Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

林檎は林檎

2010/05/03 14:07:04
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――誰かに呼ばれた気がした。


ふと気がつくと見知らぬ場所にいた。

だが、上下左右は壁がありどうやら建物内である様だ。

前後に続く廊下は紅い絨毯に覆われ、壁には僅かばかりの窓がある。それは日の光を遮る様に少し大きめのカーテンが掛かっていた。

ここは何処だろう。

気になり、辺りを見渡せば少しカーテンが開いている窓があるではないか。

ちょっとした幸運に感謝しながら外を眺めて見る。

一面に広がる鮮やかなだが鬱蒼とした緑の森、近くの木には何かがぶら下がっている。蝙蝠だろうか? 遠くを見れば濃い青の湖、空は雲が覆い世界を陰らしている。


下を眺めれば、地面との距離からしてどうやら2階にいるようだ。


それにしても……

何故この様なところにいるのか?

今まで何をしていたのか?

これから何をすべきなのか?

自らの状況がまったく分からない。

不安と言う名の雲と困惑の雨とが自分の心に押し寄せて来る。


どうしようか?

如何ともし難い思案を始めようとした。そのおり。

――誰かの声が聞こえる。

いや、正確には聞こえた気がした。

まるで頭が鈴にでもなったかの様にそれは響いた。そんな感じがした。

ダイレクトに心を打ち抜いて行ったその、音無きその声は下から来たような……

自らの心に導かれる様に歩き出す。何となくだがその声の下へ行かなければいけない。そんな風に思ったのだ。
目指すのは下への階段だ。

生命を僅かばかりも感じさせる事のない廊下、無機質のトンネルを一人徘徊する。



進む、進む


十字路に出会す。


静けさに包まれたそこは、天国と地獄への道を別つ分岐点に思えてならなかった。

はてさて、どの方向に進んだものか……

それぞれの道を見比べて見るがどの道もまったく同じで、初めは1つだったそれが後から複製された様な印象を抱かせる。

迷っていても埒が明かない……仕方がないな。

諦めに身を任せ正面の道を行こうとした時。
ふっと辺りが薄暗さに包まれた。

何事であろうか?

周囲を見やれば通路の灯りが消えているではないか。ただ1つの道を残して。

……この道を行けと言うのだろうか?

揺らめく灯りは、救いを差しのべる神の手かはたまた逃れ得ぬ泥沼へ誘う魔女のそれか?

余りにも明から様なその様子に少々の迷いを抱いた。


行くべきか行かざるべきか。


考えを巡らしていると、何処からかほんのりと甘い香りを感じた。

何の匂いだろうか? 周辺にはそんなものを発する物体などありはしないのに……

もっと良く確かめよう! 深呼吸をする。

……うん?

――誰かの声がする。


甘い香りを胸一杯に吸い込んだ時に、それは聞こえた。

よし!行ってみよう。

甘い匂いと声に誘われる様に自分の身体を前へとやった。

まるで花の香に引き寄せられる虫の心境だった。


進む、進む


……自らの心音以外には何の音も聞こえない。

寂漠の感情を胸に進めれば一際大きな扉が目についた。

こちらか……

吸い寄せられる様に扉へと近づく。

扉の脇に備え付けられたランプは自分を誘う目印なのだろうか? 一際大きな紅い炎を内に宿していた。


木製のそれは音もなく勝手に押し開らかれて行く、そして目に飛び込むのは豪華な明かり。

広い広い空間に出た。
それは教会の大聖堂を思わせる。



部屋の中央部には自分の立っている2階へと続く大階段、それは大きな絵画の飾られた踊り場で、二股に別れ部屋の左右へと続いている。

エントランス、おそらくここであろう。


……これは素晴らしい。普通なら感嘆の言葉の1つでも出すのだろうが、何故か自分の口からそれが発せられる事はなかった。

洗練された美しさ、その中にある厳かな雰囲気に圧倒されたからだ。

天井に咲いた巨大な花の様な華美なシャンデリアを横目に見ながら、1階へと階段に沿う様に降りる。

部屋の中央へ進み改めて見回す。

なんとも派手な装飾達には、まさしく豪華絢爛の字が当てはまるであろう。

それにしても、これだけ豪勢な建物に自分はあまりにも不釣り合いだ。

今まで家人に見つからなかったから良かったものの、遭遇したらとんだ騒ぎになっていたに違いない。

面倒事に成らない内に抜け出すのが良かろうか?

