Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

がらくた心臓

2010/04/26 01:47:24
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鋭い爪でぱくりと開かれた傷口から、血とはらわたがこぼれて濡れた体が冷える心地がした。
足は震えながら崩れ落ちて、燐は顔を庇う事も出来ずに地面に頬から落ちた。
さっき逃げたペット達はもう地霊殿についた頃だろうか。
タチが悪い妖怪連中に新入り達が絡まれていたから、さっと倒して先輩風でも吹かそうと思っていたらこのざまだ。
倒れている暇など無く、今は一刻でも早くこの場を離れなければいけないのに、手足は自分のものでなくなったように動こうとはしなかった。
いくつもの足音が近づいてくる。死にたくないと死ぬとが交互に頭の中で点滅した。
おくう、とそして僅かに遅れて、こいしさま、と息だけで呟いてから、さとりさまと呟こうとして、もう唇すら動かせなくなった事に絶望して、燐は何秒後かに訪れる死を待った。
ぞわり、となぜか背筋が粟立った。


目を開けて、真っ白なかけ布団と包帯が巻かれた腕が映り、一瞬何がどうなったのかわからなかった。
体を起こして、今いる部屋が地霊殿の一室だと気付き、自分がここまで運ばれた経緯を考えて燐は嘆息した。
身体は目覚めた途端に痛みを思い出したように、どこか動かす度に軋んだが無視して、手足が一つずつきちんと動くかを確認する。
指先までは無理だったが、痛みに目をつぶれば腕も足も動かすのに不自由は無かった。
裂けた服は脱がされて、肉色の腸が見えていた腹の傷も包帯で塞がれていた。
急に疲れた気がし、もう一度寝なおそうと思って布団をかぶろうとした時、ドアががちゃりと音を立てて開いた。

「あら、もう目が覚めたの」

何時間ぶりかに聞くさとりの声は、つい先ほども聞いた筈なのに懐かしい気がして燐は泣きそうになった。

「……すいません、へましちゃいました」
「あなたが謝る事ではないわ」
「あ、すぐに仕事戻りますんで」
「いいからしばらく寝てなさい」

やわらかい力で押さえつけられるように、額に指が触れてしなるようにして離れていった。
目を閉じて燐は思い出す。息をするたびに、ゆるゆると水の中に沈んでいくのと似た感覚がする。土と血が混じった埃。べちゃべちゃとぬかるんだ地面。動かない肢体。ゆっくりと近寄ってくる足音。嘲笑う声。
目の前で足音は止まり、びゅんと爪が降り上げられる。
顔を背ける事も出来ず、燐はただ爪の軌跡を目で追った。意思とは無関係にがちがちと歯が鳴る。
血が抜けているせいか、さっきからひどくさむい。粟立った背筋が戻らない。
勢いよく振り下ろされた爪が、空中で一度だけ震えてぴたりと止まった。
自分のものではない、喉が潰された時のような悲鳴が聞こえる。

「うちの子が、随分と世話になったようですね」

褐色の視界が裂けて、空色と桃色がいきなり現れたように見えた。そこで視界はぶつりと途切れた。
確かに声がした。何百年も前に一度きり聞いた、誰もが畏れ忌み嫌う、心を読む化け物の声が。

「思い出したのね」

さとりの声に、燐はぱちりと目を開く。取り囲む世界が急激に戻ってくる。
見上げれば、照れ臭そうにさとりは笑って、燐の脱脂綿が貼られた頬を撫でた。

「あまり思い返さないで、恥ずかしいから」
「そんなこと、ないですッ」

思わず弾けるように体を起して燐は叫ぶ。
恥じなければならないとしたら、それは弱い自分の方だ。

「弱くは無かったし時間もかけられなかったから、少しだけ本気になったの」
「だからって……」

言葉に詰まって、燐は黙りこくる。胸の中で言葉がぐるぐると混ざり合って、鼓動ばかりが早くなる。
結局出てきたのは、ありがとうございます、という間の抜けた感謝の言葉で、燐は自分の頭に落胆して息を吐く。
そもそも自分が言葉にせずとも読みとれるのではないかと、恨めしい視線をさとりに送ると首を横に振られた。

「あなたが言葉にできないものは、私にもおおまかにしかわからないの」
「結構不便ですよね、さとり様のそれ」
「万能なものなんて、すぐに邪魔になるわ」

よかった、と燐は呟いて顔の力を抜いて笑う。万能を厭うのなら、あたいもおくうもこいし様もきっと誰一人嫌われる事はない。
困った顔をしながらさとりが手を伸ばして来たので、頭を軽く下げて撫でてもらう。

