「あら、また来たの、妹紅。今日は何しに来たのかしら」
「…輝夜」
竹林の中には二つの影。
言うまでも無く蓬莱の薬によって永遠を生きる二人の少女、蓬莱山輝夜と藤原妹紅である。
この二人の関係といえば、殺し合いと決まっている。
しかし――
「輝夜、頼むよ…。お前しかいない」
「私と、友達になってくれ」
妹紅から持ちかけられたのは、友愛。
これまでなら、ありえない話だった。
これまでなら。
「まだそんなこと言ってるの?いい加減にして頂戴。あなたと馴れ合う気は無いって言ってるでしょう」
妹紅は自分の体を永遠のものへと変えた輝夜を憎んでいる。
だから殺す。
輝夜は自分を殺そうとする妹紅が気に入らない。
だから殺す。
そのはずだった。
だが。
「あの里の半獣が死んだからって、私に繋がりを求めるのはやめなさい」
上白沢慧音が死んでから、妹紅はずっと輝夜と友達になろうとしている。
慧音が死んだ。
永遠の時間を生きる妹紅と限られた時間を生きる慧音では、ずっと一緒には生きられない。
そんなことはわかっていたし、覚悟していた。
しかし、本当の別れはそんな覚悟も踏み潰し、妹紅の心に悲しみとして響いてきた。
半年は塞ぎ込んだだろうか。
慧音の死という悲しみに慣れ。
慧音がいない寂しさにも慣れ。
そして妹紅の心に残ったのは、自分が世界で一人ぼっちなのだという孤独と絶望感だった。
「大体こんなとこでしょう?『里の半獣が死んで、私はまた一人ぼっちだ。孤独も死別も、二度と味わいたくない。ならば永遠に別れることの無い繋がりが欲しい。』だから私と友達に?笑わせるわね」
心中を見事に言い当てられて、妹紅はびくりと肩を震わす。
「何を今更友達に?ただ逃げるために私を利用しようとしないで。殺しに来てくれたほうがよっぽど気分がいいわ。もう千年は生きたくせに、まだそんなこと――」
「うるせぇなッ!」
妹紅は肩を震わせながら、目を真っ赤にして輝夜を睨んでいた。
その目の赤は、怒りから来るものだけではない。
「お前はッ、千年もの間独りで生きなきゃいけない人間の気持ちがわかるかッ!?誰にも心許せず、化物として生きていかなきゃいけない人間の気持ちがわかるかッ!?」
少しずつ目に涙が溜まっていく。
「お前は薬師と二人だったからわからないだろう!親切にしてくれた娘が、心配してくれた男が、気を遣ってくれた婆さんが、いつかかならず私を化物扱いする。だから独りで生きるしかなかった!」
涙がこぼれる。
「慧音と会うまで、私は独りだった!慧音が受け入れてくれたから、私はこれまで人間らしく生きてこれたんだよ!クソッ、こんな筈じゃなかったのに!独りのままなら生きてこれたのに!」
化物として。
生きていけたのに。
「私だってお前となんか友達になんてなりたくねーよ!殺してやりてーよ!でも嫌なんだよ、独りは!どうしようもなく寂しいんだ!なら化物とつるむしかねーじゃねーか!」
ボロボロと、涙を流す。
「…なぁ、友達になってくれよぉ、…グズッ、誰かと居たいんだよ…ヒグッ…、なぁ――」
――グシャッ。
次の瞬間、妹紅の体は輝夜の弾幕によって大きな風穴が開けられていた。
「ガッ…」
喋ることもままならず、妹紅は膝から崩れ落ちた。
「…本当に、どうしようもないわね」
何から何まで。
輝夜は妹紅を引きずり、永遠亭へと足を向けた。
妹紅が目を覚ましたのは、布団の中だった。
「…ん、ここは…、どこだ…」
妹紅の住処ではない。
永遠亭でもなさそうだ。
するとここは――
「目を覚ましたかい」
不意に声を掛けられ、体に緊張が走る。
声のほうへ目を向けると、男が一人、襖を開いて立っていた。
「体は大丈夫かい?まあ、見た感じ怪我は無かったから、行き倒れかな」
話が見えない。
顔に困惑の色を浮かべる妹紅に、男は言う。
「覚えてないのかい?まあ、意識も無かったし、しょうがないか。アンタ、里の入り口で倒れてたんだよ」
私が?行き倒れ?
