一人の忠臣に話さなければいけない事がある
その者は組織に良く尽くしてくれた
私の無茶な問題にもきちんと答えてくれた
無論、組織の者達もその忠臣には信頼が厚かった
だからこそ、その忠臣にしか任せることが出来ない問題があるのだ
それはとても言い辛い事だった
それを伝える事はとても難しかった
どれだけ力を持ってしても、辛い決断と言う物はあるのだ
そして、その忠臣は私が悩んでいる事を薄々気が付いていたのだろう
誰に気づかれる事も無く、私のベッドに手紙を置いて有るのが何よりの証拠だった
『今夜は親友と呑みに行きます』
「……つまり、明日は休ませろと言う事か」
久しぶりの御誘いに私は嬉しそうにため息をついたのだ
―――
そして、その日の深夜……
周りの者に気がつかれないようにそっと部屋を抜け出して
今は誰も使っていない離れの小屋で待っていた
離れの小屋の中で普段の仰々しい服を着替え
地味な旅人の服と寒さを遮るマント
そして、極力顔を隠すようなフードをかぶる
これが、私が親友と呑みに行く為の正装である
他の者には私が居ない事に気がつかれないように威厳を篭めて
『今夜は機嫌が悪い!』
と一言前置きして、部屋に籠もる事を伝えたので
誰も私の部屋の中に確認をする者等居ないはず
「……其れにしても、少々遅いな?」
私がそう呟いていた時だった
屋根にある窓から誰かが入ってきた
当然だ、普通の入り口は塞いである……
ここに入る方法を知っているのは……
「……お待たせして申し訳ありませんでした、御当主様」
普段のように仰々しく私に頭を下げる忠臣だけ
いつものその姿を見て、私はいつものように軽く笑って答えて
昔に戻る事が出来る魔法を唱える
「何を言ってるんだ?此処に居るのはただの『親友』だぞ?」
その言葉が合図で、目の前の『忠臣』は『親友』に変わる
「いや~すいません、少し遅れました」
「遅いじゃないか、朝まで此処に居る事になると思ったぞ?」
「おっと?それは大変、今日新しく向かおうとしていた御店が閉じてしまう」
「む?それは一大事だ、急いで向かう準備をしてくれ『メイ』」
「はいはーい、すぐに向かいますよ?『スカーレット』」
その言葉と共に私は長年の親友である
『メイ』と共に急いで自分の居城から離れる
「しかし、今度はどんな御店を見つけたんだね?」
「多分『スカーレット』も始めての料理だと思います」
綺麗な満月をバックに人を超えたスピードで移動しながら
私と『メイ』は会話をする
「ほう、私も始めてとな?」
「ええ、今度は自信がありますよ」
近道だからと言う理由で目の前の小さな崖から飛び降りる
私はふわりと降りて、彼女は崖の隙間を器用に三角蹴りをしながら
「ふむ、だが私ほどの者を納得させる物はなかなか無いと思うがね」
私も一応は貴族なのだ
故に様々な料理を食べてきた事がある
そんな私の舌を唸らせる物はなかなかない……
そう……貴族なのは良いんだが……
「あんなに味気ない料理ばかりだと辛くないですか?」
そのせいで形式張ったような味気ない物ばかり
たまには大味のガッツリいけるのが恋しくなる
だからこそ親友が『飲みに行く』と始めて言われた時
私は今と同じく、貴族らしく優雅に……
「今回も何か安くて美味しい庶民の味をお願いします!」
……空中を飛びながら、親友にお願いをしたのだ
彼女の故郷の周囲に伝わると言う最上級の礼儀『ドゲザ』なるポーズで
―――
町の中は深夜でもそれなりに明るい
つまり其れはこの町はかなり大きいと言う証明であった
そして、大きい町には沢山の御店と大衆娯楽がある
「おお……久しぶりの町だ!」
その喜びを私は思わず声に出していた
「私は昨日も来ましたけどね……痛っ?抓る事ないじゃないですか」
そんな私の心に無粋な言葉を言った親友の手を抓る
……これは当然の権利である
「……ふん!私だってもっと町に出たいんだ、抓るだけで済んだだけよしと思え」
「仕事でですよ?御店で遊ぶ暇は無いんですし」
そんな軽い言葉の応酬をしながら
彼女の後をゆっくりと着いて行く
まずは一番大きい大通りの中をのんびりと歩く
「……ほう?大通りに新しい御店が出来たのか?」
「出来ましたよ?人気もそれなりにあります」
「そこが今回向かう御店だな!?」
「構いませんよ?ただし何時もの料理のような奴の劣化版でしたけど」
「……却下!」
大衆にとっては物珍しく、そして美味しいのかも知れないが
私が求めているのはそんな物ではない!
