――わたしはね。世界の終わりを、見てみたいんだよ。
私はそんな、適当にも程があるような、下らない世迷言を、夢現ながら聞かされていた。
私はなんと答えただろう。
――あんたがもう終わってるから、意味無いでしょう。
そうだ、確かそう、答えたね。
違うか? フランドール。
くたばれ、姉妹終末論
どれだけ本を読んでも判らない問題は幾らでもあるし、どれだけ考えても辿り着けない次元は幾らでもある。妹はそういうものが好きだった。
風変わりな奴だし、奇妙奇天烈な奴だし、破天荒な奴だし、意味不明な奴だし、理解不能な奴だ。あいつについて考えれば考える程、私の理解の向こう側にいるらしくて、最近は逐一理解してやろうとも思ってない。理解出来た所で私に何か得がある訳でもなさそうだし。人生、なぁなぁに生きてなぁなぁに済ませれば良いのです。私は人ではないけれど?
「しかしながらお嬢様、私から一言申させて頂くならば」
「いいよ別に、黙ってろよ」
咲夜はしゅんとして黙った。可愛いから、笑って許してあげた。
「私としては、ある程度は妹様を理解しなければついてゆけない事が往々にしてありますわ」
「無理についていかなきゃ良いじゃない」
「はぁ。それで宜しいのでしょうか」
「むしろ、何が悪いのさ」
「妹様は理解されたがっているように見受けられますわ」
「理解出来ないような言動ばっかりとるあいつが悪いんだろうに。理解されたいなら理解出来る行動を心がけるべきだ。違う?」
「仰る通りでございます。しかし、妹様は、少しくらいの我儘は許される立場にあります」
「私にも適応されるよね、その立場」
「その通りでした」
咲夜は考えも無く適当に喋る癖がある。適当に喋って、適当に感心して、適当に頷いて、適当に納得して、適当に片付ける。そういうの、こっちからしたら結構めんどくさいんだよね。人間はそういうものなのかもしれないけど。そういうめんどくささが咲夜らしいと言えばその通りで、だから私は咎めもせず、毎回付き合ってあげるのだけど。
「スコーンおいしいね」
「作った甲斐がありますわ」
「うん。咲夜の作るものが一番おいしいよ。他は食べたくなくなるくらい」
咲夜は嬉しそうな驚いたような動揺したような、どうしようもない顔をしている。「変な顔だね」、また笑った。
「如何なされたんです、お嬢様。私、思わず耳を疑うというか脳を疑いましたわ。気味が悪いくらいにお優しいじゃないですか。今日を以って私は退職処分ですか?」
「いんや。明日も明後日もずっと、嫌でも死ぬまで働いてもらうよ?」
死ぬまで。
その意味が判るかい、咲夜。判らないんだろう?
「でしたら何故そんな、いつもは絶対仰らないような事を……」
「ツンデレなんだよね、私」
「自己申告するような事じゃないと思います」
「そう? まぁでも、良いじゃない。咲夜の面白い顔が見れたし。たまには悪くないでしょ」
「お嬢様は、そうかもしれませんけど」
「私が良ければなんだって善いんだよ。異、この紅魔館ではね」
当たり前でしょう? そう言ったら咲夜もしぶしぶ頷いてみせた。
「いけない。時間ですわ」
白々しくそんな事を言う。時間を操れる咲夜がそんな思い出したように言っても、単なるアピールにしか見えないよ。実際、私との会話を終わらせるアピールなんだろうけどさ。
でも今日の私は優しいから、「どうしたの」、聞いてあげる。
「妹様とのお約束の時間です」
随分と勿体ぶるじゃないか。そろそろ私の優しさストック使い切っちゃうよ。私は気が短いからね。
「世界の終末ごっこです」
「期待はしてなかったけど、いつも通りの意味不明さだわね」
「という名ばかりの弾幕ごっこです」
「なるほど」
ここいらで、私の優しさストックは使い果たしてしまった。まぁ、しょうがない。本日のデレは終了しました。ここから怒涛のツンレミリアな訳です。
「いいよ、終末ごっこは私がしてあげるから、咲夜は大図書館の掃除でもしてあげて」
「いや、しかしお嬢様」
「パチェったら喘息持ちの癖に掃除が出来ないのよね。そろそろ発作起こしてぶっ倒れる頃だから、ぴっかぴかにしてやって。パチェ自身もね。あの子、熱中して読書し出すと食事もお風呂も忘れるから」
「では、そのように」
「そういえば、今日は週末だぁね」
「終末? 恐ろしいですわ」
「確かに、月曜日が来るのは怖いけどね」
◆
「終末なんて大層な名前じゃないの。私にしてみれば週末ごっこだわ。月曜日を迎えんとする日曜日の気だるさにまみれた遊びよ」
「大して巧くもない言葉遊び好きは相変わらずねぇ」
「センスはひとそれぞれなのよ、ほっときなさい」
「まぁ、なんでもいいけどさ」
咲夜が考えも無く勝手に喋るなら、妹は考えだけで自己完結的に喋る。勝手に喋って、勝手に感心して、勝手に頷いて、勝手に納得して、勝手に片付ける。そういうのも、こっちからしたら結構めんどくさいんだよね。吸血鬼はそういうものなのかもしれないけど。そういうめんどくささが妹らしいと言えばその通りで、だから私は咎めもせず、やっぱり毎回付き合ってあげるのだけど。
あれ? もしかして私って結構お人好し?
