Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

初恋

2010/05/13 23:48:38
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 こんにちは。退屈そうですね。
 もしよかったら、私とお話しませんか?
 え? 仕事ですか? 大丈夫です。今は休憩時間ですから。

 聞いてほしい話があるんです。私の、初恋の話を、聞いてください。
 え、あの、なんで嫌そうな顔するんですか? 女の子同士、恋話で盛り上がったっていいじゃないですか。もう、相変わらずですね。
 
 えーと……。
 あはは、こうやってあらたまってお話しするのははじめてですよね。
 なんだか恥ずかしいです。どうもこう、取材と書きものばかりして過ごしてきたものですから、自分のことを話すのは慣れません。
 その、笑わないでくださいよ?


 うーん……、何から話しましょうか。
 出会い、ですかね、ここはやっぱり。でも、別に一目惚れだったわけではなくて、私がその人に恋をしたのは、もっとずっとあとなんですけど。
 じゃあ、まず、その人と私が、どんな関係だったかお話しますね。
 
 私は、九代目の阿礼乙女、阿求としてこの世に生を受けました。
 転生を繰り返して、幻想郷縁起の編纂を続ける御阿礼の子として、使命を果たすために。
 当然、我が稗田家は幻想郷の中でも、古くから伝わるいわば名門ですね。そんな家庭でした。

 私が恋をしたその人も幻想郷の中では知らない人がいないぐらい、有名な生業を持つ人間でした。儀礼的なこととか、家同士のつながりとか、何度か彼女と会う機会がありました。古臭い風習も結構ありましたからね。

 初めて会ったのは、私の七五三の時でした。
 求聞持の力を受け継いでいたとはいえ、私もほんの幼児でしたから、もちろん恋とかそういう気持ちを抱くことはありません。もちろん、彼女も子供でしたしね。

 他にも人里の大人たちが寄り合いをしている時に、一緒に遊んだのを覚えています。
 まあ、あの頃の私にとって、あの人は幼馴染のお姉ちゃんって感じでした。
 遊んだっていうよりも、魔理沙さんと二人で遊んでいるのに、私がちょこちょこくっついてったって言うのが正しいかもしれません。三つ四つ、年が離れていましたし、毎日外を駆け回っていたお二人と違って、私はインドア派でしたから。
 からかわれたりしたこともありましたっけ。泣かされたこともあった気がします。
 子ども同士にはよくあることですよね。
 それでも、気が向けば何かと私の手をひいて、楽しいことを教えてくれましたよね。
 恋ではなかったですけど、たまにあるそんな機会を私は結構楽しみにしてたんですよ?
 

 そんな私の思いが恋へと変わったのは、私が十になったばかりの頃です。

 そう、気持ちの良い初夏のことでした。
 ようやく、身体も成長して、幻想郷縁起の編纂作業に取り掛かりはじめた時期ですね。
 私は私で、編纂の準備で忙しかったり、あの人も不熱心とはいえ修行をしていたので、三年ぐらい会っていなかったんですけど。
 お互い子どもだったのに、難儀なことです。生まれもった使命のためとはいえ、もうちょっと子ども時代が長く続けばいいのに。他の人より早く大人になった感じはありますよね。

 幻想郷縁起の編纂のためには、やっぱり妖怪退治の専門家である博麗の巫女に頼る必要があります。あの人は妖怪へのパイプ役みたいなところもありましたから。それに、スペルカードルールとか、そのあたりの話を聞く必要もあって、あの日、私は博麗神社を訪ねました。
 
 え? あ、ああ、まだ言ってませんでしたっけ。
 私が恋をした相手は、博麗の巫女、博麗霊夢です。

 女同士ですよ? 何か問題でも?
 ……まあ、一般的には問題がないとは言えませんよね。
 
 なんででしょうね。
 そりゃあ身体が弱くて長生きができないし、当然子を為すこともないわけですから、女同士でもなんにも問題はありませんけど、いつも阿礼乙女は同性にばかり恋をします。たしか阿弥は風見幽香に、阿未は八雲紫に恋をしていたような。やたら強い妖怪とかばっかりなのは、弱い自分へのコンプレックスでしょうか。
 まあ、気にしないでください。そういうものなんです。

 あの? そんなに動揺しないでください。そこまで驚かれるとちょっと、困ります。
 ……そうですよね、妖怪の皆さんは結構いちゃいちゃしてますもんね。今更同性愛には驚きませんよね。
 