「となると、そこのお洒落な飲み屋か?」
「あそこは駄目です、高いくせに安酒と混ぜて売ってますから」
ふむ、流石に彼女の舌と鼻を誤魔化す事は出来なかった訳だ
この御店は近いうちに潰れるだろうなぁ
「としたら……」
このような問答をしながら歩いて行くと
気が付いたら大通りの中の御店は全て流されていた
「……なあ、もう御店無いぞ?」
町の端の方まで来ると、こんな時間にやっている御店は無くなる
その位は流石に貴族の私だって知っている
私がそう告げると、親友はニヤリと笑いながら答えた
「はい、御店はありません」
「な、なんだって!?」
その言葉に私が本気で驚く
……いや、裏切られたって言う気持ちよりも
周りから『馬鹿正直者』で通っている親友が嘘を言った事にだけど
(…あ、でも嘘つかれただけでも希少価値はあるな?)
「……御店はありませんけど」
私が数秒の間驚いている間に親友が口を開いて
「……屋台があります」
ひっそりと開いている小さな手押し式の屋台を指差したのだった
―――
「おじさ~ん!いつもの奴二つ!」
「……(ぺこ)」
親友が楽しげにそう言うと、お店のマスターが無言で頷く
(ふん、接待も満足に出来ないのかこの御店の店主は……)
私は少々不満げに狭いお店の中で座った
「いや~こんな近くにこんな御店があるのに気が付きませんでした」
「……ふん」
お店の中と違って、小汚い屋台の中は少々薄暗かった
(……今回はハズレかもしれないなぁ)
期待が大きかった分、少々がっかり仕掛けていた
(メイには悪いが、一口食べたら別の御店に向かう事にするか)
まあ、とりあえず今からお金の準備をしておこう
……なに、一応貴族なのだから御金はある
有る程度の御金を包めばお店のマスターも満足してくれるだろう
「……どうぞ!」
そんなつもりでいた私の前に、独特の大きな器に盛られた料理が出てくる
隣で親友が『待ってました!』と料理に手を伸ばして食べていた
私はとりあえず、御店から出る準備をしつつも
目の前の器に入っているパスタのような物に手をつける
(さて、もう来る事もないだろうが……)
この辺では珍しい『箸』なる物で一口其れを啜る
『ズズッ』
(全く……なんで私がこんな……)
目の前にあるスープ漬けのパスタを啜る
『……ズズズッ』
(こんな……)
……パスタよりも啜りやすい物を口に入れる
『ズズズズッ!』
(こ、こんな!?)
今度はスープとパスタを両方啜る
『ズズズズズズズズッ!』
「うまい!?」
「あ、スカーレットも気に入りましたね?」
気が付いたらお皿の中は空っぽになっていた
「こ、この料理の名前は一体!?」
「麺ですよ」
思わずお店のマスターに詰め寄ろうとしたら
親友が先に口を開いてくれた
「メン?」
聞きなれない言葉に親友が頷いた
「私の故郷の料理です……」
「なんと?」
なるほど、大陸の料理か……それなら私も知る筈が無い訳だ
私の体は海を渡る事ができないからだ……
「おじさん!激辛二つと老酒追加!」
「まだあるのか?」
追加注文を加えた親友に声をかけるとニヤリと私を見返した
「……まだいけますよね?」
その言葉に私も顔をニヤつかせて椅子に座り込んで答えた
「ほう、それは私に対する挑戦と言う事かね?」
良いだろう、これ程の料理なら久しぶりに満腹できそうだ
「……激辛二つお待ち!」
『頂きます!』
並べられた二つの御皿を手に取ると
私は久しぶりに限界寸前まで料理を堪能する事になった
―――
「……げっふ」
「しっかりしてくださいよ?」
そして数刻後……私は親友に肩を担がれて道を歩いていた
「お、お前は……あれだけ食べても……」
「美味しかったですよ?」
あの後、お店の在庫が切れるまで二人で飲んで食べた
その代わりに、私の御腹は限界スレスレだった
……私以上に食べたはずなのに親友はびくともしてなかった
少々理不尽を感じるが、まあ今はどうでも良い
「ちょ、ちょっと……ストップ」
「わかりました、それならそこで」
町から離れて、自分の居城への途中にある岩場に座り込む
「ふぅ……」