諸々気になる事はあるが致し方無いだろう。

そう思い玄関であろう扉へと歩み寄る。

振り返れば目に映るは豪華絢爛。

此処にはこの様な部屋が他にもあるのだろうか……見てみたい。

まるで、お菓子の家を探す子供のようだ。

何時までも見ていたい、そう思わせる程にこの空間は魅力的に写った。

……少々、名残惜しい気がしないでもないが、仕方がない。

玄関へと近づく。

その瞬間。

何故かまるで雷に打たれたかの様に全身が痺れた。

突然の衝撃に一瞬の驚きの後、私の嗅覚はそれを捕らえた。

甘い匂いがする。

そして……

――誰かの声がする。

誰かに硬い物で殴られたかの様に頭がガンガンて揺れる。


そして、それが治まろうとした時には、何故か外へ出ようという気は失せていた。


風呂に何時間もの間浸かっていた時のような、そんな倦怠感が身体を支配する……あぁ、何かを考えるのも面倒くさい……

頭の中へと直接響く声に身体を任せる。

自分の身体がくるりと逆を向くのを感じる。

ふらふらと移動をする身体。きっと端から見れば、下手くそな人形師の操り人形を連想させるだろう。

声に導かれるままに大階段を通り過ぎる。そのまま裏へと回れば、他と比べてやや小ぢんまりとした扉があった。


入っても良いのだろうか……

僅かに迷う。

だが、そんな事がどうでも良くなるほどに心がこの先へ進むのを望むのだった。

ほんの少し開いていた扉の隙間へと身体を捻り込み、先へ足を進めたのだった。

扉の先は下り階段であった。延々と続く螺旋のそれは、時間の感覚を麻痺させ、奪いとって行く。




此処は牢獄か……

無限の螺旋へと誘い込まれた自らの身を思い溜め息を吐く。

だが、無限に続くかと思われたそれも終わりを迎える。

平らな地面を見た先は今まで見たのと変わらぬ廊下。

但し、全体的に暗さと薄気味悪さが漂っている。

けれども、此処まで来れば引き返す気も起きない。囚人は再び時の牢獄へ戻りたくはなかったのだ。

こうなればとことんまで進もう、気を取り直し歩む。



進む、進む



暗闇が濃くなる。

進めば、進むほど深くなって行くそれは、この身体を飲み込もうとする怪物を思わせるのだった。

しばらく進めば巨大な石造りの扉へとたどり着いた。

来る者全てを拒む。そんな雰囲気を纏ったそれは、何処かの城の城壁をそっくりそのまま盗んで来たかの様。

大層な大きさのそれを正面から見据えれば、不思議な模様が刻み込まれているのが伺える。

ここで終いか……

なんとも拍子抜けだ。だがまあ諦めるしか無いだろう。

こんな巨大な扉を開けれる者など何処にいようか?

