貴方はペット。
だから、私から離れては駄目よ?
わん、と鳴いても違和感がない装飾をほどこされている私は、首周りに余裕のある大きな首輪を外そうと悪戦苦闘しながら、椅子の上で胡坐をかいて、がちゃがちゃと音を立てていた。
自然それに集中し、隣の椅子がガタン、と音を立てるまで、誰かが近づいた気配に気付かなかった。
「何をしているの、ムラサ?」
「……がうっ」
目の前の人物が、私がこういう屈辱的な格好をしなくてはいけない原因だと知っているので、つい反抗的に鳴いてみせた。
まあ『がうっ』とか、迫力もないふざけた小さな抵抗だと、自分でも思う。
彼女、古明地さとりさんは、暫しそんな私をジッと見たかと思えば、くるりと背中を向けてしまう。
「?」
よく見ると、その身体が小刻みに震えている。
それは次第に大きくなり、此方からかろうじて見える小さなお耳が赤くなっている。……あ、笑われてるんだなぁって。遅れて気付いた。
「な、何も笑うことないでしょう?!」
「ごめ、ごめん、なさいね……っ! っく」
謝りながら、更におかしそうに身体をくねらせる。
憮然として、やっぱりこれがいけないのではと。首輪と鎖、そして腰に巻きつけられたベルトと、それにくっつけられる尻尾。同じく頭に無理矢理くっつけられた犬みたいな付け耳。
それら全てが、私に似合わず、そして船長としての威厳とか迫力を消滅させている。
「……むぅ」
「ふふっ、ごめんなさい。そんな事無いわ、似合っているわよ」
心を読み、頭を撫でてきて、笑いから復活したさとりさんは淡く微笑んで言う。
しかし、やんわりと私が外そうとしていた首輪を元に戻してしまう。「あっ」と抵抗してももう遅い。
ちゃちに見えて、幾重にも封印やら鍵やらが付いた、いかめしい首輪。
ピンッと、私への拘束がまた増えた事を知り、憮然として睨むと、優しい瞳とぶつかってしまい、気まずく目を逸らした。
「……もう、何なんですか」
「はいはい、良い子ね。さあ、ご飯よ」
「…………」
あぁもう。……多大な溜息をついて、頭を抱えてしまいたくなる。
彼女が何を考えているのか、さっぱり分からない。
彼女は私の動揺やら、逃げ出そうと思考するちょっといけない考えとか全部分かっている癖に、ずるいと思う。
これではフェアじゃないし、何より彼女は私をどうしたいのか、いまだにちっとも分からないのだ。
「あら、私は最初から貴方に言っていたわよ?」
「…………」
「貴方を、ペットにしたいってね。村紗水蜜」
「…………」
頭を、また撫でられる。
犬にするみたいに、さわさわと猫にするみたいに、私の心を読んで、私の好み通りに撫でてくれようとする。
不意に、聖を思いだす。
彼女は私が落ち込むと、そのふかふかな胸に顔を埋めさせて、優しく撫で擦って子守唄を歌ってくれた。
次に、一輪を思い出す。
親友の彼女は、私の様子がおかしいと、聖と同じく私を抱きしめて、ただ静かにそこにいてくれる。温もりをくれる。
「……っ」
って、彼女に撫でられて、二人を思い出すなんて、やれやれだ。
我に返り、首を振ろうとすると、むにっと頬を掴まれて引っ張られる。
目を見開かせて顔を上げると、ぎゅっと、頭を抱きしめられて、椅子からずり落ちそうになり、慌てて胡坐をやめた。
「……さとり、さん?」
「静かに。……こうされるのが、好きなのでしょう?」
心を読む彼女は、あっさりと、私を胸に抱いて静かな口調で頭を撫でる。
「いや、えーと」
「あら、恥ずかしい、ですか? それと、私の胸は薄くて少しも気持ちよくないと。……ふむ」
「いっ?! いい一瞬の思考まで読まないで下さい!」
「……でも、私の胸は悪くない、心地よい、と」
「…………ぁう!」
ガンッと頭を殴りつけられたぐらいのショック。
やばい。
恥ずかしさに消え去りたくなるが、さとりさんは離してくれない。
わっ、私が、キャプテン・ムラサが、こうやって胸に抱きしめられるのが好きな、変態さんだとばれてしまった?! 馬鹿にされる?!
