「こら! 待たないか、橙!?」
藍が大声を出すなんて珍しいこと。それも溺愛する橙を相手に。
私がそう思ったのも束の間の事で、続く橙の言葉で謎は容易く氷解しましたわ。
「いやです! 無理です! 必要ないです! 橙はそんなに汚れてません!」
ああ……お風呂ですわね。
普段は渋々ながら入っている橙だけど、時折はこうやって激しく抵抗することも。
こういう時は、入浴時間が長くなってしまう原因を橙自身が抱えていることが大概ですわね。
そう──橙は嘘を付いている……。
藍もそれを重々理解しているのでしょう。橙を追い詰める事に躊躇がありませんわ。
「嘘は良くないぞ、橙! さぁ大人しく一緒にお風呂に入るんだ!」
だからと言って引き下がる橙でもない。
普段がとっても素直なだけに、こういう時の橙は目を見張るものがありますわ。
「いやったら、いやです! いじわるする藍しゃまなんて…………だいっっっ嫌いです!!」
「ぐはっ……!!!」
藍に1万の精神的ダメージ……ですわ。
余りの衝撃に、一瞬ふらっとよろめくも何とか踏み止まってみせた藍。
ちょっと涙目になりながらも、すかさず橙の説得にでますわ。
「……橙? 我が侭を言ってはいけないよ? それに毎日お風呂に入るのは文明人として最早当たり前のことなんだよ?」
優しく語り掛ける藍に、だけど橙はつっけんどんとして答えます。
「はい! はい! 幻想郷の文化レベルは、とても文明人のそれと呼べるものでは無いと橙は思いますっ!」
手を挙げて背伸びまでしてそう主張する橙に、私はついつい頷いてしまいましたわ。
「……そうとも言えるわねぇ。どうしても“外”と比べてしまうと──」
「紫様っ!?」
藍が大きな声で私の名前を呼んでくれましたわ。
え? なに? 結婚したいって? もちろん、いつでもWelcomeよ。
「…………どうして手を広げてるんですか?」
もう。ちょっとした乙女のジョークなのに。そんな白い目で見ないで頂戴。
「藍しゃま! ……すきありです!」
「なっ!?」
ズボッ!
藍が私に気を取られていると、橙はその隙を突いて藍の黄金色に輝く尻尾の中へと思いっきりダイブを敢行。
すっぽり収まってしまって姿が見えなくなったかと思うと、直ぐに顔だけを覗かせましたわ。
「ふっふっふっ……! こうして藍しゃまのふかふか尻尾に包まれていれば、橙には手も足も出せません!」
勝ち誇ったように、悪戯的な笑みを浮かべる橙。
……こういうのを『灯台下暗し』って言うんだったかしら?
「紫様……それは違います……ってそんな事より橙!? ふざけないでおくれ!!」
心の中の独り言にまで突っ込むなんて、流石私の藍ね。律儀だわ。
しかし橙の作戦は確かに効果が合ったようですわね。尻尾が大きすぎて、藍は橙まで手が回らないようですわ。
もぐら叩きのように出ては引っ込む橙に振り回され、己の尻尾に何度も手を伸ばす藍の姿は傍から見ていると、とっても滑稽。
でもまあ……これも時間の問題でしょう。
「ぶーぶー! 橙はいたって真面目です! ふざけてなんていません!」
「ぶー垂れても駄目なものは駄目だ! こうなっては仕方ない……紫様っ!?」
藍の呼びかけに私は待ってましたとスキマを開けてさしあげましたわ。
行き先はもちろん、お風呂への直行便。
「とうっ!」
「行ってらっしゃあ~い。」
掛け声と共にスキマへと飛び込む藍。もちろん、尻尾に橙を入れたまま。
ザバァ~~~ン!!
