「はたてって、まだ携帯で新聞の写真を撮ってるの?」
そんな風に問いかけてきたのは、テーブルの向いに座る先輩新聞記者。
先日、私がライバルとして挑戦状をたたきつけた文だ。
ライバル宣言をして以来、なにかと顔を合せるようになって、今日のように私から文の家に行くことも多くなった。
そんなわたしに文は、何かと文句を言いながらもお茶を出してくれたりする。
そして新聞について話し合ったり(ほとんど言い争いみたいになるけど)世間話をしたりするようになったわけで。
そんな彼女が今日興味を示したのは、私の相棒であり取材用のカメラでもある携帯だった。
「そうだけど、それがなに?」
文はまじまじと携帯を見つめたあと、はあと一つため息を吐いた。
「前から言ってるけど、そんなカメラじゃいい画は撮れないわよ」
さも当然のようにそう言って、お茶を飲む文。
そんなこと分かっているけれど、ライバルである文の言葉には素直になれずに、反発してしまう。
「別にいいじゃない。私はこれが気に入ってるの」
長年使ってきたこの携帯は、以前の念写新聞の頃からの愛用品で、それなりに愛着はある。
けれど、文の言う通りあまり写真の性能がよくない。以前からそれは気になっていたところだ。
けれど手放すのは惜しい。
む~、と携帯を見ればところどころにある傷がその年期をうかがわせる。
けれどどこか誇らしい傷だ。私にとってもこの子にとっても。
そんな風に、ニヤニヤと携帯を眺めていた私に、文から思いもしない言葉が掛けられた。
「その携帯を気に入ってるのは知ってる。けど、はたては文章を書くのはうまいんだから写真に気を使えっていってるの」
「え?」
文章を書くのがうまい、という突然の褒め言葉は私を動揺させるのには十分だった。
いままで新聞については褒められるどころか、やれ写真が悪いだの取材の仕方が拙いだの、言われっぱなしだったから。
もちろん、その時はあんたは記事が駄目なのよと反論はしていたけど、今日みたいに褒められたのは初めてで。
そして心臓がバクバクし始めるのにも十分なわけで。
胸のばくばくを文に覚られないよう、ひとつ呼吸をおいてから返す。
「あー、えっと。でも……」
「でも?」
「わたし、そういう風なカメラの使い方分かんないのよね」
テーブルの上におかれた文のカメラを指差しながら答える。
いわゆる一眼レフというそのカメラは、ピントを合わせたりフィルムを巻いたりと忙しいタイプで、私の携帯とは正反対だ。
そういったものが面倒だから、今まで携帯を使ってきたわけだ。
「使い方知らないって、それでも新聞記者なわけ?」
「別にいいもん。それじゃなくても写真は撮れたから」
「だから、画質が良くないとだめって言ってるでしょ」
そう言われて文からカメラが手渡される。
ポンと手の上に置かれたそのカメラは、もちろん私の携帯よりはるかに重い。
「仕方ないから、ほら。私ので練習してみなさい」
「うう、いいって」
「そんなんじゃ、いつまで経っても私に勝てないわよ」
「わ、分かったわよ。やればいいんでしょ」
そこまで言われて、やらないわけにはいかない。
でも、やり方も全く分からない。
いつも文がやっているのを思い出しながら、見よう見真似で構えてみてみる。
えっと、両手で持つんだったっけ。
あれ、ピントはどうやって合わせるんだっけ。
というか、なんだか安定しないんだけど……。
そんな私のカメラの使い方は、文はお気に召さなかったようだ。
さっぱりわからない私に、いろいろ注文をつけてきた。
「ほらほら、わきは閉めて。左手はカメラを支えて、右手でピントを合わせてシャッターを切るの」
「こ、こう?」
「全然ダメ。もう、しょうがないわね」
そう言って文は席を立ったかと思うと、テーブルの向かいにいる私の方に歩いてきた。
そして、後ろから抱き締めるように私が持っているカメラに手を添えた。
文の右手が私の右手に、文の左手が私の左手に添って、二人でカメラを持つような形になる。
二人でカメラを持つような形ということは、私の顔のすぐ横に文の顔があるわけである。ほんの少し動けば、それこそ頬と頬が触れてしまいそうな位置に。
(ちょ! 顔近いっ!)
