ただいまという声が聞こえ振りむこうとした私の背中に、
そんな言葉とともにほんの少しの圧力がかかった。
「何してんの? 慧音」
おどけた声とともに私の背中を押したのは、赤ら顔の慧音だ。
背中を押す慧音からはほのかではあるが酒の匂いが漂ってくる。
「えへへ~」
だらしなく笑う慧音は、どことなく嬉しそうに、それでいて楽しそうな雰囲気をまとっているのが見てとれた。
そんな慧音に、私は当然のことを聞く。
「酔ってるだろ?」
「酔ってるぞ~」
普段とは異なる軽い口調でそう返してきた慧音は、再び私の背中を両手で押してきた。
ドンという感じではなく、トンという感じの力で押してくる慧音は、何が可笑しいのやらずっとにやけたままだ。
私はされるがままに背中を揺さぶられるように押される。ゆらゆらと揺れる頭に、背中に感じる慧音の暖かい手。そして酒の匂い。
余りにもいつもと違いすぎるその姿に、私は自然に聞いてしまう。
「どうしたんだよ、慧音? 何がしたいんだ?」
私の問いに、にべもなく慧音は答える。
「別に~。ただ押したいだけだよ」
ゆさゆさ。
そんな調子で私を押し、ゆさぶり続ける慧音。
いつもの凛とした表情はどこへいったのか。今の慧音は目は垂れて口元は緩み顔は真っ赤っかである。
完全な酔っ払いだ。
どうして慧音がこんな状態になっているのかというと、里で行われた田植えの祭儀がその原因である。
里の守護者という立場と、寺子屋の先生という立場。その両方から里に関する催しものの際にはかならず出席するのである。
さらに、祭儀と言ってもその内容は幻想郷らしく大宴会である。大いに騒ぎ飲み食いするのが習わしなのだ。
そんな祭儀に、少し行ってくる、と慧音が私に言って出掛けたのは太陽がまだまだ頑張っていた時間。
太陽が一日の勤めを終え、さらに時間が経ってきてから帰ってきた慧音は、もこう、どーん! の掛け声とともに私の背中を押したのである。
わけわからん。
「慧音。もうやめて」
「うん~?」
揺さぶられているだけ、というのもずっとされると疲れるものである。やんわりと拒否の言葉を口にした私に素直に従う慧音。
揺れが収まり、慧音の手を背中で感じなくなった私は、ふうと一つ息をついた。
背中から手を離した慧音はというと、うーんとなにか考え、そしてこう言ってきた。
「妹紅、こっち向いて」
さんざん人の背中を押しておいてこれである。
しかし拒む理由もない。言われた通りに慧音の方を向く。
「なんだよ、慧音」
「……」
「おーい、どうした?」
「―――もこう、とーん」
その言葉とともに、慧音はやさしく私の額を言葉どうり、トンと人差し指の腹でついた。
柔らかい指先に突かれてさっきよりも揺らぐ頭。それと同じように揺れる視界には、嬉しそうな慧音の顔が見える。
突かれた額を手で押さえながら、目の前の酔っぱらいに聞く。
「何すんだよ」
「ん? 別に~」
ニヤニヤしながら言う「別に」ほど、当てにならないものはない。
目の前の友人の普段からは考えられない奇行に、自然とため息が出た。
「さっきからどうしたんだよ慧音。変なことばかりしてるけど」
「やっぱり変だと思ったか?」
「そりゃ思うさ。どーんだとかとーんだとか、酔ってもいつもはしないだろ?」
「そっかそっか、変だと思ったか。それは良かった」
「は?」
そう言ったかと思うと慧音は、糸の切れた人形のように私へ寄りかかってきた。
ゆっくりと倒れてくる慧音を、私は胸で受けとめた。すると慧音は頭を胸に預け、手を背中にまわしてきた。はたから見ると抱き合っているみたいだろう。
その状態のまま動かなくなった慧音に、私は静かにこう言う。
「やっぱり酔いすぎだな。こんなに飲むなんて慧音らしくないよ」
「うん。分かってる」
慧音の息が少しくすぐったく感じるそんな距離。頭を胸に預けているため慧音の顔は私からは見えない。
長い髪の間から覗く首筋は、酔いのせいか真っ赤に染まっているのがみえた。
初めはもぞもぞと動いていた慧音だったが、落ち着く場所を見つけたのだろうか静かになった。
そして、ほうと息をついたあとこう切り出してきた。
「……さっきのやつの理由聞きたいか?」
「さっきのって。どーんとかとーんとかしてきたこと?」
こくこくと動く頭。それに伴い揺れる柔らかい髪。
体勢を支えている左手とは異なり、仕事の無かった右手でその髪をすく。
「そうだな、教えてくれるって言うのなら教えてもらいたいな」
胸の中でほんの少し黙った慧音は、もう一度息をついてから話し始めた。
「さっきの宴会でな、寺子屋の生徒が来ていたんだ。その子は宴会の初めから居たんだがそれはそれは楽しそうだった。
