「なぁ妹紅。昼間に人里に来てなかったか?」
慧音はふと思い出し、妹紅に問いかける。
時は夕暮れ、場所は寺小屋。
その縁側に並んで座り、酒をあおる二人。
慧音と妹紅は二人で酒盛りの最中である。
慧音は正座、妹紅は胡坐を掻いて夕暮れ時を楽しんでいた。
普段は酒を飲まない慧音だが、たびたび妹紅が酒を持ち込むため、そのときばかりは飲むことにしていた。
とはいっても、そうガブガブと浴びるように飲むわけもなく、二人は取り留めのない話をしながら気持ちよく酔いを楽しんでいた。
しかし、慧音が疑問をぶつけると、妹紅は少しだけ眉にしわを寄せた。
「? どうした妹紅、なにかまずかったか?」
気を悪くしたかと慧音が不安に思っていると、それに気づいたのか妹紅がへらりと笑う。
「ああ、いや、気にしないで。うん、確かにいたよ、昼間。慧音にさ、今日一杯どうかなって、それだけ聞きに来たんだ。結局、夕方に押しかける形になったけど」
「あの時に声を掛けてくれればよかったじゃないか。こちらから声を掛けようかと思ったが、すぐにふらりとどこかに行ってしまうから、少し悲しかったぞ」
「だってさ、慧音、里の人と話してたじゃん。なんか悪いなって」
「うん? 別にいいじゃないか、話しかけたって」
「いや、そうだけどさ」
確かに人と話をしていたが、それは寺小屋に通う子供たちの保護者だ。特に大事な話をしていたわけでもない、穏やかな雰囲気だった。
そもそも妹紅は竹林で護衛や案内をしている。里の人々とは知らぬ顔というわけでもあるまい。
よくわからないといった顔を妹紅に向ける慧音に、妹紅は言葉を繋ぐ。
「私はほら、どこまでいっても里の人間じゃないしさ、あの雰囲気に踏み込むのは、気が引ける」
「里の人間じゃなくても、話かけるくらいで気を悪くする人なんてそうはいないさ。妖怪だって出入りしているんだ」
人里には、当然ながら衣食住に必要な品が揃っているうえ、妖怪の山や魔法の森にはない娯楽があふれている。
そのため、妖怪や妖精が人里を出入りする光景は珍しくはない。
「でもさ、やっぱり私は里の人間じゃないんだよ」
「だから、そんなことは気にしなくて――」
「人じゃないんだよ。私は」
静かに、それでいて強く、妹紅は言う。
それは慧音に言い聞かせているようであり、自分に言い聞かせているようでもあり。
「蓬莱の人の形さ」
そしてふぅっと息を吐き出す。
「だから、里の人たちと仲良くするのは、やっぱり気が引けるよ。距離ってモノがあるだろ。里の人とは、それくらいの距離でちょうどいいのさ」
その声には、少なからずの寂しさが含まれていた。
「だからまあ、慧音こそ、そんなことは気にしないでくれ」
妹紅はそういって苦笑する。
「……」
慧音はそれを聞いて、なにか考えるように目を伏せた。
なにか感じるものがあったのか、慧音はしばらく黙ってる。
そして、口を開く。
「そうか、それならば、何も言うまい。妹紅には妹紅の考えがある。私がとやかく言うことも無い。良かったよ、心配することではなくてって、どうした妹紅?」
慧音が妹紅に微笑を向けようと顔を上げると。
妹紅は慧音のほうを向いて目を丸くしていた。
口を大きく開けて、呆然としている。
「……絶対、頭突かれると思ってた」
「はあ?」
「だって! こんなこと言ったら慧音は『里の人を馬鹿にしてるのか!』とか『自分を貶めるんじゃない!』とか言いそうじゃん! 慧音って!」
「……いや、それは寺小屋の子供たちにはそうするだろうな。本当は頭突きたい気持ちでいっぱいだが、妹紅は子供じゃないし。そんな私の考えを押し付ける真似もできないし」
「ええっ! だって慧音、いつも私のこと子ども扱いしてるところあったじゃん! そういうもんなの!?」
「今の話聞いてると、なんだかんだ言ってやっぱり私より長く生きてるだけあるのかと思っていたが、なんだ妹紅、子供扱いして欲しいのか?」
