ふんわりとした、一陣の風が吹き抜ける。ここは人里から少し離れた小高い丘。
「ふ~、気持ちのいい風だねぇ」
水筒のコップに注がれたダージリンを飲み干し、ふあぁと欠伸を一つ、そして軽く伸びをするこの長身の女性は名前を「小野塚小町」という歴とした死神である。
なぜその死神が無縁塚と縁もゆかりもないところにいるのかというと
「小町さーん」
「なんだい稗田の。こんな気持ちいい天気なんだ、ゆっくり時間を忘れて寝てなきゃ死んだ時に後悔しちゃうよ?」
「あのー、亡くなってから昼寝の事を思い出すのは幻想郷中探しても小町さんだけだと思いますけど」
「・・・・・グゥ」
「って、もう寝てるし。ったく、もおォォ!」
ぐうぐうとしかし小町の小気味い鼾が聞こえる横で稗田の阿求は憤慨していた。
本来とならこの小町に幻想郷に存在する「死神」「閻魔」の生体や実態を詳しく聞きだし新しい幻想郷縁起の看板にしようと目論んで、
三途の川のほとりにある小さな木陰でゆるゆると涼んでいた死神を阿求特製「稗田の焼きりんご」を出汁に引っ張り出したはいいがこの死神。林檎食べた終えると同時にゴロリと横になり始めたではないか。
「こまちさーん!起きてください!取材になりません~」
「死神は食べてからすぐに働くと体を壊してしまう性質にあるんだ、だからアタイはこうして横になって体の調子をだね」
「そんなあからさまウソついても情報にも参考にも何にもなりませんよぉ~」
ゆさゆさゆさゆさ
「やめとくれよ阿求。林檎が出る」
「出る前に答えないと出すまでゆすりますからね」
ゆさゆさゆさゆさy(ry
「ああああ、もうわかったよ!そんなに揺すられるとお腹も頭もおかしくなっちまうよ」
「じゃあ答えてください」
「めんどくさいけど。それで何が聞きたいのさ?」
「起きて答えてください」
「気が向いたらね」
「ウウウ・・・コホン。では気を取り直して」
阿求は袖をゴソゴソと探り、小さな一枚の冊子と筆と墨入れを取り出す。冊子の表紙には「幻想郷縁起・覚書」と書かれていた。
「幻想郷縁起かい?アタイたちの事ならもうすでに書いたじゃないさ」
「確かに書きましたね」
「じゃあなんで」
「これは・・・・資料なんですよ」
「資料?」
「ええ、資料。私がこの幻想郷を去って次の私が現れた時のための資料です。私が居ない時」
「・・・・・ああ、そういうことかい。たくましいねぇ」
「ふふっ、よく言われます」
「その性格だとしょっちゅう言われてるだろうねぇ」
小町はゆったりと体を起こし、腕で支えて楽なスタイルで面倒くさそうに阿求の方を見つめる。その眼差しは「早く質問してよ、眠いから」と訴えてるような雰囲気があった
阿求は少し呆れた顔で質問を始めた
「お名前と職業は?」
「小野塚小町。幻想郷の三途の川で船乗りをしてるよ」
「鎌を持ちながらとは物騒な船乗りですね」
「まぁ善人ばかりが死ぬわけじゃないからね。とはいっても使った事はほとんどないから飾りみたいなもんだよ」
「ふむ・・・。では次。この職業に対する意気込みみたいなモノを聞かせてください」
「意気込みねぇ・・・。まぁ、船にのーんびり揺られながら、、四季様のところに行くまでの暇つぶしにでもなればいいんじゃないのかな」
「ずいぶんのほほんとした、やる気のない意気込みですね」
「ほっといておくれよ。それがアタイの仕事スタイルなのさ」
「閻魔様との関係は?」
「閻魔とその専属の部下だね」
「閻魔さまの事をどう思ってますか」
「仕事熱心すぎて熱を出して倒れないか心配だよ。もっとアタイみたいに気楽にやればいいのに」
「閻魔さまに対して言いたいこととかありますか」
「特にないね、むしろ四季様の方が言いたいことが山ほどあると思うよ」
「閻魔さまが最近新しい鉄の悔悟棒を100均で買われたそうなんですがそれについて(ry」
「・・・・・なぁ阿求。さっきから思ってたんだけど」
「はい?なんでしょう?」