 はい、とりあえず、何で驚いたのかは、聞かないでおきますね。
 なんだか、その方がお互いのためのような気がしますし。

 えーと、どこまで話しましたっけ? ああ、そうそう、あの日のこと。
 
 あの時、折悪くというか、神社へと向かう道のりで突然、雨に降られてしまったんです。まあ、初夏でしたから、そんなこともありますよね。
 結構ざあざあ降っていたので、私は当然びしょぬれになってしまいました。
 一度帰って出直そうかとも思ったんですけど、その頃には博麗神社の長い石段を三分の二ぐらい昇り終えた頃で。
 正直、飛べるわけでもなく、体力に自信があるわけでもない私は、一度戻ってまたあそこまで登りたくなかったんですよ。濡れたままお伺いするのも失礼かな、とは思ったんですけど、そのまま、神社へと向かいました。
 
 雨は、私が神社につく頃にはすっかりやんでいて、初夏らしい太陽の日差しに雨の雫がきらきらと輝いていました。
 びしょびしょでしたけど、結構暑い日でしたから、その冷たさもちょっと気持ち良かったりして。なんだか、清々しい気分だったのを覚えています。
 水遊びは好きなんです。ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらーん、って感じですかね。

 それまでは、身体が弱いこともあって超箱入り娘でしたから、雨の中歩くなんて経験もはじめてだったんですよ。ああ、ちょっとテンションが高かったのも、恋に落ちたきっかけ作りに役立っているんでしょうか。

 神社では、霊夢が箒を使って掃き掃除をしていました。
 雨が降ったばかりだというのに、どうかとも思いましたが、今思うとあれですね。修行をサボるためだったんですよね?

 三年ぶりに会った霊夢は、とても綺麗でした。

 真っ赤なリボンでひとつにくくった艶のある長い黒髪。
 少しやせ気味の、けれど、しなやかで健康的な長い手足。
 どこか少女らしさを残しながらも、涼しげで整った凛とした顔立ち。
 すっとまっすぐ伸びた背筋は当時の私にはとても大人っぽく感じて。

 私は思わず見惚れてしまいました。
 雨露に濡れた草木や地面が、きらきらと輝いていて、そよそよと気持ちのよい風が吹いていて。そんなきれいな景色の中に立つ霊夢は、まるで童話の中に出てくる妖精のように綺麗でした。
 あ、本物の妖精とは違いますよ? もっとこう、西洋の物語に出てくる感じの精霊みたいなイメージです。

 気配に聡いところのある霊夢はすぐにそんな私に気がついて、首を傾げます。

「どうしたのよ。びしょびしょじゃない」
「あ、雨にあってしまって」
「ふーん……」

 あんまり綺麗で、しどろもどろになる私をぶしつけにじろじろ霊夢は眺めていました。
 ああいう、遠慮のないところも、嫌いではないです。

 とりあえず、三年ぶりに会ったというのに、久しぶり、とかそう言う言葉もなく、つまらなさそうに踵を返した霊夢に、私は戸惑ったのを覚えています。
 え? あれ? どこ行くの? みたいな。
 だけど、その疑問はすぐに氷解しました。

「ほら、風邪ひくわよ、阿求」
「え? ほえ? ええ?」

 すぐに戻ってきた霊夢は、私の頭にふわっと真っ白なタオルをかけて、乱暴に頭を拭き始めました。髪の毛がぐしゃぐしゃになるのも全然気にしないで、犬だの猫だのを拭くみたいに、わしゃわしゃわしゃっと。
 箱入り娘の私としてはたまったもんじゃありません。父さまも母さまも、それからばあや達に、丁寧に丁寧に、真綿でくるむように大切に育てられていたんですから。
 こんなに乱雑なのは初めてで、だけどどこか心地よくて。

「もう、なにするんですか?」
「拭いてあげてるんじゃない、感謝しなさいよ」
 
 抗議の声を上げる私に、なんでもないことのように霊夢は言いました。それに、もう、と憤りを感じていたはずなんですけどね。
 まっしろなタオルの隙間から、霊夢の楽しそうな笑い顔が見えて。
 昔、遊んでもらっていた時の悪戯っぽい、だけど、しかたないなあっていう感じの笑顔。
 それが、やたらと、きれいに見えて。きらきらしていて。

 私が霊夢に恋をしたのは、その時です。
 え? それだけかって? それだけですよ。
 初恋ってそういうものじゃないですか。理由なんかいらないんですよ、きっと。
 そういう意味では、一目惚れでもあったのかもしれませんね。

 とにかく、あの時、私は霊夢のことを好きだと、そう思った。
 それだけで十分です。

 
 あれ? なんだか顔が赤いですよ?


