トゲアリトゲナシトゲトゲ。
トゲトゲのトゲの無いやつ、のトゲのあるやつ。
トゲトゲなんだかツルツルなんだかよくわからない生き物だ。
だけど、だからこそ、私はこの虫にある種の親しみを感じている。
自分は一体何者だろう。
誰しも一度は思う疑問。
けど、私の場合少し意味合いが違う。
心を読まないさとり妖怪。
一体何なんだろう。
心を読むさとり妖怪の心を読まないやつ。
要はトゲナシトゲトゲ。
トゲもないのにトゲトゲなのか。
自我同一性が危ない。
それなら、とっとと心を開いてしまえ。そう思う人もいるかもわからない。
けれど、私は心を読まないさとり妖怪。
心を開いても、心を読む心を読まなかったさとり妖怪、になるのだ。
トゲアリトゲナシトゲトゲになるのだ。
事物は螺旋状に進んでいく。
横の動きにしか見えなくても、僅かながらの縦方向のベクトルがあったりする。
クルクル回って元通り、とそうはなかなかいかないもので。
トゲナシトゲトゲにトゲがついても、それはもうトゲトゲじゃないのだ。
きっとトゲが無くなった時、代わりにトゲナシたる何かを手に入れたに違いない。
私の場合は無意識を手に入れた。
それが私のトゲナシたる所。
心を開いても無意識の力はなくならないだろう。
元の位置には戻れない。
それがトゲアリトゲナシトゲトゲの悲しみなのかもしれない。
今の私はトゲナシトゲトゲ。
トゲが無い分、むやみに人を傷つける事は無くなった。
それは私には嬉しい事であり、今はそうある事に少し愛着も沸いている。
けれど、私は何者だろう。いつもそこに行き着くのだ。
その悩みはトゲナシトゲトゲには、ずっとついて回るのだろう。
コンコンコン、と控え目なノックが聞こえた。
この叩き方はお姉ちゃん。
時折こうして部屋を尋ねてくる。私が居ても居なくても。
「なぁに?」
返事をすると、ガチャリ、と扉が開く。
「こいし。お茶を煎れるから、少し一緒にお話しましょう」
そして、いつもそう誘うのだ。
「――で、そのお店はお団子が美味しいんだ。炭火で焼いたお団子を、さっと黒蜜のタレに通して戴くの」
「へぇ。それは美味しそうね。地上へ行ったら是非食べたいわ」
お姉ちゃんとのお茶会は、本当に、たわいもない話をする。
私がフラッと見てきたものを話し、お姉ちゃんが相槌を打つ。
もしくは、お姉ちゃんが地霊殿で起こった事を私に話す。
別に普段交流がない訳ではない。
毎食一緒に食べてるし、普通に会話もする。
だから、このお茶会の会話は取るに足らないものなのだ。
それなのに、割と頻繁に開かれるお茶会には、きっとお姉ちゃんなりの意味があるんだろう。
「ねぇ。私の話って楽しい?」
「ええ。楽しいわ。私はあまり外には出られないもの」
お姉ちゃんの表情に、どこか見覚えある憂いが浮かんだ、気がした。
さとり妖怪の覚りの力。トゲトゲの嘆きのトゲ。
それに対する憂いだけではないと思う。
私が心を閉ざした事を、きっと深く心配してるんだろう。
「そっか。それじゃあ私が今度美味しいお土産を買ってくるよ」
「ありがとう。楽しみにしておくわ」
そう言い、困ったように目を細め、微笑んだ。
どうやら私はトゲがなくても人を傷つけているらしい。
「ところで、お姉ちゃん」
「ん。どうしたの?」
「お姉ちゃんはどうして心配するの?」
ふと、疑問に思った事が口から出た。
口に出してから後悔した。
こんな聞き方はよろしくないのだ。
心を閉ざしたのは私の弱さが悪い事だから。
お姉ちゃんはちょっと面を食らったようだった。
数拍おいて口を開いた。
「私はそういうものなのよ。どんな時でもあなたを心配してしまう。そういうもの、ね」
そういうもの。そういうものらしい。
結構いい加減な言葉だが、むやみやたらにしっくりきた。
「世の中なんでも、そういうものってのはあるものよ」
「私もそういうものかもしれない」
そういうもの、だ。
きっと心を閉ざして無くても悩んでたんだと思う。
「ただね、そういうものっていうのは案外強いのよ」
トゲがあろうと無かろうと、トゲトゲ達は生きている。
トゲがあろうと無かろうと、私達は悩み、悲しむ。
そういうものだ。
第三の目を開いても、元には戻れないかもしれない。
手にした無意識の力があるから。
けれども、それは私に限った事じゃないだろう。
それは悪い事ではないのだ。進化したから違うのだから。
少しずつ、前に進んでいくんだから。
きっとトゲを取り戻してもお姉ちゃんは心配し、私は悩むんだろう。
それも、そういうものなのだ。
さて、目を開く前に色々勉強してみても面白いかもしれない。
せっかくだから、ね。
そして私は書斎に向かい、動物生態学の本を手に取った。
そうして少しずつの進化を刻むのである。
トゲトゲのトゲの無いやつ、のトゲのあるやつ。
トゲトゲなんだかツルツルなんだかよくわからない生き物だ。
だけど、だからこそ、私はこの虫にある種の親しみを感じている。