座り込み、息をすると少しだけ楽になった気がした
その隣で親友が昔と変わらないままの姿で立ち声をかけてきた
「さて、満足なさいましたか?」
「……この御腹見て、不満と言える程偏屈じゃないぞ?」
「ですよね」
空を見上げるともうそろそろ月が降りそうになっている
「御酒も大量に飲みましたよね?」
「ああ、あの『チャアシュウ』なる酒の肴も美味しかった」
「でしたら、スカーレット『御当主』もかなりの酔いが回って居られるはずですね?」
ああ、つまり此処から先が今日飲みに来た目的だったのだろう
「……まんまとしてやられたと言う訳か?」
「いえいえ、御帰りになられるのならそれはそれで……」
「馬鹿言うな……今の体調で……ウップ……走れるか」
「ならば……」
親友の……そして忠臣の気配りに目を瞑りながら口を零した
「やれやれ、貴族ともあろう者が御酒に負けて愚痴を零しそうだ」
「はいはい、溜めると体を壊しますからとっとと吐いてください」
着飾らない親友の言葉に簡単に伝える事にする
これは『酒によって仕方なく親友に零す愚痴』なのだから
「……そろそろ、スカーレット一族も終わりを迎えそうでな……」
貴族と言われる立場も今の政治体制では難しい立場になってきたのだ
今までは力を誇示して領土を守ればよかったのだが
「……既に力だけで誇示できる時代ではないと言う事ですね」
「まあ、そう言う事だ」
今は策略や策謀によって切られる時代になってきている
「しかも、ヴァンパイアである事を隠すために
人付き合いを減らしてきた事が仇になってしまった」
「……」
力を誇示する事が出来ても、人外の者だと言われれば
人は其れを恐怖して団結する、それは仕方がないことではある
人は我々の糧ではあるが、逆に人こそが我々の天敵でもあるのだ
町についていた明かり……名を『ランプ』と言う
あれは『科学』と言う名の人間達の兵器なのだ
闇を武器にする我々にとって、あれはとても強い兵器である
「後何十年もすれば、私達ヴァンパイヤや妖精が
が生き辛い世の中が出来上がるだろうなあ……」
暗い闇の中で、人の血を吸う時代はもう終わりを迎えようとしている
「だから困っているんだ……」
「……何にですか?」
「このまま、朽ちるように一族を終らせるか」
それはこの世の常
恐怖されなくなった人外は既に人外ではない
だから、ゆっくりと時間をかけて自害していく
「それとも人外の意地を込めて人間達に最後の戦いを挑むか」
それは負け戦だろう
たとえその時は勝てたとしても
それ以上の大量の人と休むまもなく狙ってくるハンター達が襲ってくる
「……」
私の言葉に親友は無言で立っていた
「ああ、勘違いしないでくれよ?死ぬ事は怖くない」
長く生きたのだ、死んでしまっても仕方がないし
それだけの行いをしてきているんだから
「でもな……一つだけ心残りがあるんだ」
大切な心残り……
「二人の娘の事」
「レミリア様とフランドール様……」
二人とも私の可愛い娘だ……
無論!妻も可愛いけどな?
「ああ……あの二人は才能がある」
「戦いの才能ですね?」
私の娘馬鹿具合を知りながらもメイが頷いてくれた
……こういう時、親友は常に本当の事を言ってくれる
そう、つまりメイ程の兵も贔屓目無しで才能が有ると言ってくれるのだ
あの二人は歴代のスカーレットの中でも
戦闘力では上位に入る可能性を秘めている
「故に可哀想でならないのだよ」
二人とも、生まれるのが余りにも遅すぎた
齢数百程度では、吸血鬼としてはまだまだ子供
娘達が成長する頃には周りには全力で戦える相手がいないのだ
「この世界の中には……ですかね?」
「メイ?」
思わぬ言葉に私は隣にいるメイの姿を見る
「スカーレットには言っていませんでしたが、レミリア御嬢様から伝言があります」
「レミリアから?」
メイは娘二人から懐かれている
それを考えれば、レミリアから連絡を受ける事位は極自然な事ではあるが
「はい、スカーレットに知られないように一週間前に一緒にお風呂に入っていた時ですけどね」
畜生!なんでメイばっかり!?
