――『雲居 一輪』、曰く。
「あぁ、うん。そりゃあ同じ仲間だからね。知ってないほうがおかしい。ね、雲山も
当然、知ってるわよね? ね? ……え、ええ、そ、そうよね」
(いつものように脇に控える入道、『雲山』に目配せをしました。かの入道の言葉は
彼女にしか分らないらしいですが……なんとなく内容は掴めた気がします。ともあれ
話を促しましょうか)
「え、あ、知ってるなら言ったらどうですか……って、ッく、えぇ、わ、わかってる
わよ。えーと、そう、確か”うっかり物を落とす程度の能力”」
――『村紗 水蜜』、曰く。
「”うっかり物を”……って、え? 一輪がもう言ったって? ……は、はは!
じょ、冗談よ冗談。イッツァキャプテンジョークってやつね!」
(そんなくだらなさそうなものが海の底にはあるんですね。まぁ興味はないから
そのまま永遠に沈めておいてほしいところ。何だか挙動がものすごく怪しいのは
一輪とそっくりです)
「え、ああ。知ってるなら早く言ってください? く、これだから天狗はせっかちで
困ります。早死にするぞ……。はいはい、言えばいいんでしょう言えば。……えー、
あー……そ、そう! 行動じゃなくて見た目よ見た目。”男の子に間違われる程度の
能力”だったわよね」
――『ナズーリン』、曰く。
「……あぁ、大丈夫。ご主人様のことは良く理解している。それはもちろん”私に
迷惑をかける程度の能力”だ」
(ややニヒルな笑いを浮かべるナズーリン。今まで見てきた主従とはどうやら少し
違う関係なのだろうか)
「……それ以上は、言うつもりはないよ。ま、聖なら知ってるんじゃないか」
(ふむ。では聞いてみましょうか)
――『聖 白蓮』、曰く。
「人、妖怪、数多この世に存在するものに意味を為さない物などありません。全てが
須らく、其処に在るだけで尊いものです。たとえ道端に咲く小さな花が、貴女にとって
何の価値のないように見えるとしても、その花の蜜で命を繋ぐ蝶がいます。その種を
食料として生きる蟻がいます。朽ちて倒れれば大地に帰りその土地を肥やすでしょう。
そして、貴女が、そして私がその花の名を知ろうと知るまいと、その尊さは何一つ
変わらないのです。そう、貴女が、そして私が其処に在るそれを一見して無意味だ、
無駄だ、と論じる事は早計だと言えるでしょう。きっと、それは誰かにとって何がしか
の役に立っているのだと心に思うことで全ての存在に優しく接する事ができる。貴女も
そうするべきなのです。嗚呼、南無三南無三」
(……。……あ、あー……。ご高論、真に最も至極、です。が。……結局、知らないん
じゃ)
「もう一度、説法を聞いていかれますか?」
(こちらに素晴らしい笑顔を、付け加えるならば有無を言わせない笑顔を向ける
白蓮。えぇと、はい、それはまたの機会にしましょう。そうしないと南無三つって
拳でも飛んできますかねぇ?)
――『封獣 ぬえ』、曰く。
「知らない」
(ありがとうございました!)
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「と、以上が貴女のお仲間である命蓮寺の面々に尋ねた、”寅丸星の能力をご存知ですか?”
という結果なんですが」
「酷い! 酷すぎる!!」
人里に命蓮寺が建立されてはや半年。烏天狗の新聞屋『射命丸 文』も最初のうちは
命蓮寺そのものと、そこに住む連中に暖かなスポットライトを当てて取材を敢行していた
のだが、いい加減ネタが切れてきた。何しろ普通に取材してるだけではあんまり面白い
ことを言わない面々、それでは文の新聞の売り上げにも関わる……普段の売り上げが
壊滅的なのは、まぁそれはともかく。
そこで文は命蓮寺の一員、寅丸星に狙いを定めて取材を行おうとした。理由はまぁ、
なんとなく、なのだが。そこで気付いたのである。はて、肝心要の彼……彼女の能力
とはなんだったのだろう、と。一輪は見たままだし村紗も格好が能力と関係あるのは
一目瞭然。ナズーリンや白蓮、ぬえは能力を使って己の職務や、あるいは悪戯を
行っているからどんな力を持っているか知っている。が、星はどうだったろうか。
そこで命蓮寺の面々に聞いた結果がこれだよ!
