えていると、廊下から騒がしい声が聞こえてくる。うちで飼っているたくさんのイナバだ。いつもは外で寝るもの、部屋で寝るものさまざまだけれど、今日みたいな嵐の夜には、みんな一部屋で寄り添いあって眠るらしい。わいわいきゃーきゃーとはしゃぐ声は賑やか。楽しそうで微笑ましい。混じりたくなっちゃうぐらい。
 もちろん、静かなのも嫌いじゃないけれど、こういうのって素敵だと思う。小さな頃から、ずっとお姫様だったし、周りにいたのは年上の人ばかり。同じような年の子たちとはしゃぎまわるのは少しだけ、憧れる。

 着替えを終えて、髪の毛の手入れをしていると、やがて賑やかな声はまばらになっていく。もう夜も遅いから、みんな眠りにつきはじめたらしい。
 だんだんと静かになっていって、そのうちに本当に静かになる。その頃には、私もすっかり眠る支度が出来ている。

 そろそろ、頃合いかしら。
 明かりを消して暗くなった室内で、そんな風に思いながら、布団に足を入れつつ、もう一度襖へと視線を向ける。

 私が本格的に横になるより前、思った通りに、柔らかい足音が聞こえてくる。恐る恐るといった弱々しい足音、とんとんとんっと軽やかな足音。
 やっぱり。そう思うと私は自然と笑顔になっているのを感じた。
 だから、嵐の夜って大好き。

「姫様……」
「姫様、来ましたよー」

 控え目なノックの音と共に、聞こえたのは鈴仙の声。永琳といる時は特にそうだけれど、基本困ったような声が今はか細くて、いつも以上に頼りなげに聞こえる。
 続いて聞こえるのはからかいを含んだてゐの声だ。明るく幼いその声は、いつも以上に弾んでいる。

 もちろん、それを拒絶するはずもない。少しだけ声を張って、入ってくるように促す。あまりそういう自覚はないんだけど、私の声はか細いらしい。永琳が言っていた。だから、こうして扉越しに返事をするような時は意識的に大きな声を出すように心がけている。
 今まで、それでうるさいとか言われたことはないから、やっぱり声が小さいのかもしれない。

 襖の向こうから現れたのは、案の定、枕を抱えた鈴仙とてゐだった。

 私のお下がりの、少しだけ袖の余った薄桃色のぱじゃまを身にまとった鈴仙はとても心細そうな、捨て犬か何かのような頼りない風情。
 長い耳はいつも以上にへにょりと垂れ下がっている。もともとだとは分かっているけれど、真っ赤な目は泣きはらしたかのように見えてしまうぐらい、怯えている。

 うちのうさぎの中でも飛びぬけて臆病なところのある鈴仙は雷をひどく嫌っている。その理由を聞いたことはないけれど、どうも月にいた頃、怖い思いをしたことを思い出してしまうのだ、という。

 その後ろに立っているてゐと目が合う。そうすれば、てゐは呆れたような、それでいて悪戯っぽい笑顔を浮かべる。てゐは長く生きているだけあって、雷如きで怯えることはない。永遠亭には結界が張ってあるから雷が落ちてもなんにも起こらないから。警戒心すら必要ないのをよく知っているからだ。

 けれど、こうして嵐の夜には鈴仙についてやってくる。
 てゐは鈴仙をからかってばかりいるけれど、かなり気に入っているから。友達のような、姉のような、母のような、そんな眼差しで鈴仙のことを見守っている。だから、こうして不安がっている時に一緒にいるのも不思議ではないのかもしれない。

 嵐の夜はいつもこうして、私の部屋に鈴仙とてゐがやってくる。

 寂しいなら、怖いなら、一緒に寝れば大丈夫でしょう?