私なんてもう、一緒にお風呂に入ってくれないのに!
……まあ良い
「それで?レミリアから何をお願いされたんだ?」
「『数日後、御父さんに大量に料理を食べさせたら運命が開けるから』だそうです」
「!?」
いやいやまてまて!?
いくら可愛い娘の事だとはいえ、私がメイと一緒にこっそり食べに行く事は知らないはず
その上、食べに行く日は常に適当に決めている筈なのだ
それなのに……
「何故?レミリアは判っていたのだ?」
今日、抜け出さなければ此処まで食べる事も無い
食べなければ、此処でこんな話をする事も無い
それを見越す程の先見の明等あるはずが……
「これは、レミリア御嬢様からの秘密にされていた事ですが……」
しばしの考えに入ろうとした私にメイがしっかりとした口調で答えた
「どうやら、レミリア御嬢様には運命を見る事が出来る能力があるようです」
「……運命を」
「今はまだ見るだけかもしれませんが、いずれ多少運命を操る程までになるかと」
もし、それが本当なら……
私はもう何も心配をする必要もなくなる
「はい、そしてもう一つ伝言を預かって居ます」
「……それはなにかな?」
全て悟ったように、私は岩に腰をかけて
娘の判断を聞く事にした
『私、フランと一緒に此処じゃない何処かに行きます
大丈夫、フランも一緒に行くって言ってくれたから』
何のことは無い……私が思っている以上に
娘達二人は成長していたのだ
「メイ……親友としてお願いがある」
「なんですか?スカーレット」
ならば、私が父親として娘にしてやれる事は一つ
「……二人を見守ってやってくれ」
「……了解しました」
最高の忠臣であり親友に頭を下げて娘を任せるだけだった
それから暫くして、娘は此処ではない世界に旅立って行った
親父としては、沢山の従事者を付けていってやりたかったが
皆、嫌がった上に娘も要らないと言ってたから止めた
まあ、娘の友達の魔女一人だけで他の従事者達よりも優秀だったし
「頼むぞ?手紙は一週間に一回は送る事!出来たら娘の絵も送ってくれよ!?
娘にお金が必要になったら、絶対に言えよ?そうそう!食べ物や服が……」
「はいはい、馬鹿親はとっとと帰ってくださ……イタッ!?だから抓らないで下さいって!」
「ふん!……任せたぞ?」
なにより、最高の親友が着いて行くのだ
安心して……いや、娘の事だから少しだけ安心して
此処とは違う世界に送り出したのだ
あれから長い年月が経った
スカーレット家は小さくはなってはいたが
一応貴族の名前は残っていたし、小さいながらも領土のような物を持っていた
世界はすっかり変わってしまっていた……
「ほう?新型ジャンボ機の完成か」
手にしている新聞を読みながら私は一人呟いて
輸血パックにストローを刺して飲み干す
貴族なのだ、多少の無茶程度なら病院関係から分けて貰えるのだ
今のスカーレット家は一応小さいながらも会社を運営していた
地元密着型の食品管理会社なので、そこそこの強さも持っている
文明の利器も極々普通に利用していた
なに、便利な物だよ?蛍光灯なる物は
「さて?今日の予定は……」
私が今日の予定が書いてあるホワイトボードを見て
自分の目を疑う、そして改めて確認をすると
胸元にあった携帯電話を乱暴に取り出して
「今日の予定全部キャンセル!工場の下見なんて大した事ないだろう!?」
今日の予定を全てキャンセルしたのだ
仕方がないだろう?