「ほら、こうやって左手でカメラを支えるの」
ギュッと強く、私の左手をつかんでくる。
その拍子にさらさらと揺れる文の髪からいいにおいがしたり、文の手が思った以上に柔らかかったりで私の心臓がまた早鐘を打ち始めた。
(やばい、やばいって)
「ほら、聞いてる?」
「うん!?」
「なんで疑問形なのよ……。ほら、次は右手」
さらに文と私の体の間が小さくなる。というかなくなる。
後から押し付けられるいろいろなものに、思考が持っていかれて、文が何を言っているのかすら危うくなる。
「右手をこうやるの」
「……」
「はたて、聞いてる?」
「ひゅい!?」
「それで、最後にシャッターを切る」
「こ、こう!?」
ファインダーの向こうに映るものが全く分からないまま、シャッターを切る。
カシャリという鋭い音とともに、フラッシュが走り、
その瞬間、世界が光った。
「と、こう言う風に撮るわけ。分かった?」
「……うん」
ぽかんとしたまま私がそう言うと、文は私の背中から離れた。
何も感じなくなった背中。
そしてその後すぐに、今度はあたまに重みを感じる。
文がくしゃくしゃと、私の頭を笑いながら撫でていた。
「やればできるじゃない。えらいえらい」
と、言いながら。
一瞬フリーズしてから、慌ててその手を払う。
「あ、頭なでるな!」
「ごめんごめん、なんとなくね」
悪びれた様子もなく、どこか楽しそうな文。
そんな様子に、ある一つの疑問が浮かんでくる。
「……なんでカメラの使い方なんて教えようと思ったの?」
何時もなら決して、私の新聞について悪く言ってもアドバイスはしてこなかった。
それが今日はこれだから、余計に気になる。
そんな私の問いに、またテーブルの向かい側に座った文は、自分でも分かっていないって顔をしてた。
「うん? どうしてかなぁ?」
その言葉に少し残念になる。
気まぐれとか暇つぶしとかだったら、なんだか嫌だと思ったから。
「なに。理由なし?」
答えを急くような私の言葉に、すこしはにかみながら文がこう言った。
「まあ、強いて言うなら。かわいくて生意気な後輩にアドバイスでもしておこうかなって。一応ライバルみたいだしね」
その瞬間、また顔が赤くなるのが分かった。
文から直接に、ライバルと認められたと思うと、さっきよりも強烈に、一瞬で沸騰しそうになる。
「どうしたの? さっきからなんかおかしいけど」
「なんでもない!」
そう言うのが精いっぱいな私。
顔が赤くなってるのはもうばれてもいいから、とにかく嬉しく思っていることだけはばれたくない。
下を向いて、深呼吸をいっぱいして、平常心を装って。そして顔を上げる。
「今度は私が文に記事の書き方教えるから、覚悟しておきなさい!」
「はいはい、楽しみにしておくわね」
「……あと」
「あと?」
「きょ、今日は、ありがと」
そんな私の言葉に、今度は文がキョトンとしていた。
「はたてがありがとうだなんて……。明日は雨ね」
「な! 何よそれ!」
「言葉通りよ。――でもまあ、どういたしまして」
そう言ってにこりと笑う文。
そしてその笑顔に、私は目を奪われた。
以前、あのいざこざの時に携帯で撮った写真に映っていたその笑顔。
その時も綺麗だったけど、本物はもっと綺麗で。
そして、一瞬だけでなく、ずっと見ていたいと思わせるその笑顔が私に向けられていると思うと、今度は全身が熱くなっていくのが自分で分かった。
慌てて私は目をそらす。いろいろと危ないから。
「っ!」
「どうしたの?」
「な、なんでもない! なんでもないからぁ!」
「? ならいいけど」
今日何度目かの暴走をする心臓が、私に全てを理解させる。
そうか、そうだったのか。だから私は、悪口を言われてもこうやって文のもとを訪れたのか。
あの時から私は、文のライバルだと自分で言ったときから私は……。
さて、次に写真に撮るものが決まった。
あのずっと見ていたい笑顔を、形にするのだ。彼女に教わった彼女の方法で、私自身が。
そう意を決して、私は文にこう聞くことにした。答えはおそらく、イエスだから。
「――ねえ。もう一回、カメラの使い方教えてくれない?」