 私がそう提案したのがいつだったのか、もう覚えていないけれど、それ以来雷が鳴るような夜はいつもこうだ。
 はじめは一枚きりの布団だったけれど、そのうち天気を見計らって、二枚くっつけて敷くようになった。鈴仙を真ん中にして、左側に私、右側にてゐの川の字になって眠る。

 いつもは月の兎という矜持だとか、永琳の弟子という立場、何より気まじめな軍人めいた性格のせいで、ほとんど甘えてくれることはない鈴仙。それどころか、私に対してはお姉さんぶっている節さえある彼女が、珍しく、本当に珍しく、素直に甘えてくれる機会。
 他の子たちにするようにもっともっと甘やかしてあげたいのに、いつもやんわりと拒絶されてしまうから。こういう時を私は大切にしたいと思う。

 だから、嵐の夜は楽しみだったりする。鈴仙にはちょっと申し訳ないけど。


「それにしても……」
「な、何よ」
「雷が怖いーなんて、鈴仙も可愛いところあるよねえ」
「う」
「弱虫れーせん」
「だ、だって……てひゃうっ」


 ぴかっと外が光るたびに、ごろごろごろと雷鳴が聞こえるたびに、身体を震わせる鈴仙をてゐがからかっている。にやにやとした笑顔に、気丈に言い返そうとする鈴仙だけれど、可愛らしく悲鳴をあげて耳を手で押さえた。

「ほら、二人とも、はやくいらっしゃい?」
「ひ、姫様」
「ちぇ。はーい」

 鈴仙が私の隣に枕を置けば、まだまだからかい足りない様子のてゐも素直についてくる。
 干したばかりというわけにはいかないけれど、それでもふかふかの柔らかいお布団に身を委ねれば、安心するはず。
 鈴仙が横になったのを確認して、それから私も頭を枕に沈める。鈴仙に隠れて分からないけれど、多分、てゐもそうなんだろうと思う。

 三人、身を寄せ合うようにして横になれば、いつもよりずっと近い位置に鈴仙の顔がある。まだまだ不安そうな顔をしている鈴仙の、少し荒れた手をそっと握る。実験をしているせいで、荒れやすいのだ。永琳も同じように荒れている。
 余程怖いのか、氷のようにひんやりとしているわりに、汗でしっとりとしたその手を、暖めてあげたい。大丈夫よ、私がそばにいるわ、と伝えられるように。

「ひ、姫さま?」
「ふふー」

 毎回、こんなふうにしているのに、毎回、照れたように顔を赤らめる鈴仙は可愛い。
 私にとって鈴仙はペットだけれど、こういう時は妹がいたらこんな感じなのかもしれない、と思う。月にいた頃から、妹が欲しかった。永琳の弟子の姉妹が羨ましかったこともある。
 
「って、てゐ?」
「私の隣でびくびくされたら眠れるものも眠れなくなっちゃうじゃん。大人しくしててよ」
「うー」

 頭を動かして、眺めてみれば、てゐは鈴仙の腕に両手でぎゅっとしがみつくように抱きついている。前に博麗神社のお祭りでもらってきた、だっこちゃん人形みたいな感じ。
 本当にてゐは鈴仙を可愛がっているなぁ、と思うと、笑いがこみあげてくる。

「なんで笑うんですか、姫様っ」
「だって……ふふっ」
「あはは、笑われてやんのー」
「ええ?」

 私の笑いやてゐのからかいに困ったり慌てたりしている鈴仙はもう、雷に怯えてはいない。さっきからも光ったり、鳴ったりしているけれど、身体を震わせることはない。

 ひんやりしていた手はほのかに温もって、あたたかい。
 このまま眠ってしまえば、もう怖いことなんて何にもないはずだ。

「おやすみなさい、イナバ達」
「は、はい、お休みなさい、姫様」
「おやすみー」
「てゐもおやすみ」

 私はともかく、鈴仙とてゐは明日も早い。ふわあ、とてゐがあくびをしたのをきっかけに、おしゃべりをやめて、おやすみなさいの挨拶。空いているほうの手で撫でてあげれば、気持ちがよさそうに目を細める。
 雨が降っている中でも薬の配達には出かけていったり、雨漏りの修理をしたり忙しくしていたせいだろう、静かになってから、寝息がふたつ聞こえてくるにそう時間はかからなかった。

