「星を飼おう」
君は店に乗り込んで来るなり、唐突にこう切り出してきたね。君はいつだってそう、僕の想像を遙かに超える事をいきなりしでかしてくれる。君のやる事なす事が、僕の心を騒がせない時はなかった。まぁ、何だかんだ言っても退屈する暇がなかったのはありがたい事だったのかな?
そんな訳でその時も、僕の事情は散々に引っかき回されたよ。結局君は僕の言葉なぞに聞く耳は持たず、勝手に水槽を引っ張り出して窓辺に置いたんだったね。いくら人がその手を伸ばし、渇望したとて、手にする事は適わぬ筈の天上の星。それを君はいとも簡単に捕獲したんだった。
ゆらゆらと揺れる星々を一杯に湛えた器。色取り取りの星達が狭い水槽内で精一杯瞬いている様は、僕に奇妙な背徳感を憶えさせたんだ。そう、まるで天の一角を僕のものにした気すらしてね。
そんな閉じ込められた星屑達を、君はまるで我が子でも見詰めるような目で、飽きもせず触れもせずに眺めていたね。そんな君の眼差しに、僕は何故か不安を覚えたんだった。僕の知らない君がそこに居る気がしてね。
◆ ◆ ◆
「知ってる? 星はね、人の願いを吸い込んで輝くんだって」
君の突然の問いに、僕もまぁ慣れたもので、すぐに返事を用意したんだ。君のおかげで突拍子もない問いに対する応対には手慣れたものだったからね。
「フムン、それは面白い説だ。それならばあの妖しい輝きも納得がいくというものだ。ならさしずめ、吸いすぎた結果重くなり落ちて来たのが流れ星と言った所かな」
僕がそう告げると君は「貴方にしては幻想的な言い回し」と笑ったね。昔と同じ、いつまでも変わらないその笑みに、僕はこんな関係がいつまでも続くものだと思っていたんだ。そんな事が有り得るはずがないのにね。
◆ ◆ ◆
「朝は嫌い」
君が星を飼い始めて幾度かの夜。やはり唐突に君はこう呟いた。「常闇は綺麗に隠してくれる。見たくもないもの全部」とも。
君がそんな弱気な事を言うのは久しくない事だったので、僕は思わず驚いてしまったんだった。何も言い出せずにいるそんな僕を見かねたのか、君は優しく微笑んでくれたね。でも僕はその微笑みに隠された、昔には無かったはずの哀しみの影を見付けてしまい、余計に戸惑ってしまったんだ。
沈黙のとばりが辺りを包んだ時、物言わぬ星だけが必死に、自己主張でもするかのように瞬いていたね。
◆ ◆ ◆
「大事にしてね」
君はその言葉と星を残し、最期まで唐突なままに旅立ってしまったね。僕に何も言わせる事なく。おかげさまで僕の心も星と共に水の檻に閉じ込められてしまったよ。
揺らめく水面で星と並んでにたゆたう、伝える機会を与えられなかった僕の想い。君が乗る遥かな時間を行く舟からは、僕と同じ星が見えているのかな。
あの水上の星達に君が込めた願いが、今なら判る気がするよ。だから今こそ僕も星々に願いを込めよう、星が水底に沈んでしまう程の願いを。適う事は永劫にないと知っていても。