寺の講堂で泣き崩れる星と、物凄い気まずい顔をした星とぬえ以外の命蓮寺の
面々。それを眺めつつ、文花帖にペンを走らす文である。
「一輪! 村紗! あんなに長い付き合いなのに! どうして……っ!!」
「あー」
「おー」
涙をぼろぼろとこぼしながら怒鳴りつける先、一輪、村紗は視線を逸らしつつも
申し訳なさそうな顔。
「ううううう、いっそぬえのように知らないなら知らないと言ってくれた方がまだ
マシです!!」
「ん? そうそう」
いまいち分かってないまま同意するぬえ。もともと寺の一員ではないぬえが星の
能力を知っていないのはもちろんの事ではあった。
「ナズーリンも……っ」
「いや、まぁ。私は間違ったことを言ったつもりはないけど」
「……っぐ」
本来なら糾弾するはずだが言葉に詰まる星。どうやら能力はともかくナズーリンが
主である星から迷惑をかけられているのは本当らしい。とりあえず呑み込んだ言葉の
代わりに、悔しげにお堂の床をどんどん叩く星。しばしうずくまった後、視線を白蓮
に向けた。
「聖……な、なによりもあなたです……」
「あらあらなにかしら」
いつも微笑んでいるその顔は、しっかりと横を向いている。視界に一切星の姿を
認めたくないのだろう。だが、
「うう……なんであなたが忘れているのですか……。もしやアルツh」
「南無s……」
「ハイナンデモアリマセンデスイヤダナァハハ、ワタシナニモイッテマセンデスヨ?
デスカラドウカソノコブシヲオオサメニナッテクダサイマセ」
「あらあら」
流石に南無三するには向き合わねばならなかったのだろう。今度は逆に星が身を
屈め丸まったので結局視線が合うことはなかったのだが。
お堂にうずくまり、ひっくひっくえぐっえぐっと泣きじゃくる虎柄の美少年、もとい
少女。あまりの居た堪れなさがその空間を支配しようとしたとき、ナズーリンが
そっと文に近づいた。
「なぁ、文。これでは記事にならないだろう?」
「え? いや全然困らないっていうかむしろ」
「ならないだろう?」
「ええと……っていうかナズーリンさん。後ろに南無三モードの白蓮さんを背負わない
でください。あぁはいはい、記事になりません、なりませんったら」
この面白すぎる状況を文花帖にがりがり書き込んでいた文も流石に筆を止めて
耳を傾ける。
「そこで、だ。百聞は一見にしかず、という言葉があるだろう?」
「……おおよそ言わんとしたいことが分かりました。まぁ、そうですね。もとより
それを記事にするつもりでしたし」
促されるまま、文は立ち上がり、ナズーリンとともにいまだ泣き止まぬ星の側へと
近づく。
「ご主人さま」
「ううううう、どうせ私はダメな虎(こ)ですよううう……」
「まぁそれはそれとして、ご主人さま」
「……。なんですか、ナズーリン」
フォローを期待していたら軽くスルーされ、落ち込みつつも顔を上げる星。
「あー……。本題に入る前に、ほらご主人さま、このハンカチで涙を拭いて。はい
そうそう。はい、ちーん」
「ちーん」
主思いというか、紅魔館のメイドでさえここまでしないはず。ちーんしたハンカチを
小ネズミに持って行かせつつ母性をだだ溢れさせナズーリンは優しく語り掛ける。
「ご主人さま、泣くより他にやることがあるだろう?」
「ナズーリン……」
「皆が忘れているというならもう一度、今度は誰にも忘れさせないほど鮮烈にあなた
の能力を見せ付けてやればいい」
すっ、と伸ばされたナズーリンの手をとり、立ち上がる星。その顔には情けない
泣き顔はもう張り付いてはいない。凛として立つ、まさに毘沙門天を思わせる姿で
あった。
「わかりました。ならば見せましょう。私の能力を」
文と命蓮寺の面々は中庭に集まっている。自らの力を発揮するには広い外の方が
良いと星の提言を受けてである。
「では、文さん、始めます」
「あ、はい」
「皆も見ていてくださいね……」
