コンコン。
控えめなノックの音が部屋に響く。
何をするでもなくベッドに横になっていた私は、上体をむくりと起こして返事をする。
「……どうぞ。開いてるよ」
「失礼します」
そう言ってドアを開けたのは美鈴だった。
その背後には、小さな影が見える。
「……また来たの」
「はい」
ちょこんと美鈴の腰のあたりから笑顔を覗かせたのは、咲夜。
お姉様がどこからか拾ってきたという人間の子供だ。
「妹様のところへ行く、って聞かなくて」
美鈴が頬を掻きながら言う。
咲夜の教育係を務める美鈴は、こんな風にしょっちゅう彼女に振り回されている。
まあ本人も楽しそうだから別にいいけど。
「いもうとさま」
「ん?」
ベッドの上で胡坐をかいていた私のもとへ、早速、咲夜がとてとてと歩み寄ってきた。
「おはねをさわらせてください」
「……また? 別にいいけど」
私はくるりと、咲夜の方に背を向ける。
「うわあ、きれー」
肩越しに振り返って見ると、咲夜は目を輝かせながら私の羽根をつっついていた。
この七色の羽根が、こんな形で役に立つ日が来るとは思わなかった。
咲夜の隣に立った美鈴が、和やかな声で言う。
「妹様の羽根、好きだねぇ。さっちゃん」
「うん!」
「…………」
うーん。
なんだろう、なんかむずむずするなあ。
いや、嫌いじゃないんだけどね、こういうのも。
ただなんとなく、慣れてないっていうか。
暫く私の羽根をいじっていた咲夜だったが、美鈴から「ほら、あんまり触ってると妹様も疲れちゃうから」と促されると、渋々、私の羽根から手を離した。
今は私の部屋にあるぬいぐるみに興味が移ったようで、頻りに抱きしめたり頬擦りしたりしている。
「…………」
そんな咲夜の様子を、ぼんやりと眺める。
なんだろうな、この気持ち。
壊すことしかしらなかった私が、こんな気持ちになるなんて。
ふと視線を感じて顔を向けると、美鈴が穏やかな笑みを浮かべて私を見ていた。
なんとなく内心を見透かされていたような気がして、少し恥ずかしい。
「……なによ」
「いえ、別に」
「…………」
美鈴は変わらず、ニコニコと微笑んだまま。
またも背中がむずがゆくなってきた私は、その視線から顔を背けつつ、口を開いた。
「……最近、さ」
「はい」
「……あいつ、丸くなったと思わない?」
「……お嬢様、ですか?」
私は無言で頷く。
「ちょっと昔までは、なんかこう、もっとぴりぴりしてたような気がするんだけど」
「…………」
「最近は、こう、角が取れたっていうか、物腰が柔らかくなったっていうか」
「…………」
「なんでかなー、って思ってたんだけど」
そこで私は再び、ぬいぐるみをいとおしそうに抱きしめている幼子の方に目を向けた。
その無垢な笑顔は、きっと私が壊そうとしても壊せないもの。
「……その理由が、なんとなく分かったような気がする」
「……そうですか」
美鈴は微笑みを絶やさない。
すべてを赦し、包み込むような、温かい笑顔。
……まったく、もう。
いつから私の周りには、こんなに笑顔が溢れるようになっちゃったかな。
なんとなく照れ臭くなって、ぼりぼりと頭を掻きながら、私はベッドを降りた。
クマのぬいぐるみを抱っこしている咲夜の方に近づき、声を掛ける。
「……どした、咲夜。それ、欲しい?」
「えっ。あ、えっと」
咲夜は目をぱちくりさせて、でもその顔には答えがはっきり書いてある。
それを口には出さないのは、子供なりに遠慮しているのだろうか。
私は咲夜の頭に手を置いて言った。
「……いいよ。欲しいんなら、あげる」
「! ほんとうですか」
「うん。その代わり、大事にしてね」
「はい!」
元気いっぱいで返事をすると、咲夜はクマを抱きしめたまま、美鈴の方へと駆け寄った。
そして、それを見せ付けるように高々と掲げ上げると、大きな声で言う。
「みてー、めーりん! いもうとさまにもらったー!」
「あら。よかったねぇ、さっちゃん」
「うん!」
咲夜は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
こんな私でも、他の誰かを笑顔にさせてあげることができるんだと思うと、なんだか不思議な感じがした。
私は二人に近づいて言う。
「……ほら、今日はもう遅いから寝なさい。夜更かしする子は背が伸びないよ」
「はーい」
頭をよしよししながら言ってやると、咲夜はまたも元気よく返事をした。
うむ、素直でよろしい。
「じゃあ、おやすみなさい。いもうとさま」
「はい、おやすみ」
「それでは失礼します」
「ん。またね」
二人を見送って、私は再び一人になった。
静寂が支配する空間の中、なんとも形容しがたい心地が私を包んでいた。
「…………」
ぼふん、とベッドに倒れこむ。
おかしいな。
おかしいな。
「なんで、こんなに」
……心が、あたたかいのだろう?