「しかし、なんで場所わかったんです?」
「あの子達が駆けこんで帰ってきてね。慌てて血の臭いがする方にいったらあなたが倒れてて、心が読めなかったら死んだと思っていたわ」
「え、そんな臭いました、あたい?」
「昔、あなたを拾った時よりもっとひどかったわ。血と泥でべたべたのごてごて」
「それはなんていうか、凄惨ですね……」
「地霊殿に連れて帰ったら、臭いでみんな出てきたくらいよ」
「誰かお腹鳴らしてそうで怖いんですが、その状況」

返答はなく、ただにこにことさとりは笑っていただけなので、燐は今更ながら背筋が冷えた。
この屋敷にいるペット達は、ほとんどが妖怪と言うよりは獣に近い。
主達に拾われて慕っている、というそれだけを鎖にして身を寄せ合って住んでいる
そんなことを考えている間も胸の中のごちゃごちゃした思考はまとまらず、があああああっ、と唸るようにして燐は叫ぶ。
驚いた様子もなく、さとりは黙って落ち着かせるように背中を撫でた。

「違うんです、あたいはこんなこと言いたいんじゃないんです」
「そうみたいね」

感謝だけでも愛情だけでも足りない。この心の中を、とてもそんな言葉では説明しつくせない。
主に迷惑どころか危害が及びそうになったのが申し訳なくて、弱かった自分が情けなくて、この人が傷つくのが怖くて、でも来てもらったのが嬉しくて、側にいても離れていても不安で。
もし言葉に出来るのなら聞いてもらえるのなら、全部最初から一つずつ言って、それから助けてくれてありがとうございます、と言いたい。そして、もしまだ口が動くのなら、愛しています、と最後に言いたい。
せめて何か言葉にしたかったが、すぅっと涙だけが浮かんできて、両眼から一筋ずつ流れて頬が冷えた。

「さとり様」
「どうしたの?」
「自分が、うまく動かせないのはつらいです」
「でしょうね」

指先が伸ばされて、目じりに溜まった涙を拭われる。温度が混ざる。冷たいも温かいもわからなくなって一つになる。
こんな風に感情も思考も混ざってしまえばいいのにと燐は思う。
同じものを見たいと思ったら身長は高くなった。
同じことを話したいと思ったら言葉を手に入れた。
それでも、それでも、こんなにも遠い。

「全部、例えば手を握るだけで、伝わればいいんですけど」
「伝わっても、私はそれがきっとわからないわ」
「さとり様が好きなんです」
「ええ」

深呼吸する程の間を空けてから、知っているわ、と静かにさとりは微笑んだ。
日に当たらないせいで白い肌と、感情があまり表に出ないせいで、どうにも偽物みたく見えてしまう。
そんなことは決して無いとは、この屋敷にいる者だけが知っている。

「出会ってから、数百飛んで十八年と四カ月、あたいはずっとべたぼれなんですよ」

言ってしまってから、部屋中の音が全て無くなってしまったような気がした。
自分の心臓の音だけが馬鹿みたいに大きく聞こえる。
静寂を壊すように、さとりがくすりと笑って、それが嬉しくて燐もつられて笑った。
なんで笑っているかなど読みとる事は出来ない。笑わなくとも、こちらの思いが伝わらない事はない。
けれど、例え全ての行動が無駄だとしても、この主が笑っている限りは、燐は笑い合えずにはいられない。

何百年も前に、ぼろぼろの塵のようになって転がっていた所を、ひょいとつまみあげられて拾われた。
射殺されるような感情の無い視線と目が合って、にこりと微笑まれた瞬間に心臓は脈打ち過ぎて壊れてしまった。
息の根なんてもうあの時に止まっているに等しいのだから、今はこのひとのためにがらくたの心臓を脈打たせている。
こちらではお久しぶりです。

前の姉妹に続いてまた心臓です。書いてたらこうなりました……。
最初はさとり様がペットの事を「うちの子」って呼んでたらいいな、というだけだったんですが。
もういっそ次も心臓で空さとを書いて、心臓三部作とか言い張ろうかと思ってます。


ダブルスポイラーが、地霊殿組だけ1枚しか撮れなくて正直泣きそうです。
ではまた。読んでいただきありがとうございました。
タツアキ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
純愛ですね
面白かったです
2.奇声を発する程度の能力削除
とっても良かったです。
3.名前が無い程度の能力削除
最後の1行がお燐の愛が詰まっているようで
非常に印象深いです。
心臓三部作目、楽しみにしております。

タツアキさんの書かれる地霊殿が、大好きです!
4.名前が無い程度の能力削除
お燐可愛い。さとり様素敵
愛ですねえ、愛
5.のらくら削除
すごく素敵でした!燐さとはなかなかあまり多くはないので此方で素敵な作品を読めて嬉しかったです。ここのさとり様が好きなので心臓シリーズ空さともいつか読めるのを楽しみにしています!