文の家は言葉にできないくらい汚い。
その部屋を一目見て、霊夢はそう思うのと同時に、来たことを激しく後悔した。
「これは、一体、何なのよ!」
「何、と言われても私の部屋としか言えませんよ」
文は霊夢の方を向くこともせずに、部屋を汚し続けていた。
机の中やらを漁りながら、ないなーやら、どこ置いたっけやらつぶやいている。
なにやら探し物をしているらしい。霊夢はそう判断して、文に声をかけた。
「何を探してるのよ」
「んー? 手帳を探しているんですよ」
「あんたの文花帖とやらは、その机に乗っかってるじゃない」
「いや、それではなくてですね。先々代の文花帖を探しているのです」
先々代? 霊夢は訝しげな表情を浮かべて、文の作業を覗き込もうと、ゆっくり近づいていく。
途中でいろいろと踏んだけれど、あっちの自業自得だろう、と霊夢は心の中で頷いた。
飛べばいいというのは禁句。そもそも、飛べるほどに天井が高くなかった。
踏んだら痛そうなものを避けて、ようやく文までたどり着いた霊夢はその手元を見た。
紙の束をがさがさと鳴らしながら、乱暴に中を探っている。
態度には出していないけれど、実は結構いらついているのではなかろうか。
近寄っても、こちらを向こうとしない文に霊夢ははあ、とため息を吐いた。
落ちていたペンを無造作に拾い、それで文の肩を軽く叩く。
「手伝ってあげるわよ。……物を部屋の隅に寄せておくけど、いい?」
「いいんですか? 助かります」
「私が用あるわけじゃないし。早く終わらせて帰りたいのよ」
「そこで放っといて帰らないところが素敵ですよねー」
「そうしてもいいなら、そうするけど」
「すみません。手伝ってください」
「はいはい」
そんなやり取りをしてから、初めて文は霊夢の方を向いて、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「で、どうして急にそんなの探そうと思ったのよ」
紙の山に埋もれた霊夢が問い掛けると、その向こうから文の声だけが聞こえてくる。
「うーん。なんとなく、ですかねぇ」
「なんとなくでこんな汚くするのか、あんたは」
「見つけたら綺麗にするつもりでしたよ」
ふうん、と適当な返事をして、霊夢は改めて部屋を見渡した。
紙やら資料やらが大半を占めているけれど、よく分からないガラクタも結構多い。
文の家はお世辞にも広いとは言えない(物が多いから狭く見えているだけなのだろうけれど)
それなのに、よく溜め込んだものだ、と霊夢は検討違いの感心をした。
「何がこんなにあるのよ」
「さあ? いろいろです」
「烏だから?」
「鴉ですけど、違いますよ」
「どうだか」
話をしながらでも、文は手を止めない。
なんとなく探しているというのを霊夢は信じてなかったけれど、本当の理由を訊ねることはしなかった。
ただ、大事なものなんだろうな、と勝手に思うことにして、霊夢も手を動かし続けている。
「それにしても。あんたの手帳も代替わりとかしてたのね」
「そりゃしますよ。手帳の中身は有限なんですから」
「それは当たり前なんだけど。人の手帳なんてわざわざ見ないし、気付かないわよ」
「じゃあ、わざわざそんなことを聞かないでくださいよ」
「気になったんだもの」
「そうですか。――あ」
文の声に霊夢が顔をあげる。
どうした、と声をかけようとした瞬間、文は勢いよく立ち上がった。
「あったー! ありましたよ! やったあ!」
文は手に持ったそれを掲げて、ひゃっほう! と雄叫びをあげた。
しかしすぐに恥ずかしくなったのか、ぽすん、と座り直してこほん、と咳ばらいをひとつ。
「ありました。……ありがとうございました」
「あ、うん。よかったわね」
「それじゃあ、片付けしますかねー」
「待て」
何事もなかったかのように片付け始めようとする文を引き止めて、霊夢は言う。