少しずつ頭が回り始める。
(あれ、確か私は輝夜に八つ当たりして…)
そこまで考えて、途端に恥ずかしくなった。
確かに輝夜のことは憎くて憎くて、間違っても友達になどなりたくもないが、それでもあんな姿を見せるくらいなら殺しあったほうがましだっただろう。
(で、輝夜に殺されて――)
「ここは?永遠亭じゃないな?」
「永遠亭?竹林の薬屋さんのことかい?違うよ、ここは里のお医者様のところさ。竹林までは遠いしね」
なぜ自分が里の入り口に倒れていたのかはわからないが、ここに世話になる理由も無い。
早く退散してしまおう。
そう考えて、妹紅は立ち上がる。
「おいおい、もう行くのかい。休んでいけばいいものを」
「いや、悪いよ。体に問題があるわけでもないのに」
それに。
あまり人とは関わりたくない。
化物呼ばわりも、死に別れも、もう懲り懲りだ。
「そう言わずにさ。アンタ、上白沢先生が亡くなってから、一度も里に来なかっただろう」
――え?
それは妹紅にとって、完全な不意打ちだった。
「みんな心配してたんだよ。先生と仲良かったからな。このまま里に顔出さないんじゃないかと思ってさ」
里の人間が自分を心配?
そんな馬鹿な。
「まあ、アンタは死ぬことないから自殺なんてできないだろうけど、このまま廃人になったりね。人間、心ばかりはどうにもなんないからねぇ。って、どうした?」
私が人間?
死ぬことも老いることもない私が?
妹紅はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
「私が『何』なのか、わかってるのか?」
「? 妹紅さんだろう?不老不死の。なんだい、頭に問題あるのか?」
ケラケラと男が笑う。
と、そこにドタドタと足音が。
「おい、妹紅さん倒れてたってホントか?」
「大丈夫かい?妹紅ちゃん」
「霧雨屋、変なことしたんじゃねぇのか?」
「そんなことしてみろ、今頃そこで消し炭になってるよ」
「ちげえねぇ」
「男衆、うっさいよ!妹紅さんの体に障るじゃないか」
「ごめんねぇ、妹紅ちゃん。うちの若い衆が」
どやどやと人が集まってくる。
軽く見ても10人…いや、15人くらいだろうか。
訳がわからないといった様子でいまだ立ち尽くす妹紅に、男が声を掛ける。
「おい、ちゃんと答えてやんなよ、妹紅さん。みんな心配してたんだから、それくらいはしてやってもいいだろう?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。心配しなくていいさ」
「そうかい、良かった。不老不死でも行き倒れるんだな」
「ちゃんと食べなきゃだめだよ?私のとこに来たらいつでもご馳走してあげるよ」
「よければ今度俺と喫茶店にでも…」
「何言ってんだコイツ!抜け駆けは許さんぞ!」
「はいはい、妹紅さんも疲れてんだから、また後でな。ちょっと話するから、出てった出てった。あと妹紅さんは上白沢先生の嫁だ」
そういって男は他の若い衆を部屋の外へと追い出した。
(私は行き倒れということになってんのか。つか嫁って…)
そんな見当違いのことを考えていた妹紅に男が話しかける。
「すまなかったな。驚かせたかい?でもみんな、妹紅さんのこと心配してたんだよ」
今の顔全て、見覚えがあった。
慧音が寺小屋をしてたときの教え子たちだ。
「ちなみに行き倒れてたことにしてあるが、俺は事情を知っている」
「?」
そんなことを言う男に疑問符を投げかける妹紅。
「実は竹林のお姫様がウサギとここに運びに来てね。ちょうど良いから心配してるみんなも安心させたくて連絡したんだ」
あんなに集まるとは思わなかったがね。
そんなことを言う男に妹紅は先ほどから胸に突っかかってる言葉を投げかける。
「私は、死なない化物だよ?怖くないのかい?」
「ん?化物だって?」
男は心底おかしなことを聞くと言わん気に顔をゆがませる。
