「あなたが厄神様ですね?」
「そういうあなたは天狗かしら?」
突然目の前に現れた文に、雛は少しも動じない。
「ええ、射命丸文といいます。今日あなたに会いに来たのは――」
「取材、でしょう? 天狗が私の元に来るときは、毎回そうだもの」
「あやややや、既に取材を受けていたのですか。それにしては、あなたの記事を見たことがないですが……」
文は一応、他の天狗たちの新聞も読む。ライバルたちがどういうことを書いているかもよく分かるし、ネタ被りを避けるためというのもある。
だが、文は今までに雛のことが書かれた記事を一度も目にしたことがなかった。
おかしいとは思っていたのだ。身近に厄神という明らかにネタになりそうな人物がいるのに、何故か誰も記事にしていない。
文はそこに目を付けて、その理由を探りに来た。
表情は笑顔だが、雛に気付かれないようにしっかりと警戒はしている。
雛の周りには、なにやら禍々しいオーラのようなものが見える。あれが厄だろうか、と警戒をより強める。
「私の記事を見たことがないのは当然。私があまりそういう晒し者みたいになることが好きではないから」
「ふむ、記事にしないでくれと言ってきたのですか」
「そんなこと言って、好奇心旺盛な天狗が引き下がると思う?」
くすくすと、文を小馬鹿にしたように笑う。
少し勘に触ったが、これくらいで怒る文ではない。強者は常に余裕を持っている。文がこんな安い挑発のようなものに引っ掛かるわけがなかった。
すると、雛は少しきょとんとした表情を浮かべた。
「あら、あなたは怒らないのね。天狗は皆プライドの高い存在だから、こんな風にちょっと小馬鹿にしたら怒るかと思ったけど」
「すぐ感情的になるのは弱者がすることです。それに、細かいことに一々腹を立てていたら、長い人生やってられませんよ」
それを聞いた雛は、またくすくすと笑った。だが、今回はさっきとは違う、本当におかしくて笑っている様子だ。
「ふふ、あなたみたいな人は初めてだわ。今までの天狗たちとは違うタイプね。ちなみに、今まで私を取材した天狗たちは、皆厄に飲まれたの。さっきみたいに小馬鹿にしたら、腹を立てて考えも無しに私に一直線。するとどうなると思う? 私の身に纏う厄に包まれて、あてられて、そのまま失神。その体にしっかりと厄を刻み込んであげるから、二度と私には近寄らないわ」
「物騒ですねぇ。私も突っ込んでいたら、そうなっていたということですか」
「そうね。でもあなたは、そんな愚かな行動は取らなかった。ちょっとびっくりしたわ」
なるほど、これは厄介な取材になるかもしれない。それと同時に、面白くなる可能性も大いにある。文はそう感じた。
早速、文花帖とペンを取り出す。
雛には極力接近はせず、しかし遠すぎることはない距離を保つ。厄に飲まれないためだ。
「あら、取材を受けるとは言ってないけど?」
「天狗は強引なところもあるんですよ」
「まぁ、それは知らなかったわ」
「というわけで取材――と言っても、何故他の天狗たちがあなたを取材しないかを調べに来たようなものですから、あなた個人に対する取材内容を考えてきていません」
文花帖を開いても、質問する内容や目的は何も書かれていない。
さてどうしたものか、と考える。いろいろ考えようとしたところで、思考をシャットダウン。小難しく考えるのはやめた。即興でいろいろ訊いてみるのが良い。文はそういう結論へ至った。
「名前は?」
「だから取材に応じるとは――」
「鍵山雛さんでしたっけね」
「……知っているなら訊かないでよ」
「一応ですよ一応。で、名前これで合っていますよね?」
「はぁ……本当に強引なんだから。うん、それで正解」
流石に取材対象の名前くらいは知っているのが常識だ。文花帖に書いた雛の漢字が正しいか、確認をとる。雛はため息を吐きながらも、どうやら渋々ながらではあるが、取材に応じることにしたようだ。文の強引勝ちである。
「えーと、じゃあ年齢を」
「女性に訊くものじゃあないわね」
「じゃあスリーサイズ」
「それも、訊くものじゃあないわね」
「好きな人は居ますか?」
「とっても嫌いな人なら居るわ。目の前に」
「分かりました。目に映る者が全員嫌い、と」
