Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

尻尾の中の霊夢(8)

2010/04/25 12:09:24
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 博麗神社は消し飛ばされていた。
 倒壊でも全壊でもなく――跡形も無もなかった。いや、何処かしらに木片は散らばっているだろうが。それを指差して博麗神社だといわれても、首を傾げざるを得ないのは確かだろう。
 そもそも戦いの開始直後から、神社は半壊した。まばたきを数回した後には軋みを上げ、圧縮され、轟音を鳴らし、紙くずのようにひしゃげた。
 境内とて同じことだった。均されていた土は、見る影も無く。整然と並んでいたはずの石畳は地盤がえぐれているため、意味を成していない。
 そこにはいい訳も、容赦も、なにもなかった。物言わぬ博麗神社は逃げることも出来ず、復旧という言葉が思いつかないほど蹂躙される他なかった。
 つまりは、

(流石に狭すぎたか……)

 砂埃の舞う荒れ果てた荒野を見渡して、藍はつぶやいた。
 こうなることは予想の範疇だったが、広域の異界を創る結界を敷くには、準備期間が不足していたのだ。
 性急過ぎたのは否めないが、今更自らの不平を零したところで意味はない。なんにしろ、すべては過ぎたことだ。
 藍は疲れを吐き出す心地で、吐息した。

「人間を恐ろしいと思ったのは、何百年ぶりだろう」
「その割には、余裕そうじゃない。一発殴らせなさいグーで」

 剣呑に言う巫女は、荒れ果てた境内の一部と化していた。
 巫女服はあられもなく破れ、ところどころが狐火によって塵尻になっている。力なく仰向けに倒れ、息も絶え絶えだった。
 つまりは、それが結果だった。

「はー……疲れた。もう嫌になるぐらい疲れたわ。一生分疲れたわよ」
「まだ立ち上がれるか、霊夢。出し惜しみ無く、扱えるすべての力を振舞う事は出来たか?」

 見下ろしながら問えば、霊夢は半眼で睨みつけてくる。

「んなの、見りゃわかるでしょうが……」
「そうか。よどみなく喋るから、まだ行けるのかと思ったよ」

 実際のところ、藍は安堵していた。彼女とて、霊夢と大差ないほどに疲れ果てていたのだから。
 仰向けに倒れたいのは、藍も同じだった。 
 ぎりりと、歯軋りの音が聞こえた。

「これは、あんたに、愚痴を言うために決まってるでしょ!」

 途切れ途切れの、巫女の怒鳴り声が響き渡る。
 霊夢は痛みに顔を歪めたが、境内の惨状を見回して、構わず喚きたててくる。

「ったくもう! どうしてくれんの、本当に? あんたなんなのよこれ、境内がめちゃくちゃで、神社なんて何処にも無いし、鳥居もヘコんでるわお賽銭も少ないしでどうしてくれんのよ!」
「お賽銭ばかりは、どうしようもないな」 

 淡々と返す藍に、腹を立てたのだろう。
 霊夢は言う。

「うっさいこの馬鹿ぎつね! 馬鹿! 馬鹿!」 

 巫女が大声を上げる姿を見るのは、はじめてかもしれない。
 霊夢は失念しているようだが、ここは異界だ。結界の中は、幻想郷を模しただけの異なる世界。つまりは、結界が解ければそこには変わらず博麗神社がある。
 それに気が付かない程度には、霊夢も取り乱しているということだろう。 
 バカアホ死んでしまえと罵りを受けながら、藍は真言を唱えた。更地と化した博麗神社は拭い去られ、元の光景が広がる。
 途端、罵詈雑言が止んだ。巫女はしばらく呆然とした様子を見せていたが、

「あー……そっか」

 悟ったのだろう、ちいさくつぶやく。
 そのまま、ぐったりとしてしまった。げほげほと咳き込む。興奮から冷め、疲労と苦痛を自覚したのかもしれない。
 しばらく呼吸を整えていたようだが、やがて、ぽつりと言葉する。

「……なんで負けたのかしら」  

 その声は、純粋な疑問しか含んでいない。
 藍は霊夢を見下ろしながら、静かに訊ねた。

「どうして、勝てると思ったんだ?」
「だって、負ける理由が無いじゃない」
「勝てる理由はあったのか?」 
「……そういえば、無いわね」

 憑き物が落ちたような、小さな応答。
 それで納得したのかは判らないが――
 博麗霊夢を形作る柱のうち、何本かの柱が折れたのは確かなことだろう。
 霊夢はぼんやりとした面持ちで、言葉を漏らした。
 
「結局さ……」
「ああ」

 見上げてくる。
 その瞳を、正面から受け止める。

「あんた、何がしたかったわけ? ただ、わたしをぼこぼこにすることが目的だったの? だとしたら、怒ってもいいわよね」

 霊夢からすれば、それ以外の捉え方は無いだろう。当然の理屈だ。
 藍はかぶりを振って、否定した。

「結果的にそうなってしまったが、そういうわけではないよ」
「じゃあなんなの。いきなりこんなことされちゃあ、たまんないわよ」

 巫女の言い分はもっともでしかない。
 視線を虚空にやる。問われても、藍には上手く言葉に表すことが出来るか不安だった。
 もとより、理屈も何もないことなのだ。巫女風に言うのなら、直感に従ったということだろう。
 しかし、それをそのまま口に出すのは、流石に躊躇われる。
 藍は言葉を捜した。