「いや、実際さ、会ったばかりの時とか、『自分の命を粗末にするな』とか言って竹林から人里まで引っ張ってったの、慧音じゃん!」
「あの時は、不老不死なんて知らなかったからなぁ。知ってたら、放っておいたかも知れんな」
「ええ~~……」
言いたいことをすべて言い終えたのか、妹紅は疲れたようにうなだれる。
慧音は、そんな妹紅を不可解とばかりに眉にしわ寄せ、そうしながらも少しずつ酒を口に含む。
しばらく沈黙が続く。
そうしているうちに、妹紅が口を開いた。
「……私の考えは、正しいと思う?」
「全く思わない。が、私は妹紅ほど生きてはいないからな、なんとも言えないというのが正直なところか」
「そっか……」
妹紅は顔を上げ、遠く空を見る。
既に日はだいぶ沈み、西の空に残る淡い橙色に星が輝き始めていた。
「……慧音は叱ってくれると思ってた」
妹紅は空を見上げながら言う。
「ホントはさぁ、里の人たちと仲良くしたいけどさぁ、私、こんなんだから。人じゃないから。気味悪がられると思ってたんだよ」
「でも、そんなことは私の思い込みで、里の人たちが気にしてないことくらいわかってたんだよ」
「でも、怖くて、距離をとるようになって」
「でも、それじゃ駄目だから、慧音に叱ってもらおうと思って」
「でも、慧音はそんな、向き合わない私も受け入れてくれるんだね」
「……」
「……人と仲良くなるのは、難しいね」
「うん、知ってるよ」
妹紅は蓬莱の薬を飲んで以来、人と深く関わることを拒んできた。
人外の物として周囲から迫害され、千年という時間を独りで生きてきた。
そんな妹紅の気持ちを理解できるなどと、慧音は思わない。
むしろ、妹紅がそういう結論を出したのなら、それでかまわないと思っていた。
しかし、このときは、慧音には妹紅の気持ちがわかった気がした。
「人生の先輩に、いくつか言っておこう」
「……なんだよ」
「誰だって、人と親しくなるのは難しいし、怖いんだ。だから、お前からも歩み寄って欲しい」
「……わかってるさ」
「それと、少し酔ったから、膝を借りるぞ」
「ああ…ってちょっと待った! 何してんだ慧音っ!」
そう言って慧音はゴロリと横になる。
頭は妹紅の膝に乗せて。
真っ赤になって、あうあうと慌てている妹紅に、慧音はそっと手を伸ばす。
そして、妹紅の頬に触れると優しく微笑んだ。
「最後にひとつ」
「えっ!? あ…、な、なんだ!?」
「少なくとも、お前はもう独りじゃないから。私がいるから」
「え…」
「私が死ぬまで、ちゃんとそばにいるから」
「慧音…」
「お前は千年もの間、苦しんできたんだ。だから、これからの千年は、きっと楽しいから。何も心配しなくていいんだ」
「……」
「私は少し眠る。適当に時間が経ったら起こしてくれ」
そう言って慧音は目を閉じた。
(私は結局、何が言いたかったんだろう)
慧音に膝枕をした状態で、妹紅は自分自身に問いかける。
膝枕といっても、胡坐を掻いているので足がしびれる心配はないのだが。
(自分で距離を縮められなくて、慧音に頼って――)
(――私は本当に臆病で卑怯なやつだ)
そう自分を判断する妹紅。
(でも慧音は、こうしてそばにいてくれるんだな)
(本当にありがたい)
(今度はちゃんと、里の人とも話してみよう。自分から歩み寄って。大丈夫、私には慧音がついてる)
そんなことを考えながら、妹紅は嬉しそうに慧音の髪を撫でる。
「慧音ぇ」
満面の笑みを浮かべ、慧音の額に自分の額をくっつける。
「慧音とも、もっと仲良くなれるかなぁ」
これからの永遠が、少し楽しみになった気がした。
もこけねは良いですよね!
後書きのこの一文に悶えました。
慧音は誰に対しても面倒見がよさそうだと思っていたので意外でした。
さり気なくプロポーズしてるしww 良いもこけねでした!
仲良くなりかけの時期っぽくてwktkしますな!