それでな、しばらくしてから私の所に来てこう言ったんだ。今日はとても楽しかったから忘れたくない。先生、今日を忘れない方法ってある? とな。
私は、普段自分がしない変なことをすれば覚えていられるよ、って言ったんだ。
するとその子は、私の頬をつかんで、先生ぶにゅー、と頬を引っ張ったんだよ。……とても嬉しそうに。そしてこう言ったんだ。
これで、僕がいなくなっても、先生は今日の僕のこといつまでも憶えていてくれるね。って」
そこまで一気に話してからまた黙ってしまう。
「なあ妹紅。妹紅は今日の私を、憶えていてくれるか?」
先ほどまでとは違う口調で、はっきりとそう問いかけてきた慧音。
その顔は私から見えないが、右手で触れていた髪の毛は震えているような気がした。
何も言わずにただ髪をなでる。静寂という言葉が似合う空気が生まれる。
この半獣はいつもこうだ。自分ひとりで突っ走って考えて、そして空回りをして。
まわりを大事にするばかりに、自分がどれほど大事に思われているのかを考えないのだ。こいつは。
まったく。
「――忘れるわけないだろ」
「……」
「いつまで経っても言い続けてやるよ。そしてからかってやる。酒癖が悪くて、それでいて頭の固い馬鹿がいたってな」
「……手厳しいな、妹紅」
「やさしくしてるつもりだよ、これでも」
「そっか。ありがとう」
そう言ったきり静かになる慧音。
でも、さっきまで震えていたように感じた髪はもう震えていない。
ギュッと抱きしめてくるその両腕の力も、だんだんと弱まってきた。
どうやら、寝てしまったようだ。
すうすうと寝息を立て始めた慧音の背中をとんとんと叩きながら、さっきの自分の言葉を思い返す。
「らしくないこと、言っちゃったかな」
さっきの自分の言葉を振り返ると、確かにらしくないような気がしてくる。
「でも、まあいいか」
そんな私らしくない言葉の方が、慧音の記憶に残ってくれるのならば。
さて、わたしにもたれたまま熟睡し始めたこの酔っぱらいを、起こさずに布団に運ぶにはどうすればいいのだろうか。
そんな言葉とともにほんの少しの圧力がかかった。
「何してんの? 慧音」
おどけた声とともに私の背中を押したのは、赤ら顔の慧音だ。
背中を押す慧音からはほのかではあるが酒の匂いが漂ってくる。
「えへへ~」
だらしなく笑う慧音は、どことなく嬉しそうに、それでいて楽しそうな雰囲気をまとっているのが見てとれた。
そんな慧音に、私は当然のことを聞く。
「酔ってるだろ?」
「酔ってるぞ~」
普段とは異なる軽い口調でそう返してきた慧音は、再び私の背中を両手で押してきた。
ドンという感じではなく、トンという感じの力で押してくる慧音は、何が可笑しいのやらずっとにやけたままだ。
私はされるがままに背中を揺さぶられるように押される。ゆらゆらと揺れる頭に、背中に感じる慧音の暖かい手。そして酒の匂い。
余りにもいつもと違いすぎるその姿に、私は自然に聞いてしまう。
「どうしたんだよ、慧音? 何がしたいんだ?」
私の問いに、にべもなく慧音は答える。
「別に~。ただ押したいだけだよ」
ゆさゆさ。
そんな調子で私を押し、ゆさぶり続ける慧音。
いつもの凛とした表情はどこへいったのか。今の慧音は目は垂れて口元は緩み顔は真っ赤っかである。
完全な酔っ払いだ。
どうして慧音がこんな状態になっているのかというと、里で行われた田植えの祭儀がその原因である。
里の守護者という立場と、寺子屋の先生という立場。その両方から里に関する催しものの際にはかならず出席するのである。
さらに、祭儀と言ってもその内容は幻想郷らしく大宴会である。大いに騒ぎ飲み食いするのが習わしなのだ。
そんな祭儀に、少し行ってくる、と慧音が私に言って出掛けたのは太陽がまだまだ頑張っていた時間。
太陽が一日の勤めを終え、さらに時間が経ってきてから帰ってきた慧音は、もこう、どーん! の掛け声とともに私の背中を押したのである。
わけわからん。
「慧音。もうやめて」
「うん~?」
揺さぶられているだけ、というのもずっとされると疲れるものである。やんわりと拒否の言葉を口にした私に素直に従う慧音。
揺れが収まり、慧音の手を背中で感じなくなった私は、ふうと一つ息をついた。
背中から手を離した慧音はというと、うーんとなにか考え、そしてこう言ってきた。
「妹紅、こっち向いて」
さんざん人の背中を押しておいてこれである。
しかし拒む理由もない。言われた通りに慧音の方を向く。
「なんだよ、慧音」
「……」
「おーい、どうした?」
