※ この話は、作品集62、『妹紅、悶々とすること。』からの続きとなっております。
「なぁ……慧音。相談したい事があるんだ。ちょっとだけ、良いかな?」
夕暮れ時のことだった。
自宅で答案用紙に採点を付けていた私に妹紅はそう言って切り出してきた。
先刻、突然上がり込んで来てからずっと部屋の隅っこで黙り込んでいた妹紅だったのだが、ついに話すつもりになったらしい。
「ああ……もちろんだとも。」
家に上げた時から、妹紅が何やら思い悩んでいる事には気付いていた。
しかし、私から聞き出すのは野暮かと思い、暫くそっとしておいたのだ。
「して、その相談とは?」
きっと話しづらい事なんだろう。難しい顔をした今の妹紅の顔を見れば誰だって分かる。
しかし私は妹紅の相談がどんなものであっても、真摯に受け止め答える所存だ。
「………………。」
「どうした、妹紅? 私とお前の仲じゃないか。遠慮することなんて無いんだぞ?」
「あ、ああ……。」
あの妹紅が覚悟を決めてもなお躊躇っているのだ。これは相当重い悩みに違いない。
そう察した私が聞く姿勢を崩さず待っていてやると、やがて意を決したのか、妹紅は赤味の掛かった頬で弱々しく呟いた。
「その……とある貴婦人にだな、プレゼントを……したいと思っているんだが……何が喜ばれるのかなって……。」
これには流石の私も面食らった。
まさかあの妹紅に私以外に知り合いがいて、その上『お近付きになりたい』的なニュアンスを含めた発言をするなんて、夢にも思わなかったからだ。
妹紅との付き合いも長いものだが、こんなことは初めてだ……一体誰が彼女の心を動かしたというのか……?
──だが待てよ?
そうだ。幾ら竹林から出る機会が増えたと言っても、人見知りである妹紅が一人で会う人間など、私くらいのものじゃないか?
あ、いや確かに永遠亭の姫君もそうだろうが、まさかそれは無いだろう。
すると必然的に、妹紅の言う『貴婦人』とは私の事になるんじゃないのか?
確かに私は『貴婦人』等と呼ばれるような身分ではない。しかし妹紅は正真正銘の貴族の出だ。
今でこそ素行の悪さが目立つ妹紅だが、そんな彼女でも貴族だった昔の頃の名残りらしきものが言葉の中に感じられる時がある。
今回もその類では無かろうか?
もう一つ懸念される事があるとすれば、名前を伏せているとはいえ、本人に直接聞くのは不自然では無いのかということ。
しかしこれも見当がつく。
そう。これは俗に言う『友達の話なんだけどね?』と同じ原理であると推測される。
先程も言ったが、基本的に人見知りである妹紅は相談できる人物が私しかいないのだから仕方ない。
妹紅の奴……何を照れているのやら。
とは言え気分は悪くない。いや、むしろ高揚さえしてくる。
何ともまあ、いじらしい話じゃないか。
ここは一つ、気付いていないフリをして話を合わせてやろう。
「プレゼント……か。ふむ……。」
「ああ……。何か良い知恵無いかな?」
「そうだな……私なら。そう、あくまで私なら、だが──」
少し考える振りをして見せると、答えをせがむようにして妹紅はずいっと顔を近付かせてきた。
これに思わず、私の胸がドキッと高鳴った。
「──こほんっ。何だって、良いんじゃないかな?」
真剣な妹紅の視線に恥ずかしさを覚え、些か声がぶっきらぼうになってしまったが、その点について妹紅は特に気にした様子は無い。
それよりも私の答えに不満があるようで、胡坐をかいて可愛らしく頬を膨らませた。
「何だよ、それ……慧音、まじめに答える気無いだろう?」
「そんな事は無いさ。どんな物でさえ、妹紅の気持ちが籠もっていればそれで十分さ。」
「そんなもんか……?」
「ああ。そんなもんさ。」
訝しげる妹紅に、私は自信を持って頷いてやる。なにせ受け取る私自身がそう言うのだから間違いない。
「そっか……そうだな。よし……!」
妹紅も納得してくれたらしい。先程より顔が晴れ晴れしいものに変わっている。吹っ切れたのだろう。
立ち上がり、妹紅は部屋の戸をガラリと開けた。
「帰るのか?」
私がそう尋ねると、妹紅は静かに首を横に振った。
「……違うのか?」
「ああ……暫く家を空けるよ。ちょっと……野暮用があってね。」
「そうか……。」
会話の流れから、その野暮用とやらはプレゼントの事だと思うのだが……一体何を用意するつもりなんだ?