仲間たちに目配せをして小さく頷く星。目を閉じ、印を組む。途端、星の身体から
溢れんばかりの霊力が発される。その様は、確かに毘沙門天の代理を名乗るに
相応しいもの。凛々しい表情が更に引き締められる。桜色の唇からもれ出でるは、
真言。
「おん べいしら まんだや そわか おん べいしら まんだや そわか おん
べいしら まんだや そわか……」
真剣な顔に、額から一滴の汗。見ている面々も手に汗握り、緊張の面持ち。その
緊張感が最高潮に達したとき、カッ、と星の目が開く。
「はァッ!」
印を切り、大きく天へと腕を掲げる。その掌から黄金色の霊力が放たれ、いくつかの
光条となって空へと消えていく。息を呑む一同に、訪れる静寂。
「……さて、後は待つだけです」
汗をぬぐって振り返る笑顔の星。
「……何を?」
「ま、黙って見ているといい」
文がきょとんとした面持ちで言うのを遮ってナズーリン。やはり彼女は星の能力を
知っていると感づくが、興の冷める質問はしない文である。待つこと、しばし。
「星ー。何も起きないよ?」
ぬえがつまらなさそうに星に言う。しばし空を見上げてきょろきょろし、星は眉を
ひそめる。
「……そんなことは、ってあ痛ッ!?」
鈍い音がして星は頭を抱えてうずくまる。遥か上空から星の後頭部目掛けて落ちて
きた謎の黒い飛来物。それは一輪と村紗の足元へと転がってきた。
「何これ……? 本?」
「みたい……ね」
拾い上げる村紗。覗き込む一輪にもそれが言葉のとおりハードカバーの装丁も
立派なものであるとわかる。
「うぐぐぐぐぐ、痛い、痛いですナズーリン」
「はいはいご主人さま。痛いの痛いの、向こうのお山まで飛んでけー」
頭を抱えてめそめそする星にかいがいしいナズーリン。そんな二人をよそに村紗は
無造作に本の適当なページを開いて、そして噴いた。
「おぶふぅっ」
「うわっ!? な、何よ村紗いきなり」
「ありえん」
そう呟いたきり腹を抱えてしゃがみ込む村紗。肩が震えているのは、たぶん笑いを
こらえているせい。その手に握られた本をかっさらって、一輪も中に目を通す。
「ひゃぶぅっ」
やっぱり噴いた。そのまま身体を反転させて雲山の身体にぽこぽこ拳をぶち当てて
いる。ちょっと迷惑そうな顔をする雲山。一瞬にして強者揃いの命蓮寺、そのふたりを
撃沈した本が一体なんであるかが気にならない文ではない。真っ赤な顔をして笑いを
こらえ……切れない一輪に話しかける。
「あの、一輪さん?」
「ちょ、ご、ごめ、い、ま、無理……くくくくく、うくくくく」
殺しきれぬ笑い声とともに雲山をぽこぽこ。埒が開かないと仕方なく一輪から本を
ひったくる文。そして中身を見た。
「……はぁ?」
先のふたりのようにいきなり噴き出しはしない。しかし、思いっきり眉を歪ませ、
何度もそこにある文字に目を落とす。が、しかし文の表情はますます何か困惑の色を
増すばかり。そこにはえらく可愛らしい、文以上の丸文字で綴られたこんな言葉が。
『徒☆煌☆命☆卦 Love色すぱーくる!』
乙女のはぁとはすぱーくる きらきらきらめき止まらNight
水色・黄色・愛の色 染めてしまうわあなたのはぁと
甘い思いを光に乗せて るんるん☆レーザー一直線
と・き・め・け 私のLove色すぱーくる!
「なんだこれ」
理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!
そんな言葉が文の脳内を支配した。何度目をそこに落としてもその珍妙な何かを
理解できない。いや、出来うることなら理解したくないのだ。その文字列から逃げる
ようにページをめくる。
『キライキラキライキライスキやっぱりキライキライスキ』
今日もアイツはすまし顔 からかってみてもムダ? ムダ?
なんなのこの気持ち とってもキライ キライキライ
だけれどちょっと Waiting a Little-Little time.
