その日、私はいつものように文々。新聞の押し売りを断られて人里の茶店で団子をつついていた。
まだ5月の頭だというのに陽射しは真夏のようにギラギラと容赦なく、日焼けした砂利からは熱波のようなものが感じられるほどだった。
「おばちゃーん、冷やし飴もう一つー」
こうも暑くてはネタも浮かばず、かといって事件を起こす気力もわかない。
下駄を放り出し、パタパタと足を振っていると、ふと遠くに椛の影を見つけた。
陽炎が揺らめく地面の先に、なぜか大剣を担いでこちらを見ている。
「椛ー」
手を振ってみたが相変わらず景色だけがぼやけ、当の椛は微動だにしない。
しかし、よく見てみると先ほどよりも確かにこちらに近づいている。
もう一度手を振ってみた。
すると今度は私が見ている最中、椛が音も無く地面を滑るように近づいてきた。瞬動とも違う、奇妙な動きだった。
どうにも様子がおかしい。
私は首から提げた写真機を構え、ファインダーを覗き込んだ。
「文さん」
「うわぁっ!」
ファインダーの中に瞳孔の開いた緋色の瞳が広がっていて、思わず私は後ろに倒れてしまった。
南中に構える円の光を背に、椛が私を見下ろしている。
目はいつもより大きく開き、充血していた。犬歯の隙間から大きな赤い舌が覗き、それを涎が伝って雫になっている。
息遣いは荒く、それはまるで私の鼓動のように早鐘を打っていた。
「文さん」
「はっ、はい! ……なんでしょう」
妙な迫力に気圧され、私は情けなくも敬語になってしまった。
「あちゅいです」
直後、椛に圧し掛かられた。
首元に熱く荒い吐息と涎がかかり、不快指数がメーターを振り切って臨界点を突破した!
おうおうおうおううおうおーーーっ!!!! という意味不明な咆哮が喉の奥からせりあがった。
「お、お、おばちゃーん! みずー、みずー!」
皆さん、夏じゃなくても熱中症には気をつけましょう。
興奮して暑くなってきた
興奮して眠れなくなってきた
熱中症は衣服を緩めるか必要に応じて脱がさなければ!
さあ、早くこちらの日陰に!
俺はそこの草むらまで椛を連れていくから早く!
その役は俺がやるから、早く水をもってくるんだ!
まずは陽を浴びてくることをお勧めします。
わかった! 椛は俺に任せろ!!