「ちょっと、捏造記事にしないでくれない? 私が嫌いなのは、あ・な・た」
「いやん、そんな新婚さんみたいにあなたなんて言われると、私照れちゃいます」
「っ……」
なんだこいつは。雛は純粋にそう思った。
嫌味を言ってもふらりとかわされ、肝心の取材内容は適当すぎる。
腹が立つというよりは、好奇心を刺激された。
「あなた、一体何がしたいの? 何を求めているの?」
「ほい? いえ、特に何も。強いて挙げるなら、特ダネが欲しいです」
「それにしては取材内容が適当だけど?」
「うーん、準備不充分でした。正直、くだらない質問とかしか出てきません」
「帰れば良いじゃない」
「それはあれですか? 日を改めて取材をもう一度受けてやる、ということですか?」
「……勝手にすればいいわ。厄に飲まれても助けてあげないけどね」
雛は、断らなかった。
それは、文が雛を知りたいのと同じなように、雛も文をもう少し知ってみたいと思ったからだ。
文は特ダネのため、雛は己の好奇心を満たすため。
「それじゃあ、今日は退散するとしますか。では、また明日にでも」
「早いわね。明日なんて」
「ご都合が悪いですか? 誰かとお会いする予定とか」
「冗談。私に好き好んで会う人なんていないわ。今のところ、目の前にいる物好きな天狗以外はね」
「そうですか。では、また明日」
こうして、二人は一旦別れた。
また明日。その約束を交わして。
「……速いのね、あいつ」
雛はぽつりと呟いた。
文の後ろ姿はもう見えなくなっていた。
◇◇◇
「突撃寝起きの厄神様!」
「きゃあああああああああ!?」
「おお、良い悲鳴です。意外に可愛いところもある、と……メモメモ」
「そんなもんメモしないで!」
次の日、かなり早い時間に文はやってきた。
寝起きを一枚撮るつもりだったのだろう。しかし、雛は着替えている最中だった。寝起きではないが、これはこれである意味貴重なシーンである。厄神様の下着姿なんて見たのは、今までにいないだろう。
さすがの雛もこれには慌てて、部屋にあるものをいろいろ投げつけた。
「神様と言えど女の子ということが良く分かりました」
「いいから頭から出ている血を拭きなさい」
「大丈夫、これでも妖怪ですから。回復力と頑丈さと可愛さには自信あります」
「ついでにたちの悪さも追加ね」
「あやややや、これは手厳しい。すみません、タオルかなんかあります?」
「結局拭きたいんじゃない。貸さないわよ、タオルに血を染み込ませたくないもの」
雛に投げられた物で、頭から少し血を流している。未だに止まっていない。
文は自分のポケットをさぐると、中からハンカチを取り出して、それで拭くことにした。
「さて、取材に入るとしましょうか。主にさっき見えた雛さんの予想外に可愛らしい下着について詳しく」
「捻り潰すわよ――って、雛さん?」
「あ、はい。違いましたっけ?」
「いや、合ってるけど……そんな風に呼ばれたのは初めてだわ」
「厄神様だと堅すぎますし、鍵山さんだとなんかしっくりきませんし、名前で呼ばせていただきましたが……嫌なら別に厄神様でも良いですけど」
「ううん、別に嫌なわけじゃないの。ただ、慣れてないだけで」
「そうですか、では雛さんで」
嫌悪感はないが、なんだか不思議な気分だった。
「昨日帰ってから考えたんですよ。取材内容はどういうものにするべきかを」
「それで? どんな内容なの?」
「ええ、質問なんかするよりも、とっても良いことを思いつきました。ズバリ、これです!」
文が何処からか巻物のような物を取り出した。
そして、自信満々の笑みを浮かべながら、それを広げた。
「厄神様生態取材! はい、拍手~」
「帰ってくれると、とっても嬉しい」
そこに書かれていたのは、少し丸っこい字で厄神様生態取材という文字だった。
嫌な予感しかしない雛は、割と本気で帰って欲しいと願う。もちろん、これで帰ってくれるだなんて思っていない。天狗とはそういう生き物だ。
「で、具体的にはどういう内容なのかしら?」
「私が今日一日中、雛さんの生活に密着するのです」
「……えーと、物凄く面倒なことになりそうな予感しかしないのだけど」
「大丈夫。今日一日私が傍に居る代わりに、雛さんの身に降り注ぐ危険は全て振り払って差し上げます。所謂ボディーガード的なものです」
