白い細い指が首元を撫でる。
それが気持ちよくてごろごろと喉を鳴らした。
そのとき目に入ったのは本を読んでいる主の顔。
何もすることもなく、ただなんとなく眺めた。
血の気の通りが悪い顔は青白くって不健康そうだった。
目の下にできた隈が今にも病人が死にそうな姿を思い起こさせた。
やせ細った体。この世のものと思えない白い手。白い肌。
暖かみがあるはずなのに、何故か冷たさを感じた。
今にも死体になりそうだ。
死体?ああ、死体。
さとり様の死体欲しいなぁ。
「こら」
「みゃう!?」
白い細い指が、あたいの額を弾いた。
『したいしたい、あいしたい』
何するんですか。痛いですよ。
「物騒なことを考える猫がいけないのです」
本を置いてさとり様は顔色も変えずに平然と言った。
地味に痛い。まだじんじんと余韻が残っている。
「本当にあなたは死体が好きなのですね」
ええ、そりゃあもう。さとり様の次に大好きです。
お気に入りの死体を秘蔵している部屋、知っているでしょう?
ほら、あたい専用の死体ルーム。そこに色んなの飾っているじゃないですか。
この前もいい奴見つけて増えたんですよ。
首が芸術的に捻じ曲がって。素敵なんです。ほかにもいろいろ拾ったんです。
「考えるのをやめてちょうだい。それだけ頭の中一杯にしたら気持ち悪いわ」
想像して伝えたらさとり様はげんなりしてた。
むぅ。なんですかその反応。あたいの大切な宝物なのに。
死体は素晴らしいんですよ。魅力的で。さとり様もです。
だから死体になったさとり様はものすごーく、魅力的で素晴らしいと思います。
「あら、恩を忘れて殺そうとしているのね?灼熱地獄跡にくべてやろうかしら?」
にゃにゃ!?そんなこと思ってないですよ!?!?
口元を歪めた意味ありげな顔が怖いです!
「冗談ですよ。それに私があなたに殺されるわけないでしょ」
さとり様は呆れて言った。
その様子を見てあたいは胸を撫で下ろした。
そしたらまた死体になったさとり様を思考した。
止めなきゃいけないと分かっているのに、脳はゆうことをきかなかった。
「懲りない猫ですね。そんなに私の死体が欲しいですか?」
欲しいですね。
「……即答ですか。そこまで濁り無く思われると少々複雑な気分になりますね」
あたいはそれ位さとり様が好きなんですよ。
さとり様はあたいのこと好きですか?
「ええ、あなたが大好きよ、燐。私の可愛いペット。愛してます」
さとり様は心からの言葉で言った。
心は読めなくても、それが本心である事は私にだって分かった。
でも――、
馬鹿。
あたいの好きはそうゆう好きじゃないのに。
あなた‘が’じゃなくって、あなた‘も’でしょ?
沢山の、数ある内の一つでしょ?
あたいは一番じゃないでしょ?
さとり様はただ微笑んでいた。
読めているくせに何も言ってくれない。
いつもこんな時だけ。ずるいなぁさとり様。
現実逃避をしたくなって死体になったさとり様をどうするか考える。
さとり様の死体は綺麗なままで。傷とか何もなければいい。
きっとどんな物にも勝らないくらい美しいだろう。
エントランスにも死体ルームにも飾らない。
あたいの部屋に飾る。
疲れて、仕事で帰ってきたあたいはそれで癒されるんだ。
「……私の死体、ね、少なくともペットのあなたが先に死ぬことはあっても、私は先に死なないわよ?」
あ、そっか。
夢が壊された。割と本気で考えていたのに。
さとり様にジト目された。
そんな顔しないでくださいってば。
……あたい、普通に生きてれば先に死ぬのか。
じゃあさとり様、あたいをコレクションしませんか?
さとり様が死体を好きになるかもしれません。そしたら私が第一号です。
「ちゃんと弔ってあげるから安心しなさい。灼熱地獄跡にはくべないわ」
特別にお墓も作ってあげる。
さっきとは打って変わっていい笑顔で言われた。
なんだ、あたいの死体でも駄目か。
「丁重にお断りするわ。そんなのよりも私は生きているあなたが良いのよ」
白い指が背中を滑った。
壊れ物を扱うように緩やかだった。
「にゃう」
くすぐったくて思わず声が漏れた。
手の平で包み込むように耳をかかれた。
白い指は冷たさではなく、ちゃんとした暖かさを持っていた。
「死んだらこうして撫でることもできないしね。亡骸のあなたを撫でてもつまらないわ」
さとり様は思想したのだろうか。いつかはやって来る別れの時を。
すべてに慈愛が満ちていた。一瞬、寂しくて儚い容貌を垣間見た。
あたいも寂しくなった。死体になったらさとり様、居なくなるのか。
そしたら声も心も感情も何もかも無くなっちゃうのか。
さとり様の死体は好きだけど、さとり様が居なくなるのは嫌だな。
「わたしもあなたが居なくなるのは嫌ですよ」
白い細い指はまた首元を撫でた。
血の気の通りの悪い青白い不健康な顔を再度見た。
目の下にできた隈も、やせ細った体も、白い肌にも今度はすべてに生を感じた。
やっぱりさとり様は生きている方が良いみたいです。
「そうでしょう?」
そしてあたい達は笑い合った。
まったりとのんびりとした時間を過ごす。
さとり様は読書。あたいはさとり様の膝の上。
たまに優しく撫でられる。
……それでも、さとり様の死体欲しいかもしれません。
「まだそんなこと思っているの?」
だって、そしたらあたいだけの物になるでしょう?