半分だった。
空に浮かぶ月は、今はその完全な姿を隠し、半分だけ顔を見せていた。所謂半月というやつだ。
迷いの竹林と呼ばれる場所に居を構える女性、藤原妹紅は、家の屋根からその月を見上げていた。
夜、まだ少し肌寒い季節だが、彼女の周りはほのかに暖かい。妹紅が、自身の力で空気を熱しているためである。
彼女は、所在なさそうにただ空を見上げるばかりだった。半月に何か思うところがあるのか、
それとも単に、今夜はすべきことが何もないのか、天蓋に映る月を見上げるばかりであった。
「はんぶん、だな」
ぽつりと、そうつぶやくと何かを思い立ったのか、彼女は起きあがり、ふわふわと竹林の中へ飛んでいく。
ただただ、ふわふわと飛んでいるように見えた。同じような風景が続く竹林を、彼女は飛んでいく。
ふわふわと、ゆらゆらと。
何を求めて飛ぶのか。あてもなく飛んでいく。
月はそんな彼女を照らし、ただ見送る。
しばらくして、青いゆったりとした服に、同じ色の帽子をかぶった女性が、竹林の中からやってきた。
妹紅の知人だろうか、その女性は家の前まで来ると、ドアをノックする。
数度叩いて、返事はなかった。女性は二、三歩下がると、ふと、何かにかに気がついたのか空を見上げる。
彼女の頭上には、先ほど妹紅が見上げていた半月が、同じように輝いていた。
いや、正確には同じではなく、妹紅が見上げていた時よりも、すこしだけ傾いていた。
何を思いその月を見上げるのか、彼女の思いを知る由もない月は、すこしだけ眉間にしわを寄せた横顔を照らしていた。
「半月か」
それだけ、こぼれるかのように彼女の口から洩れてきた。
月が美しかったからか、それとも半月に何か惹かれるものがあったのか、彼女は空を見上げたまま、
月を見つめたまま、中々動こうとしなかった。呆けているようにも見える、見入っているようにも取れる、不思議な顔をしたまま。
いつまでそうしていたか、さらに月が傾いたころ、竹林の中からふらふらと飛んでくる影があった。
妹紅ある。家を飛んで行った時とは風貌が大きく変わっていた。左肩のサスペンダーはちぎれ落ち、かろうじて片側だけでもんぺとつながり、
そのもんぺも穴があいている、というよりは穴が大きすぎて、最初から膝上までのズボンだったのではないかという有様である。
ありていに言えば、ぼろぼろである。妹紅は、見事なまでに『ぼろぼろ』という言葉を形容していた。
そのぼろぼろとしか形容しがたい妹紅を見つけた女性は、すぐに声をかけた。
「そんなになって、またやり合っていたのか」
「どうだろうね、もしそうだとしてもあなたには関係のないことだけど」
妹紅はそう言うと、家の前に着地して、女性の脇を通り抜けるとそのまま扉を開けて中へ入っていく。
「まて、怪我をしたんだろう、見せてみろ」
「怪我、怪我ねぇ」
「とにかく、見せてみろ」
「好きにすればいいさ」
女性は妹紅の後を追ってそのままついていく。
「おじゃまする」
わざわざ断りを入れてから入るのは、彼女の性格なのだろうか。
「上白沢さん、怪我を見てもらったところで、あなたにはどうにもできないさ」
「いや、そんなことはないぞ」
上白沢と呼ばれた女性は、そういうと、ポケットから巾着をとりだした。
その中には薬でも入っているのだろう。
「大したことはできないが、それでも何もしないよりはましさ」
そう言って、入口からすぐの居間に座った妹紅の隣へ腰を下ろす。
「上着を脱いでくれ、手当をする。簡単なことしかできないがな」
「放っといてくれりゃいいものを。あんたも物好きだね」
「そうだ、私は物好きなんだ。だから、さぁ、手当をさせてくれ」
しぶしぶといった感じで、苦笑いを浮かべながら上着を脱ぎ始める妹紅。
彼女の体には、多くの傷があった。それは火傷だったり、擦り傷だったり、色々だ。
「前にも言ったけど、私は不老不死なんだ。こんな傷はね、首が飛んだり、腹に穴が開くのにするのに比べればなんてことない。
わざわざ上白沢さんの手を煩わせることもないんだがね」
「そうは言うが、不老不死だろうと痛いものは痛いだろう。このまま放っておけばより痛む。それは私には見過ごせないことなんだよ」
「本当に、物好きだねぇ。上白沢さんは」
「ああ、相当に物好きなんだ。ほら、少し痛いぞ」
「へ? いてっ」
「やっぱり痛いんじゃないか。手当が必要なのはこれで証明されたな」
そう言われてすこし頬をふくらませる妹紅。微妙に顔が赤い気もするが、くらがかりなので、上白沢は気がつかない。
「まったく、どこまで物好きなんだ、慧音は」
突然そうそう呼ばれたのに驚いたのか、慧音は治療の手を止めてしまう。
今度は慧音が頬を朱に染める番だった。
「あれ? 物好き慧音さん、治療をお願いしますよー」
「あ、ああ。すまん、いやありがとう妹紅」
「治療をしてる人がお礼を言うのも、なんだか変な話だけれどね。どういたしまして、慧音」
それからしばらく、お互い語らうこともなく、静かに慧音の手当は続いた。
妹紅は目を閉じ、時折聞こえる虫達の声を聞きながら、どこか心地よさそうに体を揺らしていた。
慧音は、楽しそうに体を揺らす妹紅をみて笑いながらも、治療の手を止めなかった。
月は傾き続けた。もうすぐ、夜も明ける頃だろう、一段と夜の闇が深くなった。
半月も、今宵は沈む。二人を照らすものはしばらくすれば変わるのだろう。