生まれてから、四百八十年余り。
私はずっとしらなかった。
いや、本当はしっていたのかもしれない。
ただ、気付いていなかっただけで。
そして、それを気付かせてくれたのは―――。
夢の中へ落ちる間際、あの無垢な笑顔が脳裏に浮かんだ。
私はきっと、笑っていたんだと思う。
了
控えめなノックの音が部屋に響く。
何をするでもなくベッドに横になっていた私は、上体をむくりと起こして返事をする。
「……どうぞ。開いてるよ」
「失礼します」
そう言ってドアを開けたのは美鈴だった。
その背後には、小さな影が見える。
「……また来たの」
「はい」
ちょこんと美鈴の腰のあたりから笑顔を覗かせたのは、咲夜。
お姉様がどこからか拾ってきたという人間の子供だ。
「妹様のところへ行く、って聞かなくて」
美鈴が頬を掻きながら言う。
咲夜の教育係を務める美鈴は、こんな風にしょっちゅう彼女に振り回されている。
まあ本人も楽しそうだから別にいいけど。
「いもうとさま」
「ん?」
ベッドの上で胡坐をかいていた私のもとへ、早速、咲夜がとてとてと歩み寄ってきた。
「おはねをさわらせてください」
「……また? 別にいいけど」
私はくるりと、咲夜の方に背を向ける。
「うわあ、きれー」
肩越しに振り返って見ると、咲夜は目を輝かせながら私の羽根をつっついていた。
この七色の羽根が、こんな形で役に立つ日が来るとは思わなかった。
咲夜の隣に立った美鈴が、和やかな声で言う。
「妹様の羽根、好きだねぇ。さっちゃん」
「うん!」
「…………」
うーん。
なんだろう、なんかむずむずするなあ。
いや、嫌いじゃないんだけどね、こういうのも。
ただなんとなく、慣れてないっていうか。
暫く私の羽根をいじっていた咲夜だったが、美鈴から「ほら、あんまり触ってると妹様も疲れちゃうから」と促されると、渋々、私の羽根から手を離した。
今は私の部屋にあるぬいぐるみに興味が移ったようで、頻りに抱きしめたり頬擦りしたりしている。
「…………」
そんな咲夜の様子を、ぼんやりと眺める。
なんだろうな、この気持ち。
壊すことしかしらなかった私が、こんな気持ちになるなんて。
ふと視線を感じて顔を向けると、美鈴が穏やかな笑みを浮かべて私を見ていた。
なんとなく内心を見透かされていたような気がして、少し恥ずかしい。
「……なによ」
「いえ、別に」
「…………」
美鈴は変わらず、ニコニコと微笑んだまま。
またも背中がむずがゆくなってきた私は、その視線から顔を背けつつ、口を開いた。
「……最近、さ」
「はい」
「……あいつ、丸くなったと思わない?」
「……お嬢様、ですか?」
私は無言で頷く。
「ちょっと昔までは、なんかこう、もっとぴりぴりしてたような気がするんだけど」
「…………」
「最近は、こう、角が取れたっていうか、物腰が柔らかくなったっていうか」
「…………」
「なんでかなー、って思ってたんだけど」
そこで私は再び、ぬいぐるみをいとおしそうに抱きしめている幼子の方に目を向けた。
その無垢な笑顔は、きっと私が壊そうとしても壊せないもの。
「……その理由が、なんとなく分かったような気がする」
「……そうですか」
美鈴は微笑みを絶やさない。
すべてを赦し、包み込むような、温かい笑顔。
……まったく、もう。
いつから私の周りには、こんなに笑顔が溢れるようになっちゃったかな。
なんとなく照れ臭くなって、ぼりぼりと頭を掻きながら、私はベッドを降りた。
クマのぬいぐるみを抱っこしている咲夜の方に近づき、声を掛ける。
「……どした、咲夜。それ、欲しい?」
「えっ。あ、えっと」
咲夜は目をぱちくりさせて、でもその顔には答えがはっきり書いてある。
それを口には出さないのは、子供なりに遠慮しているのだろうか。
私は咲夜の頭に手を置いて言った。
「……いいよ。欲しいんなら、あげる」
「! ほんとうですか」
「うん。その代わり、大事にしてね」
「はい!」
元気いっぱいで返事をすると、咲夜はクマを抱きしめたまま、美鈴の方へと駆け寄った。
そして、それを見せ付けるように高々と掲げ上げると、大きな声で言う。
「みてー、めーりん! いもうとさまにもらったー!」
「あら。よかったねぇ、さっちゃん」
「うん!」
咲夜は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
こんな私でも、他の誰かを笑顔にさせてあげることができるんだと思うと、なんだか不思議な感じがした。
私は二人に近づいて言う。
「……ほら、今日はもう遅いから寝なさい。夜更かしする子は背が伸びないよ」
「はーい」
頭をよしよししながら言ってやると、咲夜はまたも元気よく返事をした。
うむ、素直でよろしい。
「じゃあ、おやすみなさい。いもうとさま」
「はい、おやすみ」
「それでは失礼します」
「ん。またね」
二人を見送って、私は再び一人になった。
静寂が支配する空間の中、なんとも形容しがたい心地が私を包んでいた。
「…………」
ぼふん、とベッドに倒れこむ。
おかしいな。
おかしいな。
「なんで、こんなに」
……心が、あたたかいのだろう?
生まれてから、四百八十年余り。
私はずっとしらなかった。
いや、本当はしっていたのかもしれない。
ただ、気付いていなかっただけで。
そして、それを気付かせてくれたのは―――。
夢の中へ落ちる間際、あの無垢な笑顔が脳裏に浮かんだ。
私はきっと、笑っていたんだと思う。
了
素晴らしいです!
フランはとても笑顔が似合う
自然と笑顔になれました。
いえ、タイトルでつい…w