そんな風に問いかけてきたのは、テーブルの向いに座る先輩新聞記者。
先日、私がライバルとして挑戦状をたたきつけた文だ。
ライバル宣言をして以来、なにかと顔を合せるようになって、今日のように私から文の家に行くことも多くなった。
そんなわたしに文は、何かと文句を言いながらもお茶を出してくれたりする。
そして新聞について話し合ったり(ほとんど言い争いみたいになるけど)世間話をしたりするようになったわけで。
そんな彼女が今日興味を示したのは、私の相棒であり取材用のカメラでもある携帯だった。
「そうだけど、それがなに?」
文はまじまじと携帯を見つめたあと、はあと一つため息を吐いた。
「前から言ってるけど、そんなカメラじゃいい画は撮れないわよ」
さも当然のようにそう言って、お茶を飲む文。
そんなこと分かっているけれど、ライバルである文の言葉には素直になれずに、反発してしまう。
「別にいいじゃない。私はこれが気に入ってるの」
長年使ってきたこの携帯は、以前の念写新聞の頃からの愛用品で、それなりに愛着はある。
けれど、文の言う通りあまり写真の性能がよくない。以前からそれは気になっていたところだ。
けれど手放すのは惜しい。
む~、と携帯を見ればところどころにある傷がその年期をうかがわせる。
けれどどこか誇らしい傷だ。私にとってもこの子にとっても。
そんな風に、ニヤニヤと携帯を眺めていた私に、文から思いもしない言葉が掛けられた。
「その携帯を気に入ってるのは知ってる。けど、はたては文章を書くのはうまいんだから写真に気を使えっていってるの」
「え?」
文章を書くのがうまい、という突然の褒め言葉は私を動揺させるのには十分だった。
いままで新聞については褒められるどころか、やれ写真が悪いだの取材の仕方が拙いだの、言われっぱなしだったから。
もちろん、その時はあんたは記事が駄目なのよと反論はしていたけど、今日みたいに褒められたのは初めてで。
そして心臓がバクバクし始めるのにも十分なわけで。
胸のばくばくを文に覚られないよう、ひとつ呼吸をおいてから返す。
「あー、えっと。でも……」
「でも?」
「わたし、そういう風なカメラの使い方分かんないのよね」
テーブルの上におかれた文のカメラを指差しながら答える。
いわゆる一眼レフというそのカメラは、ピントを合わせたりフィルムを巻いたりと忙しいタイプで、私の携帯とは正反対だ。
そういったものが面倒だから、今まで携帯を使ってきたわけだ。
「使い方知らないって、それでも新聞記者なわけ?」
「別にいいもん。それじゃなくても写真は撮れたから」
「だから、画質が良くないとだめって言ってるでしょ」
そう言われて文からカメラが手渡される。
ポンと手の上に置かれたそのカメラは、もちろん私の携帯よりはるかに重い。
「仕方ないから、ほら。私ので練習してみなさい」
「うう、いいって」
「そんなんじゃ、いつまで経っても私に勝てないわよ」
「わ、分かったわよ。やればいいんでしょ」
そこまで言われて、やらないわけにはいかない。
でも、やり方も全く分からない。
いつも文がやっているのを思い出しながら、見よう見真似で構えてみてみる。
えっと、両手で持つんだったっけ。
あれ、ピントはどうやって合わせるんだっけ。
というか、なんだか安定しないんだけど……。
そんな私のカメラの使い方は、文はお気に召さなかったようだ。
さっぱりわからない私に、いろいろ注文をつけてきた。
「ほらほら、わきは閉めて。左手はカメラを支えて、右手でピントを合わせてシャッターを切るの」
「こ、こう?」
「全然ダメ。もう、しょうがないわね」
そう言って文は席を立ったかと思うと、テーブルの向かいにいる私の方に歩いてきた。
そして、後ろから抱き締めるように私が持っているカメラに手を添えた。
文の右手が私の右手に、文の左手が私の左手に添って、二人でカメラを持つような形になる。
二人でカメラを持つような形ということは、私の顔のすぐ横に文の顔があるわけである。ほんの少し動けば、それこそ頬と頬が触れてしまいそうな位置に。
(ちょ! 顔近いっ!)
