誰かに名前を呼ばれて少女は目を覚ましました。
けれども周りには誰もいません。
少女はきょろきょろと周りを見回したあと、納得したように頷きました。
名前を呼ばれたのは少女の夢の中でした。
けれど不思議です。
少女の名前は夢で呼ばれたものと違います。
それに呼ばれた名前もはっきりと思い出せません。
思い出そうとしましたが、思い出せなかったのであきらめました。
自分で分からなければ他の人に聞けばいいのです。
前に誰かがそういっているのを聞きました。
夢の名前を教えてくれる誰かを探しに、少女は空へ飛び出しました。
少し飛んでいると氷精に出会いました。
彼女にも聞いてみようと思い、少女は氷精に声をかけました。
「ふふん、天才のあたいに分からないことなんてないわ!」
氷精は自信満々に言いました。
少女は自分の名前を聞いてみます。
返ってきた答えは自分の名前でした。
聞き方が悪かったのでしょう。
もう一度、夢の中での名前と付け加えて聞いてみます。
「夢の名前? ぷぷっ、夢なんて本当のことじゃないのにわかるわけないじゃない」
なんだかひどい言われようです。
「そんなのを聞くなんてばかじゃないの」
そう言ってけらけらと笑います。
周囲からばかといわれている氷精からばかといわれたのは腹が立ちます。
撃ち落そうかと思いましたが、氷精は笑いすぎて呼吸困難を起こしていました。
可哀想になったのでやめましょう。
放っておいて先へと進みます。
氷精には笑われましたが、夢の名前は探し続けます。
紅いお屋敷が見えてきました。
門のところにいる妖怪のお姉さんは、少女の知らないことをいっぱい知っています。
門のお姉さんにも聞いてみることにしました。
でも返ってきた答えは氷精と同じものでした。
夢の名前と付け加えるのを忘れていたので、もう一度聞いてみます。
「んー、ちょっとわからないかなあ」
氷精みたいに笑われることはありませんでしたが、門のお姉さんにも分からないようです。
門のお姉さんなら分かるかもしれないと思っていた少女は少し肩を落としました。
その様子を見た門のお姉さんは、お屋敷にいる魔女さんなら分かるかもしれないと教えてくれました。
魔女さんは門のお姉さんよりも物知りだそうです。
少女は魔女さんに会いに行くことにしました。
門のお姉さんが呼んでくれたメイドさんがお屋敷を案内してくれます。
メイドさんは忙しいと言っていましたが、それでも案内してくれる優しい人です。
途中でメイドさんにも聞いてみましたが、そっけなく「知らないわ」と言われてしまいました。
お屋敷をどれほど進んだかわかりませんが、気づくと大きな扉がありました。
「この先が図書館よ。はぐれないでついてきなさい」
少女の飛ぶスピードに合わせてくれるメイドさんはやっぱり優しい人です。
この図書館というところは本を入れる木の棚がいっぱい並んでいて、少女一人では迷ってしまっていたでしょう。
しばらく飛んでいるとぽっかりと開いた場所がありました。
そこにはテーブルと椅子があり、魔女さんが眼鏡をかけて手本を読んでいました。
メイドさんが魔女さんに何度か声をかけると魔女さんは本から目を離して少女の方へと振り向きます。
目つきはちょっと悪いですが、悪い魔女さんではないようです。
少女は魔女さんにも夢の名前を聞きます。
でも門のお姉さんより物知りといわれた魔女さんでも分かりませんでした。
魔女さんは少女の名前や能力などは知っていますが、少女の知りたいことは知りませんでした。
「霊夢や白沢なら知っているかもしれないわね」
そうでなくてもいろいろな人に聞いてみれば、一人くらい分かるかもしれません。
少女は魔女さんにお礼を言ってお屋敷を後にしました。
お屋敷を後にした少女はいろいろなところを回ってみました。
神社に魔法の森、迷いの竹林、妖怪の山、ちょっと怖いけれど人里や空飛ぶ船にも行ってみました。
いろいろな人に聞いてみましたが、誰一人として知っている人はいませんでした。
ひょっとすると誰も知らないのでしょうか。
なんだか寂しくなってしまいました。
それとも夢の名前だから、誰も知らなくて当たり前なのでしょうか。
もう空を飛ぶ元気もなくなってしまいました。
とぼとぼ歩いていると、向こう側から狐さんと猫さんが歩いてきます。
二人の笑顔を見ていると、なんだかもっと寂しくなってしまいました。
そんな少女が気になったのでしょう。
狐さんが声をかけてきました。
「そんなに悲しい顔をしてどうしたんだ?」
猫さんも少女を心配しているようです。
ちょっとあきらめつつも、二人にも同じ事を聞いてみます。
狐さんと猫さんはお互いに顔を見合わせ、首を振りました。
「ひょっとすると紫様ならご存知かもしれないぞ」
紫様という名前は聞いたことがあります。
妖怪の賢者様の名前です。
賢者様なら知っているかもしれません。
なにせ賢者様なのですから。
少女は狐さんに頼んで賢者様に会わせてもらえることになりました。
「ふうん、夢の名前ね」
狐さんから話を聞いた賢者様はそう呟きました。
そして何かを探るような目つきで少女を見つめてきます。
「あなたはそれを知って、どうしたいのかしら」
賢者様の言っている意味が分かりません。
困っていると魔女さんは分かりやすく言い直してくれましたが、賢者様はそうではないようです。
夢の中で呼ばれた名前が少女の名前と違っていたから。
ただそれだけです。
少女は今日のことを初めから話してみることにしました。
夢から覚めて、氷精に出会って、紅いお屋敷へ行って、それからいろいろなところを回りました。
夢の名前を探してきました。
話し終えると賢者様は微笑みました。
「そう、そんなに探し回ったのね。ならば答えてあげます。夢で呼ばれた名前は……ではないかしら」
……あまり覚えていませんが、そんな名前だったでしょうか。
そんな気がします。
そうだったかもしれません。
きっとそうなのでしょう。
賢者様が教えてくれたのですから間違いありません。
少女が納得していると、賢者様が少女の名前を呼びました。
「幻想郷はいいところでしょう」
少女は笑って頷きます。
少女は妖怪です。
怖がられることもあります。
退治されることもあります。
だけどみんな優しくしてくれます。
怖い紅白の巫女さんだって、少女が何もしなければ優しくしてくれます。
友達だっています。
少女はそのまんまでいられます。
だから少女は幻想郷が大好きです。
だから少女は幻想郷にいるのです。
少女が頷いたのを見て、賢者様も微笑みました
賢者様は踵を返し歩きだそうとしたところで、少女が裾を握っているのに気がつきました
「ありがとう」
宵闇の妖怪である少女は太陽のような笑みを浮かべていました。
少女は元気よく夜空を飛びます。
賢者様に教えてもらった名前を忘れないように繰り返しながら。
ずっと昔に空亡と呼ばれた少女は、今はルーミアと呼ばれて大好きな幻想郷にいます。
ルーミアの元ネタは分からなかったのですが、ルーミアが可愛いのは分かった!
爽やかでいい短編でした