 それから、私は霊夢に協力してもらって、幻想郷縁起を少しずつ書いていきました。
 二人で一緒にいられるだけで嬉しくて、幸せでした。

 笑ってる顔を見るとどきどきして、ちょっと手が触れただけで、手を洗うのがもったいなく感じたり。髪飾りが似合ってると言われた時にはもう、死ぬかと思いました。
 恋する乙女っぽいでしょう?

 別にそういうつもりはなかったんですけど、幻想郷縁起の目撃報告例でやたら霊夢のコメントが多いのは、そのせいなのかもしれません。
 公私混同じゃあ、ないですよ、多分。

 たまに神社で行われる人妖問わず集まる宴会に招かれるたびに、私は霊夢の姿を目で追ってしまいました。なんででしょうね、ついつい探しちゃうんですよ。
 奇天烈ななりをした妖怪たちの中にいても、決して埋もれない強い存在感。
 それは、私にはない強さでした。
 多くの人の中で笑いあって、ふざけあっている姿はとても眩しく見えました。
 
 まあ、今考えると。
 暢気でこざっぱりとした性格、誰に対しても優しくも厳しくもない、そういうところに私は惹かれていたんでしょう。
 稗田家の娘で、阿礼乙女で、身体が弱くて短命な私に普通に接してくれる人なんてそうそういません。
変な気をまわされてしまうんですよね。
 だから、霊夢の傍にいるのは新鮮で、心地が良かったんです。
 
 もう日々思いを募らせていました。編纂の傍ら、こっぱずかしいポエムなんか書いちゃったりして。
 体調が悪い時なんかも、霊夢の笑顔を思い出しただけで、安らかな眠りにつくことができました。

 霊夢の顔を見ているだけで、思いが溢れそうでした。  
 もちろん、そんな思いを伝えようと思ったことがなかったわけではありません。

 だけど、私は意気地なしで、思っていたよりも欲張りではなくて。
 結局、最後まで言えなかったんですけどね。
 でも、言えなかったからこそ、今でもこうして初恋の思い出が胸の中できらきらと輝いているのかもしれません。

 幻想郷縁起の編纂が終わった日のことです。

 もう転生の術の支度をしなければならないことは分かっていました。
 それまでのように、気軽に外に出かけたり、宴会に参加したりできなくなることも。
 人間である霊夢には、転生をしても会えないことも。

 お別れの挨拶をするために、出来上がった幻想郷縁起を届けるために私は博麗神社を訪ねました。
 それは、実質、霊夢に会える最期の日。
 最期に特別な思い出が欲しくて、あわよくば思いを伝えたくて、一晩、悩んで決めたこと。
 私は勇気を出して、霊夢におねだりをしました。

「空を、飛んでみたいです」
「は?」
「ほら、霊夢もみんなも空が飛べるじゃないですか。羨ましいです」
「そういうもん?」
「そういうものです。ねえねえ、ダメですか?」
「んー」
「お願いします、霊夢」
「ま、いいけど」

 よく分かっていない様子でしたが、私の必死な様子に根負けしたのか、それとも別に断る理由もなかっただけなのか、霊夢は頷いてくれました。多分、霊夢のことだから、後者なんだと思いますけど。
 もしかしたら、万が一ぐらいの可能性ですけど、最後だって分かってくれてたのかも、とも思ったりして。それはちょっと期待しすぎですかね。
 霊夢ですもんね。

 いくら私が軽くて、霊夢がそれなりに鍛えているとは言っても、所詮は女の子同士ですから、お姫様だっこというわけにはいきませんでした。
 それはちょっと残念でしたけど、考えてみれば、顔を見られないで済む分、おんぶだったのは正解だったかもしれません。その分、私も霊夢の顔を見れなかったのは心残りですけど。