「私の用事を済ませるのが先でしょう」
「そんなのもありましたねぇ。そうだったそうだった」
これはうっかり、と座り直した文はわざとらしい笑みを浮かべる。
そわそわ。落ち着きの無くなった文を横目に、霊夢は持ってきた荷物を置いた。
少し大きめの袋。中身の分からないそれを見て、文はきょとんとした表情をした。
「これは?」
「萃香からの届け物。私は運び屋じゃないのに」
霊夢が答えると、文はふむ、と納得したように頷いて、先程とは違った笑みを浮かべる。
「なるほど。そういうことですか。改めて、ありがとうございます」
「別にいいわよ。暇だっただけだから」
霊夢は萃香にいいことがあるぞ、と言われて来たのだけれど、
そんな甘言には騙されないつもりだったし、なにより帰ったら萃香に駄賃を請求するつもりだった。
文が袋に手をかけたのを見て、霊夢は身を乗り出し訊ねる。
「でさ。これ、何? ちょっと重かったんだけど」
「中身も知らずに持ってきたんですか」
文は大袈裟に驚いてから中身を見せる。それには酒と、真新しい手帳が入っていた。
どちらも外の世界のものなんですよ、と文は少し弾んだ声で言う。
「何で萃香が外の世界のものなんかを持ってて、それをあんたに渡すのよ」
「紫さん経由でですね。手帳の話をしたら任せろと言われちゃいました。
酒は……まあ、山で宴会がありまして」
「あんたが酒持ってくなんて珍しいわね。まためんどうくさい組織とやら?」
「そんなところです。ああ、そうだ。今日はこのお酒をご馳走しますよ」
一本くらいならいいでしょう。
文がそう付け足すと、霊夢は訝しげな顔をして、文と酒へ交互に目線を送った。
何かを察したのか、文はいやいや、と首を振って続ける。
「手伝ってもらったお礼ですよ? 片付けも手伝わせようなんて、まったく、思ってませんから」
「……手伝うわよ。手伝えばいいんでしょ」
「おお、ありがとうございます」
霊夢がジト目で文を睨む。それを気にした風もなく、文は新しい手帳をぱらぱらとめくっていた。
その手はやっぱり弾んでいて、自分がいなかったら小躍りでもしていたんだろうな、と霊夢は思った。
「よく分からないページも多いんですね。面白い」
「あっそう。それはよかったわね」
「冷たいなあ」
「手帳に興味がないの」
ひどいなあ、とつぶやいて、文は手帳をぱたんと閉じる。
そして、今度は古い手帳を開こうとした――のだが、霊夢がそれを止めた。
「それの前に。掃除、しなさい」
「なんでですか」
「お酒飲むんでしょ? 私はこんなところで寝たくないわよ」
「え? 泊まる?」
「酒飲んで山道を帰るのは、遠慮したいわよ」
霊夢が言うと、文は少し難しい顔をした。
部屋と霊夢とを交互に見て、一瞬だけ考える素振りを見せて、嘆息する。
「自分で巻いた種ですよね……めんどうくさいなあ」
どうやら、片付けると言っていたのは嘘らしい。
そう察して、霊夢は酒だけ持って帰ってやろうかとしたけれど、引き留められてしまった。
「……まあ、こんなものでしょう」
ぱん、と手を叩いて文は部屋を見渡す。
文は手帳が気になって作業に身が入らないようで、似たようなセリフを何回か言っていた。
まだお世辞にも綺麗とは言えないけれど、寝るスペースを確保できただけでもいいか、と霊夢は頷く。
霊夢からお許しを得て、文はぱあっと顔を輝かせるとすぐに手帳を見始めた。
「その手帳って何が書いてあるのよ」
「企業秘密ですねー」
む、と唸って霊夢は手帳をめくる文の手を掴もうとする。
文は霊夢の手をさらりとかわして、手帳を眺め続けていた。
「見せてよ」
「駄目です」
「見せなさい」
「駄目」
そんなやり取りを何度かした後、文は手帳の流し読みを止めて今度は、霊夢の顔を眺め始めた。
遠慮のない視線に霊夢が軽い手刀を喰らわせると、文は痛がるそぶりをして、わざとらしく不満そうな顔をした。
「痛い」