今日の予定と書かれていた場所が全部消されていて
『今日は飲みに向かいますよ!BY親友』
『今日は飲みに向かうんでしょ?BY娘』
『ねえねえ!?私も飲みに行きたい!BYフランだよ♪』
『宜しくお願いしますBY瀟洒なメイド』
『……喘息に効く薬もお願いBY魔女』
そんなのが書かれていたのだから……
近くに良い御店が無かったかどうか
私は大急ぎで家から走り出したのだった
その者は組織に良く尽くしてくれた
私の無茶な問題にもきちんと答えてくれた
無論、組織の者達もその忠臣には信頼が厚かった
だからこそ、その忠臣にしか任せることが出来ない問題があるのだ
それはとても言い辛い事だった
それを伝える事はとても難しかった
どれだけ力を持ってしても、辛い決断と言う物はあるのだ
そして、その忠臣は私が悩んでいる事を薄々気が付いていたのだろう
誰に気づかれる事も無く、私のベッドに手紙を置いて有るのが何よりの証拠だった
『今夜は親友と呑みに行きます』
「……つまり、明日は休ませろと言う事か」
久しぶりの御誘いに私は嬉しそうにため息をついたのだ
―――
そして、その日の深夜……
周りの者に気がつかれないようにそっと部屋を抜け出して
今は誰も使っていない離れの小屋で待っていた
離れの小屋の中で普段の仰々しい服を着替え
地味な旅人の服と寒さを遮るマント
そして、極力顔を隠すようなフードをかぶる
これが、私が親友と呑みに行く為の正装である
他の者には私が居ない事に気がつかれないように威厳を篭めて
『今夜は機嫌が悪い!』
と一言前置きして、部屋に籠もる事を伝えたので
誰も私の部屋の中に確認をする者等居ないはず
「……其れにしても、少々遅いな?」
私がそう呟いていた時だった
屋根にある窓から誰かが入ってきた
当然だ、普通の入り口は塞いである……
ここに入る方法を知っているのは……
「……お待たせして申し訳ありませんでした、御当主様」
普段のように仰々しく私に頭を下げる忠臣だけ
いつものその姿を見て、私はいつものように軽く笑って答えて
昔に戻る事が出来る魔法を唱える
「何を言ってるんだ?此処に居るのはただの『親友』だぞ?」
その言葉が合図で、目の前の『忠臣』は『親友』に変わる
「いや~すいません、少し遅れました」
「遅いじゃないか、朝まで此処に居る事になると思ったぞ?」
「おっと?それは大変、今日新しく向かおうとしていた御店が閉じてしまう」
「む?それは一大事だ、急いで向かう準備をしてくれ『メイ』」
「はいはーい、すぐに向かいますよ?『スカーレット』」
その言葉と共に私は長年の親友である
『メイ』と共に急いで自分の居城から離れる
「しかし、今度はどんな御店を見つけたんだね?」
「多分『スカーレット』も始めての料理だと思います」
綺麗な満月をバックに人を超えたスピードで移動しながら
私と『メイ』は会話をする
「ほう、私も始めてとな?」
「ええ、今度は自信がありますよ」
近道だからと言う理由で目の前の小さな崖から飛び降りる
私はふわりと降りて、彼女は崖の隙間を器用に三角蹴りをしながら
「ふむ、だが私ほどの者を納得させる物はなかなか無いと思うがね」
私も一応は貴族なのだ
故に様々な料理を食べてきた事がある
そんな私の舌を唸らせる物はなかなかない……
そう……貴族なのは良いんだが……
「あんなに味気ない料理ばかりだと辛くないですか?」
そのせいで形式張ったような味気ない物ばかり
たまには大味のガッツリいけるのが恋しくなる
だからこそ親友が『飲みに行く』と始めて言われた時
私は今と同じく、貴族らしく優雅に……
「今回も何か安くて美味しい庶民の味をお願いします!」
……空中を飛びながら、親友にお願いをしたのだ
彼女の故郷の周囲に伝わると言う最上級の礼儀『ドゲザ』なるポーズで
―――
町の中は深夜でもそれなりに明るい
つまり其れはこの町はかなり大きいと言う証明であった
そして、大きい町には沢山の御店と大衆娯楽がある
「おお……久しぶりの町だ!」
その喜びを私は思わず声に出していた
「私は昨日も来ましたけどね……痛っ?抓る事ないじゃないですか」
そんな私の心に無粋な言葉を言った親友の手を抓る
……これは当然の権利である
「……ふん!私だってもっと町に出たいんだ、抓るだけで済んだだけよしと思え」
「仕事でですよ?御店で遊ぶ暇は無いんですし」
そんな軽い言葉の応酬をしながら
彼女の後をゆっくりと着いて行く
まずは一番大きい大通りの中をのんびりと歩く
「……ほう?大通りに新しい御店が出来たのか?」
「出来ましたよ?人気もそれなりにあります」
「そこが今回向かう御店だな!?」
「構いませんよ?ただし何時もの料理のような奴の劣化版でしたけど」
「……却下!」
大衆にとっては物珍しく、そして美味しいのかも知れないが
私が求めているのはそんな物ではない!
