唯、羨ましいと思っていた。
何故、彼の許に人、否、人妖問わず集まるのか。それが知りたくて、本当に羨ましくて。
何処ぞの隙間の妖怪や鬼みたいに頓珍漢な力でも使っているんじゃないかと考えたが、彼が云うには。
「僕にそんな力がある分けないだろう。此処はお店だ。人が集まるのは至極当然の事なんだよ」
まあ、僕は妖怪なんかも相手にしているけどねと彼、森近霖之助は付け加えた。
確かに、冷静に考えたならそれが正しい答えなのだと思う。
しかし、私はそれだけではないように思えるのだ。
この男の傍にいると、とても落ち着く。
普段は、騒がしいことや、楽しいことが大好きなのだが、見つめ直せばそれはただの虚勢でしかなく、過ぎれば心中に空しさが残った。
私は、誰かに構ってもらいたいだけなのかもしれない。
楽しくなければ死ぬ、服に垢が着くと死ぬ、頭上の華鬘が萎えると死ぬ、身体から臭いがすると死ぬ、脇の下から汗が流れ出ると死ぬ。
望んで天人になったんじゃない。と叫びたくなったが、騒がしいのが好きな自分でも憚られた。
目前の男に奇異の眼差しを向けられることが恐ろしいことのように思えたからである。
もしかしたら嫌われるかもしれない。軽蔑されるかもしれないという気持ちがあって、此処にいる間はどうも、自分が自分でない気がするのだ。
その所為なのか霖之助からは、大人しい、お淑やかだとよく云われる。
そう云われる度に、胸が高鳴るのを感じる。口ではええ、有難うとか澄まして返している心算だが声が上ずっていやしないかと内心ひやひやするのだ。
「喉が渇いたな」
君も要るかいと尋かれたので、それじゃ、頂くわと淡々とした口調で返した。
霖之助がお茶を淹れている間に、声の上ずりはなかったか思い返す。
「どうかしたのか。考え事かな」
「な、何でもないわ」
慌てて置いてあった帽子を被る。
乱暴に被ったから髪は乱れるだろうが、今は髪よりも顔を見られたくないと思った。
「なら良いが、ほら、どうぞ」
差し出された湯呑を受け取り、茶を啜った。
少し熱いけど、飲めない程ではない。寧ろ適温と呼べるのではないだろうか。
私は湯呑を置き一息ついた。
ふと、店内を見渡す。
手前の整理された棚とそうでない奥の棚が視界に入った。
私の部屋なんかは何時も整然としていて、窓の縁にすら埃がないし、それにとても明るい。
それと比べると此処は薄暗く、埃臭いし散らかっていたりする。
物思いに耽っていると、カウベルが来客の告げる音を鳴らした。
「香霖、お前が骨になってないかあんまりにも気になったから見に来たぜ」
「要するに暇なんだな。魔理沙」
「へえ、心配はしないんだ」
「ありゃ?誰かと思えば傍迷惑な我儘天人じゃないか」
「紅い館の吸血鬼よりは相当ましよ。餓鬼じゃあないんだから」
魔理沙は、そうかねえと云い、それ以上が食下がってこなかった。
「我儘?僕にはそうはみえないけどなあ。どうなんだい、天子」
「えっ、ええ、我儘な性格ではあるわね」
まさか、此方に振ってこようとは思わなかった。
正直に答えてしまったが、幻滅されたりはしないだろうかと不安が過った。
「こいつは生粋の筋金入りの我儘娘だぜ」
「ちょっと、黙ってなさいよ」
揄う魔理沙に喰ってかかる。
周囲から見れば普段通りなのであろうが、内心焦っている。
それもこれも霖之助に悪く見られたくないが為なのだと思う。
不意に、霖之助が笑う。
「どうして、笑うのよ」
「矢張りね、どうにも変だと思ったんだ。君が余りにもぎこちないように見て取れたんでね。ああ、こりゃ何か隠してるなと」
成程、解ったと霖之助は大きく頷いた。
「で、こいつは何を隠してたんだよ」
「自分らしさだよ。この子は君らの前じゃ我儘なんだろう」
「どっちかって云うと自己主張が激しい、かな」
「それは幻想郷の少女誰しもに云えることだよ」
霖之助は言葉の後に深い溜息を付いた。
嫌われたと思った。
今、私の胸中は羞恥と絶望の入り混じったどろどろとしたものに苛まれている。