「あんたの視線の方が痛いわ。何なのよ」
「変わってるなーと思って」
びしり。二発目はさっきよりも強かった。
「……写真と比べての話ですよ」
「誤解のないように言いなさい」
もっとも、勘違いさせる気満々の発言だったけれども。
そんなことは霊夢も文も分かり切っていて、先程ふるった暴力がなかったかのように霊夢は訊ねた。
「その手帳に、私の写真でも入ってたの?」
「あなたのだけじゃなくて、私の知り合いは大体入ってますね」
「ふうん。みんな変わってる?」
「そうですねぇ……結構変わったんじゃないですか?」
そう、と納得した風に頷いて霊夢は文の顔をまじまじと観察し始める。
首を傾げるだけの文だったけれど、鼻を摘まれたりした辺りで慌てて止めた。
「なにするんですか」
「違いが分からないんだもん」
本当に変わってるの? と霊夢が不満げに言うと、文は楽しそうに返す。
「分からないなら、変わってないのかもしれませんね」
文はくつくつと喉を鳴らして笑った。
それから、おかしくてたまらないと言った調子でカメラを持ち出して言う。
「それじゃあ、今度手帳を探す時のために――違いを探す時のために、写真を撮っておきましょうか」
写真を撮らないから駄目なんだ、と言われているのだろうかと霊夢は思った。
まあ、そういう意図があることは間違いないだろうし、文も否定しないに違いない。
だから、皮肉の一つでも言ってやろうとしたけれど、思い切り肩を引っ張られてそれは叶わなかった。
かしゃ、という独特の音がして、隣に文の顔があるのを視認して、そこでようやく撮られたのだと気付く。
「……私まだ、何も言ってないんだけど」
「無言は肯定でしょう」
文は笑みを見せたまま、悪びれることもなく言った。
そして写真を新しい手帳に挟んでから、ぱたんと、わざとらしく音をたてて閉じる。
「そうですね。次の次の文花帖になったらまた探しましょうか」
「見つかっても見せないくせに?」
「見せますよ。この写真だけですが。……特別ですよ?」
へぇ、と感嘆したような声を漏らして霊夢は文の顔を眺める。
またやられると思ったのだろうか、文は鼻を手で隠して何ですか、と訊ねた。
「なんか、変わった?」
「霊夢がそう思うなら、そうなんじゃないですか?」
いかにも適当な返答だったけれど、霊夢はふむりと納得したような声を漏らす。
「そうねー。違いも気になるし、探してあげてもいいかもね」
「ですか。じゃあ、一生懸命分かりづらいところに隠しましょう」
「分かりやすいところに置いといてよ」
「そんなのつまらないじゃないですか」
ねぇ? と問いかけられて、霊夢がつまらなくていいと返そうとした瞬間、それに、と文が続けた。
「早苗に聞いたのですが、外の世界にはタイムカプセルというものがあるそうですよ」
「タイムカプセル? なにそれ?」
「思い出の品を詰めて、本人達でも分からないところに埋めて、掘りだした時に昔を懐かしむというものらしいです」
「ふうん。それが?」
霊夢が問うと、文は新しい手帳を取り出して霊夢に見せつけるように掲げた。
「これも似たようなものでしょう? これから、思い出を詰め込みます」
ぽかん、と霊夢が呆気に取られたような表情すると、文はへらり、と笑う。
「絶対、掘り出しましょうね」
「家の中から掘り出すって表現はおかしいと思うけど」
「それもまた思い出、ということで」
「…………」
霊夢の無言の抵抗を無視して、文は酒を取り出す。
「じゃあ、お酒飲みましょうか。そうと決まったら早速、思い出作りをしなくては」
「思い出作りって焦ることでもないと思うんだけどね」
悪態付きながらも、霊夢は酒を口にし始める。
文はその姿を写真に収めると、大事なもののように手帳に挟んだ。
その部屋を一目見て、霊夢はそう思うのと同時に、来たことを激しく後悔した。
「これは、一体、何なのよ!」
