早朝の博麗神社、台所にて――
「これっくらいの」
「おべんとばっこに」
「おにぎり」
「おにぎり」
「ちょいとつめて」
「きざぁみしょうがに」
「ごましおふって」
「にんじんさんっ」
「さくらんぼさんっ」
「しいたけさんっ」
「ごぼぉうさん」
「あなぁのあいた」
「れんこんさんっ」
「すぅじのとおった」
「ふぅ――」
「――き!」
「――きっ」
――霧雨魔理沙の顎が外れかけた。
東風谷早苗がいるのは理解できる。
何時もの服装の上から、持参したのだろうエプロンを纏っている早苗。
薄緑の色彩も合わさって、友人の魔理沙と言えど、「新妻です」と紹介されたら納得しそうだ。
尤も、彼女を嫁にするには人類を超えた戦いをしなければいけないのだが――それはまぁ置いておこう。
加えて、年齢を考えれば幼い歌も、どうにか理解できた。
弾むような歌声を聞かなくても、表情を見れば、早苗が上機嫌なのはよくわかる。
窓からのぞく空は青く、日光も柔らかく降り注いでていた。
歌の一つも口ずさみたくなるだろう。
「できたーっ!」
けれど、あぁ、けれど――高らかと掲げられる弁当箱、そして、耳に伝わる宣言に、魔理沙は意識を落とす。
「あはっ、できましたね、霊夢さん」
「んー上出来。次は早苗の分ね」
「ではもう一曲」
歌い始めたのは早苗で、後を繋いでいたのは神社の主、博麗霊夢だった。
「早苗はともかく、霊夢、お前はやめてくれ。なんだか私のMPがごりごり削られていく!」
ガッツで踏みとどまる魔理沙。
しかし、なけなしの気力ではあと1フレーズももたないだろう。
にっこにこしながら歌う霊夢には、斯様な威力があった。
けれど、そんな魔理沙の状態を知る訳もなく、二人の少女は首を捻るだけだった。
「えむぴーって何よ」
「マジックポイント、でしょうか」
「メンタルでもマインドでもいいぜ。その、なんだ……きっつい」
何がどう『きっつい』のか。
魔理沙自身、よくわからない。
だが、『きっつい』としか思えなかった。
「訳わかんないこと言っていると、しいたけ外すわよ」
「色合い的に、緑のお野菜もいれたいところですし」
「やめて! きのこ類唯一のスタメンなんだぞ!」
位置づけを考えると八番ショートの燻し銀と言ったところか。
だが、品目を見る限りではそう言った名脇役揃いな印象を受ける。
二人の弁当には、不動の四番おにぎりはあるもののスラッガーたる肉や魚がなかった。
恐らく、早苗の意向だろう――自身を鑑み、魔理沙は頷く。
「連日花見だからな。互いに辛い季節だぜ……」
「お団子がお団子が、確実に、私の血となり肉となるっ!」
「あんたら割と何時でも言ってない? 気になるなら食べなきゃいふぎぎ」
的確な指摘をする霊夢だったが、最後まで言わせる魔理沙と早苗ではなかった。
魔理沙は左、早苗が右の頬を引っ張る。
少女にそんな選択肢はあり得ない。
ほんともうあり得ない。
頭を左右に振り拘束から逃れ、空咳を打ち――霊夢が、言う。
「あー、ともかく。
今日は適当にぶらつくだけでしょ。
お酒は持っていかないし、団子は、まぁひょっとしたら買うかもしんないけど」
と言う訳で、彼女たちはピクニックの下準備をしているのだった。
「あんたもぼやいてないで手伝ったら?」
他人事のように、霊夢。
いや、実際、他人事なのだ。
彼女と早苗の前には、残り一人分の食材しか残っていない。
魔理沙の弁当は、この場にいるもうヒトリの少女――
「アリス、なんか珍しく手間取ってるみたいだし」
――アリス・マーガトロイドが作っていた。
無論、アリスは急に現れたのではない。
魔法の森の入口付近で待ち合わせをし、魔理沙とともに博麗神社へとやってきていた。
玄関を開き迎え入れたのは、明らかにフタリよりも遠い場所に家があるはずの早苗だったが、もう別に気にしなかった。