「むしろ危険が降り注ぐのはあなたの方だと思うけど?」
「ふっふっふ、厄くらいでこの私が挫けるとでも?」
「……まぁ、良いけどね。どうなっても知らないわよ」
「それでは一日、よろしくお願いしますねっ!」
~厄神様とお昼ご飯~
「あなたも食べる? お蕎麦だけど」
「あ、ありがとうございます」
数分後、文の前にある卓袱台に蕎麦が置かれる。
雛も文の正面に座って、手を合わせていただきますをする。文もそれに合わせて、いただきますと言った。
割り箸を手に取る。
「よいしょっと――あ、割り箸変な風に割れちゃいました」
「厄の力ね、可哀想に」
「えぇっ!? これ厄のせいですか!?」
随分と小さい厄だ。
「それだけじゃないわ。あなたにはまだまだ厄が降り注ぐ」
「いや、この程度だったらいくつ降り注いでも大したダメージには……」
案外大したことないのだろうか、そうだとしたら、あまり面白い成果は見られないかもしれない。
そんなことを思いながら、文が蕎麦を口に含もうとした瞬間――蕎麦が爆発した。
「ぼふぁ!?」
「あらあら」
「あらあら、じゃないですよ! なんですか、これ!?」
「厄ね」
「いやいやいや、なんでもかんでも厄って言えば良いものじゃないですよ! くぁ……流石に顔面は効きます」
「どんまい」
「それだけ!?」
雛がとても良い笑顔で親指を立てながら、そう言った。
これは想像以上に厄介なのだろうか。
しかし、そう思っても文は今日一日と決めたのだ。夜まで耐えてみせる。記者魂やら意地やらで、そう決意した。
雛は、今のに懲りて帰ってくれるかと予想していただけに、文が帰らなかったことは意外だった。
そんな二人の一日はまだ続く。
~厄神様とお掃除~
「と言っても、部屋綺麗ですね」
「まぁ、小まめに掃除してるしね」
「よし、厄神様は掃除好き……と。うん、新しい情報ですね」
「そんなこと知って、なんになるのかよく分からないわ。それはどうでもいいけど、掃除するから退いて」
「え? 綺麗じゃあ……」
「家の前を掃いてくるの。掃除は室内だけじゃないわ」
そう言って、雛は外に出ようとする。
だが、それを文が制した。
「何?」
「私も手伝います。その方が、より身近で見れそうですし」
「別に見ても面白くないし、あんまり近寄ると厄が降り注ぐわよ?」
「厄上等です!」
握り拳を作って、やる気満々を示す。
雛はため息を吐いたが、止めはしなかった。どうせ言っても聞かないだろうということは分かっていたから。
そして二人は外に出た。箒を手渡す雛。
「あ、ありがとうござ――」
箒爆発。
「ごふぁ!? また……またですか!? もう爆発は流石にないだろうと思ってたんですけど!?」
「ほらあれ、油断大敵」
「普通予想できませんよ!」
「あと、二度あることは三度ある」
「それまた爆発するって言ってるようなものですよね!?」
もしかして厄なんかではなく、自分を追い払うためにあらゆる物に火薬でも仕込んでいるのではないか、と文は思った。
雛はまた、とっても良い笑顔で親指を立てていた。
それ見て、文もさらに意地になる。
「こうなったら、私の覚悟を見せて上げます! 爆発なんてどんとこい! その程度で私は屈しませんよ!」
「……そう、精々頑張ってね。骨は拾ってあげる」
夜になった。外は星と月だけが明りの役割を果たしている。
「えーと、大丈夫?」
「ふ……なんのこれしき」
そうは言うが、文はボロボロだった。
夜まで、爆発だったり、どこからか哨戒天狗の剣が飛んできたりなど、不幸は続いたのだ。
妖怪だから傷は治っているが、精神的疲労と服がボロボロ。
さすがに雛も、これには心配してしまう。
「あなた、馬鹿なの?」
「む……何を言いますか。一日取材をちゃんとしたのですから、大成功と言えます。成功者は馬鹿じゃあないです」
「私なんかのこと、調べるためにこんなボロボロになって……もっと他にも面白そうな取材対象はいくらでもあるでしょうに」
「いくらでもあったら、ネタに苦労なんてしませんよ。それに、私は雛さんを取材するって決めたんです。一度決めたら、曲げられません」
「天狗として?」
「いえ、射命丸文として」