「何、と言われても私の部屋としか言えませんよ」
文は霊夢の方を向くこともせずに、部屋を汚し続けていた。
机の中やらを漁りながら、ないなーやら、どこ置いたっけやらつぶやいている。
なにやら探し物をしているらしい。霊夢はそう判断して、文に声をかけた。
「何を探してるのよ」
「んー? 手帳を探しているんですよ」
「あんたの文花帖とやらは、その机に乗っかってるじゃない」
「いや、それではなくてですね。先々代の文花帖を探しているのです」
先々代? 霊夢は訝しげな表情を浮かべて、文の作業を覗き込もうと、ゆっくり近づいていく。
途中でいろいろと踏んだけれど、あっちの自業自得だろう、と霊夢は心の中で頷いた。
飛べばいいというのは禁句。そもそも、飛べるほどに天井が高くなかった。
踏んだら痛そうなものを避けて、ようやく文までたどり着いた霊夢はその手元を見た。
紙の束をがさがさと鳴らしながら、乱暴に中を探っている。
態度には出していないけれど、実は結構いらついているのではなかろうか。
近寄っても、こちらを向こうとしない文に霊夢ははあ、とため息を吐いた。
落ちていたペンを無造作に拾い、それで文の肩を軽く叩く。
「手伝ってあげるわよ。……物を部屋の隅に寄せておくけど、いい?」
「いいんですか? 助かります」
「私が用あるわけじゃないし。早く終わらせて帰りたいのよ」
「そこで放っといて帰らないところが素敵ですよねー」
「そうしてもいいなら、そうするけど」
「すみません。手伝ってください」
「はいはい」
そんなやり取りをしてから、初めて文は霊夢の方を向いて、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「で、どうして急にそんなの探そうと思ったのよ」
紙の山に埋もれた霊夢が問い掛けると、その向こうから文の声だけが聞こえてくる。
「うーん。なんとなく、ですかねぇ」
「なんとなくでこんな汚くするのか、あんたは」
「見つけたら綺麗にするつもりでしたよ」
ふうん、と適当な返事をして、霊夢は改めて部屋を見渡した。
紙やら資料やらが大半を占めているけれど、よく分からないガラクタも結構多い。
文の家はお世辞にも広いとは言えない(物が多いから狭く見えているだけなのだろうけれど)
それなのに、よく溜め込んだものだ、と霊夢は検討違いの感心をした。
「何がこんなにあるのよ」
「さあ? いろいろです」
「烏だから?」
「鴉ですけど、違いますよ」
「どうだか」
話をしながらでも、文は手を止めない。
なんとなく探しているというのを霊夢は信じてなかったけれど、本当の理由を訊ねることはしなかった。
ただ、大事なものなんだろうな、と勝手に思うことにして、霊夢も手を動かし続けている。
「それにしても。あんたの手帳も代替わりとかしてたのね」
「そりゃしますよ。手帳の中身は有限なんですから」
「それは当たり前なんだけど。人の手帳なんてわざわざ見ないし、気付かないわよ」
「じゃあ、わざわざそんなことを聞かないでくださいよ」
「気になったんだもの」
「そうですか。――あ」
文の声に霊夢が顔をあげる。
どうした、と声をかけようとした瞬間、文は勢いよく立ち上がった。
「あったー! ありましたよ! やったあ!」
文は手に持ったそれを掲げて、ひゃっほう! と雄叫びをあげた。
しかしすぐに恥ずかしくなったのか、ぽすん、と座り直してこほん、と咳ばらいをひとつ。
「ありました。……ありがとうございました」
「あ、うん。よかったわね」
「それじゃあ、片付けしますかねー」
「待て」
何事もなかったかのように片付け始めようとする文を引き止めて、霊夢は言う。
「私の用事を済ませるのが先でしょう」
「そんなのもありましたねぇ。そうだったそうだった」
これはうっかり、と座り直した文はわざとらしい笑みを浮かべる。