 それにつられて私も眠ってしまいそうになる。あくびをかみ殺して、それに耐える。
 まだ眠るわけにはいかないんだもの。
 もう一人、大切な人を待っていなくちゃ。

「輝夜」
「永琳」

 何度か、意識が飛びそうになるのをこらえながら、イナバ達の寝顔を眺めていると。
 襖の向こうから、押さえた声が聞こえた。確認するまでもない、大好きな人の声。
 私の声を聞くと音もなく、襖が開く。
 寝ころんだまま見上げた先にいたのは、私と同じような白襦袢に身を包んだ永琳だった。
 もうしっかり、眠る支度はできているのか、長くてきらきらふわふわした銀髪は解かれている。そうして、手に抱えられているのは枕と毛布。

「輝夜」
「いらっしゃい?」

 暗がりの中、あまり見えるとは思えないけれど、気配で私が微笑んだのが分かったらしい。永琳が頬を綻ばせる気配。
 いそいそと、開いている私の左隣のスペースに膝をついて枕を置く。

 私と永琳はいつだって一緒に眠る。一応、永琳にも私にもそれぞれ寝室はあるけれど、大抵はどちらかの部屋で一緒に眠る。そうしないのなんて、永琳が仕事で忙しくて、そもそも眠らない時ぐらいだ。喧嘩してたって、隣で寝るぐらいだもの。

 それは嵐の夜も変わらない。
 けれど、永琳がいると、鈴仙が必要以上に気を使ってしまうからと言って、あえてこうして寝静まった頃を見計らって永琳はやってくる。
 そんなに気にするかしら? 私は別に平気だと思うんだけど。そこは、師と弟子という二人の微妙な距離感的なものがあるらしい。けじめ?
 だけど、こうして、眠る鈴仙の髪を梳いている永琳の表情は、大切な宝物を慈しむような優しい顔。
 鈴仙も素直じゃないと思うけれど、永琳も相当だと思う。そんなところばっかり似なくってもいいのにね。
まあ、永琳は私に対しては少し隠した方がいいんじゃないかと思うぐらい、でれでれだけど。そこはむしろ似てほしい。

「おやすみ、永琳」
「ええ、おやすみなさい」

 それにしても、眠い。永琳が来たからもう寝ても大丈夫。
 一度あくびをして、瞳を閉じる。そうすれば、鈴仙の髪を梳いていた手が、今度は私の髪を梳きはじめる。鈴仙とつないでいないほうの手に、やっぱり荒れ気味で、冷え性の気のある永琳の手が触れる。
 指と指をからませて、離れないように、私からも少しだけ力を込める。そうすれば、同じように、永琳の手にも力がこもって。

 右手には鈴仙の、左手には永琳のぬくもりを感じながら、とろりとやわらかな眠りの世界へと落ちていく。

 やっぱり、私は嵐の夜が、だいすき。
 だって、こんなにあたたかいんだもの。
お読みいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
永遠亭が好きです。もっと増えれ。



前作等へのコメント、ありがとうございます。
とても励みになります。感謝しています。
Peko
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
とっても和みました!!
素晴らしき永遠亭!
2.名前が無い程度の能力削除
よいなあ
永遠亭は本当にもっと増えるべき
3.名前が無い程度の能力削除
すばらしい
喧嘩しても一緒に眠るとか、姫にでれでれな永琳とか良すぎ、ドストライク
4.名前が無い程度の能力削除
ああもうこの姫様は素敵すぎます。
雨音の中で寄り添い合う家族の、お布団の暖かさが伝わってくるようでした。
5.名前が無い程度の能力削除
他と比べるとほんの少し少ない印象がありますからね…永遠亭
みんな仲が良くてよろしい!!
6.名前が無い程度の能力削除
永遠亭大好き!
Pekoさん最高です。
甘いんだけれども適度に抑制の効いた、穏やかな関係が本当に素晴らしいです。