「しませんよ」
ぴしゃり、と。
私が怯え出したのに呆れて、ぐりぐりと強く頭をこねるように撫でられる。
「こうやって抱きしめられれば、貴方じゃなくても大抵は安堵するものです。貴方はそれを知らないぐらい、甘え下手なだけなんですから、少しは大人しくして下さい。くすぐったいですよ」
こちらを気遣い、淡く、優しさしか感じられない声に、めまいがする。
もうぐるぐるぐるぐると頭の中が騒がしい。
小さな声が子守唄を奏でだす。
それすら分からなくて、落ち着いていくのに混乱して。
身体から力は抜けるのに、内側がガチガチに岩みたいに矛盾していく。
顔を上げる。
さとりさんは、瞳を細く、笑みの形に柔らかく変えて、にこりと笑う。
大丈夫、と。
その顔は、まるで聖の様に綺麗だった。
春の日差しみたいに、ゆるやかにほかほかする、不思議な笑顔だった。
その日、聖から彼女のペットとして、暫く過ごして欲しいとお願いされた。
訳が分からなかった。
でも、彼女の望みだから叶えようと、混乱しながらも頷いた。
一輪やぬえは、勿論反対した。
星やナズーリンはさとりさんを知らなくて、噂だけを辛うじて知っている程度だったので、あえて言及はしなかったが、此方を案ずる視線を向けてくれた。
聖は、これは彼女からの要求だと説明した。
私と一輪、ついでにぬえが地底から逃げ出した事への迷惑を被ったさとりさんが、最大の主犯である私に責任をとって貰うと。ついては、ペットとして暫し地霊殿に滞在すべきだという要求。
聖としては、自分のせいだと心苦しいが、それでもそういう事情なら受け入れるべきだろうと、胸を痛めて私に言っていた。
それが通じると、むしろ行くべきだと心が決まった。
……。
最初は、それは酷い目に合うのだろうと震えた。
そして次に、それを要求されたのが私で良かったと、複雑に安堵した。
私はすでに死んでいる。
生きている二人はともかく、私ならどれだけの責め苦を味合わされても、最悪消滅するか成仏するだけで、最初からいないのと同じだし、聖を救えた今、船を操るしか能のない私がいなくなっても、別に命蓮寺に痛手はない。
―――――と。
考えていたのを、私を早速迎えに来ていたさとりさんにその場で読まれて口に出され、烈火の如く怒られかけた。
……すごい怖かった。
聖があんなに声を荒げるなんて思ってなかったし、一輪に考えを改めるまで絶交って震える声で宣言され、ぬえにゴミを見る目で次に言ったら殺すと責められた。星は泣きそうになって、何か言おうとして苦しそうに唇を閉ざし、ナズーリンは静かな、しかし絶対零度の眼差しを此方に向けて、言外に私へと怒りを向けていた。
……幽霊だけど腰を抜かしそうになって、さとりさんに手を引かれて気づいた時には、命蓮寺を後にしていた。
『……はぁ』
暫く、二重の意味で帰れそうにないと悲しげに落ち込むと、さとりさんは私と手を繋いだまま振りかえり「それは良かった」と、ふわりと声を弾ませる。
少しだけ。
ほんの少しだけ、地底で話しただけの彼女。
さとり妖怪。
心を読む悪魔さん。
彼女の頭を見つめながら、私より背が低い彼女に、やれやれと頬を掻く。
少し、可愛いと思ってしまったから、なのか。
暫くは、大人しくペットになるしか道はないかもしれない、なんて。そう思った。
彼女はもう一度振り向いて、少し驚いた顔を私に見せてくれた。
で、覚悟を決めたらこれだもんなぁ。
首輪。鎖。犬耳。拘束具的な腰のベルト。ベルトの尻尾。
酷い屈辱で泣きそうになる。
「でも、あれに関しては貴方が悪いわよ?」
「……そーですかー?」
「納得いかないみたいだけど、そうなのよ。貴方にとっては、自分を励ますための半分冗談の戯言だったのでしょうけれど、普段から貴方を見ていた彼女たちに、その戯言を本気で受け止められてしまったのは、やっぱり貴方が原因ですもの」
「……むぅ」
私が消えても問題ない、みたいな心を、彼女に読まれて発言されたのが大まかな原因だと思うのだけれど、そう言われてしまうと、私の問題な気もしなくない。
というか、私はこれでもしぶといのだ。
幽霊やっているのがその証拠だと言うのに、そんなに自暴自棄に見えるのだろうか?
