「結界っていうのはここと向こうを隔てるものよね」
「何を今更」
「確認みたいなものよ。結界を超えた人のことを神隠しという……。
行方不明になって向こうで時間を過ごした人が帰ってきたとき、何十年経っていても当時と同じ姿で現れるとかね」
「結界の向こう側とこちら側って時間の流れが違うんじゃないかしら」
「浦島太郎的な宮殿みたいに?」
「そう」
「その時間の流れはなぜ起こるのか?」
「結界は何かを隔てるのだけど。時間まで隔たりがあるんならそれを越えるとしたら。大変なエネルギーが必要になる」
「物理的なエネルギーなの? それとも霊的なエネルギー? 後者ならそこらの地脈から拝借すればいいじゃない」
「それもアリだけどね。それじゃあ足りない気がするの」
「貴方が見たって言う夢の世界――幻想郷の結界の構築にはね。あんな広大な世界の維持には莫大なエネルギーが必要になるのよ。
さらに不可解なのよ。なんでこちらの世界には異能者の数が少ないの」
「蓮子みたいな変な目持った人が一杯いたら嫌じゃない」
わたしは境界を見る程度の能力――まぁこちらと結界の向こう側を見る程度のことしかできない。
対して蓮子は空の月と星を見て、時間と位置を把握できる気持ち悪い目を持っている。
「あんたも充分変だと思うけどね。少なからず、異能者はいるのよ、こっちにも。
結界の向こう側に移住したから少ないかもしれないけど。それでも人口的に少ないと思うのよ」
「……………………何が言いたいのよ」
「ごめんごめん。
まるでね、異能者の超常の力を奪われてるんじゃないかって思ったのよ。たいてい科学でどうにかなるから、今の人間には霊的な力ってあんまり必要じゃないの。
でも人間って「霊長類」って分類じゃない。多少は霊力あるはずなのよ。人間以外の動物だってなんらかのモノは見えているんだしね。
最近はそういう能力をまるっきり感じられないから、退化したか、もしくは「どこか」に行ってるんじゃないかって思うのよ」
「仮に万人にその能力があったとして……能力が発露する前に奪われてるんなら超常現象を起こす能力を持っているかどうか自覚出来ないわね。
霊力が結界の構築のエネルギーになってるとしたら、過剰分は?」
「その人個人のもとにあるままに。多少は奪われているんだから、平均より高めの総量でないと力を発揮出来ないから……いわゆる霊能者って呼ばれる本物の人とか。本当にポテンシャル高い人じゃないと無理だけど。そのセンでいくとわたしと貴方は相当強い力になるわね。
ま、私のはあってもなくてもあんまり役に立たない能力だから、なくても変わりはないけどね。時間と現在位置なんてGPSと時計があれば一発で分かる程度の能力よ?」
「投げやりね。せっかくの長口上が台無しよ?」
「いいのよ。確認する術もないし、確認した所で大した害もない。真実だろうが虚実だろうが、たわいもない妄想みたいなものよ。言うなれば言葉遊びね」
「無駄なことが好きなのね……物理学者ってもっとスマートなイメージがあったんだけど」
「あらあら?物理学なんて論理的に調べるなんて気の遠いこと考える人間にスマートな人間はいないわ。本当に頭のいいスマートな人なら面倒なことはせずに楽に生きてるわよ。
バカと天才は紙一重ってやつ?そうね別の意味にもとれそうね……アリとキリギリスとか」
「それでいくと蓮子は前者っぽい気がするわね」
「そうね。私は天才じゃないもの。思い付いた妄言の中から本当のことをちまちま見つけていく程度のことしかできないわ」
こつこつした努力を続けていくことができるのも天才の要件だと思うけれど。
蓮子の場合は本人の自覚はともかく、もともとのポテンシャルは高い。それでも届かないところまで探究を積み重ねていく努力をしているからこそアリと表現しているのだろうか。
それでも私のような人間にとっては十分キリギリスに当たると思うのだけれども。
「他には嘘を本当のことみたいに飾り立てるとかね」
「遅刻の理由とかその最たるものね」
「雰囲気台無しじゃない。イイ感じにまとめようとしてるのに」
「貴方には似合わないわよ?」
「この……」
憤慨する素振りを見せて、私の首を腕で軽く締めてきた。なんでだんだん力を強めて絞めるのよ。ぐるじい……
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相棒に組み付いたとき、髪から良い匂いがするシャンプー何使ってるんだろう柔らかいなぁあったかいなぁとか思ったのは秘密である。思わずぎゅっとしてしまったのも秘密である。
雰囲気台無し。
そう相棒に言われた。
「それもそうかもね。
真実が明かされたとしても、それを正しいと認識していなければ、虚実――存在していないものとなんら変わらない。
私が言ったことを本当だと認識する人がいなければ、それはただの戯言だもの」
視線はこちらへ向けられて、見ていることを解っているようにこちらをまっすぐに見据える。否、見透かすように皮肉気に微笑む。
「ねぇそこのあなた?そうは思わない?」
よくあるオチ的に。