閑話休題。
首を捻る魔理沙。
霊夢の言葉を疑う訳ではないが、彼女の知るアリスは、幻想郷でも有数の器用さを持つ少女だ。
最も得意とするのは裁縫で間違いないだろうが、家事全般を卒なくこなす。
事実、魔理沙はちょくちょく夕飯やら菓子やらを御馳走になっている。
そんなアリスだったから、幾ら慣れない人の家の台所と言えど、苦戦しているとは考えづらい。
――思う魔理沙が声をかける前に、アリスがぽつりと呟いた。
「……三角に握れない」
白い手には、湯気を立てる白米が転がされている。
「あー……お前は洋食派だっけ」
「そも家で食べる時、こんな形にしないわ」
「言われてみりゃそうだな。ちょいとかしてみ」
水の入ったボウルに手をつけて、魔理沙はアリスから白米を譲り受けた。
手の平で数度転がす。
熱に慣れた頃、形を作る。
力を入れ過ぎないよう、優しく、柔らかく――。
「ほらよ」
慣れだろう。
魔理沙の作ったおにぎりは、アリスが理想とした綺麗な三角形となっていた。
湯気とともに立ち上る独特の香りとふっくらとした見た目は、ごくりと唾を鳴らさせるのに十分だった。
自身とその手を凝視してくるアリスに、魔理沙は軽口をまくし立てる。
「べ……つに、そんな大したもんじゃないだろ。ちゃちゃっと握っててきとーに形を整えるだけだぜ」
「いいえ、そんなことないわ。とても綺麗だもの」
「うむぅ……」
過去にない類の称賛に、一瞬、魔理沙は声を詰まらせた。
「なんだ、その、こんなんでいいなら毎日作ってやるぜ」
「あのね。さっきも言ったけど家では……ぁ……えと、毎日?」
「んー、でもずっとは手間だな。お前も洋食派、だ……し――って、そう言う意味じゃっ!?」
俯きつつ尋ねたアリス。
魔理沙は思わず声を大きくしてしまう。
『そういう意味』がどういう意味かはさておき、フタリの間に微妙な空気が流れた。
一、二秒の間。
「――あ、もう、包丁は使わないから、洗っておくわね」
先に動き出したのは、アリスだった。
「あ、あぁ。んじゃ、握っとくな」
応え、流しの前から移動し、魔理沙は再びおにぎりを作り始めた。
手の平で数度転がす。
熱に慣れた頃、形を作る。
力を入れ過ぎないよう、優しく、柔らかく――。
おにぎりは、先ほどよりも少しだけ、歪だった。
(なんだかな)――心の内で微苦笑し、魔理沙は胸に両手をかざし、深く息を吸う。
同時。
「痛ぅ……」
「っはぁ、なんだ!?」
「た、大したことじゃないわよ」
アリスが、包丁で指を切っていた。
言葉の通り、皮が数ミリ切れているだけで大した傷ではない。
血も、ほんの少し出ている程度だ。
放っておいても塞がるだろう。
しかし、魔理沙には、白い指に滲む赤が妙に痛々しく見えた。
もの言わず、アリスの手首を掴む。
――直前。
「水で流して軽く拭って」
「絆創膏をぺたりとな」
適切な処置がとられた。
「あ、りがとう、霊夢、早苗」
「はいはい、どういたしまして」
「水に強いタイプなので剥がれませんよ」
ぶっきらぼうに手を振る霊夢。
残る蛙柄の絆創膏をスカートのポケットに戻す早苗。
「お、お前らなぁ!」
「どうしました?」
「あによ」
きょとんと首を傾げる二人に、魔理沙は、結局何も言えないのだった。
兎にも角にも――
「そう言えば、今日って、あと何方が参加するんでしょう?」
「パチェは起きたら来るって。小悪魔が作るお弁当、楽しみね」
「妖夢も来るぜ。うどんげは昼までに課題が終われば、だから、来るだろ」
「で、一輪とムラサね。……私が聞いているのは以上だけど、増えてるかもしんない」
――各々の弁当を袋に詰め、春の日差しを暖かく感じながら、少女たちは姦しく出かけるのであった。
<幕>
「これっくらいの」
「おべんとばっこに」
「おにぎり」
「おにぎり」
