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広い境内。
ひとり掃除をする。
秋はとうに過ぎ、落ち葉などはもう無いが、それでも掃除は毎日行うものだ。
竹箒を動かす。意識したのは、巫女の手際だった。あの始終変わらぬ妙なペースを意識しながら、手を動かす。
境内の半分まで終えたところで、思う。
(よくこんなペースを、ずっと続けられるものだ)
それも何年も、毎日欠かさず。
自分ならば、とっとと終わらせてしまうだろう。
そんなことを思いながら、残り半分の掃除をする。
いつもならここでおしまいだったが、今日は巫女の姿は無い。彼女は社務所の中で、身を休めている。妖怪の藍と違い、霊夢の傷は癒えるのが遅い。
ひと月。
それが、霊夢の傷が癒えるのにかかるであろう時間だった。
事が事のため、医者に見せる事はできなかった。詮索でもされれば、面倒ごとにしかならない。つまりは藍の治療と、霊夢の回復力によって掛かるだろう時間が、ひと月ということになる。
そんなわけで、藍はひとり境内の掃除をしていた。もっとも、これは藍自身が申し出たことでもある。大丈夫だと言う巫女に、半ば無理やり取り付けたといっても良いだろう。
「……ん?」
掃除をしていて、藍はふと気が付いた。箒を止める。
縁側に視線を投げる。
そこに、紅白色がちらついていた。言うまでも無く霊夢だ。いつの間にか、ぼんやりとお茶を飲んでいる。全く気が付かなかった。
(何をしているんだ、あの巫女は)
胸中に憤りを感じ、藍は掃除を取りやめて彼女の側に寄った。
藍の接近に気が付いているだろうに、霊夢はお茶を飲んで知らんぷりをしている。
「霊夢、どうしてここにいる。休んでいないと駄目だろう」
半眼で、咎めるように促す。
霊夢は淡々と言ってきた。
「お茶を飲むことが、わたしにとっての休息よ」
「ならば、お前は常に休んでることになるぞ」
「そういうことよ。いいから掃除をしなさい。あんたがちゃんとやってるか、見張ってるんだから」
「……むぅ」
唸る。
言いたい事は山ほどあったが、あまり口うるさく言うと後が怖かった。
手負いの巫女ほど恐ろしいものは無い。藍は踵を返して、元場所から掃除をすることにした。
「相変わらず、早く掃除するわね。もっとゆとりを持ちなさい」
さっさと掃除を終わらせて縁側に寄れば、霊夢はそう言ってきた。
藍はむすっとして口を開いた。
「あまり長くかけると、お前の身体が冷えるだろう。そうなれば傷にも響く。早く終わらせるのは当然だ」
「わたしのことはいいから、掃除に集中しなさいよ。雑念を交えるなんて、罰あたりね」
「なら中で休んでいなさい。お前が居ると、掃除に集中が出来ないんだ」
「ふーん。そう言うこと言うの。せっかく寒いと思って、お茶を淹れてきてあげたのに」
見れば、お盆には湯飲みがもう一つあった。湯気が立ち昇っている。
先程は無かったことから、藍が掃除を終えるタイミングを見て、わざわざ汲んできてくれたのだろう。
藍は礼を告げた。
「いや、それは貰おう。ありがとう霊夢。だが、お前はもっと自分の身体に気を使わないといけないよ」
そう告げて、湯飲みを頂こうと手を伸ばすが。
「生意気なきつねにはあげない」
巫女はそっぽを向いて、お盆を持って居間に戻ろうとする。
藍は慌てて霊夢を止めた。
「待て、待つんだ。せっかく淹れてきてくれたんだ。それに私も寒い。是非飲ませて欲しい」
「どうしようかしらね」
巫女を宥め、なんとかお茶を貰う。
居間に戻る。
藍と霊夢はコタツを囲んでいた。
「そろそろ、マヨヒガから持ってきた食材がきれる。近いうちに人里に買い物にいかないと」
コタツの前で正座したまま、藍は提案する。
対面の霊夢はぼんやりと口を開いた。
「そういえば、しばらく人里に行ってないわね」
「あまり頻繁には出歩かないのか? 空を飛べばすぐだろう」
「必要が無きゃ行かないわよ。特に用事もないしね」
となれば、この巫女は異変や結界の管理、日常品の買い物以外は、殆んど神社から出ていないということだ。
藍はこの博麗神社に来てからずっと思っていた疑問を、口に出した。
「なあ霊夢。さみしいと思ったりする事は無いのか?」
「どうして」
首を傾げて、不思議そうに訊いてくる。
藍は続けた。
「この神社は、ひとりで住むには広すぎるだろう。それにまあ、あれだ。参拝客の数も芳しくない。それで、さみしいと思ったりする事は無いのか?」
「芳しくないって、遠まわしな言い方ね。でも、そうねぇ……さみしいかぁ」
霊夢は虚空を眺め、考え込むような素振りを見せた。
両手をコタツに突っ込んで、ゆらゆらしている。思い出すように間を置いてから、口を開いてきた。
「昔はね、そう思ったこともあったわ」
「やはり、お前でもそう思うのか」
思わず口に出せば、霊夢は半眼で見てくる。
「あんたって意外と失礼ね」
「いや、すまない」
素直に謝るが。
霊夢は気分を害したようでもなかった。続けてくる。