小町はあぐらに座りなおし頭をぽりぽり掻きながら
「あんたいつから天狗の見習いになったんだい?」
「私の書物は清く正しく広く里に住む人たちの役に立つのがモットウですから」
「マヨイガの古妖怪に編集されてる妖怪辞典に意味はあるのかねぇ」
「この質問の意味と同じくらいの重要性がありますよ」
「ヤレヤレ・・・」
「それに、個人的な質問も交えた方が楽しくていいじゃないですか」
「アタイと四季様の関係を知ったからってどうなるのさ、ただの上司と部下なんだし」
「・・・本当にただの上司と部下なんですか?」
「っへ?」
「聞こえませんでした?『本当に』ただの上司と部下なのですかと聞いているんです」
「何言ってんだい!当たり前じゃないさ!」
小町の顔はほんのり紅潮していた。
「その赤い顔が何よりの証拠ですよ」
「あんたが突然変なこと言うからだよ!第一アタイと四季様は上司と部下なのにそんなわけあるじゃないか」
「そんなの分かりませんよ。愛は時として性格も性別もその人との身分さえも超えるものなのです」
「・・・・・フゥ、そうかい。ああ、ちなみに昨日はどんな書物をあの悪魔の館の図書館から借りたんだい?」
「イケない!禁断の幻想恋シリーズ~6年目の浮気裁判~ですね」
「阿求、借りる本はもう少し考えた方がいいよ・・・」
鼻息をフンフンさせてる阿求を尻目に小町は
「そろそろ帰るよ」
「ふぇ!?」
「できればアタイも怒られたくないしねぇ」
「うー・・・それは私も嫌ですね」
裾についた草をポンポンと払い、阿求も立ち上がる。
「ほいじゃあ、またね」
「あ、はい。今日は有難うございました~」
「こちらこそ御馳走さまー」
「いえいえ。あれでよければまた拵えますよ」
「その代わり取材するっていうのは無しだよ」
「ええっ!ダメなんですか?」
「良い訳がない」
「それは残念です」
「・・・まぁまたりんごを食べにくるよ」
その時、強く吹く一陣の風。
「あ・・・」
飛ばされる一枚のメモ用紙。阿求が伸ばした手もむなしく、すぐに視界の外へと消えて行ってしまった
「あーあ、いっちゃった」
「いいのかい?大事な資料なんだろうに」
「いいんですよ」
「また取材すればいいからってことかい」
「あら、よくわかってますね。次の取材が滞りなく進みそうでなによりですよ」
「ハァ・・・一体いつになったらゆっくり寝れる事やら」
片手を軽く上げて挨拶を簡単に済まし、鎌を担いで追い風の吹く方へと歩いてる小町を背中が見えなくなるまで見送って、どしっとその場に腰を下ろした阿求はため息をひとつついた
「はぁぁ。相変わらず水の様な人ですね・・・」
「流されやすく染まりやすい人間てこと?」
「掴みどころのない方ということです。いつから覗いていたんですか八雲紫」
「そうね。貴女が林檎を焼き始めたあたりかしら」
「暇人ですね。だから幻想郷が綻びるんですよ」
「忙しかったら綻びの修正ができないじゃない」
「はぁ・・・。相変わらず捻くれててまどろっこしい言い回ししかしないから、体力がいくらあっても足りませんよ・・・」
手酌で持ってきた水筒の中のダージリンを注ぎ、こぼれるのも気にせずグイっと一気に飲み干す。むせる。
「あら、私だって素直じゃない貴女に言われたくはないわ」
むせた阿求から水筒のふたを奪い取り、同じように継ぎ、同じように一気に飲み干す。飲み終えた後の気持ちのいい吐息。紫はむせなかった。ちょっとくやしい阿求
「ケッホッ・・・ウン、私は素直ですよ?素直で正直な性格じゃなければ正しい記事を編纂することはできないですから」
「どこかの烏天狗みたいなこと言うのね」
「不正もねつ造もいたしません、清く正しい資料ですから」
「憶測だけで書いている記事あるけどね」
「・・・もしかして大妖怪がそんなことを言うために出歯亀行為をしていたんですか?」
「いーえ。素直じゃない貴女にお説教をするためよ」
「正直で聡明な私にお説教ですか?」