引き返そう……何ともやりきれない気持ちを持て余しつつ来た道を辿ろうとすれば、ふっと何かの匂いが漂ってきた。

鼻孔を擽るそれは、鼻の内側を誰かに撫でられている様にしつこく纏わりつく。

今までの甘い香りとは別の匂いだ。

ではなんだろう、と考えるが余りにも微量のため、いい匂いなのかそうではないのかすら判断がつかなかった。

ただ、扉の向こう側から漂って来るのだと感じた。

扉に近づく。

ゆっくりと深呼吸をして中へと意識を向ける。

魂だけが身体から抜け出るイメージ。

分厚い石を挟んでだが、そこには確かに何かの息遣いを感じた。

優しく心も身体も全てを包み込む温かさを感じさせる息吹き。

まるで母親の様だ。

けれども、それはいとも容易く吹き消える炎の様に儚さを同時に伝えてきた。

その瞬間、無性にこの壁の向こうにいる誰かを見たいと思った。

恋慕にも似たその感情は一瞬にして全身を駆け巡った。

どうしてだが自分でも分からないが、蝋燭の消えるほんの一瞬の輝きの様は儚い欲求が……

ただただ……ひたすらに会いたいという欲求が胸の内から泉の様に止め度なく湧き出る。


扉に全身を押し付ける。

持てる力の全てをもって扉を内へ。

あれだけ重量を感じさせた扉は綿で作られているのでは? そんな疑いを持たせるほどで決して軽くはないが、不思議と動かせないほどに重いとは思わなかった。



開く、開く



隙間から見える向こう側は深い暗闇。

扉が強烈に軋みを発てているのを身体で感じる。
少しずつ開いて行く扉。先程から感じていた得体の知れない匂いが濃くなる。

……さぁ、もう少し、もう少しだ。

けれども、死力を振り絞っていた自らの力が、尽きて行くのを感じた。

強烈な匂いが立ち込める。余りの鮮烈さに意識が遠退く。

もう少しなのに……

意識が薄れ行く。

意識の灯火が消えようという、その瞬間……

甘い匂いを嗅いだ。

それはまるで、ベッドで母親に子守唄でも歌われているかの様に心地よく、疲れきった身体へとするりと融けて行く。

ここは湯船なのだろうか全身を温かなお湯に包み込まれるような錯覚を身体中で感じる。
あぁ……瞼が下がるのを押さえられない。


薄れ行く意識の最中に。

――声が聞こえた気がした。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



気が付けば周りは真っ暗だった。

暗闇に目を凝らす。

壁が見える。

周りに何かないか手探りで探す。指先に柔らかい感触。

あれ?

暗闇に徐々に目が慣れていく。

あれ?

周りを見渡す。

ここは……

なんの事はない、何時もの寝床だった。


なんら普段と変わらない何も起きた形跡は見当たらない。

……先程までの事は夢だったのだろうか?

なんとも虚しい気分になる。

――鼻水が下がって来る感覚がした。

結局、扉の先には誰が居たのか? それすらわからず仕舞いだ。

――鼻水をすする。


先程までの可笑しな迄の熱くたぎる感情は残っていなかったが、その変わりに大事な何かを失った。そんな切ない気持ちが残っていた。

余りのやるせなさに気分が沈む。

――ティッシュで鼻をかむ。

赤黒い色が残る。

ふと、思い立ってそれに鼻を近付けてみる。

あぁ、あの時の匂いはこれの匂いか……

自らの意識を失わせたあの強烈なあの香りと同じ匂いがした。

ティッシュを鼻に詰めながら、扉の向こう側に思いを馳せる。

……記憶にこそ無いが自分はあの先の誰かに会ったのではないか?
惨めな自分への慰めか、そんな事を思った。
しかし、なんとなく手のひらにある赤く塗れたティッシュを見ていたらそう思えてならなかった。

そんな事を考えていると口の端が吊り上がった。


何故だろう、何時もの起床の時間よりも随分と早い時間に目が覚めたが、不思議と嫌な気はしなかった。







――誰かの声が聞こえてくる。

言葉にこそなってはいないが悔しがっているのが分かる。

初めは、あの石扉の中の人の声だと思った。
けれども、今なら分かる。

これは

なんの事はない、本能の声だ。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



遥か深い地下。

此処では朝の訪れも夜の始まりも届く事はなく、時の流れはまるで止まっているようかの様。

そんな周囲を閉ざされた静けさの支配する地下の一室。その中に私はいる。


視界は暗闇に閉ざされ、背中は柔らかさに包まれている。


閉じていた目を開ければ暗闇に慣れた目は僅かに周囲の様子を映し出す。

二人掛けの小さなテーブルに小難しそうなタイトルの並ぶ本棚が目を引く。

はぁ……と口を閉めて思わず出そうになった欠伸を噛み殺す。


退屈の手に捕らえられた私はベッドの上でごろごろと転がる。

暇を持て余すのはこれ程にまで苦痛なものだろうか。まるで拷問だなぁ。

ベッドの上で寝返りを打ちごろりとうつ伏せになり、伸ばした足をぱたぱたと振る。


そういえば今頃皆は何をしているだろう?

退屈の手から逃れようと思考に助けを求める。

……確かこの間夕食の時に宴会がどうのこうの話していた気がする。あの時のスープが特に美味しかったな、また作って貰おう。

そういえば私も誘われた記憶がある。確か面倒くさいと言って断ったのだっけ。本当は賑やかなのがどうにも苦手だからなんだけどね。

宴会は今日だったっけ?

ならば主だった面子は何処ぞで開かれるらしい宴会へと赴いてる頃だろうか?

退屈に喰われるなら誘いに乗れば良かったな。後悔先に立たずとは良く言ったものだなと小さく呟く。

よいしょと身体を起こして私は届く筈のない地上へと手を伸ばす。

皆で楽しくやっている頃だろうか?