自分は一体何者だろう。
誰しも一度は思う疑問。
けど、私の場合少し意味合いが違う。
心を読まないさとり妖怪。
一体何なんだろう。
心を読むさとり妖怪の心を読まないやつ。
要はトゲナシトゲトゲ。
トゲもないのにトゲトゲなのか。
自我同一性が危ない。
それなら、とっとと心を開いてしまえ。そう思う人もいるかもわからない。
けれど、私は心を読まないさとり妖怪。
心を開いても、心を読む心を読まなかったさとり妖怪、になるのだ。
トゲアリトゲナシトゲトゲになるのだ。
事物は螺旋状に進んでいく。
横の動きにしか見えなくても、僅かながらの縦方向のベクトルがあったりする。
クルクル回って元通り、とそうはなかなかいかないもので。
トゲナシトゲトゲにトゲがついても、それはもうトゲトゲじゃないのだ。
きっとトゲが無くなった時、代わりにトゲナシたる何かを手に入れたに違いない。
私の場合は無意識を手に入れた。
それが私のトゲナシたる所。
心を開いても無意識の力はなくならないだろう。
元の位置には戻れない。
それがトゲアリトゲナシトゲトゲの悲しみなのかもしれない。
今の私はトゲナシトゲトゲ。
トゲが無い分、むやみに人を傷つける事は無くなった。
それは私には嬉しい事であり、今はそうある事に少し愛着も沸いている。
けれど、私は何者だろう。いつもそこに行き着くのだ。
その悩みはトゲナシトゲトゲには、ずっとついて回るのだろう。
コンコンコン、と控え目なノックが聞こえた。
この叩き方はお姉ちゃん。
時折こうして部屋を尋ねてくる。私が居ても居なくても。
「なぁに?」
返事をすると、ガチャリ、と扉が開く。
「こいし。お茶を煎れるから、少し一緒にお話しましょう」
そして、いつもそう誘うのだ。
「――で、そのお店はお団子が美味しいんだ。炭火で焼いたお団子を、さっと黒蜜のタレに通して戴くの」
「へぇ。それは美味しそうね。地上へ行ったら是非食べたいわ」
お姉ちゃんとのお茶会は、本当に、たわいもない話をする。
私がフラッと見てきたものを話し、お姉ちゃんが相槌を打つ。
もしくは、お姉ちゃんが地霊殿で起こった事を私に話す。
別に普段交流がない訳ではない。
毎食一緒に食べてるし、普通に会話もする。
だから、このお茶会の会話は取るに足らないものなのだ。
それなのに、割と頻繁に開かれるお茶会には、きっとお姉ちゃんなりの意味があるんだろう。
「ねぇ。私の話って楽しい?」
「ええ。楽しいわ。私はあまり外には出られないもの」
お姉ちゃんの表情に、どこか見覚えある憂いが浮かんだ、気がした。
さとり妖怪の覚りの力。トゲトゲの嘆きのトゲ。
それに対する憂いだけではないと思う。
私が心を閉ざした事を、きっと深く心配してるんだろう。
「そっか。それじゃあ私が今度美味しいお土産を買ってくるよ」
「ありがとう。楽しみにしておくわ」
そう言い、困ったように目を細め、微笑んだ。
どうやら私はトゲがなくても人を傷つけているらしい。
「ところで、お姉ちゃん」
「ん。どうしたの?」
「お姉ちゃんはどうして心配するの?」
ふと、疑問に思った事が口から出た。
口に出してから後悔した。
こんな聞き方はよろしくないのだ。
心を閉ざしたのは私の弱さが悪い事だから。
お姉ちゃんはちょっと面を食らったようだった。
数拍おいて口を開いた。
「私はそういうものなのよ。どんな時でもあなたを心配してしまう。そういうもの、ね」
そういうもの。そういうものらしい。
結構いい加減な言葉だが、むやみやたらにしっくりきた。
「世の中なんでも、そういうものってのはあるものよ」
「私もそういうものかもしれない」
そういうもの、だ。
きっと心を閉ざして無くても悩んでたんだと思う。
「ただね、そういうものっていうのは案外強いのよ」
トゲがあろうと無かろうと、トゲトゲ達は生きている。
トゲがあろうと無かろうと、私達は悩み、悲しむ。
そういうものだ。
第三の目を開いても、元には戻れないかもしれない。
手にした無意識の力があるから。
けれども、それは私に限った事じゃないだろう。
それは悪い事ではないのだ。進化したから違うのだから。
少しずつ、前に進んでいくんだから。
きっとトゲを取り戻してもお姉ちゃんは心配し、私は悩むんだろう。
それも、そういうものなのだ。
さて、目を開く前に色々勉強してみても面白いかもしれない。
せっかくだから、ね。
そして私は書斎に向かい、動物生態学の本を手に取った。
そうして少しずつの進化を刻むのである。
なんと言えばいいのかわからないけど、いいです
まあそういうものはありますよね、世の中
いとおしいですトゲトゲ
良いですよねトゲトゲ
トゲナシトゲトゲは、今は分かりやすさを重視して“ホソヒラタハムシ”と表記する本が増えたとか増えないとか……
個性的な言葉には、まだ幻想になってほしくないですねえ。
それはともかく良かったです
「そういうもの」というのがなんとも良かった