私はどちらかと言わずに、死んでからも仮初めの生にしがみつく、それはそれは諦め悪くて浅ましい船幽霊だというのに、あんなのを本気で受け取られて怒られて……心配されて。ちょっと、複雑だ。
「いいじゃないの、貴方だって、仲間の誰かがそんな考えを持っていると仮に知ったら、怒るでしょう?」
「……まぁ」
「だから、いいのよ。それが他人と関わる事の、楽しい面倒事なのだから」
「……はぁ」
さすがは、さとり妖怪という所か。
心の流れを知っているからこその。余裕しゃくしゃくの態度である。あるいは他人事だからか?
「それはそうよ。所詮は他人事ですもの。第三者は他人の苦労話なんてそよ風程度にしか感じないわ」
「…………」
「正直に言うなら、貴方のその話は、私にとってつまらないわ。面白くないもの。……でも、貴方が望むのなら、いくらでも相手をしてあげる」
彼女は微笑を絶やさずに、静かにご機嫌に、私の鎖を引っ張る。
「貴方は私のペットだから。ご主人様は貴方の望みを叶えてあげるわ」
……。
ぐっ、と息がつまる。
色々と、悔しくなる。
対等でない今の立場とか、心があけすけな現在とか、私は落ち込んでいるのに楽しそうな彼女とか。
苛立ち紛れに「わん」と不機嫌に鳴いてやる。
彼女は、静かに身を震わせ出した。
笑われていた。ちくしょう。
◆ ◆ ◆
不貞腐れた顔で、わんって、声だけは可愛く鳴く彼女に、私は腹筋を鍛えられながら、少々くせっ毛の彼女の頭を、震える手で撫でつける。
彼女の頭には犬の付け耳と帽子で、あまり撫でるスペースがないのだけれど、それでも撫でる。
まだ、その頬や体に触るのには勇気がいるから。
じゃらりと、鎖が鳴る。
特注した、特別製の首輪と鎖、腰のベルトも、全て対幽霊用の封印具。
自分でもやりすぎだとは思うけれど、これぐらいしないと、彼女が自分の元から逃げてしまうのではと、安心して夜も眠れそうにない。
私は、自分でも理解できないぐらい無意識化において、彼女を手元に置いておきたくて仕方がないらしい。
それこそ、子供みたいな我侭を晒すぐらいに。
ペット、だなんて。
少しも思っていないのに。
彼女と初めて会話を交わしたのは、彼女が封印されてすぐだった。
『はじめまして』
『…………こん、にちは』
溢れる感情を全て押し込めて、隣に寄り添うように立つ、尼に支えられてようやく地に足をつけている、船幽霊。
溢れそうな心と押し込める強さ。悪霊と呼ぶには綺麗と評しても問題のない心。
座りながらそれを観察する私と、今にも倒れそうな青白い顔の幽霊。
とくん、と私の中の何かが、蠢いた。
『……』
その決して綺麗ではない。汚れているといっても過言ではない。罪にどろどろと黒ずみ、だけれどその奥から見える、キラキラとしたもの。
そういうものに、いいなぁ、って惹かれた。
気がついたら、その心をもっと間近で見たくて、言葉を交わして、その奥をもっと見てみたいと考えて。
彼女を見かけたら、声をかける様になった。
彼女は覚えていないけれど、その心には聖という女がずっといて、余裕がなく。私なんて見向きもしていなかった。
私との少しの会話を、彼女は覚えていない様だ。
