「ここが今日から僕の城になるんだ……」
僕の名は『マイケル・J・木村』
外来人。
いや、元外来人だ。
三年前、何の拍子かこの幻想郷にたどり着いてしまった不運な男だが、
運よく妖怪にも襲われずに人里にたどり着き、そのまま外の世界に戻らずに里に居つくことになった。
慣れない農作業などを手伝いながら、なんとか少しばかりのお金を貯めることが出来た僕は、
子供のころから夢だったパン屋をついに開店する事が出来るようになった。
今日はその記念すべき日なのだ。
(う、売れない……)
美味しいパンを心をこめて作れば、飛ぶように売れるんじゃないかなと思っていた時期が僕にもありました。
ただ一つだけ計算外だったのは……。
幻想郷の住民はご飯党が大多数をしめるという事だったのです!
その事に僕が気がついたのは、開店してから半月ほどたった頃だった。
なんてこった……。
せっかく専用の石窯まで作ったというのに。
まあガスや電気の窯なんていう便利な物はここには無いので当然なんだけど……。
こんな状態では早々に廃業の危機である。
残るは借金の山ばかり……。
収穫の時期もとうに終わり、そろそろ雪も降ろうかというこの季節。
そんな時期に路頭に迷うのはあまりにも悲惨すぎる……。
「助けて慧音先生!」
久しぶりに僕の店に訪れた客は、里の守護者にしてなんでも相談室のお姉さん『上白沢慧音』先生だった。
彼女は里の皆から先生と呼ばれ、とても慕われている。
――困ったときは先生に聞く。
寺子屋の教師であり、人里一の賢者でもある彼女の元には様々な相談事が持ち込まれるらしい。
その本人がこうして店に訪れてくれたのも何かの縁である。
友人のところに持っていくお土産に、何か珍しい食べ物を探しに来たという慧音先生。
御代はいらないからと、店にあったアンパンとメロンパンを全部包んで渡した。
「その代わりと言っては失礼ですが、どうか僕の相談にのってくださいませんか!」
「む、相談にのるのは構わないが……いいのか? こんなに」
「どうせ売れ残ったものは全部妖精のご飯ですよ……たまに紅白の……いや、きっと僕の見間違いですね……」
「そ、そうか……で相談とは?」
僕は恥を忍んで慧音先生に今の状況を隠さずに伝えました。
「そうだ、紅魔館ならパン食べるんじゃないか?」
「いや、あそこのメイド長は僕と互角かそれ以上のパンの使い手です。恐らく僕に作れるパンは彼女にも可能でしょう」
店をオープンして最初のころは物珍しさからかちらほらと客もいた。
その中に、ひときわ目立つ銀髪のメイドがいたのは忘れようにも忘れられない。
「そうか、あり得る話だ。ふむ……」
慧音先生はしばらく眉間にしわを寄せてしばらく考え込んでいた。
「豊穣の神様にでも聞いてみようか。小麦が材料なんだからまるっきり管轄外でもないだろう」
「か、神様ですか?」
いきなり話がでかくなってきた。
いくら幻想郷では神様もわりと身近な存在だといっても、たかがパン屋一軒のために力を貸してくれるだろうか。
それとも、もうこの店は神頼みするしか手はないレベルに到達しているということなのだろうか。
「もう秋も終わって暇だろうから、話くらいは聞いてくれるだろう」
というと慧音先生はアンパンとメロンパンを抱えて帰って行った。
友人のところに行った帰りに神様のところに寄ってきてくれるという事である。
「というわけなんだが」
ここは妖怪の山にある『秋静葉』と『秋穣子』姉妹の住む家である。
竹林に住む友人の元からの帰り道、慧音はパン屋のマイケルとの約束を忘れずにここにやってきた。
「なるほど、話はよくわかりました」
コタツに頬杖をつきながら対応してくれたのは妹の穣子であった。
慧音が土産に持ってきたメロンパンをもそもそと食べている姿はとても神様とは思えない。
ついでに食べカスもボロボロとだらしなく落としていた。
「いやぁ、冬になると信仰がガタ落ちでねえ。秋とのギャップが大きすぎて身体がだるくてだるくて」
「では、とても相談事どころではないかな?」
「いや、せっかく育った麦も美味しく食べてもらえなければ無念でしょう。ちょっとまってて」
そういうと、穣子は今いる部屋を出て行った。
しばらくして戻ってきたその手には、水のようなものが入った一升瓶を二本抱えている。
「パンの生地にこれを入れて焼くといいわ」
「……これは?」
「まあ、神の水とでもいったところかしら」
穣子は土産のメロンパンが入っていた風呂敷で器用に一升瓶を包んで慧音に渡した。
「ありがたいが、貴重な物なのでは?」
「まあ、御代は信仰心ってところかな。出来たパンに私達姉妹にちなんだ名前でも付けてもらおうかしら」
「わかった。パン屋の主にそう伝えておこう」
「よろしくね」
「ところで今日は静葉殿は留守なのか?」
「お姉ちゃんは奥にいるけど、今ちょっと出てこれないみたい」
「そうか、ではよろしく伝えておいてほしい」
そういって慧音は一升瓶を包んだ風呂敷を持って山を後にした。
「穣子。お風呂上がったわよ」
「はーい」
「ねえ、さっきの瓶は何だったの? お風呂のお湯なんて入れて」
「入った後のお湯なんて普通捨てちゃうだけだもの。何か使い道があったらいいと思わない?」
「何だかよくわからないけど、私の入ってたお湯なんて使い道があるとは思えないけど……」
「姉さん。これからは信仰もエコの時代ってことよ」
神の水を入れたパンは『秋神様の贈り物』と名付けられた。
そのパンは水以外は普通のパンと同じ材料しか使っていないのに、
生地を焼くとメープルシロップのような甘い香りを放ち、
その香りは人々を魅了してたちまち里で評判となった。
おかげで幻想郷にはパン好きがちょっぴり増え、マイケルの店は何とか持ち直すことができたという。
そして秋の神様姉妹は季節外れの信仰が増えたため、今年の冬は例年より少し明るかったという事です。
吹いたwwwwww
このパン食べてみたい…いや、水の方を飲んでみたいかも。
次の年洋酒を主に扱う酒屋が訪れた。幻想郷では主に日本酒が好まれる。麦を使ったビールはさっぱり売れなかった。
麦と言えば秋姉妹。そしてその年秋姉妹の一番絞りと呼ばれたビールは飛ぶように売れた。泡のリアルさが好評のようだ。
くぅ~~、なんて贅沢な!!!
今すぐ買いに行くから取り置きを頼みます。