「ぎにゃぁぁぁぁああ!!!」
スキマから、それはそれは元気な橙の悲鳴が聞こえてきましたわ♪
紫様の協力を得て、漸く入浴へと漕ぎ着けた私だったが…………困難はまだ始まったばかりだった。
「橙……? 何が汚れてないだって……? 体中こんなにノミだらけにして……!」
橙が逃げていた理由に、思わず私は溜息を付いた。
恐らく猫屋敷の野良猫たちのが移ったのだろう。数が半端では無かった。
しかしこれらをしらみ潰しに取り除いていくのは途方も無く手間が掛かる……。
私は熟考した挙句、仕方なく橙を浴槽に頭まで浸からせてノミを焙り出すことにした。 、
ノミは水を嫌うもので、湯船にタオルでも浮かせれば、自然とそこへ逃げるようにして集まって来る。
野生の狐も湖なんかで、葉っぱなどを使ってこうしてノミを取る習慣があるのだ。
……ただその代償は大きく、湯をもう一度張り直さなくてはならなくなったが。
「どうだ? すっきりしたか?」
ぶるっと身震いをする橙に声を掛けてやると、橙は瞳を潤ませながら無言のまましきりに頷いた。
…………よほど怖かったのだろう。
「よしよし……よく我慢したな。」
「らんしゃまぁ……。」
……ここでつい甘やかすのが私の悪い癖なのだろう。
自覚はあってもどうにも直らないが。
そんな事を思いながらも、とりあえず綺麗なタオルで橙の身体を拭いてやった。
「お邪魔するわよぉ~♪」
と、そこへバスタオルを身体に巻いた紫様がお出でになられた。
当然、私も橙も不思議に思い紫様に目を向けた。
「ふふふっ。そんなに見つめないで頂戴よ。照れるじゃないの♪」
「あの……ノリノリのところ申し訳ありませんが、どうされたのですか?」
ここへ来た以上、入浴以外には有り得ないとは思うのだが……。
私にはどうも紫様がその手に持っている『ブラシ』が気になって仕方ない。
「どうしたもこうしたも無いわ。私はただ家族のスキンシップをはかりに来ただけよ?」
そうは言いながらも、何か企んでいらっしゃるのは愉快そうに笑う紫様のお顔を見ただけで分かってしまった。
全く持って、嫌な予感しかしない……。
「はぁ……。ですが浴槽の湯もまだ張っておりませんし……今入られるのはあまり得策では無いかと……。」
どうにか追い返せないものか、淡い期待を持ってそう進言してみる。
だって紫様の目が語っているのだ。ターゲットはこの私だと──
「もちろん、そんなことはお見通しですわ。なんでも橙がお風呂を渋ったのはノミが原因だったとか。」
「はい。その通りです。その為、今こうして湯を張り直しているところです。」
一体紫様は何がおっしゃりたいのだろう?
さも可笑しそうに笑う紫様に、私は困惑するばかりだった。
「まだ気付かないのかしら?」
「気付く……? 一体何に──あ!」
此れ見よがしにブラシを見せ付ける紫様に、私は見落としていた事実に今更ながら気が付いた……!
しまった! 橙にノミが付いていたということは……!
「そう……さっき尻尾に潜り込まれた貴女にもノミは移っているという事よっ!」
ブラシをわしわしとさせながらにじり寄ってくる紫様に、私は背中に冷たいものを感じた。
……というより恥ずかしくて敵わない! 今は橙も見ているというのにそんなこと……!
「ま、待ってください紫様! わざわざ紫様の手を煩わせずともノミなら自分で取れるゆえ──」
「だーめ! それにまた湯船を台無しにするつもり? それなら湯が張るのを待っている間に貴女の尻尾を綺麗にした方が時間の無駄にもならないわ。」
「し、しかし──!?」
「問答無用! ほら、覚悟をしなさい! 私達がちゃ~んと綺麗にしてあげるから。ね?」
「そ、そんなぁ……って私、たち!?」
まさかと思って振り返ると、橙の目が爛々と輝いていた!
「橙も! 橙もお手伝いしても良いのですか!?」
「もちろんよぉ。一緒に藍をきれいきれいしてあげましょうねぇ?」
「はいっ!」
紫様はブラシをもう一本、スキマから取り寄せるとそれを喜々として橙に手渡した。
そうして二人は、うきうきとした顔で私に迫ってくるのだった──
「…………っ///」
「ほら、らぁん? 黙ってないで何とか言いなさいな。」
「そ、そんなこと言われましても……。」
「藍しゃま? お痒いところはございませんか?」
「そうそう、そんなんで良いのよ?」
「だ、大丈夫で……ひゃう!?」
「あら? ここは尻尾では無かったかしら?」
「ゆ、紫様!? 絶対わざ……ひゃう!?」
「ほら、橙? ここよ? ここが痒いみたい。」
「え? ここ、ですか? ……分かりました!」
「ちょっ!? ちょっと待つんだちぇ……あっ! ああぁん!?」
因みにこの後、紫様を含む全員がのぼせたのは此処だけの秘密だ……。
「ほら、こんなに蚤に食われて赤くてコリコリになってるじゃない。橙、掻いてあげなさい」
三人で蚤に食われたところ(?)をお互いに掻きあって、掻かれれば掻かれるほどますます痒くなってのぼせるほど手が止まらなくなってしまったのですね。
大丈夫。今日は5月15日。八雲家ご一行様(515)の日ということで。あれ?他の皆にもいえるじゃんww
八雲家はほのぼのしてて良いなぁ。
藍様愛してる!!!!
じゃあ紫様とは俺が結婚してきますね。