「ぬえちゃん、こんなところにいたの。夕ご飯の時間よ」
寺の隅に隠れていたところを聖に見つかった。
いつもどおり顔には柔和な表情を浮かべ、傍らに飛ぶ蝶と見事にマッチして穏やかな空気を作り出している。
正体不明の私をどうやって見つけたのか知らないが、今はそんなことは関係ない。
聖に見つかった私は、そのまま手を引かれ廊下を歩いてゆく。
引きずられるといってもいい。
手を握るというより、これは掴まれてるんじゃね?
「いいよ、私は! みんなよくわかんないし!」
村紗とは知った顔だが、他の連中は知らない奴ばかりだ。
なんでも、聖が封印される前に聖を慕って集まったらしいが、私には何の関係も無い。
聖と行動しようと決めたが、馴れ合うつもりは無い。
「じゃあこれから仲良くなりましょう。みんないい子ばかりだから、きっと仲良くなれるわ」
手を振りほどこうともがく私を気にする風でもなく、聖はどんどん廊下を進んでいく。
というか、全く振りほどける気がしない。魔法使いってのはみんなこうなのか?
「だからいいって! 仲良くする必要なんか無いって!」
「そうはいかないわ。家族なんだもの」
「家族っ!?」
「そうよ。一緒に暮らしてるんだもの」
「そんなものいらない!」
そこで私は声を荒げた。
そんなものは要らない。
家族とか、友達だとか、そんなものは要らない。
そんなものできたら、正体不明じゃなくなっちゃうじゃないか。
突然の大声に聖は驚いたのか、手が緩んでいた。
声が聞こえたのか、奥から村紗や一輪が顔を覗かせる。
私は手を振りほどき、反対方向に向いて全速力で逃げ出した。
聖がなにやら叫んでいたが、聞かなかった。
私は家族を持ったことは無い。
そもそも妖怪が家族を持つこと自体あまり無い。
妖怪は、群れるだけだ。
私にいたっては群れることもなく生きてきた。
何故なら正体不明だから。
そんな私が群れに加わったところで、誰も私がわからない。
私の正体を知る術は無く、私の正体を知る者も無く。
それが私だ。
そんなことを考えていたら、またもや白蓮に見つかった。
「なんで、私の居場所がわかるの? 正体不明にしてるはずなのに」
「家族ですもの。家族の居場所くらいちゃんとわかるわ」
寺の一部屋、その片隅に座り込む私に、そう言って白蓮は手を差し出す。
今度は引っ張っていこうとしない。
「連れて行かないの?」
「村紗から聞いたわ、あなたは正体不明にこだわってるって。それを大事にしてるんだって」
村紗に?
私は正体不明のはずなのに、なんでそこまでバレてるのかな。
私の正体不明も地に堕ちたか。
「それじゃ、駄目じゃん。そこまで知られちゃってたら、正体不明じゃなくなっちゃうじゃん。嫌だよ、そんなの。私じゃない」
正体不明だからこそ、私はぬえだ。
存在意義なんてつまらないものじゃない。
正体不明は私の矜持だ。
だから、こればっかりは譲れない。
「正体不明の私に、関わらないで」
「じゃあ、正体不明で構わないわ」
そう言って聖は笑った。
「別に正体不明でも構わないから、一緒にご飯を食べましょう。みんなで一緒にご飯を作って、みんなで一緒に後片付けをしましょう。みんなで一緒にお話して、みんなで一緒に遊びに行きましょう」
聖はしゃがみこんで、目線を私に合わせてきた。
「別にあなたが何者だろうと構わないわ。大切なのは、傍にいてくれること。自分が辛いとき、悲しいとき、そんな大事なときに、当たり前のように傍にいてくれる。それが家族なの」
聖は笑っている。
でも、その奥には、微かに悲しみが見えた。
「だから、私たちは無理にあなたを知ろうとしないわ。あなたが解って欲しいことだけ、私たちに教えて欲しい」
そして聖は再び手を伸ばす。
「だから、みんなで一緒にご飯を食べましょう?」
正体不明の私を、正体もわからないままに解ってくれる気がした。
少し泣きそうな自分に気づいたが、少しくらいならいいかと思った。
こうして聖に手を引かれ、私はまた廊下を歩く。
さっきと違って、正真正銘手を握られている。