「―――もこう、とーん」
その言葉とともに、慧音はやさしく私の額を言葉どうり、トンと人差し指の腹でついた。
柔らかい指先に突かれてさっきよりも揺らぐ頭。それと同じように揺れる視界には、嬉しそうな慧音の顔が見える。
突かれた額を手で押さえながら、目の前の酔っぱらいに聞く。
「何すんだよ」
「ん? 別に~」
ニヤニヤしながら言う「別に」ほど、当てにならないものはない。
目の前の友人の普段からは考えられない奇行に、自然とため息が出た。
「さっきからどうしたんだよ慧音。変なことばかりしてるけど」
「やっぱり変だと思ったか?」
「そりゃ思うさ。どーんだとかとーんだとか、酔ってもいつもはしないだろ?」
「そっかそっか、変だと思ったか。それは良かった」
「は?」
そう言ったかと思うと慧音は、糸の切れた人形のように私へ寄りかかってきた。
ゆっくりと倒れてくる慧音を、私は胸で受けとめた。すると慧音は頭を胸に預け、手を背中にまわしてきた。はたから見ると抱き合っているみたいだろう。
その状態のまま動かなくなった慧音に、私は静かにこう言う。
「やっぱり酔いすぎだな。こんなに飲むなんて慧音らしくないよ」
「うん。分かってる」
慧音の息が少しくすぐったく感じるそんな距離。頭を胸に預けているため慧音の顔は私からは見えない。
長い髪の間から覗く首筋は、酔いのせいか真っ赤に染まっているのがみえた。
初めはもぞもぞと動いていた慧音だったが、落ち着く場所を見つけたのだろうか静かになった。
そして、ほうと息をついたあとこう切り出してきた。
「……さっきのやつの理由聞きたいか?」
「さっきのって。どーんとかとーんとかしてきたこと?」
こくこくと動く頭。それに伴い揺れる柔らかい髪。
体勢を支えている左手とは異なり、仕事の無かった右手でその髪をすく。
「そうだな、教えてくれるって言うのなら教えてもらいたいな」
胸の中でほんの少し黙った慧音は、もう一度息をついてから話し始めた。
「さっきの宴会でな、寺子屋の生徒が来ていたんだ。その子は宴会の初めから居たんだがそれはそれは楽しそうだった。
それでな、しばらくしてから私の所に来てこう言ったんだ。今日はとても楽しかったから忘れたくない。先生、今日を忘れない方法ってある? とな。
私は、普段自分がしない変なことをすれば覚えていられるよ、って言ったんだ。
するとその子は、私の頬をつかんで、先生ぶにゅー、と頬を引っ張ったんだよ。……とても嬉しそうに。そしてこう言ったんだ。
これで、僕がいなくなっても、先生は今日の僕のこといつまでも憶えていてくれるね。って」
そこまで一気に話してからまた黙ってしまう。
「なあ妹紅。妹紅は今日の私を、憶えていてくれるか?」
先ほどまでとは違う口調で、はっきりとそう問いかけてきた慧音。
その顔は私から見えないが、右手で触れていた髪の毛は震えているような気がした。
何も言わずにただ髪をなでる。静寂という言葉が似合う空気が生まれる。
この半獣はいつもこうだ。自分ひとりで突っ走って考えて、そして空回りをして。
まわりを大事にするばかりに、自分がどれほど大事に思われているのかを考えないのだ。こいつは。
まったく。
「――忘れるわけないだろ」
「……」
「いつまで経っても言い続けてやるよ。そしてからかってやる。酒癖が悪くて、それでいて頭の固い馬鹿がいたってな」
「……手厳しいな、妹紅」
「やさしくしてるつもりだよ、これでも」
「そっか。ありがとう」
そう言ったきり静かになる慧音。
でも、さっきまで震えていたように感じた髪はもう震えていない。
ギュッと抱きしめてくるその両腕の力も、だんだんと弱まってきた。
どうやら、寝てしまったようだ。
すうすうと寝息を立て始めた慧音の背中をとんとんと叩きながら、さっきの自分の言葉を思い返す。
「らしくないこと、言っちゃったかな」
さっきの自分の言葉を振り返ると、確かにらしくないような気がしてくる。
「でも、まあいいか」
そんな私らしくない言葉の方が、慧音の記憶に残ってくれるのならば。
さて、わたしにもたれたまま熟睡し始めたこの酔っぱらいを、起こさずに布団に運ぶにはどうすればいいのだろうか。
砂糖たっぷり…だと…
でも、けーねよりもこより生徒が可愛いなんてっ…
妹紅には悪いが、慧音は俺が嫁にもらう。
ところでもこけねは私の脳内で同棲がデフォなンだがどうですかね!? え まだ早い?
あまりの先生の可愛さに私の中の何かが目覚めそうになりました。
そして、甘いだけではない話。見事です!
お持ち帰り
けーね可愛いよけーね