昔から割とそうだ。貧乏くじを引かされるのではなく、自ら進んで貧乏くじを引いてしまう。損な役回りを率先してやっちゃうタイプ。というか、妹がこいつってだけで充分貧乏くじ引かされてる気もするけどね。
「で、何しに来たの? わたしは咲夜を呼んだ筈なんだけどさ」
「私の方が適任でしょう。壊れる心配ないわよ」
「それもそうだね」
そう言って、素敵に笑う。妹は笑うのが上手だ。色んな笑顔を知っていて、どん引きのエグい笑顔から、見蕩れるような満面の笑みまでなんでも出来る。そういうところは、まぁ、認めても良い。
「じゃあ、終わったわたしが何もかもを終わらせてあげるよ!」
そんな厨満開の台詞、またラノベで覚えやがったな。
◆――ぐしゃり――◆
何もかも終わらせてみたい、だなんて、妹はよくそんな風な台詞を口走った。
何もかも壊して、最初から造り直してみたい。真顔でそんな事を真剣に言う。妹ながら馬鹿げた事を言うのだね、なんて私はその度呆れ顔で聞いていた。
「壊すならともかく」
呆れているなりに、私は真面目に返事をしてあげるのだ。
私は良いお姉さんだからね。
「造り直すなんて、あんたに可能だとは思わないけどね。あんたは壊す専門で、壊す事しか出来ないのよ」
「うん。勿論、それは判ってる」
呆れ顔の私に、妹はやっぱり真剣な顔して。
「でもさ、お姉様。壊すだけ壊して、何もかも壊し尽くして、壊すものさえ無くなったら、幾らわたしだって、何か壊す以外の事が出来そうじゃない?」
そうして、困ったように、呆れたように、笑っていた。
自分自身に困っているように、自分自身に呆れたように。どうしようもないものをどうにかしようとしているように。
「壊すものが無くなったら、ね、」
私は今でも、ちょっぴり後悔しているのだ。
そんな風に自虐的に笑う妹がなんだか悲しくて、そんな風には笑って欲しくなくて、私は少し意地悪な事を言ってしまった。私ってその頃からツンデレだったんだよ、きっと。
後悔しているんだよ、フランドール。
「最期におまえはおまえ自身を壊すだろうから、やっぱり無理だよ」
◆――くしゃり――◆
とまぁ、そんな古い記憶が蘇るくらいには、私は生死の境に貶められていた。走馬灯ってもんだろうか。とどめの一撃さえ食らわなければこれくらいでは死にやしないんだけど、立ちあがるのも嫌になるくらいには、生気が無い。満身創痍。絶体絶命。半死半生。体力ゲージはゼロの瀕死状態。もう戦えません。げんきのかたまり欲しい。
壁も床も大破した冷たい瓦礫の中、唯一まだまともに残っている天井を見上げていた。
妹の下らない終末論を打ち砕く武器は、砕けた私の掌には、無い。
「お姉様は弱いなぁ!」
泣き出しそうな声で、妹は言う。
無理やり笑って、無理やり馬鹿にして、無理やり嘲るように、無理やり蔑むように、言う。
「私は弱くない。おまえが強すぎるんだよ、阿呆」
知ってると思うけどさ。あるいは私より、よっぽど知り尽くしてるんだとは、思うんだけどさぁ。
今日の私の優しさストックは使い果たしちゃったからね。
「何もかも壊れちゃえばいいのに」
「壊せばいいじゃん。おまえはそれが出来るでしょ。もういいよ、私の事も壊せばいいじゃない。もう疲れちゃったわよ。もううんざりしちゃったわよ。私を壊して、造り直せばいいじゃない」
妹は答えない。
「何もかも壊して、最初から造り直したらいい。私が悪かったわよ。フランだったら壊すだけ壊して、何もかも壊し尽くして、壊すものさえ無くなったら、きっと、何か壊す以外の事が出来るって。あの時酷い事言ってごめんね。私が悪かったから、全部壊して全部終わらせたら善いじゃない」
妹は答えない。妹は笑わない。
壊れちゃえばいいのに、なんて、他力本願な事を言って。その右手には大して労力も代償も無く、それを行うだけの力が宿ってるって言うのに。
結局おまえ、怖いんだろ?
