「……で? 何か言い分はあるかしら?」
「…………」
涙目で正座しているぬえを見下ろしながら、私は圧をかますように言った。
だがぬえはその大きな瞳を潤ませながらも、未だに黙秘権を行使する気でいるようだ。
……まったく。
もう少し、お灸を据えてやる必要があるようね。
「ぬえ」
「…………」
私が一歩にじり寄ると、ぬえは反射的にびくっと体を揺らした。
そんなに怯えるくらいなら、素直に一言謝れば済む話なのに。
「もう一度だけ、聞くわ」
「…………」
「寝ている私の顔に落書きをしたことについて、何か言い分はあるかしら?」
「…………」
額に『肉』という古典的な悪戯書きを施された状態で真剣に怒る私の姿は、傍から見れば実にシュールでミステリアスなものだろう。
だが、今はそんな体裁はどうでもいい。
この悪戯娘に己の罪を自覚させ、謝罪させることが先決事項だ。
「……ぬえ?」
「…………」
しかし、こうして私が再三促してやっているにもかかわらず、目の前の正体不明は未だに沈黙を保ったまま。
寛容で知られる真摯に紳士な私といえど、流石にだんだんめんどくなってきた。
「……なんとか言ったらどうなのよ」
「…………」
……あー、もういっそグーでどついちゃおうかな。
さっきチョップして半泣きにさせたばっかだけど。
私が両手をバキバキと鳴らしながら、さらに一歩、二歩と近づいたとき、ようやくぬえが口を開いた。
「……ムラサが」
「ん?」
「……ムラサが、その、あんまり気持ちよさそうに寝てたもんだから、その、つい」
「……はい?」
意味が分からない。
え? どういうことなのそれ?
「……だから、む、ムラサが悪い」
「…………」
私の目を見ず、不貞腐れたように言うぬえ。
……なるほど、ね。
つまり、あんたは。
「……ぬえ」
「……?」
―――私の鉄拳制裁を受けたい、と。
「……っ!?」
「歯ぁ、食いしばりなさいよっ……!」
目を見開くぬえ。
その視線の先で、ぐおおっ、と拳を振り上げる私。
―――なお、これは決して暴力ではない。
いわば、愛の鞭である。
私はそう自分に言い聞かせ、歪みきったぬえの根性を矯正すべくその正義の鉄槌を振り下ろそうと―――
「……ん?」
―――したところで、ふと私の脳裏をひとつの可能性がよぎった。
目をぎゅっとつむったぬえの頭上約八センチメートル付近で、ぴたっと止まる私の拳。
「……?」
ぬえが目を開け、不思議そうに私を見上げる。
「…………」
そのとき、私の心に、どす黒い何かが込み上げ始めた。
私はそれを隠そうともせず、唇の端を吊り上げながら、言った。
「ぬえ」
「……なによ」
「あんた、私のことが好きなんでしょう」
「なっ!?」
その途端、ぼふん、とぬえが沸騰した。
どうやら私の直感は正しかったらしい。
「な、ななななにを……」
「な~んか、変だとは思ってたのよねぇ。なんでぬえって、私に対してばかりイタズラするのか」
「あ、う」
「それってつまりあれでしょ? 好きな子にはついつい意地悪したくなるっていう」
「…………!」
かあああっと、茹でダコのように真っ赤になるぬえを見て、私は確信した。
ついつい、笑みがこぼれてしまう。
「くくく、そーかそーか。ぬえは私のことが好きなのかぁ」
「ち、ちちち違うもん!」
「あ~ら、じゃあ私のことが嫌いなのかしら?」
「そ、そそそそうよ! ムラサなんて、だだ大嫌いなんだから!」
あらあら。
必死な顔しちゃって、まあ。
ぬえがあんまり素直じゃないもんだから、私もつい意地悪をしたくなってしまう。
「ま、別にいいんだけどね」
「え」
「だって私も、ぬえのこと大嫌いだし」
「えっ……」
みるみるうちに、ぬえの顔から覇気が失せていく。
そして、その大きな瞳からは一筋の雫が―――。
「……なんてね」
「へっ?」
そう言うや、ぺろりと、零れかけた涙を舐めてやる。
うん、しょっぱい。
ぬえは呆けたように目をぱちくりとさせた後、ずざざっ! と勢いよく飛び退いた。
「な、ななな何してんの!?」
「何って、ぬえの涙を舐め取ってあげただけだけど?」
にやりと笑って言ってやる。
すると、ぬえの頬が再び紅潮し始める。
「な、なんでっ……」
「なんでって……好きだから?」
「っ!?」
当たり前のように言ってやると、ぬえは大きく目を見開いた。
真摯に紳士な私は、ぬえの目を直視しながら続ける。
「好きな子が泣いているのを見て、平気でいられるわけないじゃない?」
「だ、だってムラサ、今、私のこと、大嫌いって……」
「ああ、それウソ」
「!?」
「だって私、ぬえのこと大好きだし」
「なっ……」
口を金魚のようにぱくぱくさせるぬえ。
そうなのだ。
困ったことに、私はこんな、悪戯娘の正体不明のことが大好きなのだ。
つまり。
「さあ、ぬえ?」
「な、なによ!?」
私も。
「私はちゃんと言ったんだから、ぬえもちゃんと言ってよね?」
「な、なにを……」
好きな子には―――ついつい、意地悪をしたくなるのだ。
「私のこと、す・き・だ、って」
「なっ……!」
羞恥心のあまり逃げ出そうとするぬえを、私はすかさず両腕でハグ・ロック。
大好きな子を腕の中に収める、この支配感が堪らない。
「は、はなせっ……!」
「くくっ。ちゃんと言ったら離してあげるわよ」
「そ、そんなあっ……」
にやにやと笑う私とは対照的に、ぬえがまた涙目になる。
可愛いなあ、もう。
「ほら、ぬえ。泣きたかったら、いっくらでも泣いていいわよ」
「な、泣かないもん……」
「この距離なら、いくらでも舐め取ってあげられるからね」
そう言って、ぺろりと舌舐めずりをする私。
「む、ムラサのバカぁ……」
そうやって意地を張るぬえが陥落するまで、そう長い時間はかからなかった。
了
んで、こっちのムラぬえが結婚するのも時間の問題。
とっても素晴らしかったです!
ほんと結婚しちゃえよ。
なんかもぉ悶絶しました。ふたりが可愛すぎて。
ホントにまりまりささんは可愛い女の子を書くのがお上手ですね!
これは早急にぬえちゃんをお嫁にするべき
2人が結婚するのは時間の問題なので御祝儀用意して気長に待ってます。
なんだこのけしからん悪霊は!(ほめ言葉
まりまりささんの書くむらぬえも大好きです