うーん……何だか無性に腹が立って来た。

しかし、誘いを断ったのは自分。つまり自業自得なのだから誰に怒りを向けられよう筈もない。

はぁ……っと溜め息をついてベッドに身体を預ける。優しい感触は淋しさを煽るだけだった。

天井の染みでも数えようか……

暇つぶしのために思いついた事は直ぐに実行する。

しかしあまりにも惨めな自らの姿が思い浮かんだ。やめよう。



何やってるんだろう私……



そうだ、きっと部屋に閉じ籠っているのが悪いのだ。暗い部屋に一人、字面だけ見れば囚人と何ら変わらないではないか。これはいけない気がする。

適当に歩き回ろうか……私は囚人ではない訳だし監禁されてはいないのだし。

分厚い石の扉へと視線を向ける。一見重そうに見えるそれは来るもの拒まず行くものを阻む。そういう造りだ。
そんな扉を見つめていたら何となく先程までの外へ出ようという気持ちは削ぎ取られた。

ベッドから起き上がりテーブルにつき、上に置かれたミルクティーに手を伸ばす。可愛らしいカップに注がれたそれは、随分前の物であった筈だが適温を保っていた。

メイド長の差し入れだ。家のメイド長は冷たい人に見られがちだがその実、結構人情派だったりする。

温かい味と甘い香りを楽しんでいれば、ふと良いことを思いついた。

ゆっくりと立ち上がり部屋の中央へと移動をする。そこで服のポケットから一枚のカードを取り出す。

カードを左手に持ち真っ直ぐに伸ばし、親指と人差し指の二指で挟んだカードを目の高さ迄の持ち上げる。

手のひらに力を集め、それをカードへと送る。

やがて視界が二重にぼやけ始め、もう一人の私が生まれる。

その時点で力を抜くとカードは輝きを失った。

思いついた事、それは造り出した分身に館を探索させる。私はここでのんびりとティータイムを過ごしつつ半身の視点を楽しむと言うもの。

他人から見ればどうかは分からないが、私には良い考えに思えたのだ。誰にも文句は言わないはず、きっと。

新たな私は扉を開ける。


……そういえばいつだったか、私のお姉様が部屋にやって来た時、扉が空いた隙に身体を霧に変えて外へ出ようとした事があったなぁ。

私としてはお姉様の驚いた顔が見たくてやった軽い冗談のつもりだったのだが、どうやら館の主である姉は非常に気分を害したらしい。
扉には新たな少々きつめの魔法がかけられ、以降人の形以外の私の身体は通過出来なくなった。

代償はやや大きかったが、いつも私は何でも分かるわ、と顔に書いてあるかの様な姉のあたふたと慌てふためく姿を見られたのに相応しい代償だろう。


昔を思い出している内に、もう一人の私は扉を抜けた後、廊下で一匹の大きな蝙蝠へ姿を変えて飛び立って行った。

扉を閉めてテーブルに戻りカップを片手に取る。甘い液体を味わいながら、先程の自らの半身へと意識を同化させて行く。

聴覚、嗅覚、視覚、触覚が重なって行く。

味覚までは要らないよなぁ。現在、私につまみ食いの予定はない。


私は目新しい何かを探して館の中を飛び回る。廊下の窓はカーテンに覆われ日の光は入る事は許されてはいない。

生憎と今日は曇りなのでそもそも意味はない。

ドアは流石に越えられないのでわざわざ身体を人へ戻して通過する。ちょっと不便だが煩わしい程ではない。

適当な廊下を進む、館の中は割りと単純な構造だが、その分特徴がなく一度場所を見失なえば迷路の様で、私自身も今何処にいるのか分からなかった。

家の住人なのに構造を知らないってなんだかなぁと自分でも思う。
自覚はあるが改善しようとは思わない。いやぁだってやっぱり面倒くさいし。

直角の曲がり角に差し掛かり、飛ぶスピードを落とした時、ふっと視界にノイズが入った。

なんだと思う時間すらなく、何かに殴られたかと思う程の物凄い衝撃と共に意識が身体から弾かれのだった。

余りの衝撃に本体の身体が軽くびくっと反応する。カップを口へと運ぶ最中だったので、跳ねたミルクティーが服へと飛んでしまった。紅い服に白い斑点が浮かぶ。

痛い……まるで誰かに頭突きでもされたように頭が痛んだ。奥の深いところが鈍い痛みを発する。思わず涙が出そうになったのは内緒だ。

それにしても私の分身に何が起こったのかは分からない。

理解出来たのは、私ではない何かが私の精神を弾き出し、私の半身に乗り移ったことだ。
視覚、嗅覚、視覚は奪われたが、未だに羽音が聞こえるところを見ると幸か不幸か、なんとか聴覚だけは奪われずに済まされた様だ。