「ほら、こうやって左手でカメラを支えるの」
ギュッと強く、私の左手をつかんでくる。
その拍子にさらさらと揺れる文の髪からいいにおいがしたり、文の手が思った以上に柔らかかったりで私の心臓がまた早鐘を打ち始めた。
(やばい、やばいって)
「ほら、聞いてる?」
「うん!?」
「なんで疑問形なのよ……。ほら、次は右手」
さらに文と私の体の間が小さくなる。というかなくなる。
後から押し付けられるいろいろなものに、思考が持っていかれて、文が何を言っているのかすら危うくなる。
「右手をこうやるの」
「……」
「はたて、聞いてる?」
「ひゅい!?」
「それで、最後にシャッターを切る」
「こ、こう!?」
ファインダーの向こうに映るものが全く分からないまま、シャッターを切る。
カシャリという鋭い音とともに、フラッシュが走り、
その瞬間、世界が光った。
「と、こう言う風に撮るわけ。分かった?」
「……うん」
ぽかんとしたまま私がそう言うと、文は私の背中から離れた。
何も感じなくなった背中。
そしてその後すぐに、今度はあたまに重みを感じる。
文がくしゃくしゃと、私の頭を笑いながら撫でていた。
「やればできるじゃない。えらいえらい」
と、言いながら。
一瞬フリーズしてから、慌ててその手を払う。
「あ、頭なでるな!」
「ごめんごめん、なんとなくね」
悪びれた様子もなく、どこか楽しそうな文。
そんな様子に、ある一つの疑問が浮かんでくる。
「……なんでカメラの使い方なんて教えようと思ったの?」
何時もなら決して、私の新聞について悪く言ってもアドバイスはしてこなかった。
それが今日はこれだから、余計に気になる。
そんな私の問いに、またテーブルの向かい側に座った文は、自分でも分かっていないって顔をしてた。
「うん? どうしてかなぁ?」
その言葉に少し残念になる。
気まぐれとか暇つぶしとかだったら、なんだか嫌だと思ったから。
「なに。理由なし?」
答えを急くような私の言葉に、すこしはにかみながら文がこう言った。
「まあ、強いて言うなら。かわいくて生意気な後輩にアドバイスでもしておこうかなって。一応ライバルみたいだしね」
その瞬間、また顔が赤くなるのが分かった。
文から直接に、ライバルと認められたと思うと、さっきよりも強烈に、一瞬で沸騰しそうになる。
「どうしたの? さっきからなんかおかしいけど」
「なんでもない!」
そう言うのが精いっぱいな私。
顔が赤くなってるのはもうばれてもいいから、とにかく嬉しく思っていることだけはばれたくない。
下を向いて、深呼吸をいっぱいして、平常心を装って。そして顔を上げる。
「今度は私が文に記事の書き方教えるから、覚悟しておきなさい!」
「はいはい、楽しみにしておくわね」
「……あと」
「あと?」
「きょ、今日は、ありがと」
そんな私の言葉に、今度は文がキョトンとしていた。
「はたてがありがとうだなんて……。明日は雨ね」
「な! 何よそれ!」
「言葉通りよ。――でもまあ、どういたしまして」
そう言ってにこりと笑う文。
そしてその笑顔に、私は目を奪われた。
以前、あのいざこざの時に携帯で撮った写真に映っていたその笑顔。
その時も綺麗だったけど、本物はもっと綺麗で。
そして、一瞬だけでなく、ずっと見ていたいと思わせるその笑顔が私に向けられていると思うと、今度は全身が熱くなっていくのが自分で分かった。
慌てて私は目をそらす。いろいろと危ないから。
「っ!」
「どうしたの?」
「な、なんでもない! なんでもないからぁ!」
「? ならいいけど」
今日何度目かの暴走をする心臓が、私に全てを理解させる。
そうか、そうだったのか。だから私は、悪口を言われてもこうやって文のもとを訪れたのか。
あの時から私は、文のライバルだと自分で言ったときから私は……。
さて、次に写真に撮るものが決まった。
あのずっと見ていたい笑顔を、形にするのだ。彼女に教わった彼女の方法で、私自身が。
そう意を決して、私は文にこう聞くことにした。答えはおそらく、イエスだから。
「――ねえ。もう一回、カメラの使い方教えてくれない?」
読んでるこっちがモジモジしてしまうw
かわいい
なぁ
乙女なはーたんが素敵
ごちそうさまでした。