「ちょいとつめて」
「きざぁみしょうがに」
「ごましおふって」
「にんじんさんっ」
「さくらんぼさんっ」
「しいたけさんっ」
「ごぼぉうさん」
「あなぁのあいた」
「れんこんさんっ」
「すぅじのとおった」
「ふぅ――」
「――き!」
「――きっ」
――霧雨魔理沙の顎が外れかけた。
東風谷早苗がいるのは理解できる。
何時もの服装の上から、持参したのだろうエプロンを纏っている早苗。
薄緑の色彩も合わさって、友人の魔理沙と言えど、「新妻です」と紹介されたら納得しそうだ。
尤も、彼女を嫁にするには人類を超えた戦いをしなければいけないのだが――それはまぁ置いておこう。
加えて、年齢を考えれば幼い歌も、どうにか理解できた。
弾むような歌声を聞かなくても、表情を見れば、早苗が上機嫌なのはよくわかる。
窓からのぞく空は青く、日光も柔らかく降り注いでていた。
歌の一つも口ずさみたくなるだろう。
「できたーっ!」
けれど、あぁ、けれど――高らかと掲げられる弁当箱、そして、耳に伝わる宣言に、魔理沙は意識を落とす。
「あはっ、できましたね、霊夢さん」
「んー上出来。次は早苗の分ね」
「ではもう一曲」
歌い始めたのは早苗で、後を繋いでいたのは神社の主、博麗霊夢だった。
「早苗はともかく、霊夢、お前はやめてくれ。なんだか私のMPがごりごり削られていく!」
ガッツで踏みとどまる魔理沙。
しかし、なけなしの気力ではあと1フレーズももたないだろう。
にっこにこしながら歌う霊夢には、斯様な威力があった。
けれど、そんな魔理沙の状態を知る訳もなく、二人の少女は首を捻るだけだった。
「えむぴーって何よ」
「マジックポイント、でしょうか」
「メンタルでもマインドでもいいぜ。その、なんだ……きっつい」
何がどう『きっつい』のか。
魔理沙自身、よくわからない。
だが、『きっつい』としか思えなかった。
「訳わかんないこと言っていると、しいたけ外すわよ」
「色合い的に、緑のお野菜もいれたいところですし」
「やめて! きのこ類唯一のスタメンなんだぞ!」
位置づけを考えると八番ショートの燻し銀と言ったところか。
だが、品目を見る限りではそう言った名脇役揃いな印象を受ける。
二人の弁当には、不動の四番おにぎりはあるもののスラッガーたる肉や魚がなかった。
恐らく、早苗の意向だろう――自身を鑑み、魔理沙は頷く。
「連日花見だからな。互いに辛い季節だぜ……」
「お団子がお団子が、確実に、私の血となり肉となるっ!」
「あんたら割と何時でも言ってない? 気になるなら食べなきゃいふぎぎ」
的確な指摘をする霊夢だったが、最後まで言わせる魔理沙と早苗ではなかった。
魔理沙は左、早苗が右の頬を引っ張る。
少女にそんな選択肢はあり得ない。
ほんともうあり得ない。
頭を左右に振り拘束から逃れ、空咳を打ち――霊夢が、言う。
「あー、ともかく。
今日は適当にぶらつくだけでしょ。
お酒は持っていかないし、団子は、まぁひょっとしたら買うかもしんないけど」
と言う訳で、彼女たちはピクニックの下準備をしているのだった。
「あんたもぼやいてないで手伝ったら?」
他人事のように、霊夢。
いや、実際、他人事なのだ。
彼女と早苗の前には、残り一人分の食材しか残っていない。
魔理沙の弁当は、この場にいるもうヒトリの少女――
「アリス、なんか珍しく手間取ってるみたいだし」
――アリス・マーガトロイドが作っていた。
無論、アリスは急に現れたのではない。
魔法の森の入口付近で待ち合わせをし、魔理沙とともに博麗神社へとやってきていた。
玄関を開き迎え入れたのは、明らかにフタリよりも遠い場所に家があるはずの早苗だったが、もう別に気にしなかった。
閑話休題。
首を捻る魔理沙。
霊夢の言葉を疑う訳ではないが、彼女の知るアリスは、幻想郷でも有数の器用さを持つ少女だ。