「となると、そこのお洒落な飲み屋か?」
「あそこは駄目です、高いくせに安酒と混ぜて売ってますから」
ふむ、流石に彼女の舌と鼻を誤魔化す事は出来なかった訳だ
この御店は近いうちに潰れるだろうなぁ
「としたら……」
このような問答をしながら歩いて行くと
気が付いたら大通りの中の御店は全て流されていた
「……なあ、もう御店無いぞ?」
町の端の方まで来ると、こんな時間にやっている御店は無くなる
その位は流石に貴族の私だって知っている
私がそう告げると、親友はニヤリと笑いながら答えた
「はい、御店はありません」
「な、なんだって!?」
その言葉に私が本気で驚く
……いや、裏切られたって言う気持ちよりも
周りから『馬鹿正直者』で通っている親友が嘘を言った事にだけど
(…あ、でも嘘つかれただけでも希少価値はあるな?)
「……御店はありませんけど」
私が数秒の間驚いている間に親友が口を開いて
「……屋台があります」
ひっそりと開いている小さな手押し式の屋台を指差したのだった
―――
「おじさ~ん!いつもの奴二つ!」
「……(ぺこ)」
親友が楽しげにそう言うと、お店のマスターが無言で頷く
(ふん、接待も満足に出来ないのかこの御店の店主は……)
私は少々不満げに狭いお店の中で座った
「いや~こんな近くにこんな御店があるのに気が付きませんでした」
「……ふん」
お店の中と違って、小汚い屋台の中は少々薄暗かった
(……今回はハズレかもしれないなぁ)
期待が大きかった分、少々がっかり仕掛けていた
(メイには悪いが、一口食べたら別の御店に向かう事にするか)
まあ、とりあえず今からお金の準備をしておこう
……なに、一応貴族なのだから御金はある
有る程度の御金を包めばお店のマスターも満足してくれるだろう
「……どうぞ!」
そんなつもりでいた私の前に、独特の大きな器に盛られた料理が出てくる
隣で親友が『待ってました!』と料理に手を伸ばして食べていた
私はとりあえず、御店から出る準備をしつつも
目の前の器に入っているパスタのような物に手をつける
(さて、もう来る事もないだろうが……)
この辺では珍しい『箸』なる物で一口其れを啜る
『ズズッ』
(全く……なんで私がこんな……)
目の前にあるスープ漬けのパスタを啜る
『……ズズズッ』
(こんな……)
……パスタよりも啜りやすい物を口に入れる
『ズズズズッ!』
(こ、こんな!?)
今度はスープとパスタを両方啜る
『ズズズズズズズズッ!』
「うまい!?」
「あ、スカーレットも気に入りましたね?」
気が付いたらお皿の中は空っぽになっていた
「こ、この料理の名前は一体!?」
「麺ですよ」
思わずお店のマスターに詰め寄ろうとしたら
親友が先に口を開いてくれた
「メン?」
聞きなれない言葉に親友が頷いた
「私の故郷の料理です……」
「なんと?」
なるほど、大陸の料理か……それなら私も知る筈が無い訳だ
私の体は海を渡る事ができないからだ……
「おじさん!激辛二つと老酒追加!」
「まだあるのか?」
追加注文を加えた親友に声をかけるとニヤリと私を見返した
「……まだいけますよね?」
その言葉に私も顔をニヤつかせて椅子に座り込んで答えた
「ほう、それは私に対する挑戦と言う事かね?」
良いだろう、これ程の料理なら久しぶりに満腹できそうだ
「……激辛二つお待ち!」
『頂きます!』
並べられた二つの御皿を手に取ると
私は久しぶりに限界寸前まで料理を堪能する事になった
―――
「……げっふ」
「しっかりしてくださいよ?」
そして数刻後……私は親友に肩を担がれて道を歩いていた
「お、お前は……あれだけ食べても……」
「美味しかったですよ?」
あの後、お店の在庫が切れるまで二人で飲んで食べた
その代わりに、私の御腹は限界スレスレだった
……私以上に食べたはずなのに親友はびくともしてなかった
少々理不尽を感じるが、まあ今はどうでも良い
「ちょ、ちょっと……ストップ」
「わかりました、それならそこで」
町から離れて、自分の居城への途中にある岩場に座り込む
「ふぅ……」
座り込み、息をすると少しだけ楽になった気がした
その隣で親友が昔と変わらないままの姿で立ち声をかけてきた