でも、構わない。
なぜなら、今の彼女はふわふわと、ようやく余裕を思い出して、自由で、それすら『良い』のだ。
私を、不思議なぐらい引き寄せる『心』なのだ。
「……今思えば、私は、貴方の心に、一目惚れでもしていたのかしら?」
「はい?」
独り言。
気にしないでと、握った鎖を引っ張れば「ぐっ」と苦しそうな声。恨めしげな心を流して、歩けば、すぐに隣に並ぶ。
「……」
決して前を歩かずに、せめてこういう時ぐらいと、対等であろうとする無意識。むずむずと鼻の奥がくすぐったくて、くしゃみをしそうになる。
頬が、勝手に持ち上がって、目元が柔らかくなる。
こほん、と誤魔化す様に咳払い。
「ムラサ、今日の晩御飯はどうします?」
「……さとりさんの好きな物でいいですよ」
「そうですか、グリーンカレーがいいのね?」
「っ、だ、から! さとりさんの好きなのでいいですってば!」
「今日は、私もグリーンカレーが食べたいわ」
「ぐぐ?!」
ムラサが、悔しげに足踏みしている。
こらえきれない何かをコントロールできずに、顔が興奮で赤い。
「さとりさん、私は今日はさとりさんの好きな物が食べたいです!」
いい加減にしましょうよ! と怒りの声が届く。
あら? と不思議がりながらも、彼女の心に目をしばたかせる。
彼女は、ごちゃごちゃと叫ぶ。
毎日毎日、私が来てからというもの、私の好きな物ばかりを作ってくれなくてもいい!
一緒に食事をするさとりさんだって、それに付き合わなくていい。
おやつだって、わざわざ手作りしてくれなくてもいいし。
私が食べたいものを思う度に、それをメモして用意してくれなくていいんです!
「あら、いいのよ。貴方はペットですもの」
「っ!?」
そ、そそそれに!
ペットと主人が一緒のベッドで寝るのも問題だと思います!
私は抱き枕じゃないし、私なんか暖かくもないし、毎日子守唄とかいらないし、私が覚えてもいない夢でうなされる度に起こさなくていいし、そして眠れるまで本を読んでくれなくてもいいんです!
「大丈夫よ。私が好きでやっているのだから」
「だからって!」
おかしいじゃないですか!
起きたら、ご主人様に歯磨きして貰って、顔まで洗って貰って、寝癖も直して貰って、着替えすらして貰うとか、普通逆じゃないかなって思うというか!
「普通だわ」
「嘘だー!」
じゃあ、これは?!
お風呂!
普通に私の髪を洗って、身体だって隅々まで洗って、かけ湯までして、私が湯船に浸かっている間にさとりさんはちゃっちゃと自分は綺麗にしちゃって、そのまま私が茹りそうになったら上がって、しかも上がった後は後で、タオルで全部拭いて貰えるし、はい足上げてねって下着とか全部つけられて、でも首輪はそのままっていうか、やっぱりおかしい! おかしすぎる!
「普通すぎて欠伸がでるわ」
「さらっと嘘つかないで下さい!」
っていうか、食事の時も、あーんで、私はここに来てからスプーン一つ握れていませんよ!?
さとりさんに水も飲ませてもらえるからコップも、背中の錨も没収されて、私ってば何もさせて貰えません!
ボディガードすらできない!
私は、貴方のペット、だけどペットじゃないんですよ!