「別にいいわよ。そう思われても仕方ない気もするもの。現に、今はさみしいなんて思わないしね」
「どうしてだ?」
「なんかねぇ、途中で飽きたのよ。なんというか、疲れるじゃない。さみしいとかそういう気持ちって。めんどくさくなって、止めたわ」
「止めたって、お前」
「仕方ないじゃない。めんどくさかったんだもの」
淡々と言ってくる。
強い娘だと、藍は思った。強すぎるとも。
なまけもののようでいて、きっちりと自律できているのは、きっとそういうことなのだろう。
話題を変えるつもりで、藍は言葉した。
「今日はずいぶんと冷えるな」
「最近はあったかくなってきたのにね」
「今日、境内で勘違いしたリリーホワイトを見たよ」
「あれ、毎年のようにやってるのよ。物凄いしかめっ面で、また寝床に戻るの」
「ああ、舌打ちしそうな顔をしていた。まだ冬かよ、ってつぶやいていたな」
腕を組み、思い出すように言う藍。
霊夢の傷が癒えるころには、藍の主も目覚めるだろう。だがそのことを口に出すのは、何故だか躊躇われた。
しばらく無言が続き、霊夢は藍を眺めた。
「コタツ、入れば。いくらあんたでも、今日は寒いでしょ」
「私はいいよ。コタツは苦手だと言ったろう」
かぶりを振るう藍。
霊夢は首を傾げた。
「コタツが苦手ってのも、変な話よね」
「別に変ではないだろう」
「コタツの何が駄目なの? 素晴らしいじゃない」
「ただ相性の問題だよ」
「相性って?」
「相性は相性さ。深い意味は無い」
「ふーん」
納得したようなしないような、奇妙な相槌を打ってくる霊夢。
だがその目には、僅かな好奇心の色が見て取れた。
「……」
「……」
目線を合わせること数秒。
ごそごそ。そんな音を立てながら、霊夢の姿が消えた。コタツの中にもぐり込んだのだろう。
藍は焦燥を感じ、正座を崩して立ち上がろうとしたが。
「よっと」
その言葉と共に、霊夢がコタツから首を出した。
藍の目の前、というよりは膝の前である。
遅れて、藍は立ち上がろうとしたが、霊夢はそれよりも早くコタツから這い出て身を乗り出してくる。
藍は心持ち後ろに体勢を傾けながら、問うた。
「何をしている」
「足を崩しなさい」
霊夢は身を乗り出しながら、そう告げてきた。
訊ねる。
「何故だ」
「コタツに入れってこと」
「私の言葉を聞いていなかったのか」
「聞いてたからやってるんじゃない」
姿勢を崩そうと、ぐいぐいと足を引っ張ろうとする巫女。
藍は慌てた。
「や、やめないか」
「ほら、崩してコタツに入りなさい」
「私はいいと言っているだろう」
「わたしは入れって言ってるの」
「コタツは苦手なんだ。やめてくれ」
寄って来る霊夢の肩を掴み、推し留めるが。
彼女の表情が少しだけ曇る。
「ちょっと、暴れないでよ。痛いでしょ」
「す、すまない」
傷に障ったのかも知れず、思わず手を放す。
「はい隙あり」
藍はコタツに足を突っ込んだ。
「あはは。あんた、コタツに入るとそうなるんだ」
「だから駄目だと言ったのに……」
数分後。
そこにはぐったりとうつ伏せになる藍の姿があった。
「そっか。動物って冬は弱いもの。あんた狐だもんね。あったかいと気が抜けちゃうのかな」
「知るか」
コタツに突っ伏しながら、ぞんざいな対応をする藍。
その姿を見て、確かに相性ねーと霊夢は笑った。
「いいじゃない。たまにはあんたもそうやってガス抜きをしないと」
「この神社に来てから、私は十分に休んでいるよ」
「あらそうなの。わたしにはそうは見えないけどね。だって、あんた常にわたしの世話しようとするじゃない」
「それは……」
「紫や橙の世話もあるだろうけどね、もう少し自分のことを考えるべきよ。わたしと居るときぐらい、自分勝手に振舞いなさい。誰も咎めはしないんだからね」
「……」
穏やかな笑みを浮かべながら、霊夢は告げてくる。
気恥ずかしくなり、藍はそっぽを向いた。尻尾がばしばしと畳を叩く。
しばらくして、
「はい」
促すような声に、霊夢を窺う。
見やれば、彼女は手をこちらに差し出している。
「なんだ、それは」
「みかん」
「それは見れば判る」
「あーん」
沈黙を挟むが。
藍は胡乱な面持ちをして、訊ねた。
「本気か?」
「あーん」
何が楽しいのか、霊夢はにこにことしている。
そこにはふざけたり、藍をからかおうとする意図は窺えない。それ故に藍は困った。
「……」
もぐもぐ。
「あはは。あんた、顔赤くなってる」
「うるさい」
「もう一個食べる?」
「いらないから、自分で食べなさい」
「はい、あーん」
「霊夢、私の話を聞きなさい」
「あーん」
「……」
「おいしい?」
おいしかったが、そのまま言うのもしゃくではある。
藍は憮然に答えた。
「すっぱいな。私は甘いみかんのほうが好みだ」
「私もよ。だからあげたんじゃない」
「……」
この生意気な巫女、いったいどうしてくれよう。
もちろん性てk(ry
もちろん性t(ry
しかし着実に霊夢に変化が見られるような気がする。
やはりあのガチンコは無駄じゃなかった。
あなたの霊夢が素敵すぎる。