その答えに、雛は笑った。
なんておかしな天狗だろうか。こんな人物に、雛は今まで一度も出会ったことはなかった。
すると、突然カシャっと音がした。
「はは、今日一番の笑顔、いただきましたーってね」
文は疲れた笑顔ではあるが、精一杯悪戯っぽい笑みを作って、雛に言った。右手にはカメラが握られている。
雛はしばらくきょとんとした表情だったが、何をされたのかやっと分かり、呆れたような笑みを浮かべた。
「本当、取材馬鹿なのね」
「失礼な。一生懸命と言って下さい」
「はいはい、一生懸命な天狗さん、今日一日お疲れ様」
「ご協力ありがとうございました。良い記事が書けそうです。出来上がったら持って来ますね」
「いいわよ、別に」
そうは言ったが、少し興味はあった。
一体この天狗がどんな記事を書くのか。自分をどのように見て、何を感じたのか。雛はそう思った。
「いいえ、拒否しても届けます。そして出来れば定期購読を」
「お断りするわ、と言いたいけど、あなたの書く記事が面白かったら定期購読しても良いかもね」
「っ! 本当ですか!? 分かりました、精一杯面白おかしくします!」
「いや、私の記事を面白おかしく捏造されても困るのだけど……」
「それでは、今日はありがとうございました」
そう言って、文は外に出ようとする。
雛は一応見送るために、立ち上がった。
外は冷たい風が吹いていて、少し寒い。星がきらきらと光っている。月もしっかり輝いている。明るい夜だ。
「今日は楽しかったです。それでは、また」
「楽しかった? あれだけ酷い目にあったのに?」
「はい。結果、私は身をもって厄の力を知りましたし、雛さんのこともいろいろ知れました。実に充実した一日でしたよ」
「そう……ま、あなたが良いならいいけどね」
「一つ心残りがあるとすれば、名前ですね」
「名前?」
文の言ったことが理解出来ず、首を傾げる雛。
「一度も私は名前を呼ばれませんでした。天狗さんやらあなたやらでした。これは少し残念でしたね。ま、これは次の機会にでも絶対言わせてみようかと思います」
「……そう、なら私は絶対に言わないわ」
「あやややや、手厳しいですね。なら、呼ばれるまでずっとしつこく通ってやるだけです」
「とっても迷惑ね」
雛は笑顔でそう言う。
しかし文は、あははと笑って流した。
「さて、それでは本当に帰るとします」
「帰り道、気をつけなさいね。大丈夫だとは思うけど」
「えぇ、それではまたお会いしましょう」
「……またね」
小さく手を振って、文を見送った。
部屋に戻って、ふぅ、と大きくため息を吐く。
「今日は疲れたわ……」
どたばたとして、いつものように落ち着いた日ではなかった。
それでも、別に不快感は無かった。
むしろ、こういう騒がしいのも、たまには良いかもしれない。雛は、心の中で呟いて、浅い眠りに入った。
確かに雛と文じゃ対照的なイメージ。まさに静と動。
上手く混ざれば素敵な予感?
厄神様可愛いよ!
厄得だな
話は面白いけど、地の文がただの説明文になっているのが残念だったかな
いつか文ちゃんの名前を呼んだときには二人で真っ赤になって黙っちゃうような気がする。
厄神様の下着はパステルカラーの可愛いやつだと勝手に思ってる。
雛の下着はリボンに違いない
雛様と文の一日の全風景が頭の中で走馬灯のように見えた、良かったです。
厄神様の厄はもはやネタの域ですね!
面白かったです!
雛さんが大人な感じですごくよかったです!
時間かけて仲良くなれば、互いに素敵な関係になれそうですよね。
>>奇声を発する程度の能力様
雛可愛いよ雛!
>>3様
おっしゃる通り、ちょっと失敗しちゃいました。
色々混乱している今ですが、次回はしっかりしたいと思います。
>>ぺ・四潤様
なるほど……名前を呼んで二人とも真っ赤って、素晴らしいシチュエーションじゃないですか! そのネタ盗ませていただk(やめなさい
>>5様
厄には気をつけましょうw
リボン……ですって!?
>>終焉刹那様
上手いですねw
ありがとうございます!
>>7様
厄は何が起こるか誰にも分かりませんw
あ、ありがとうございますっ!
>>8様
可愛い雛様も良いけど、大人っぽい雛様も良いですよね。
ありがとうございましたー!