「嫌ですか?」
「当然でしょうが!」
甘やかされて、恥ずかしいけど嬉しいけど、一方的なのは悲しい。
こんな風にされたら、私だって貴方に何かをしたい。
というか。
最近は貴方に甘やかされる度に、止まっている心臓がむずむずして落ち着かない。呼吸が止まりそうになる。溺れそうになる。
「……!」
「?」
目が覚めて、貴方が見えないと、不安を覚える様になった。
貴方がこうして鎖を持って、隣にいる事に安心する。
守られていると実感する。嬉しい。
でも、守りたい。悔しい。
私は、貴方が私にしてくれた全てを全部、返したい。たくさん甘やかしたい。
「……ムラサ、あなた」
「って、ど、どうして、そんな拗ねてるみたいな怒っているみたいな顔するんですか……?」
頭を抱える。
もうっ、と疲れる。
彼女はシンプルだ。
だから、先ほどの、何の照れもなく告げた心は真実だ。心に嘘をつけるほど器用でもない。
また、私だけどきどきしているだけ。
「……」
ちょっと悔しい。
彼女は始終、私の行動に悔しがっているけれど、私の方が、もっとイライラしていると、いい加減気づくべきだ。
気がついたら、首輪を取ろうとして奮闘するし。
鎖だけでも外そうとするし。
ベルトに噛み付くし。
犬耳も尻尾も、偽者だけど可愛いし。
私に拘束されるのを、でもそこまで嫌がっていないし。
「……」
手紙がきた。
命蓮寺から。
――――彼女をよろしくと、長々とお願いされた。
彼女は、私のペット。
でも、それは一時的なものに過ぎず。今が幸せだからこそ胸が突かれるぐらいその『終わり』が怖い。
でも、明らかな別れの恐怖に怯えるのは、私だけ。
むしろ、彼女は帰れる時を、楽しみにすらしていて。
「……ムラサ」
「何ですか?」
だから、また意地悪をする。
「命令します」
「は?」
「……さとり、と、呼び捨てする事」
「?」
彼女の無意識を知って、利用する。
少し考えて、何だそんな事かと、安堵した顔で、私を見る彼女。
僅かに、また対等に近づけたと嬉しそうに、笑って。
「さとり」
……。
呼んだ。
ドキリとした。
そのままムラサは「あれ?」と、自分でも気づいていない照れに襲われて、笑ったまま赤くなって「今のなし!」なんて変な事を言った。
もう、私の方が赤くなる。
疑問符だらけに、口元を抑えて、ムラサは驚いてわたわたと視線を泳がせている。
……ああもう。本当にずるい。
「……もう一度、呼んで」
「ッ」
「はやく」
「……さ、さとり………」
かろうじて最後に「さん」をつけるのを堪えて、うわあ、なんて呻いて、理解していない羞恥にしゃがみこむ。
私も追いかけてしゃがみこんで、彼女に負けない赤い顔で、彼女を見つめる。熱く。
ぐずぐずと、何かが炙り火で焦げているみたい。
「…………みな、みつ」
呼んで、貰って。
呼んだ。
彼女の跳ねるぐらい動揺した心に、此方の方がうわあ、なんて呟きたくて。
顔を隠す。
「……さ、さとり」
「……何よ、みな、みつ」
悔しいと、苦しい。
でも、この苦しいは決して苦痛ではなく、むしろ、どこか甘くて、窒息しそう。
ああ、ああ。
彼女も知らない。
私も知らない。
この、不可思議な執着と抵抗と、恐怖と痛みがない交ぜの、甘い痛み。
これは、一体、何なのだろう?
私たちは知らないものを同時に抱えたまま、静かに、互いの名前を呼び合う。
意味もなく。
時間すら無意味に。
ただ、内側に溜まって爆発寸前の何かを、少しでも軽くしようと悪あがきに。
私たちは、お互いを確認して、赤い顔で呼び合った。
さとり。
みなみつ。
と、ずっと。
おまけ。
「…………いい加減にしろって、感じでさぁ、お姉さん」
とんっと、湯飲みを置いて、死んだ魚みたいな目をした赤毛の少女は語る。
「あの女が来てから、さとり様ってば、首輪と鎖とベルトで徹底的に拘束して、それは嬉しそうに横にべったりで、幽霊じゃなかったら下の世話までしてそうな勢いで、ピンク色の空気を流しちゃってさぁ」
「……はぁ」