そわそわ。落ち着きの無くなった文を横目に、霊夢は持ってきた荷物を置いた。
少し大きめの袋。中身の分からないそれを見て、文はきょとんとした表情をした。
「これは?」
「萃香からの届け物。私は運び屋じゃないのに」
霊夢が答えると、文はふむ、と納得したように頷いて、先程とは違った笑みを浮かべる。
「なるほど。そういうことですか。改めて、ありがとうございます」
「別にいいわよ。暇だっただけだから」
霊夢は萃香にいいことがあるぞ、と言われて来たのだけれど、
そんな甘言には騙されないつもりだったし、なにより帰ったら萃香に駄賃を請求するつもりだった。
文が袋に手をかけたのを見て、霊夢は身を乗り出し訊ねる。
「でさ。これ、何? ちょっと重かったんだけど」
「中身も知らずに持ってきたんですか」
文は大袈裟に驚いてから中身を見せる。それには酒と、真新しい手帳が入っていた。
どちらも外の世界のものなんですよ、と文は少し弾んだ声で言う。
「何で萃香が外の世界のものなんかを持ってて、それをあんたに渡すのよ」
「紫さん経由でですね。手帳の話をしたら任せろと言われちゃいました。
酒は……まあ、山で宴会がありまして」
「あんたが酒持ってくなんて珍しいわね。まためんどうくさい組織とやら?」
「そんなところです。ああ、そうだ。今日はこのお酒をご馳走しますよ」
一本くらいならいいでしょう。
文がそう付け足すと、霊夢は訝しげな顔をして、文と酒へ交互に目線を送った。
何かを察したのか、文はいやいや、と首を振って続ける。
「手伝ってもらったお礼ですよ? 片付けも手伝わせようなんて、まったく、思ってませんから」
「……手伝うわよ。手伝えばいいんでしょ」
「おお、ありがとうございます」
霊夢がジト目で文を睨む。それを気にした風もなく、文は新しい手帳をぱらぱらとめくっていた。
その手はやっぱり弾んでいて、自分がいなかったら小躍りでもしていたんだろうな、と霊夢は思った。
「よく分からないページも多いんですね。面白い」
「あっそう。それはよかったわね」
「冷たいなあ」
「手帳に興味がないの」
ひどいなあ、とつぶやいて、文は手帳をぱたんと閉じる。
そして、今度は古い手帳を開こうとした――のだが、霊夢がそれを止めた。
「それの前に。掃除、しなさい」
「なんでですか」
「お酒飲むんでしょ? 私はこんなところで寝たくないわよ」
「え? 泊まる?」
「酒飲んで山道を帰るのは、遠慮したいわよ」
霊夢が言うと、文は少し難しい顔をした。
部屋と霊夢とを交互に見て、一瞬だけ考える素振りを見せて、嘆息する。
「自分で巻いた種ですよね……めんどうくさいなあ」
どうやら、片付けると言っていたのは嘘らしい。
そう察して、霊夢は酒だけ持って帰ってやろうかとしたけれど、引き留められてしまった。
「……まあ、こんなものでしょう」
ぱん、と手を叩いて文は部屋を見渡す。
文は手帳が気になって作業に身が入らないようで、似たようなセリフを何回か言っていた。
まだお世辞にも綺麗とは言えないけれど、寝るスペースを確保できただけでもいいか、と霊夢は頷く。
霊夢からお許しを得て、文はぱあっと顔を輝かせるとすぐに手帳を見始めた。
「その手帳って何が書いてあるのよ」
「企業秘密ですねー」
む、と唸って霊夢は手帳をめくる文の手を掴もうとする。
文は霊夢の手をさらりとかわして、手帳を眺め続けていた。
「見せてよ」
「駄目です」
「見せなさい」
「駄目」
そんなやり取りを何度かした後、文は手帳の流し読みを止めて今度は、霊夢の顔を眺め始めた。
遠慮のない視線に霊夢が軽い手刀を喰らわせると、文は痛がるそぶりをして、わざとらしく不満そうな顔をした。
「痛い」
「あんたの視線の方が痛いわ。何なのよ」
「変わってるなーと思って」
びしり。二発目はさっきよりも強かった。
「……写真と比べての話ですよ」