私は気まずくて、ずっと聖の足元を眺めていた。
さっき見た、聖の悲しそうな目は、何を意味しているのだろうか。
封印されていた孤独なのか、封印されることになったときの失望なのか。
あるいはもっと前のことなのか。
知りたいとも思ったが、それを私から聞こうという気には、何故かなれなかった。
――と、そのとき、視界の隅になにか映った気がした。
辺りを見回しても何も無い。
が、後ろにちらちらと何か見える気がする。
体を限界まで捻って背中を見てみると、一匹の蝶が背中に止まっていた。
(これって……、たしか聖の……)
よく見ると、それはたしかに聖が魔法で生み出した蝶だった。
背中に止まっていたかと思うと、また周囲を飛び回っている。
(そういえば、最初に見つかったときも蝶が飛んでいた)
あのときの蝶は、聖の周囲を飛んでいるものと思っていたが。
それは私の周囲を飛んでいたのではないだろうか。
(くそっ! 聖の奴、何が家族だ! これで私の位置を探ってたんじゃないか!)
見事に嵌められた気分になり、こんなもの潰してやろうとして――
――やめた。
(……家族か)
いつか自分が、素直にみんなの所へ行けるようになるまで、付けておこうと思った。
(目印くらい、つけてやらないと。だって私はほら、正体不明だからね)
(でも、聖にくらいは――)
そんなことを考えかけたから、それを振り払う気持ちで聖の蝶も潰した。
――家族なんだから、次は見つけてよね。
そんな期待を込めて。
こうして、正体不明は、自分の知らない『家族』の中へ足を踏み入れた。
寺の隅に隠れていたところを聖に見つかった。
いつもどおり顔には柔和な表情を浮かべ、傍らに飛ぶ蝶と見事にマッチして穏やかな空気を作り出している。
正体不明の私をどうやって見つけたのか知らないが、今はそんなことは関係ない。
聖に見つかった私は、そのまま手を引かれ廊下を歩いてゆく。
引きずられるといってもいい。
手を握るというより、これは掴まれてるんじゃね?
「いいよ、私は! みんなよくわかんないし!」
村紗とは知った顔だが、他の連中は知らない奴ばかりだ。
なんでも、聖が封印される前に聖を慕って集まったらしいが、私には何の関係も無い。
聖と行動しようと決めたが、馴れ合うつもりは無い。
「じゃあこれから仲良くなりましょう。みんないい子ばかりだから、きっと仲良くなれるわ」
手を振りほどこうともがく私を気にする風でもなく、聖はどんどん廊下を進んでいく。
というか、全く振りほどける気がしない。魔法使いってのはみんなこうなのか?
「だからいいって! 仲良くする必要なんか無いって!」
「そうはいかないわ。家族なんだもの」
「家族っ!?」
「そうよ。一緒に暮らしてるんだもの」
「そんなものいらない!」
そこで私は声を荒げた。
そんなものは要らない。
家族とか、友達だとか、そんなものは要らない。
そんなものできたら、正体不明じゃなくなっちゃうじゃないか。
突然の大声に聖は驚いたのか、手が緩んでいた。
声が聞こえたのか、奥から村紗や一輪が顔を覗かせる。
私は手を振りほどき、反対方向に向いて全速力で逃げ出した。
聖がなにやら叫んでいたが、聞かなかった。
私は家族を持ったことは無い。
そもそも妖怪が家族を持つこと自体あまり無い。
妖怪は、群れるだけだ。
私にいたっては群れることもなく生きてきた。
何故なら正体不明だから。
そんな私が群れに加わったところで、誰も私がわからない。
私の正体を知る術は無く、私の正体を知る者も無く。
それが私だ。
そんなことを考えていたら、またもや白蓮に見つかった。
「なんで、私の居場所がわかるの? 正体不明にしてるはずなのに」
「家族ですもの。家族の居場所くらいちゃんとわかるわ」
寺の一部屋、その片隅に座り込む私に、そう言って白蓮は手を差し出す。
今度は引っ張っていこうとしない。
「連れて行かないの?」
「村紗から聞いたわ、あなたは正体不明にこだわってるって。それを大事にしてるんだって」
村紗に?