フフンっと鼻で笑う阿求の方に後ろから手を回し逃げれないようにしてから、耳にふっと息を吹きかけて
「だから素直じゃないのよ。行動力がある割には本当に意気地無しなのね」
「何の話ですか?」
曇る阿求の顔
「意気地がない上にしらばっくれっるね。人間の癖にトコトンたちが悪いわ」
「遠回り過ぎて話が見えません」
「この野っぱらに視界を遮るものなんてないと思うけど?」
「話が見えなきゃ先に進めません」
「分かっているはずよ、あなただって自分が素直じゃないことぐらい」
「これ以上にないほど素直ですよ、私は誰よりも!何よりも!!」
紫はため息をひとつ
「・・・そうね。これ以上意気地無しの人生にかまっているほど私も暇じゃないわ」
「私も無駄に長生きする妖怪の相手をするほど暇ではないですので」
「ちょうどよかったわ」
「本当によかったです」
お互いがお互いに背を向ける。気がつけば阿求は涙をこぼしていた
「あ、そうだわ。大バカ者の友人に一つだけ伝言があるの。伝えてくださらないかしら」
「気が向いたらでよければ」
「『一人相撲は見苦しいから、早く土俵に上がりなさい』」
「分かりました。必ず伝えておきます」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
そう告げると大妖怪はスキマに帰り、丘にはまた阿求が一人残される。
「・・・相変わらず世話焼きの激しい妖怪ですね・・・」
紫が去って行った方と小町が去っていた方を交互に一度ずつ見つめ、阿求は動きたがらない足を引きずるように帰路についた
一方小町は
「ホント、この能力を持ってる小野塚小町という死神には感謝しないとねぇ」
すでに三途の川にいた。距離を操る程度の能力を持つ小町にとって、人里から道程は息を吐く時間すらも掛からない為
「さぁてと。こわいこわい閻魔さまに見つかる前に仕事でも始めようかね」
隠していた船を急いで取り出して足早に漕ぎ、桟橋がある方に寄せる
今日のお客は・・・・一人もいなかった
「ありゃ?今日はまだ誰もこっちに来てないのかい。健康で良いことだね。アタイも健康になるためにゆっくり休めるし」
両手をあげて伸びをしながら(ふぁぁぁぁ)と大欠伸。途端に眠気がこんにちわする
「お客が来るまで横になって待ってかねぇ」
「健康に執心するのは素晴らしい善行だと、私も思います」
「えへへ、有難うございます四季さ・・・・むぁぁぁあ!?」
心底驚いて跳ね上がる小町。ちいさな船はぐらぐら。映姫は至って静かに揺れが収まるのを待つ
「し、四季様いつからここに!?」
「小町。ちょっと聞かなければならない事があります」
「うへ?私にですか!?アタイいまちょっと偶然落としてしまった鎌を取りにですね・・・」
「後にしてください。火急のようです」
「え?あ、あはははははっははははは!後で取ります!!いや、また買います!どうせ高くないですから!あはははっはは・・・ハァ」
落ちて行った鎌を恨めしそうに眺めながら小町は映姫に合わせて正座をとる
「小町」
「はい」
「朝から貴女の姿が見えなくて霊の輸送が滞ってるとの報告を受けたのですが、一体どこにっていたのですか?」
「え、えーっと。今日は昼間までぐーっすり寝坊しまして」
「今朝がた、貴女を見かけたはずなのにという追加伝言もいただいているのですが」
「あ、そうそう朝早く起きちゃって木陰で休んでしたんですよ!いや、ホントマジですはい」
「確かに木陰で休んでいたみたいですね」
「でしょう!その時に寝過ごしちゃったみたいです」
「その時どなたかがあなたを訪問したとの報告も入っています」
「誰ですか!そんなにアタイの動向を明確に伝えてくれる人は!アタイのストーカーですか!?」
「私ですが」
「あ、四季様だったんですか・・・。あ、あは!いやぁ、気付かなかったなぁ!四季様は隠れるのがうまいだからなぁ!もう!この四季映姫カクレテルゥ!」
「小町!」
悔悟棒船底にバチン!