気付いちゃったのMy Heart 胸の鼓動がHyper Beat
ホントはスキ でもキライキライ キライキライスキ
どっちがホント? 決めて欲しいな だけど聞けない
だからキライだよ ア リ ス……
「だからなんだこr……アリ、ス? ん? んんー?」
理解できそうな言葉にようやく辿りつき、それが知った相手の名前だったので
なおさら困惑の度合いを増して首を捻る文である。そんな姿を後ろから覗き込む
一輪と村紗であったが、それに気付いた文から本……おそらくは詩集を渡され、
追加でメンバー入りしたぬえと一緒に中身を読んでげらげらと笑い転げる。そんな
光景をふぅむと眺めてから、文は星とナズーリン、そしてその側に立つ白蓮に向き
直り、そちらへと歩を進める。
「星さん、あの……」
「あ、はいはい。ええと、どうですか、私の能力」
「え……」
にこやかに話しかけられても言葉に詰まるしかない。空から謎の文章が書かれた
本を自らの後頭部に落とすのが能力なんだろうか。役に立たないことこの上ない。
呆然とした表情の文を見て星も自らの能力が伝わってないことを知り、答えを口に
出そうとした。その瞬間。
「わたs」
「あ――――――――――――――――――――ッ!!」
上から降ってきた叫び声に全ての行為が中断させられる。全員が見上げた先、
空には箒にまたがる影。あっという間に地上に降りてきたのはもちろん普通の
魔法使い『霧雨 魔理沙』。しかしいつもの陽気な表情ではなく、その琥珀色の
目は潤み今にも大粒の涙を落としそう。その顔は耳まで真っ赤に染まり、何かに
耐えているように硬い握りこぶしを作り、その身を小さく震わせている。その唇
からかすかな声。
「わ、わた、私の、宝物……っ。魅っ、……魔さまから、も、らったやつ……」
あまりにいつもと違うその姿に、心配になったのか文が近寄る。
「あの、魔理沙? どうかしましたか?」
「な! なんでも……、い、いや」
狼狽する魔理沙。しばらくおたおたと視線を泳がせ、わななく唇からはいまいち
意味不明瞭な言葉。さてどうしたものかと思う文ではあったが、声をかけるより先に、
「あああああああっ!?」
魔理沙の切羽詰ったような叫び。指差す先には、村紗の手に握られたあの本。
「ん?」
「お、ま、え……村紗ッ、お前ッ、その中、見た……か?!」
「え……、おぶふっ!」
問われて内容を思い出したのだろう。本を取り落とし、噴き出しざま一瞬で
しゃがみこみ腹を押さえくつくつと噛み殺した笑いを漏らす。一撃必殺、すごい
威力だ。
「む、村紗ってば」
「まさか、一輪、お前もか……?」
「え……ぷふぅっ」
村紗を気遣っていたはずが、魔理沙と目が合って一輪、アウトー。村紗と同じよう
にくずおれるその姿を見て、魔理沙の顔が恥辱になおいっそう赤く染まる。
「これ、魔理沙のー? うん、実に正体不明で面白かった」
にこやかに本を差し出すぬえ。その手からひったくって自らの小さな胸に抱き
かかえる魔理沙。もうすでに、一筋の涙が頬を伝って落ちていた。
「お、お前ら、中身、見たな!? く、くそう、人の純情踏みにじりやがってぇ……っ!」
「純情とかっ……くふふふふ」
「乙女、すぎっ……あははははは!」
「見たよー」
完全に笑いの堰が壊れ、笑い転げる一輪と村紗をきっ、とひと睨みした魔理沙。
顔は恥辱に加え怒りの赤が混じり、炎のように燃えそうである。いや、実際心は
怒りの炎で満たされているだろう。息を荒げながら、懐から取り出す八卦路。
「言えよ、誰がこんなことしやがった。人の大切にしてるものを奪うなんて外道な
事をしやがったやつは」
己の事は棚に上げてる節もあるが、完全に頭に来ているだろうから仕方あるまい。
そこに誰よりも早く、文が答える。
「あぁ、はい。星さんの能力じゃないでしょうか。それを見せてもらったら、落ちて
きたのがその本だったんです。中身、見せてもらいましたけど、ええとなんというか、
ふむ」
「……てっ、てめーらの血は何色だぁぁっ!!」
だいたい赤であるが、そういうツッコミは野暮だろう。たぁんと地を蹴りバック
ステップ、魔理沙はありったけの魔力を八卦路に注ぎ込む。本気になれば、山
一つ吹き飛ばす力を秘めたそれがまばゆいばかりの光を帯びていく。
「お前ら全員……っ」
「あやや」
「ふむ」
「……え」
「……!」
「はいぃ!?」
「あれーっ!?」
「あらあら」
「ぬええええ!?」
「光となれぇぇぇ――――――――――――――――――――ッッッ!!」
魔砲「ファイナルマスタースパーク」。
命蓮寺は爆発した。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「さて、これで皆にも我がご主人、寅丸星の能力が存分に分ったと思う」
魔理沙が涙ながらに去った命蓮寺跡、アフロヘアーになったナズーリンが
アフロヘアーになった皆に語りかける。一様に頷く顔。
「では、いっせいに、せーの」
「「「「「「トラブルを引き起こす程度の能力!!!!!!」」」」」」
青い空に、綺麗なハーモニーが響いた。
ああ、もうわかったよ。そんな泣くなよ。
ホントはもうすでに財宝は集まってるんだろう?
それでも一緒に居てくれる命蓮寺のみんなが星ちゃんにとっての宝物なんだろ。
わかったから。ほら、チーンして。
皆して隠してるのかと思ったら……w