その所為で、まるで口が縫いつけられたように動かなくなっていた。
俯いた。
今、自分の顔は歪んでいるに違いない。
見られまいと帽子を深く被る。
唾に皺が付いてしまうが、それよりも顔を見られたくない思いは強く、唾を握る手に一層力が込もった。
「おや天子、どうかしたのかい」
「どうも、しないわよ」
目は合わせない。
何か大きな、取り返しの付かない過ちを犯してしまったような気分だ。
「馬鹿だな香霖は」
「馬鹿とは何だ馬鹿とは」
「良いから耳貸せ」
魔理沙が何か耳打ちをしているが、今は視界には入れたくない。
何も見たくない聞きたくない。
私は目を伏せ、耳を塞いだ。
「ああ、天子。僕の発言が拙かったのなら謝る。済まない」
謝られた。
どうして頭を下げられたのか解らなかった。
帽子の唾を握る手の力を緩める。
「どうして」
「え?」
「どうして謝るの?嫌いになったんじゃないの?」
私は、上ずった声で絞るように云った。
「嫌う理由がまるで見当たらないな。君の第一印象は悪くないし、天界の道具を見せてくれるしね」
後は何か買って頂けると嬉しいのだがねと霖之助は云った。
「じ、じゃあ」
「ああ、別に自分らしさを隠さなくて良いんだよ。そっちの方が僕としてもやり易いからね」
嫌われた訳ではなかったのだ。
顔を上げて、霖之助を見た。
「泣いて、いたのかい」
霖之助は、指の腹で私の顔を撫でた。
少しくすぐったいような、心地好い感覚だった。
「はっ、見せ付けるね」
魔理沙はそう毒づいた後、出て行ってしまった。
扉を乱暴に開ける音が五月蠅く店内に響いた。
「扉は静かに――って聞いちゃいないか」
そんなことはどうでも良かった。
ただ、嫌われていないという事実が、私にとって嬉しいことなのだから。
私は、泣き止んだ直後のみっともない顔で出来る限りの笑みを浮かべ、冴えない店主の名前を読んだ。
何故、彼の許に人、否、人妖問わず集まるのか。それが知りたくて、本当に羨ましくて。
何処ぞの隙間の妖怪や鬼みたいに頓珍漢な力でも使っているんじゃないかと考えたが、彼が云うには。
「僕にそんな力がある分けないだろう。此処はお店だ。人が集まるのは至極当然の事なんだよ」
まあ、僕は妖怪なんかも相手にしているけどねと彼、森近霖之助は付け加えた。
確かに、冷静に考えたならそれが正しい答えなのだと思う。
しかし、私はそれだけではないように思えるのだ。
この男の傍にいると、とても落ち着く。
普段は、騒がしいことや、楽しいことが大好きなのだが、見つめ直せばそれはただの虚勢でしかなく、過ぎれば心中に空しさが残った。
私は、誰かに構ってもらいたいだけなのかもしれない。
楽しくなければ死ぬ、服に垢が着くと死ぬ、頭上の華鬘が萎えると死ぬ、身体から臭いがすると死ぬ、脇の下から汗が流れ出ると死ぬ。
望んで天人になったんじゃない。と叫びたくなったが、騒がしいのが好きな自分でも憚られた。
目前の男に奇異の眼差しを向けられることが恐ろしいことのように思えたからである。
もしかしたら嫌われるかもしれない。軽蔑されるかもしれないという気持ちがあって、此処にいる間はどうも、自分が自分でない気がするのだ。
その所為なのか霖之助からは、大人しい、お淑やかだとよく云われる。
そう云われる度に、胸が高鳴るのを感じる。口ではええ、有難うとか澄まして返している心算だが声が上ずっていやしないかと内心ひやひやするのだ。
「喉が渇いたな」
君も要るかいと尋かれたので、それじゃ、頂くわと淡々とした口調で返した。
霖之助がお茶を淹れている間に、声の上ずりはなかったか思い返す。
「どうかしたのか。考え事かな」
「な、何でもないわ」
慌てて置いてあった帽子を被る。
乱暴に被ったから髪は乱れるだろうが、今は髪よりも顔を見られたくないと思った。
「なら良いが、ほら、どうぞ」
差し出された湯呑を受け取り、茶を啜った。