 夏の終りの夕方のことでした。
 霊夢の背中におんぶしてもらって、私は空を飛びました。

 ツクツクホーシの鳴く声と夏特有の不思議な匂い。
 暑い中、おんぶという形で密着しているせいか、霊夢のしっとりと汗ばんだ巫女服の背中。シッカロールの優しい匂いと、石鹸の匂い。
 袖のない巫女服から、露出している肩に置いた手がちょっと汗ばんだのは暑さのせいだけではなかったと思います。
 暑いのに、密着した身体は気持ちがよかったです。
 緊張しすぎて、私の指先が震えていたことに、霊夢は気づいていたんでしょうか。
 
 上空へ浮かびあがる間、私も霊夢も、一言も喋りませんでした。

 もともと、霊夢もおしゃべりなほうではありませんでしたし、それも当然だったのかもしれません。
 私は、告白するか、どうしようか。ばくばく言ってる心臓に気付かれてしまわないかとか、本当にそれどころじゃなかったんですけどね。
 
 だけど。
 結局、私は思いを告げることができませんでした。

 大きな夕日が幻想郷中を橙色に染めていく、そんな景色。
 私も霊夢も、同じように橙に染まっていきました。
 言葉にならないぐらい、それは美しくて。今まで見てきたどんな景色よりも綺麗で。

 まるで、世界に二人きりになったような気がして。
 霊夢がいて、私がいる。

 それだけでもう、満足してしまったんですよねえ。
 わざわざ、言葉にして伝える必要も感じないぐらい、橙色に飲み込まれていました。

 言葉を話せないぐらい幸せで、切なくて。
 会えないのは、分かっていましたから。
 ただただ、胸がいっぱいになってしまって。
 頬を一筋、涙が伝っていきました。

 霊夢が、あの時、何を考えていたのかは、分かりません。
 ただ、なんにも言わないでいてくれたのは、ありがたかったです。
 少しでも私との別れを名残惜しんでくれてたのかなって思うのは、自惚れでしょうか。

 夕焼け空が紺色の星空に変わっても、私たちは二人きり、景色を眺め続けました。
 


 霊夢と会った最期の思い出です。最高の思い出、です。
 そして、私の初恋の終わりでした。
 あれから、転生の術を使ったり、なんだりしているうちに、私は臨終を迎えました。
 
 そうして、甘酸っぱい思い出を胸に、今日もこうして、閻魔様のもとで働いているってわけです。
 ふう、久しぶりに長く話したから、ちょっと疲れちゃいました。

 ……なに変な顔してるんですか?
 いいんですよ、初恋は叶わないって言うのは、定説ですから。
 よくあることじゃないですか、告白もできないままの初恋なんて。

 でも、そうですね。
 もうこうなったら、言っちゃいましょうか。ここまで来たら、懐かしい思い出話のついでってことで。
 今だから言えることってありますよねえ。
 久しぶりに再会して、実は好きだったんだよ、なんて言うのもありきたりでしょうか。


 霊夢、お久しぶりです。
 最後に一度会うことができてうれしいです。ああ、でも、霊夢にとっては嬉しくないですか? でも九十まで生きたんだから、大往生じゃないですか。ふふ。
 ひ孫の顔まで見れたんですよね。先に来た人たちに聞きましたよ?

 もう随分経つのに、ちょっと緊張しますね。
 うう、笑わないでください。これでも結構恥ずかしいんですよ?

 でも、もう、最後のチャンスですもんね。
 ちゃんと、言わせてください。


 霊夢。

 私は、あなたのことが好きでした。
 心から、好きでした。
 あなたといられて、阿求は幸せでした。
 
 ありがとう。

 そして、さようなら。
お読みいただきありがとうございます。ほんの少しでも楽しんでいただければ幸いです。
恋愛ものは書いててひやひやします。なぜだ。


前作等へのコメント、ありがとうございます。
本当にありがたいです。感謝しています。


5月14日
加筆修正しました。
Peko
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
泣いた
2.ソニア削除
久々に涙が…。。
3.名前が無い程度の能力削除
阿弥は文さ!とか言おうとしてた自分は埋めておきます。

いい話でした。
4.奇声を発する程度の能力 in 携帯削除
もう涙しか出ません。
5.名前が無い程度の能力削除
泣けた。最期の最後が・・・・・・
6.名前が無い程度の能力削除
ごめんなさい
阿礼乙女を御阿礼の子に勝手に脳内変換しちゃったから、幻想郷にゲイがいるのか・・・?とか思ってしまった
そのせいで素直に感動できなかったorz
7.名前が無い程度の能力削除
泣ける。ただそれだけ。