私はちょっと心配になった。
死ぬことは無いとはいえ、否、だからこそ妹紅は無茶をしかねない。
迷いのない妹紅の瞳は、逆にそんな不安を私に過ぎらせた。
「なぁ、妹紅? あまり無理はするなよ?」
「慧音──」
私の警告に、だけど妹紅は耳を傾けようとはせず、強い決意を宿したその真っ直ぐな瞳で、ただただ私を見つめるばかりだった。
その頬がやけに赤く染まっているのが気掛かりだ……一体妹紅は何を考えて……?
「──慧音に相談して本当に良かった。」
「え……? あ、ああ。私で良ければいつだって力になるぞ?」
今更なにを言い出すのかと私は思ったのだが、妹紅は大袈裟にも力強く頷いて見せた。
「それともう一つ。慧音に知っていて欲しい事があるんだ。」
まさに告白せんばかりの妹紅に、私は焦りを覚えた。
──いやいや、妹紅? プレゼントも無しに告白は早いぞ? あっいや、でも妹紅ならいつだって私はOKなんだが──
「私…………輝夜に求婚する。」
「……………………え?」
思ってもみなかった……本当に思ってもみなかった衝撃の告白に、私は言葉を失った。
──か、輝夜に? ど、どうして?
私が勝手に混乱していると、言いたい事を言えてすっきりしたのか、気が付けば妹紅は私の家を出て行くところだった。
「……本当、慧音には感謝してる……私の…………最高の親友だっ!」
そんな臭いセリフを残して走り去って行く妹紅。
言った本人が相当恥ずかしかったのだろう。殆ど逃げるようだった。
そして、後に残された私はと言うと──
ほろり。
「私じゃ、無かったのか……?」
勝手な思い込みとはいえ、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかったのだった。
「うわぁぁぁぁぁあ゛妹紅が、妹紅がぁぁぁぁぁ~!」
これはどうした事でしょう?
里の守護者とも呼ばれるあの慧音さんが、開口一番、私に向かって泣き言を叫んできました。
正直どん引きです。一体何があったのでしょうか?
「あのお~……慧音さん?」
「ひっく……! 阿求殿……妹紅が、妹紅が……!」
私がどんなに優しく問い掛けても、慧音さんは譫言のように妹紅さんの名前を連呼するばかり。
まるで幼子か何かを相手にしている気分……本当に何があったのでしょう。
私……子供の相手は苦手なんですが……。
泣きじゃくる慧音さんをチラッと横目で見て、私はそっと溜息を付きました。
しかしそうは思ってみても、相手はあの慧音さん。幾ら精神が幼児退行していても、完成されたそのボディまでは変わり様がありません。
これは……ひょっとしたらチャンスかも知れません。
上手くいけば、三桁のバストを生で拝むのも夢では有りません……!
そう! 先代達の儚い夢が今夜叶うのです!
「慧音さん……どうやら貴女は大分取り乱している様子。少し落ち着かれた方が良い。」
言いながら慧音さんの手を取って優しく誘導します。
すると彼女は、何の抵抗も疑いも無く私のなすがままです。
──これは……いける!
相も変わらずべそを掻く慧音さんを襖の奥へと導きます。そこは私の寝室に繋がっており、もちろん布団は常時敷かれています。
そう! こんな時のために!!
「さぁ……話は布団の中で聞きますよ……。」
慧音さんは今、とてもまともに話ができる状態じゃ有りませんから……仕方ないですよね?
仕方ないので、口が駄目なら身体に訊いてみるとしましょう。
ニヤリ。
思わずほくそ笑んでしまう私にも気付かず、慧音さんはついに寝室へとその綺麗な脚を踏み入れました。
──ここまで来れば、もうこっちのものです……!
「そう──夜はこれからですから。」
一週間この悶々とした気分で居ろというのか!! 汚い、さすが汚いよ!! いや、続きは別の場所か! わかった!!
これサブタイトルは『読者、悶々とすること。』だろ!!
しかしけーね先生。三桁……だと……!!
というかヘルツさんの作品が見事にツボを突いてきてノックダウン寸前なんですけどwww
嘘だッ!!!!!!
これはいい黒あっきゅん。