思わぬ出来事に少々面食らったが、良く考えれば、暇つぶしにはちょうど良いだろう。

とりあえず……私もとい蝙蝠を探さないといけないな……

ポケットから再びカードを取り出し力を込める。視界が二重、三重になる。そこでカードは明度と彩度を失った。

新たに出現した二人の私を見る。

うわぁ……非常に残念な事に先程のミルクティーの染みが襟元についていて目立ってしまっている。まるで幼童が飲み損ねたかの様に見え、なんとも恥ずかしさを覚える。

先に着替えておけば良かったか。我ながらとんだ失敗だ。

しかし今更着替える訳にはいかないし、諦めるしかなかろう。

やや顔を赤らめた私達が出て行く。

ごめんね私、と心の中で謝りながら、私は懲りずに新たにミルクティーを注ぐのだった。

時を忘れる程の永い階段を抜け、私達はエントランスへとたどり着いた。豪華なシャンデリアが私達二人分の影を赤い絨毯の敷かれた床へと作り出す。

さてさてどうしたものか? 何処にいるのか検討もつかない。

仕方なく二手に別れて行方不明の蝙蝠を探す。私は二階をもう一人の自分は一階だ。

それにしても誰かに会えば、自分探しの旅をしている。とでも言えば良いのだろうか? 

まぁ、メイド達に今の私の姿を見られたら、恥ずかしさで居たたまれない事になりそうだし。姿は消しているのでその心配はしなくても良いだろう。





――やや駆け足気味に薄暗さに包まれた廊下を進む。

いた!

蝙蝠の姿のままにその場でふらふらとしている。コマを思わせるその様が可笑しくて少し笑ってしまう。

近付けてみる。

蝙蝠の身体からは私ではない別の誰かの匂いがした。

獣の持つ独特な臭さは感じない。

自然界で生きていれば自然と臭いは濃くなるもの、それが薄いということは身体を洗う習慣があろう。

恐らくは人間であろうか?

とりあえず部屋まで連れて帰えるべきかなぁ。力ずくに引っ張っても大丈夫だろうか……
思考を巡らしている内に蝙蝠は私を置いて何処かへと移動をしようとしていた。

とりあえず呼び掛けてみようか。

「おーい、違う違う! そっちじゃないって!」

耳元で呼び掛けるがまったく気付いた様子はない。どうしよう、これはまずい。

正面へ行って身振り手振りで私の来た方を示す。


あっちだよ!と

必死にアピールしたがまったく通じた気がしない。本格的に追い詰められ焦る中咄嗟に他の道の灯りを破壊する。

メイド達が見つければ騒ぎになるだろうが、やってしまったものはどうしようもない。

けれども壊したのは火だけなので、まぁ怒られる事はないはずだ。
なにはともあれ成功だろう、突然の事に驚いたのか蝙蝠は留まる。
にしても……声も身振りもダメとなると先が思いやられる。

…………そう言えば姿は消していたのか。私としたことが大失敗だ。これからは気をつけないといけないな。

無意味な行動に羞恥心を覚えたが、願いが通じたのか、蝙蝠は望む方向へと進み出した。
のんびりと動くそれの先回りをする。タイミングを見計らいエントランスへと続く、一際大きなドアを開ければ蝙蝠は思い通りに進むのだった。