少し熱いけど、飲めない程ではない。寧ろ適温と呼べるのではないだろうか。
私は湯呑を置き一息ついた。
ふと、店内を見渡す。
手前の整理された棚とそうでない奥の棚が視界に入った。
私の部屋なんかは何時も整然としていて、窓の縁にすら埃がないし、それにとても明るい。
それと比べると此処は薄暗く、埃臭いし散らかっていたりする。
物思いに耽っていると、カウベルが来客の告げる音を鳴らした。
「香霖、お前が骨になってないかあんまりにも気になったから見に来たぜ」
「要するに暇なんだな。魔理沙」
「へえ、心配はしないんだ」
「ありゃ?誰かと思えば傍迷惑な我儘天人じゃないか」
「紅い館の吸血鬼よりは相当ましよ。餓鬼じゃあないんだから」
魔理沙は、そうかねえと云い、それ以上が食下がってこなかった。
「我儘?僕にはそうはみえないけどなあ。どうなんだい、天子」
「えっ、ええ、我儘な性格ではあるわね」
まさか、此方に振ってこようとは思わなかった。
正直に答えてしまったが、幻滅されたりはしないだろうかと不安が過った。
「こいつは生粋の筋金入りの我儘娘だぜ」
「ちょっと、黙ってなさいよ」
揄う魔理沙に喰ってかかる。
周囲から見れば普段通りなのであろうが、内心焦っている。
それもこれも霖之助に悪く見られたくないが為なのだと思う。
不意に、霖之助が笑う。
「どうして、笑うのよ」
「矢張りね、どうにも変だと思ったんだ。君が余りにもぎこちないように見て取れたんでね。ああ、こりゃ何か隠してるなと」
成程、解ったと霖之助は大きく頷いた。
「で、こいつは何を隠してたんだよ」
「自分らしさだよ。この子は君らの前じゃ我儘なんだろう」
「どっちかって云うと自己主張が激しい、かな」
「それは幻想郷の少女誰しもに云えることだよ」
霖之助は言葉の後に深い溜息を付いた。
嫌われたと思った。
今、私の胸中は羞恥と絶望の入り混じったどろどろとしたものに苛まれている。
その所為で、まるで口が縫いつけられたように動かなくなっていた。
俯いた。
今、自分の顔は歪んでいるに違いない。
見られまいと帽子を深く被る。
唾に皺が付いてしまうが、それよりも顔を見られたくない思いは強く、唾を握る手に一層力が込もった。
「おや天子、どうかしたのかい」
「どうも、しないわよ」
目は合わせない。
何か大きな、取り返しの付かない過ちを犯してしまったような気分だ。
「馬鹿だな香霖は」
「馬鹿とは何だ馬鹿とは」
「良いから耳貸せ」
魔理沙が何か耳打ちをしているが、今は視界には入れたくない。
何も見たくない聞きたくない。
私は目を伏せ、耳を塞いだ。
「ああ、天子。僕の発言が拙かったのなら謝る。済まない」
謝られた。
どうして頭を下げられたのか解らなかった。
帽子の唾を握る手の力を緩める。
「どうして」
「え?」
「どうして謝るの?嫌いになったんじゃないの?」
私は、上ずった声で絞るように云った。
「嫌う理由がまるで見当たらないな。君の第一印象は悪くないし、天界の道具を見せてくれるしね」
後は何か買って頂けると嬉しいのだがねと霖之助は云った。
「じ、じゃあ」
「ああ、別に自分らしさを隠さなくて良いんだよ。そっちの方が僕としてもやり易いからね」
嫌われた訳ではなかったのだ。
顔を上げて、霖之助を見た。
「泣いて、いたのかい」
霖之助は、指の腹で私の顔を撫でた。
少しくすぐったいような、心地好い感覚だった。
「はっ、見せ付けるね」
魔理沙はそう毒づいた後、出て行ってしまった。
扉を乱暴に開ける音が五月蠅く店内に響いた。
「扉は静かに――って聞いちゃいないか」
そんなことはどうでも良かった。
ただ、嫌われていないという事実が、私にとって嬉しいことなのだから。
私は、泣き止んだ直後のみっともない顔で出来る限りの笑みを浮かべ、冴えない店主の名前を読んだ。
そしてこの話も何だかしっくり来てしまったのぜww
だからこそ敢えて言おう
天子可愛いよ、天子!!
私の大好物だぜ!!