「誤解のないように言いなさい」
もっとも、勘違いさせる気満々の発言だったけれども。
そんなことは霊夢も文も分かり切っていて、先程ふるった暴力がなかったかのように霊夢は訊ねた。
「その手帳に、私の写真でも入ってたの?」
「あなたのだけじゃなくて、私の知り合いは大体入ってますね」
「ふうん。みんな変わってる?」
「そうですねぇ……結構変わったんじゃないですか?」
そう、と納得した風に頷いて霊夢は文の顔をまじまじと観察し始める。
首を傾げるだけの文だったけれど、鼻を摘まれたりした辺りで慌てて止めた。
「なにするんですか」
「違いが分からないんだもん」
本当に変わってるの? と霊夢が不満げに言うと、文は楽しそうに返す。
「分からないなら、変わってないのかもしれませんね」
文はくつくつと喉を鳴らして笑った。
それから、おかしくてたまらないと言った調子でカメラを持ち出して言う。
「それじゃあ、今度手帳を探す時のために――違いを探す時のために、写真を撮っておきましょうか」
写真を撮らないから駄目なんだ、と言われているのだろうかと霊夢は思った。
まあ、そういう意図があることは間違いないだろうし、文も否定しないに違いない。
だから、皮肉の一つでも言ってやろうとしたけれど、思い切り肩を引っ張られてそれは叶わなかった。
かしゃ、という独特の音がして、隣に文の顔があるのを視認して、そこでようやく撮られたのだと気付く。
「……私まだ、何も言ってないんだけど」
「無言は肯定でしょう」
文は笑みを見せたまま、悪びれることもなく言った。
そして写真を新しい手帳に挟んでから、ぱたんと、わざとらしく音をたてて閉じる。
「そうですね。次の次の文花帖になったらまた探しましょうか」
「見つかっても見せないくせに?」
「見せますよ。この写真だけですが。……特別ですよ?」
へぇ、と感嘆したような声を漏らして霊夢は文の顔を眺める。
またやられると思ったのだろうか、文は鼻を手で隠して何ですか、と訊ねた。
「なんか、変わった?」
「霊夢がそう思うなら、そうなんじゃないですか?」
いかにも適当な返答だったけれど、霊夢はふむりと納得したような声を漏らす。
「そうねー。違いも気になるし、探してあげてもいいかもね」
「ですか。じゃあ、一生懸命分かりづらいところに隠しましょう」
「分かりやすいところに置いといてよ」
「そんなのつまらないじゃないですか」
ねぇ? と問いかけられて、霊夢がつまらなくていいと返そうとした瞬間、それに、と文が続けた。
「早苗に聞いたのですが、外の世界にはタイムカプセルというものがあるそうですよ」
「タイムカプセル? なにそれ?」
「思い出の品を詰めて、本人達でも分からないところに埋めて、掘りだした時に昔を懐かしむというものらしいです」
「ふうん。それが?」
霊夢が問うと、文は新しい手帳を取り出して霊夢に見せつけるように掲げた。
「これも似たようなものでしょう? これから、思い出を詰め込みます」
ぽかん、と霊夢が呆気に取られたような表情すると、文はへらり、と笑う。
「絶対、掘り出しましょうね」
「家の中から掘り出すって表現はおかしいと思うけど」
「それもまた思い出、ということで」
「…………」
霊夢の無言の抵抗を無視して、文は酒を取り出す。
「じゃあ、お酒飲みましょうか。そうと決まったら早速、思い出作りをしなくては」
「思い出作りって焦ることでもないと思うんだけどね」
悪態付きながらも、霊夢は酒を口にし始める。
文はその姿を写真に収めると、大事なもののように手帳に挟んだ。
でも、全体的にほんのりしていて、読んで心が和みましたよ。
こういう雰囲気、私は好きです。
てっきり数年後の話に飛ぶかと思った。
イイハナシダナーって思ってたのに…
作者が持ってったからね。
二人にとっての大切な思い出とは、日々の些細な事なのでしょうね。