しかし、この時視界がが薄れて行くのを感じた。身体を見ればガラスで出来ているかの様に半透明になっている。

どんどんと力が抜けて行く。身の先端部分から感覚が消滅して空間へと溶け込む。それは氷が水へ行くかの様。やがて全ての感覚が失われ、視界は暗闇へと変わって行った。


私の意識は地下室へと帰還した。目を開き、テーブルのミルクティーをすする。

……どうやら、最初の分身体に力を集中し過ぎた様だ。こんな事件が起こるなんて予想していなかったのだから当たり前だろう。

新たな二人の分身は余り大きな力はなく、姿を隠した上に破壊の力を行使したためか、片方は予想以上に早くに消えてしまった。

まぁ、構わないだろう。蝙蝠の居場所は分かった事だしね。

残ったミルクティーを身体へと導き再度目を瞑った。

残った分身は細く伸びた廊下をエントランスホールへと向かいドアを開ける。


キョロキョロと周囲を見渡しその姿を認める。良かったまだ此処に居たようだ。

しかし、見れば蝙蝠の身体は外へと出ようとしているではないか。


「ちょっと待った!」


聞こえているかは分からないがとりあえず声を掛けておく。

流石に外へ出られたら不味そうだ。

そう判断し慌てて近寄り引き留めようとすれば、なんともよろよろと酔っている様に怪しい飛び方で此方へやってくるではないか。

どうやら私に惹き付けられている様だ。


これはしめた! 上手く誘導して地下への入口へ導く。

このまま下へと導こうとした時、再び視界が薄れるのを感じた。全身が空気に融けて行く。それは私に寒さに体温を奪われる時を思い出させた。

時間切れか、其処で私の意識は再び地下室へと帰ってきた。

まぁ放っておいても直に此処へやって来るだろう。

それまで暫しティータイムを続行しようか……私は白いポットから渇れることない甘い香りをカップへと移したのだった。


待つ身は辛いものだ。時間にすればそれほどではないが、不思議と体感すれば何倍もの時に感じられる

存分にティータイムは楽しんだ。そろそろ良い頃だろうか。先程から、扉の向こうから僅かな羽音と気配が伺える。

恐らくは私だろう。

コントロールこそ失ったが元々は私の身体である。間違えようもあるまい。

しかし魔法のかかっている扉をどうやって越えて部屋に入れようか?

恐らく人へ変身させる事は出来ないだろうし。

――この時私が自ら外へと踏み出せば、また違った結果になっていただろう。

どうしたもか途方に暮れていると強烈な軋み音と共に光が闇を裂いて行く。直線を描く床を割るそれはさながら雲間から差す光の様だった。

光の中に目を向ければ逆光の中に浮かぶシルエット。それは蝙蝠が全身を使って扉を押しやっている様だった。
一体何を考えているのかまったく分からない、余りに突然の行動に私はそれをただただ見守るしかなかった。

部屋に入った身体の箇所から魔法によって血にまみれて行く。

だが、突然の奇行は止まらない。

血に地下室の床が彩られて行く。赤く紅く黒く。

やがて力尽きたのかべしゃりと地面へと落ちた。

慌てて覗き込む。

その有り様はぼろぼろの布切れだ。確かめずとも生存はあり得ないだろうとこは明白だ。
ダメージを受けすぎた身体は端から紅い血の霧へと変わって行く。

立ち込める鉄の匂いの中に私の鼻は微かに別の誰かの香りを捉えたのだった。


あまりにも唐突な終わりに私は呆然と立ち尽くすのみだった。

せっかく面白そうになってきたところなのに残念だ。

気付けば、落胆だかなんだか分からない呻き声を発していたのだった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



一度日が沈み再び大空に輝く頃。

私の身体は図書館にあった。


図書館の主に勧められた、茶色の液体を口へと運ぶ。言わずもがな珈琲である。

この液体はチョコレートの様な色をしている癖になんでこんなにも苦いのか理解に苦しむ。


「でもなんで私に付いてきたのかな?」

「林檎は林檎。上からオレンジ色を塗っても蜜柑には成らない」

主はお得意の良く分からない例えを使って答えてくる。

「……パチュリーは例えが下手だね。」

「…………物事の本質は変わらないって事。他人の魂にとり憑かれても妹様である事に変わりはない。」

「なるほどなー」

素直に感心した。

「それで分身体は異常な状態になったから、本能的に本体に合流しようとした。」

そんなところでしょうね。

そう言って主は脇の新たな本を手にとった。


「勉強になったよ。ありがとう。」

図書館を出て廊下を歩きながら、小難しい知識人の話を思いだす。

「妹様は夢を見る?」

もちろん返答は、はい、だ。

「夢の世界が実在するっていうのは意外とあることよ」

「だったらその夢は誰の目を通して見ているのかしら?」

そこまで言うと彼女は、再び本の世界へと旅立って行ったのだった。


なんだか煙に撒かれた気がしないでもないが……

不思議と嫌な気はしなかった。
幽霊に未確認生物、宇宙人はたまた妖怪まで何事も存在すると思ったほうが面白いですよね。

1.様
私的にかなり冒険した作品でしたが、楽しんでいただけたなら良かったです。

2.(奇声を発する程度の能力)様
コメントありがとうございます。存在していないと否定なんて誰にもできませんよね。
もえてドーン
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
面白かったでしゅ
2.奇声を発する程度の能力削除
何か色々と凄かったです。
私は、マジで存在すると思っています!