「このひと月……」
「ええ」
「お前を見ていて、思ったんだ。この人間は変わらない人間だと。誰が何を言おうと、誰が何をしようと、誰と触れ合おうとも、決してお前には届かない。一時的な変化はあったとしても、お前はあらゆる干渉からはずれ、変わることのない人間だと思った」

 巫女は眉をしかめた。
 それが苦痛によるものなのかは、判断が出来なかったが。

「なんか、ひどい言われようね」

 うなずく。

「そうだな。でも、私はそう思ったんだ。そしてそれが、強ち間違いではないとも」
「そんなことないわよ……たぶん」

 言葉尻も小さく、霊夢は零す。
 思い当たる節が、あるのかもしれない。

「このままではいけないと感じたのだ。すべての存在は、数え切れぬ縁により支えられている。いや、互いに支えあっているというべきだろう。生きているものも、死んでいるものも、生物でないものも。そしてお前も私も、その中の縁のひとつでしかない」

 前置きをして、続ける。

「だがお前はいずれ、そのあらゆる縁からも外れるだろうと思った。そしてさびしい結末を迎えるだろうと。それがお前の能力によるものなのか、それとも性格によるものなのかは判らないが……」
 
 巫女は黙って聞き入っている。
 吐息して、藍は口開いた。

「関心を引き出すことが重要だと思った。なんでもいい、とりあえず本気になってくれさえすればよかった。そしてその中で、世界にはいろいろな色が在ることを知って欲しかった。お前は無色ではなく、自分の色があるのだと悟って欲しかった。周りを見て、自分の存在をしっかりと認識して欲しかったのだ。お前にとって大きなお世話なのは、十分承知している」

 言葉に出しながら、藍は自分の言葉が巫女に伝わっているのか不安だった。そもそも、自分でさえよく判っていないのだから。
 物事を理路整然と並べ立てるのが、式だというのに。その根幹さえ成り立っていない。
 歯噛みして、かぶりを振るう。

「すまない、うまく言葉に表すことが出来ない。よく判らないと思うが、こんなむちゃくちゃな説明しかできないんだ」

 巫女は黙って耳を傾けていたが。
 やがて呆れたような口調で、口を開いた。

「とにかく、わたしを本気にさせたかったわけ? それでガチンコ勝負になったの?」
「簡単に言えば、そういうことになる」
「あんた馬鹿でしょ」

 間髪入れず、率直に言われる。
 藍は思わず口篭ったが、言い返す言葉を持たなかった。項垂れるしかない。

「そうだな。そうかもしれない……」
「あんたの言ってること、全然判らないけどね。わたしを本気にさせたいなら、わんこそば対決でも持ちかければよかったのよ。そうすりゃわたしだって喜び勇んで全力全開だったわよ。神社ぶっ壊す勢いで食ってあげたわよ」

 言われた言葉に、呆然とする。

「それは……思いもつかなかったな」
「なら、次はそうしなさい。それなら、負けないんだから」

 少しだけ、拗ねた調子で言ってくる。
 意外だった。もっと弾劾を受けるものだと思っていたし、彼女にはその資格が十分にあるのだから。
 藍は表情を緩めた。

「紫様には、そう伝えておこう。きっとお椀片手に、喜んでそばを持って来るだろうな」
「なんで紫が出てくるのよ。あんたが来なさい。この借りは絶対返すからね、覚えておきなさいよ」

 藍はかぶりを振った。

「すまないね、それは無理だ。私はもう、ここに来る事はできないだろう」
「はぁ? どうしてよ」
「お前の言ったとおりだよ。私は決して破ってはいけない法を破った。そして事もあろうに、博麗の巫女を襲ったのだ。幻想郷の要とも言うべき存在を」

 力の小さな妖怪では、そう重い咎ではない。霊夢自身が返り討ちにして、罰を与えるだろう。
 問題は博麗大結界の管理を行う者が、その罪を犯したということだ。そうなれば、意味が全然違ってくる。

「そんなの、誰も見ちゃいないでしょ。自分から言わなきゃばれないわよ」

 確かに、その通りではある。
 誰に邪魔されることも無く、また憚れることないよう特別な結界を張ったのだ。完全に隔絶された世界なら、いかな千里眼とて届きはしない。
 しかし、問題はそこではなかった。藍は苦い思いを噛み締める心地で、口を開いた。