「さて、満足なさいましたか?」
「……この御腹見て、不満と言える程偏屈じゃないぞ?」
「ですよね」
空を見上げるともうそろそろ月が降りそうになっている
「御酒も大量に飲みましたよね?」
「ああ、あの『チャアシュウ』なる酒の肴も美味しかった」
「でしたら、スカーレット『御当主』もかなりの酔いが回って居られるはずですね?」
ああ、つまり此処から先が今日飲みに来た目的だったのだろう
「……まんまとしてやられたと言う訳か?」
「いえいえ、御帰りになられるのならそれはそれで……」
「馬鹿言うな……今の体調で……ウップ……走れるか」
「ならば……」
親友の……そして忠臣の気配りに目を瞑りながら口を零した
「やれやれ、貴族ともあろう者が御酒に負けて愚痴を零しそうだ」
「はいはい、溜めると体を壊しますからとっとと吐いてください」
着飾らない親友の言葉に簡単に伝える事にする
これは『酒によって仕方なく親友に零す愚痴』なのだから
「……そろそろ、スカーレット一族も終わりを迎えそうでな……」
貴族と言われる立場も今の政治体制では難しい立場になってきたのだ
今までは力を誇示して領土を守ればよかったのだが
「……既に力だけで誇示できる時代ではないと言う事ですね」
「まあ、そう言う事だ」
今は策略や策謀によって切られる時代になってきている
「しかも、ヴァンパイアである事を隠すために
人付き合いを減らしてきた事が仇になってしまった」
「……」
力を誇示する事が出来ても、人外の者だと言われれば
人は其れを恐怖して団結する、それは仕方がないことではある
人は我々の糧ではあるが、逆に人こそが我々の天敵でもあるのだ
町についていた明かり……名を『ランプ』と言う
あれは『科学』と言う名の人間達の兵器なのだ
闇を武器にする我々にとって、あれはとても強い兵器である
「後何十年もすれば、私達ヴァンパイヤや妖精が
が生き辛い世の中が出来上がるだろうなあ……」
暗い闇の中で、人の血を吸う時代はもう終わりを迎えようとしている
「だから困っているんだ……」
「……何にですか?」
「このまま、朽ちるように一族を終らせるか」
それはこの世の常
恐怖されなくなった人外は既に人外ではない
だから、ゆっくりと時間をかけて自害していく
「それとも人外の意地を込めて人間達に最後の戦いを挑むか」
それは負け戦だろう
たとえその時は勝てたとしても
それ以上の大量の人と休むまもなく狙ってくるハンター達が襲ってくる
「……」
私の言葉に親友は無言で立っていた
「ああ、勘違いしないでくれよ?死ぬ事は怖くない」
長く生きたのだ、死んでしまっても仕方がないし
それだけの行いをしてきているんだから
「でもな……一つだけ心残りがあるんだ」
大切な心残り……
「二人の娘の事」
「レミリア様とフランドール様……」
二人とも私の可愛い娘だ……
無論!妻も可愛いけどな?
「ああ……あの二人は才能がある」
「戦いの才能ですね?」
私の娘馬鹿具合を知りながらもメイが頷いてくれた
……こういう時、親友は常に本当の事を言ってくれる
そう、つまりメイ程の兵も贔屓目無しで才能が有ると言ってくれるのだ
あの二人は歴代のスカーレットの中でも
戦闘力では上位に入る可能性を秘めている
「故に可哀想でならないのだよ」
二人とも、生まれるのが余りにも遅すぎた
齢数百程度では、吸血鬼としてはまだまだ子供
娘達が成長する頃には周りには全力で戦える相手がいないのだ
「この世界の中には……ですかね?」
「メイ?」
思わぬ言葉に私は隣にいるメイの姿を見る
「スカーレットには言っていませんでしたが、レミリア御嬢様から伝言があります」
「レミリアから?」
メイは娘二人から懐かれている
それを考えれば、レミリアから連絡を受ける事位は極自然な事ではあるが
「はい、スカーレットに知られないように一週間前に一緒にお風呂に入っていた時ですけどね」
畜生!なんでメイばっかり!?
私なんてもう、一緒にお風呂に入ってくれないのに!
……まあ良い
「それで?レミリアから何をお願いされたんだ?」
「『数日後、御父さんに大量に料理を食べさせたら運命が開けるから』だそうです」
「!?」
いやいやまてまて!?