「なんでそれをしない?」
答えろよ。フランドール。
「だって、」
妹は答える。妹は笑う。
「だって、壊れたら、痛いもん」
ちぐはぐな答えを、ちぐはぐな笑顔で誤魔化して。
「胸の奥が、ぎゅうって、痛むわ」
本日の私の優しさストックは終了致しました。次の入荷は未定です。お取り寄せは行っておりません。
だからこれは単なる私の雑感で、私の適当で自己完結な、独り言に過ぎない。
「そんなんだから、おまえは終わってるんだよ。全部ひとりで抱え込みやがって。誰が姉だと思ってる」
「もしかして、それで慰めてるつもり?」
「独り言だよ。勝手に解釈して勝手に決め付けるのはおまえの御得意でしょ」
「――たはは。可愛くないツンデレだなぁ」
ツンデレじゃねぇよ。
やっぱり貧乏くじ引かされてるだけだ。
こんな風変わりで奇妙奇天烈で破天荒で意味不明で理解不能な奴の、姉なんてさ。いちいち、放っておけないじゃん。めんどくさい。ほんとめんどくさい。
「月曜日でも壊そうかしら」
「やめてよ。何勝手に終末させようとしてるのよ」
「お姉様が好きにしろって言ったんでしょ」
「手始めに曜日から壊そうとするな。やるなら一気に全部壊してよ」
「なんで月曜日じゃ駄目なのよ。憂鬱じゃない、一週間の始まりなんて」
「何言ってる。月曜日があるから、日曜日が来るんでしょう」
「始まりがあるから終わりがあるって事?」
「始まりも終わりも一緒って事」
「じゃあ一週間全部壊してみる?」
「馬鹿言え。一ヶ月が残ってる」
「そんな事言ってたら凄い膨大な年月を一気に壊さなきゃいけないわ。そんなにお手軽じゃないのよ、この力も」
「知ったこっちゃない。とにかく、やるなら全部一気にやれ」
「めんどくさ。全部終わらせるって、めんどくさいわね」
「そうだよ、なぁなぁに生きてなぁなぁに済ませれば良いのさ」
私達の下らない週末終末論。
妹の終末論は、もう少し延期するみたいです。
相変わらず眼福の極みでした。
お嬢様には是非、終末までお供願いたい
熱くはないが渋オヤジ的に男前
それが作中の下手な言葉遊びにかかってるのかな
もう終末病でいいよ
フランの気持ちを100パーセント理解することなんて不可能ですけれども。
>「だって、壊れたら、痛いもん」
最終的に行きつく結論は、ごく単純だったりするんですよね。
このフランの言動に、胸の奥がぎゅうってなりました。
それこそ一周回ってデレなのかってくらいに。
僕もお一つ蔑みの視線を頂戴したい。
あぁ、姉妹愛って、良いなぁ。
繰り返し言葉を使っても語れないくらい愛が深い
深すぎて何の光さえも届かないくらい深いところに二人がいるような
空洞なんで話はできるがどこにいるかはわからない、今はそれで安心している
偶に歩み寄ろうとするがありもしない棘にあたり双方傷つく
相手を見つけたのだとしてもそれは虚像なんじゃないかと思い、話し、安心し、これでいいと歩みを止める
そんな頭がかってに迷っている紅姉妹という幻覚に囚われちまった
見事なすれ違いっぷりを発揮する紅姉妹をものの見事に表現する過酸化さんの作品大好きです
矢張り、あなたの作るお話は好きだ。