最も得意とするのは裁縫で間違いないだろうが、家事全般を卒なくこなす。
事実、魔理沙はちょくちょく夕飯やら菓子やらを御馳走になっている。
そんなアリスだったから、幾ら慣れない人の家の台所と言えど、苦戦しているとは考えづらい。
――思う魔理沙が声をかける前に、アリスがぽつりと呟いた。
「……三角に握れない」
白い手には、湯気を立てる白米が転がされている。
「あー……お前は洋食派だっけ」
「そも家で食べる時、こんな形にしないわ」
「言われてみりゃそうだな。ちょいとかしてみ」
水の入ったボウルに手をつけて、魔理沙はアリスから白米を譲り受けた。
手の平で数度転がす。
熱に慣れた頃、形を作る。
力を入れ過ぎないよう、優しく、柔らかく――。
「ほらよ」
慣れだろう。
魔理沙の作ったおにぎりは、アリスが理想とした綺麗な三角形となっていた。
湯気とともに立ち上る独特の香りとふっくらとした見た目は、ごくりと唾を鳴らさせるのに十分だった。
自身とその手を凝視してくるアリスに、魔理沙は軽口をまくし立てる。
「べ……つに、そんな大したもんじゃないだろ。ちゃちゃっと握っててきとーに形を整えるだけだぜ」
「いいえ、そんなことないわ。とても綺麗だもの」
「うむぅ……」
過去にない類の称賛に、一瞬、魔理沙は声を詰まらせた。
「なんだ、その、こんなんでいいなら毎日作ってやるぜ」
「あのね。さっきも言ったけど家では……ぁ……えと、毎日?」
「んー、でもずっとは手間だな。お前も洋食派、だ……し――って、そう言う意味じゃっ!?」
俯きつつ尋ねたアリス。
魔理沙は思わず声を大きくしてしまう。
『そういう意味』がどういう意味かはさておき、フタリの間に微妙な空気が流れた。
一、二秒の間。
「――あ、もう、包丁は使わないから、洗っておくわね」
先に動き出したのは、アリスだった。
「あ、あぁ。んじゃ、握っとくな」
応え、流しの前から移動し、魔理沙は再びおにぎりを作り始めた。
手の平で数度転がす。
熱に慣れた頃、形を作る。
力を入れ過ぎないよう、優しく、柔らかく――。
おにぎりは、先ほどよりも少しだけ、歪だった。
(なんだかな)――心の内で微苦笑し、魔理沙は胸に両手をかざし、深く息を吸う。
同時。
「痛ぅ……」
「っはぁ、なんだ!?」
「た、大したことじゃないわよ」
アリスが、包丁で指を切っていた。
言葉の通り、皮が数ミリ切れているだけで大した傷ではない。
血も、ほんの少し出ている程度だ。
放っておいても塞がるだろう。
しかし、魔理沙には、白い指に滲む赤が妙に痛々しく見えた。
もの言わず、アリスの手首を掴む。
――直前。
「水で流して軽く拭って」
「絆創膏をぺたりとな」
適切な処置がとられた。
「あ、りがとう、霊夢、早苗」
「はいはい、どういたしまして」
「水に強いタイプなので剥がれませんよ」
ぶっきらぼうに手を振る霊夢。
残る蛙柄の絆創膏をスカートのポケットに戻す早苗。
「お、お前らなぁ!」
「どうしました?」
「あによ」
きょとんと首を傾げる二人に、魔理沙は、結局何も言えないのだった。
兎にも角にも――
「そう言えば、今日って、あと何方が参加するんでしょう?」
「パチェは起きたら来るって。小悪魔が作るお弁当、楽しみね」
「妖夢も来るぜ。うどんげは昼までに課題が終われば、だから、来るだろ」
「で、一輪とムラサね。……私が聞いているのは以上だけど、増えてるかもしんない」
――各々の弁当を袋に詰め、春の日差しを暖かく感じながら、少女たちは姦しく出かけるのであった。
<幕>
仲良しは素晴らしい。
そう呟くアリスに萌えた
早苗さんももちろん十分だが霊夢の歌でも俺のMP(妄想パワー)がモリモリ増えていく!!
さて、大戦に備えて準備しなければ……
なにこの無理ゲー