いくら可愛い娘の事だとはいえ、私がメイと一緒にこっそり食べに行く事は知らないはず
その上、食べに行く日は常に適当に決めている筈なのだ
それなのに……
「何故?レミリアは判っていたのだ?」
今日、抜け出さなければ此処まで食べる事も無い
食べなければ、此処でこんな話をする事も無い
それを見越す程の先見の明等あるはずが……
「これは、レミリア御嬢様からの秘密にされていた事ですが……」
しばしの考えに入ろうとした私にメイがしっかりとした口調で答えた
「どうやら、レミリア御嬢様には運命を見る事が出来る能力があるようです」
「……運命を」
「今はまだ見るだけかもしれませんが、いずれ多少運命を操る程までになるかと」
もし、それが本当なら……
私はもう何も心配をする必要もなくなる
「はい、そしてもう一つ伝言を預かって居ます」
「……それはなにかな?」
全て悟ったように、私は岩に腰をかけて
娘の判断を聞く事にした
『私、フランと一緒に此処じゃない何処かに行きます
大丈夫、フランも一緒に行くって言ってくれたから』
何のことは無い……私が思っている以上に
娘達二人は成長していたのだ
「メイ……親友としてお願いがある」
「なんですか?スカーレット」
ならば、私が父親として娘にしてやれる事は一つ
「……二人を見守ってやってくれ」
「……了解しました」
最高の忠臣であり親友に頭を下げて娘を任せるだけだった
それから暫くして、娘は此処ではない世界に旅立って行った
親父としては、沢山の従事者を付けていってやりたかったが
皆、嫌がった上に娘も要らないと言ってたから止めた
まあ、娘の友達の魔女一人だけで他の従事者達よりも優秀だったし
「頼むぞ?手紙は一週間に一回は送る事!出来たら娘の絵も送ってくれよ!?
娘にお金が必要になったら、絶対に言えよ?そうそう!食べ物や服が……」
「はいはい、馬鹿親はとっとと帰ってくださ……イタッ!?だから抓らないで下さいって!」
「ふん!……任せたぞ?」
なにより、最高の親友が着いて行くのだ
安心して……いや、娘の事だから少しだけ安心して
此処とは違う世界に送り出したのだ
あれから長い年月が経った
スカーレット家は小さくはなってはいたが
一応貴族の名前は残っていたし、小さいながらも領土のような物を持っていた
世界はすっかり変わってしまっていた……
「ほう?新型ジャンボ機の完成か」
手にしている新聞を読みながら私は一人呟いて
輸血パックにストローを刺して飲み干す
貴族なのだ、多少の無茶程度なら病院関係から分けて貰えるのだ
今のスカーレット家は一応小さいながらも会社を運営していた
地元密着型の食品管理会社なので、そこそこの強さも持っている
文明の利器も極々普通に利用していた
なに、便利な物だよ?蛍光灯なる物は
「さて?今日の予定は……」
私が今日の予定が書いてあるホワイトボードを見て
自分の目を疑う、そして改めて確認をすると
胸元にあった携帯電話を乱暴に取り出して
「今日の予定全部キャンセル!工場の下見なんて大した事ないだろう!?」
今日の予定を全てキャンセルしたのだ
仕方がないだろう?
今日の予定と書かれていた場所が全部消されていて
『今日は飲みに向かいますよ!BY親友』
『今日は飲みに向かうんでしょ?BY娘』
『ねえねえ!?私も飲みに行きたい!BYフランだよ♪』
『宜しくお願いしますBY瀟洒なメイド』
『……喘息に効く薬もお願いBY魔女』
そんなのが書かれていたのだから……
近くに良い御店が無かったかどうか
私は大急ぎで家から走り出したのだった
それはともかく脇役さんの新作だーい!
ネットが繋がるまで何時までも待ち続けます!
一つだけ誤字報告
>「後何十年もすれば、私達ヴァンパイヤや妖精が
が生き辛い世の中が出来上がるだろうなあ……」
「が」が一つ多いです。
それはともかく、新作だあい!
ええ、いつまでも待ちましょうとも
そしてスカーレットパパ可愛すぎだw
待ってるぞ脇役
が、このような良い作品を書けているのだ。息災なのだろう。
旅立つあたりでしんみりして、最後にすかっと幸せな気分になりました
ただのラーメン食べる話
だと思ったらいい話だった!
脇役さんこれからもよろしく!
御当主もいい思い出だろうね~
お嬢様よりも美鈴が年上設定、アリだと思います!
しかし御当主様と美鈴の関係がフランクでいいなあ