「いや、アンタが自分を化物と呼ぶなら別にかまわんが…、少し自虐的過ぎるんじゃないかい?たかが死なないくらいで」
予想外の答えが返ってきた。
「アンタの人柄は良く知ってる。みんな知ってる。上白沢先生と妖怪から里を守ってくれてたことも知ってるし、上白沢先生に膝枕してもらって気持ちよさそうに寝てたことも知ってる」
なんでそんなことまで知ってるんだと、妹紅は顔を赤らめる。
「うちは道具屋をしているが、妖怪もちょくちょく来るんだがね。妖怪も人も、それからアンタ曰く化物も、俺たちからしたら変わらんよ。俺からすればお得意様だし、里から見てもお客様だ。悪ささえしなけりゃ気のいい連中さ」
「でも、気味悪くないのか?自分たちのそばに、ずっと変わらない人間が居る。私からすりゃ、気持ち悪くてしょうがない」
「ああ、それか。アンタが俺たちとの間に作ってた壁は」
言い当てられて、また少し赤くなる。
自分は千年生きてきて、それでもそこの浅い人間なのだろうか。
「やめてくれよ、壁を作るのは。距離をとるのもやめてくれ。そんなことされたら、俺たちは悲しいだけだよ。上白沢先生が仲良くしていた人がどんな人か。話してみたいと思うじゃないか。気味悪いだなんて、誰が思う?」
そこまで聞いて、妹紅は恥ずかしくなった。
たしかにこれまで、自分で踏み込むことはしなかった。
嫌われる、恐れられる、そんなことばかり気にしていて、結局自分は逃げていただけなのだ。
そして――
――ああ、また慧音に助けられたよ。
慧音がちゃんと、私に残してくれてたんだ。
私が寂しくないように、ちゃんと人との繋がりを。
そう思うと涙が出た。
くそ、またか。
慧音が死んでから、私は泣いてばかりじゃないか。
そう思っていると、バタバタと騒がしい音が。
(まさか…)
いやな予感が的中し、さっきの若い衆が襖を開けて入ってきた。
「くぉるら!霧雨ぇ、てめぇなに泣かせてんだぁ!」
「妹紅ちゃん!何された!お兄さんに言ってごらん!霧雨の野郎ぶん殴るから」
「アンタお兄さんって年かいぐふぅッ!」
「黙ってろ霧雨ぇ、ただで帰れると思うなよ…」
そんな風に男を羽交い絞めにする若い衆たち。
自分がこの輪の中に居ることが嬉しくて。
つい妹紅は笑ってしまった。
「で、なんでここに居るのかしら?」
「うるせーな、黙ってろよ」
妹紅は永遠亭にいた。
縁側で輝夜と二人、並んでいる。
無論、所詮は敵同士、並んでといっても二人の間は5人分くらい開いている。
今は夜。
ウサギたちの作った月見団子はあるが、今日は新月である。
輝夜は「侘びさびがあっていい」というが、その実、団子を食べているだけだ。
「大方あれね、素に戻った瞬間に恥ずかしくなって逃げ出したってところよね」
「ちげーよ、これはアレだよ。敵の本拠地に勇猛果敢に攻め入ったところだよ」
そんなことをいう妹紅に、ニヤニヤしながら輝夜は言う。
「でも、嬉しかったんでしょ?」
「……」
その沈黙にますますニヤける輝夜、そして赤くなる妹紅。
しばらく妹紅を観察し終えた輝夜が目を空に向ける。
「私さ…」
「え?」
「慧音を見たとき、初めて人間らしい人間を見た気がしたんだよ。半獣なのにさ。たぶん慧音が、初めて私を人間として扱ってくれたからだと思うんだけどさ」
「まあ、確かに、あの半獣の半分は優しさでできてるし、不思議はないけどね」
あとの半分はきっと愛情ね、と輝夜。
「でも、今日話したみんなは、慧音とあんまり変わんなかったよ。」
ふふっと笑う妹紅。
それを見て輝夜は、慧音がいっぱいだ~とか考えてるんだろうなぁと、妹紅の思考を正確に読み取る。
と、
「…ありがとう、輝夜」
本当に小さな呟きで、妹紅がそんなことを言った。
結果、その呟きはますます輝夜をにやけさせ、妹紅を赤らめさせただけだった。
永琳
とっても良かったです!妹紅は一人じゃない!!
素敵じゃない
そして後書きのかぐもこにキュンときた。