「だって言うのに、二人とも自分の気持ちに気づいていないのか、こそこそとお互いを見つめて、ちょっと切なそうな顔をしたかと思えば、目が合うだけで真っ赤になって、嬉しそうに言い合いしたりともう、べったべたして、こっちの視線にも心にもちっとも気づいていないよありゃあ。さとり様ともあろうお方が、あの女にばっかり第三の目を向けてるよ……」
ふう、と、話し相手を務める巫女の少女は、静かに湯飲みを置いて、煎餅をかじる。
「……とりあえず。鬱陶しいから帰れ」
「うわぁぁああん! さとり様ッ! あたいらに一度だって首輪も鎖もくれなかったくせにぃ! ちっとも拘束してくれないのにー! あの女にばっかり、ずるいですよぉぉおぉお!!」
「ああもう、うるさい! ほら、煎餅食べなさい!」
「……ねえ、フラン。お姉ちゃんの恋人さんってさぁ、むっかつくね」
「うん。こいし怖い。私でも怖い。お願いだから枕元でぶつぶつ言うのやめて? ね?」
「聞いてくれる? あいつさぁ、毎日お姉ちゃんと寝てるんだよ? 悪戯しようと思って部屋にいったら、お姉ちゃんがあいつの寝顔見つめながら、微笑んでたんだよ? ショックで、気がついたらここで愚痴ってたよ」
「……そっか。とりあえず、私もその恋人さんに殺意は沸いたかな? 私の睡眠時間はそいつのせいで削られたんだよね?」
ふかふかのベッドで、蓑虫みたいに丸まる、第三の目が閉じたさとり妖怪は、静かに友達の肩を掴む。
「ねえ、私と同じシスコンのフラン」
「違うから、私はあいつ大嫌いだから」
「ベッドの下のレミリア人形。抱きしめすぎてボロボロで、何度も不器用に繕った後があるそれを人質に言うんだけどね」
「……あんた、実は悪魔でしょう?」
彼女は、笑顔のまま目の下に隈をつくって、死にそうにざらついた声で言う。
「お姉ちゃんに、おめでとうを言うれんしゅうに、づきあっで……!」
「……勿論よ親友」
「天狗のお姉ちゃーん!」
「あーはいはい。もうわかったから、わかりましたから。そろそろ離れて下さい」
「ざとりざまがー!」
「そうですねー、大変ですよねー、よぉしよぉし、かわいそかわいそ。……はぁ」
「えぐっ、わ、わたし、ざとりさ、ま…っ! …ぐずっ、……好きだった、んだもん!」
「はぁ、そうですか」
えぐえぐと泣き付かれて、どうしてこんなに懐かれたんだろうと、納得いかないものを感じながら、彼女を引きずる。
「あー、お空さん」
「ぐずっ、なぁに、わだ、わだし」
「……しょうがないので奢ってあげます。飲み明かしましょうか」
「う、ん…っ!」
ぎゅううっと、首が折られそうで。
面倒だ面倒だと。
記事にもならないし、記事にしてもつまらない。面白くてもできないと。
薄い財布の中身に思いを馳せて、ため息をつく。
「ミスティアさーん。失恋娘を連れてきましたー」
「何と!? よっし! 元気になる歌をがんがん歌っちゃうよー!」
「わはー。みすちーファイトー!」
今夜は、騒がしくなりそうだ。
「……あら? そういえば、皆の姿が、ここ数日見えないような」
「?」
「ああ、気にしないで下さい。はい、あーん」
「あーん。……むぐむぐ」
手を繋ぎながら、お互いに食べさせあいっこして。
まだ友達の二人は、ご主人様とペットとして、幸せそうに笑いあう。
鈍い彼女たちを諭してくれる住人たちが帰ってくるのは、まだまだ先の様だった。
ニヤニヤしっぱなしでしたよ!
何気にこいしがいじらしすぎる。
ダウト
甘い、くそ甘い、いいものだ
もはやテロじゃないですか……もっとするべき
ムラサにはイタチ耳の方が似合うと思うんだ。
もっとやれ!
だが倍プッシュだ!!
さとりさまこわい。
……っと思ったのは自分だけ?
書いて下さいお願いします。
>目の下に熊
もしかして: 隈
くま【▼隈】[名]
③疲れたときに目のまわりにできる黒ずんだ部分。「目の下に─ができる」
明鏡国語辞典 (C) Taishukan, 2002-2008
しかも皆二人の仲を妨害する気ないとかどれだけ良い子なんだw
夏星さんの描くおりんりんがマジ苦労人ポジション。強く生きて……ッ。
むらさと、これは、はやる。
うぼっぁああああああ!!!
あなたの書くムラサが大好きだ!なんだこのいい性格で、天然で、フラグ乱立だが、憎めないやつは!!(ほめ言葉