私は正体不明のはずなのに、なんでそこまでバレてるのかな。
私の正体不明も地に堕ちたか。
「それじゃ、駄目じゃん。そこまで知られちゃってたら、正体不明じゃなくなっちゃうじゃん。嫌だよ、そんなの。私じゃない」
正体不明だからこそ、私はぬえだ。
存在意義なんてつまらないものじゃない。
正体不明は私の矜持だ。
だから、こればっかりは譲れない。
「正体不明の私に、関わらないで」
「じゃあ、正体不明で構わないわ」
そう言って聖は笑った。
「別に正体不明でも構わないから、一緒にご飯を食べましょう。みんなで一緒にご飯を作って、みんなで一緒に後片付けをしましょう。みんなで一緒にお話して、みんなで一緒に遊びに行きましょう」
聖はしゃがみこんで、目線を私に合わせてきた。
「別にあなたが何者だろうと構わないわ。大切なのは、傍にいてくれること。自分が辛いとき、悲しいとき、そんな大事なときに、当たり前のように傍にいてくれる。それが家族なの」
聖は笑っている。
でも、その奥には、微かに悲しみが見えた。
「だから、私たちは無理にあなたを知ろうとしないわ。あなたが解って欲しいことだけ、私たちに教えて欲しい」
そして聖は再び手を伸ばす。
「だから、みんなで一緒にご飯を食べましょう?」
正体不明の私を、正体もわからないままに解ってくれる気がした。
少し泣きそうな自分に気づいたが、少しくらいならいいかと思った。
こうして聖に手を引かれ、私はまた廊下を歩く。
さっきと違って、正真正銘手を握られている。
私は気まずくて、ずっと聖の足元を眺めていた。
さっき見た、聖の悲しそうな目は、何を意味しているのだろうか。
封印されていた孤独なのか、封印されることになったときの失望なのか。
あるいはもっと前のことなのか。
知りたいとも思ったが、それを私から聞こうという気には、何故かなれなかった。
――と、そのとき、視界の隅になにか映った気がした。
辺りを見回しても何も無い。
が、後ろにちらちらと何か見える気がする。
体を限界まで捻って背中を見てみると、一匹の蝶が背中に止まっていた。
(これって……、たしか聖の……)
よく見ると、それはたしかに聖が魔法で生み出した蝶だった。
背中に止まっていたかと思うと、また周囲を飛び回っている。
(そういえば、最初に見つかったときも蝶が飛んでいた)
あのときの蝶は、聖の周囲を飛んでいるものと思っていたが。
それは私の周囲を飛んでいたのではないだろうか。
(くそっ! 聖の奴、何が家族だ! これで私の位置を探ってたんじゃないか!)
見事に嵌められた気分になり、こんなもの潰してやろうとして――
――やめた。
(……家族か)
いつか自分が、素直にみんなの所へ行けるようになるまで、付けておこうと思った。
(目印くらい、つけてやらないと。だって私はほら、正体不明だからね)
(でも、聖にくらいは――)
そんなことを考えかけたから、それを振り払う気持ちで聖の蝶も潰した。
――家族なんだから、次は見つけてよね。
そんな期待を込めて。
こうして、正体不明は、自分の知らない『家族』の中へ足を踏み入れた。
とっても素晴らしかったです!
でも聖! 滅っっ!です! 神様に対して冗談でもそんなこと言っちゃいけません!
あれ? でもスカーレット姉妹って神様だっけ?
赤い二人組
↑おそらく秋姉妹ではないかと
いや、軽いボケだったんだけどマジツッコミされると困っちゃう……
ほら、直射日光の下に出ないから影が出来ても薄いっていう……(ゴニョゴニョ