「正直に言おう。私は、お前を殺すつもりだった。もちろん、はじめはそんなつもりはなかったよ。誤算だった。まさかたった一人の人間が、私に匹敵するほどの力を持つとは想像すらしていなかった。気が高ぶったんだろうな。気が付けば、お前の首を飛ばすことだけを考えていた」
「んなの、わたしだって同じよ。ぶっ殺してやるって思ったのははじめてよ。あんたの身包み剥いで、売ることも想像したわ」
「お前の場合は正当防衛だ。当然の権利をかざしたに過ぎない」
「わたしは生きてるわ。死んでない」
「運がよかったに過ぎないよ。死んでもおかしくない場面は、何度もあったはずだ」
「あんただって、私に殺されそうだったじゃない」
「霊夢。私の死と、お前の死を一緒にしてはいけないよ。そこには大きな隔たりがある。言わなくとも判るだろう」
「……」

 そう告げれば、霊夢は言葉を飲み込んだ。
 うつむき加減で、何かを考えてるようだったが、 

「――……な」

 やがて小さく、つぶやいた。  
 通り過ぎた風に持っていかれたのか、藍の耳には入らなかった。
 訊き返す。

「どうした?」

 訊ねるも、聞こえない。
 藍は膝を折り、霊夢の顔を覗き込む。と同時に、頬に痛みが走り、身体が揺れた。
 殴られたのだ。グーで。

「何をするんだ」

 頬を押さえながら問えば、霊夢は睨み返してくる。

「勝手なことすんな馬鹿」
「勝手なこともあるか。それだけのことを仕出かしたのだ。私は紫様を――幻想郷に生きるすべてのものを、幻想郷そのものを裏切ったんだ。そしてお前も。博麗の巫女を殺すということは、そういうことだ。危うく取り返しの付かない事態を招くところだった。この世界は幻想を保つことが出来ず、そのまま」

 台詞の途中で殴られる。グーで。
 霊夢は淡々と言った。

「ごちゃごちゃうるさいのよ」 
「霊夢、落ち着いて聞きなさい。いいかい、」
「黙れ」

 宥めるように言えば、殴られる。グーで。
 口に血の味が広がり、流石の藍も額に青筋が立った。

「霊夢。いくら私とて、そう何度も」

 グーが飛んでくる。

「黙れって言ってるでしょ。あんたはうるさいのよ。いつも人が黙ってりゃ、べらべらと。わたしがいつまでも大人しく聞いている思ったら、大間違いよ。この馬鹿ぎつねめ、巫女舐めんな」

 控えめに言っても、霊夢は怒っていた。
 そこに、いつもの恬淡とした様子は無い。呆気にとられ、藍は言葉を飲み込んだ。
 その姿を見て、霊夢は小さくため息を吐いた。落ち着いた声音で、言ってくる。

「確かにね。言われてみれば、あんたの言う通りかもしれない。わたしは、いろんなことがどうでもいいと思ってる節はあるわ。この幻想郷だって、ちょっとは好きだけど、まあ消えるならそれも仕方ないと思ってるわ。ええ、正直に言うとね」

 巫女にあるまじき発言。聞く者が聞けば、発狂しかねない台詞だ。
 そして藍は、その聞く者だった。思わず声を上げそうになったが、霊夢と視線が重なり、出掛かった台詞を飲み込む。口に出せば、殴られていただろう。
 霊夢は息をついて、不思議と良く耳に通る声音で、あとを続けた。

「でもね、だからって全てがどうでもいいってわけじゃないのよ。少なくとも、わたしを思って動いてくれた奴が、わたしの所為で罰せられるのは嫌。例えそれが、大きなお世話からくるものだとしてもね」 

 巫女の黒い瞳と、視線が重なる。
 何故だか高ぶっていた気持ちが消沈して、その瞳を見詰める。

「あんたが自分を許せないってのは、判るわよ。あんたって、無駄に自分に厳しいもの。でもね、だからってそんなことをされちゃあ、後味悪いじゃないのよ。わたしが許してあげるって言ってるんだから、それでいいでしょう?」

 霊夢の声はやさしかった。 
 あまりにも心地良く、それ故に藍は自分が不甲斐なく思えた。

「しかし……」
「口答えしないの。それにね、巫女のパンチには禊ぎの効果があるのよ。だからあんたが何言ったって、もう無罪なの。素敵な巫女に感謝しなさい。判ったわね?」

 強引に話を持っていかれる。
 霊夢自身ににそこまで言われてしまえば、藍は反論することができなくなってしまった。
 なんとなく決まりが悪く、そして恥ずかしくなり、言う。

「巫女のパンチに禊ぎの効果があるとは……はじめて知ったな……」
「まだ殴られ足りないようね」
 
 ぐっと握りこぶしを作り、こちらに見せてくる。
 藍は慌てて止めた。

「いや、判った。判ったから、拳をしまってくれ」
「よろしい」
 
 そう言って、霊夢は微笑んだ。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
これは…いい結果に終わったのかな。
藍さまのがんばりは無駄じゃなかった。
2.名前が無い程度の能力削除
藍しゃまの想いが霊夢に伝わった……!!
3.奇声を発する程度の能力削除
良かったね!藍様!
4.名前が無い程度の能力削除
巫女なめんな。は良かった。まじめな藍にも良い結果になった気がします。
5.名前が無い程度の能力削除
楽園の素敵な巫女は、やはり素敵な巫女さんですね。
そんな巫女さんに世話焼く妖怪もまた非常に人間臭くて、イイヨーイイヨー