「きゃん!あ、ひゃい!」
「私は、なぜ!貴女があの稗田阿求にあったか聞いているのです!」
「・・・・・・」
「あなただって知っているでしょう?彼女があなたをどう思ってる位」
「もちろん・・・知っていますよ」
「そして彼女が、貴女が過ごす生涯の、ホンのつま先分くらいしか生きられないことも貴女は知っているはずですよ小町」
「・・・・・」
「そう、貴女は少し卑怯過ぎます。好意があるなら短い時を一緒に過ごしてあげることも、好意がないならそのことをはっきり伝えてあげることもできるはずです!」
「・・・・・」
「それをせずに有り体のまま時の進むままにゆるゆると過ごして彼女の思いを燻らさせるのはあまりにも残酷です。それがこの幻想郷の死神のする事ですか!?」
もう一度強くたたきつける。たたかれるたびに少しだけ跳ね上がる木片。軋む悔悟棒。映姫の手にはじんわりと血が滲んでいた
「四季様は」
「なんですか!?少しでも私の言葉に感じることがあれば反論なんて出ないと思いますが!?」
「四季様も、アタイが四季様に対してどういう感情を持っているか。気づいてらっしゃいますよね」
「・・・・・」
「アタイはアタイが好きなように生きるのがモットーです。今も昔もうそうやって生きてきましたしね」
「・・・」
「好きな様に生きてきて一番好きになったのが映姫様、あなたです。」
「・・・・」
「四季様はもしかしたら知らなかったかもと思いますが」
「・・・知ってますよ。私だって・・・その・・・好きなんですから(ボショボショ)」
「そして稗田阿求も好きです。ただあの子への思いは四季様に対する思いとは違う、長年付き合ってきた友人に対する親愛です」
「・・・・ではなぜ貴女はあの子のはっきりとそのことを告げないのですか?」
「それは」
「それは、アタイの我儘なんです」
「我儘」
「あい。我儘です」
軽く伸びをし、伸ばした腕で膝を抱える。
「普段通りに適度に仕事をしておいしいご飯を食べて四季様に叱られて阿求と遊んで。アタイの中には誰よりも今の状況の停滞を望んでいる自分がいます」
「停滞は何も生みません」
「生まれないですね。でもその代わりに安定した日常が手に入ります。そしてその安定した日常に亀裂を走らせてまで今の関係の変更をアタイは望まなかった」
「そうすることで、あの子を傷つけることも貴女が傷つくこともない理想の世界が手に入るから」
「そうですね。でも、それが卑怯だってことを改めて思い知らされました」
「・・・・・」
「アタイは怖かったんです。今の日常が、このゆるやかで落ち着いた私の大好きな日常が、もう二度と過ごせなくなるんじゃないか」
「・・・・」
「だから気付かないふりをしてた。このまま過ごせばいつか時間が解決してくれるんじゃないかって、いつかあの子にもはっきり言える時が来るんじゃないかって見ないふりしてました」
「小町・・・」
「アタイは卑怯者です、怖がりです。だから貴女の後押しがなければ、多分このままあの子の時が終わるまでゆるゆると過ごし続ける卑怯をし続けてたと思います」
「小町」
「はい」
「貴女はぐーたらでしょっちゅうサボる癖に性急で抜けているところもあるどうしようもない死神です」
「あははは、言われますね映姫さま・・・」
「でも」
立ち上がる映姫。
「でもそれ以上に貴女のいいところをたくさん私が知っています。世界中のだれよりも」
呆気にとられた顔になる小町。その顔を眺めていたら映姫はなんだか恥ずかしくなってきた。
「い、いやっ。別に深い意味はないんですよ?上司が部下の事をよく知り、管理するのは当然の行いなのですからねっ?」
手振り身振りで説明する映姫。それを見ていたらなんだかモヤモヤしていた自分の気持ちが吹き飛ぶように笑けてきてしまった
「あははっはははははっはっは!!」
「な、笑うことないじゃない!」
「いやぁ、ホント映姫さまは可愛いなぁって思いまして」
「失礼な!これでも私は貴女の上司なんですよ!?」
「あい、心得ております」
近くでぷりぷりしている映姫を小町は強引に
「きゃ!」
自分の方へ抱き寄せた
「決心はつきましたか」
「あい、アタイは今日から正直者になろうと思います」
「そうですか、それはなによりの善行です」
「おほめに頂き大変に光栄でございます」
「・・・・今日は非番ですから、私はここで貴女が返ってくるのを待ってます」
「あい!有難うございます!・・・っほ」
「!?」
小町はすくっと立ち上がり
「よっ!!」
「わぁっ!?」
船からジャンプ。予告なくぐらぐら揺れてあわてる映姫。ざっぱり波をかぶる。小町はその大柄な体格に似合わないくらいふんわりと地面に降り立った。
「こぉまぁちぃぃぃぃぃ!?」
「・・・・・映姫さま」
「え、あ、は、はい!」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。必ず帰ってくると約束してください」
「はい、約束します!」
びしっと敬礼をした手をそのまま空に掲げて大きくふる。映姫はそんな挨拶に胸元で小さく手を振って返す。
二人は見えなくなるまで何度も何度も噛みしめる様に繰り返した。
大好きな人に背を向けて、愛する人のところへ向かう。自然と体が歩き・早足・駆け足とどんどん歩調を早めていく。
途中で林檎を買って、花束も買って、阿求の家に行って。
「さよなら」と「初めまして」を伝えに
「大好きです」と「これからも」を伝えに
さぁ、あの人にもう一度会いに行こうか
あと、焼きりんごが食べたくなりました。
有難うございます! 時々自作で作るのですが、甘みが増して美味しいですよw
>>2さん
有難うございます! 次回に投稿する時は控えた作品を作りたいですね・・・っ
『幻想郷縁起』で多くの妖怪達と関係はありますし、案外阿求はモテそうです。
阿求ちっちゃカワイイですしね。
読む側としては、唐突にお互いが好き同士という状態に少々違和感が。些細な事ですね。
やはり死神はりんごしか食べない。