「はあ……」
今日の仕事ももう終わり。遊んでばかりでなかなか寝ようとしない兎達がどうにか寝静まったのを確認した鈴仙は、縁側に腰かけてため息をつく。
すっかり疲れ切っているし、もうそろそろ寝る支度をしなければならない。
だが、少しばかり思うところがあって、鈴仙は一人夜空を眺めている。
数多の星々が瞬き、チェシャ猫の口のような細い三日月が浮かんだ夜空はどこか不気味に見えてしまう。
「鈴仙?」
不意に後ろから声をかけられる。幼く、どこか舌ったらずな印象のその声の持ち主を鈴仙はよく知っている。
鈴仙が振り向くより先に、彼女は隣に腰を降ろして、素足をぶらぶらと揺らし始める。
「どーしたの? 寝ないの?」
「てゐこそ、寝たんじゃなかったの?」
「あー、狸寝入り?」
「なんでよ」
「だって、寝た振りでもしないといつまでも鈴仙、戻らないじゃん」
「そりゃあ……」
まさか、また全員でまくら投げなんかやっているんじゃ……と、疑いのまなざしを向ける。けらけらと笑うてゐはそれに答えることなく、いたずらっぽい瞳で鈴仙を見つめる。
「ため息なんかついて、どうしたの?」
「見てたの?」
「ん、まーねー」
見透かしたようににやにやと笑うてゐを、むっとした表情で鈴仙は睨みつける。
無防備な姿を見られていたというのは、少しばかり恥ずかしい。相手がてゐならば今さらという気もするけれど。
「ちょっと悩み、というか、うん。考えることがあっただけよ」
「鈴仙って本当に悩むの好きだよねー」
「好きじゃないから」
「だって、いっつもなんか悩んでるじゃん」
「うう、それはそうかもしれないけど」
図星を突かれて言い返せない。考えてみれば、少なくない回数、てゐに相談している。
永琳や輝夜は上司だから、軽々しく、悩みを相談する、だとか、愚痴を言うだとかそういうことは気軽にはできない。その点てゐは、兎同士、鈴仙のほうがやや上の立場にいることになっているけれど、感覚的にはほぼ対等だ。
意外にもてゐがそういうことを聞き出すのがうまいこともあってしばしば悩みを相談する間柄なのだ。
「今日はどうしたの? お姉さんが聞いてあげよう」
冗談めかして胸を張るてゐ。その姿はどこまでも幼いのに、どこか頼もしさすら感じさせる。
それはてゐ自身長い年月を積み重ねてきたためか、はたまた鈴仙がてゐを信頼しているためか。分からないけれど、少しだけ笑うその瞳は見た目に似つかわしくないなにかを感じさせる。
「実は……」
今日、薬の配達に行った時の話だった。
いつものように人里を訪ねていって、薬を売ってくること。鈴仙が永遠亭で受け持っている仕事のうちで、一番大切な仕事だ。
それは分かっているけれど、かなり人見知りが激しく、地上の人々との付き合い方が未だ掴めない鈴仙にとって、一番憂鬱な仕事でもある。
「いつも、わけが分からないことをしゃべっている兎よ」
「薬は効くけれど、気味が悪いのよね」
自然と人里を歩いていると耳に入ってくる心無い言葉があった。なまじ耳がいい分、ひそひそと語られた言葉も聞き逃すことができない。
しばしばそんなことを言われているのは分かっていたし、それが鈴仙自身の問題であることも承知している。苦手だ、と思いつつも、それほど悩んではいなかったのだけれど。
「そもそも、永遠亭って不気味よね」
「ああ、分かる。得体が知れないというか」
けれど、続く言葉は鈴仙を悩ませることになる。
それは滅多に人里に姿を現さない永遠亭の面々に対する、罪もない噂話だったのだけれど。鈴仙は耳をふさいで逃げ出したくってしまった。
いわく。
あそこのてゐとかいう妖怪兎は詐欺を働く。
邪悪と言うほかない性格で、狡賢い汚い心の兎だ。
底意地が悪く、もはや矯正のしようもない。妖精の他愛もないたずらとは違う。あの兎は本当に人を陥れようとする。口を開けば、嘘ばかり。
見かけると幸運が訪れるとはいうけれど、それだって眉唾ものだ。
あそこの薬師はマッドサイエンティスト。
夜な夜な竹林の奥では恐ろしい実験が行われている。冷たい心の持ち主で、人を人とも思わないという。売っている薬だって、よく効くけれど薄気味が悪い。何が入っているのか分からないのだから。
今は親切にも見えるけれど、その目的は分からない。もしかしたら、人里の人々を利用して、大規模な人体実験を行っているのかもしれない。
あそこのお姫さまは気が狂っている。
時折、人里に降りてきては、古臭い言葉遣いで子供たちに話を聞かせている。
何を言われても楽しそうに笑うさまはまさに狂人。綺麗な顔をしているけれど、その瞳が何を見ているのか分からない。妖艶という言葉の似合うその美貌は見る人々すらも狂わせる。
夜、竹林を徘徊しては血まみれになって、笑っているという噂すらある。
永遠亭には近づかないほうがいい。
役に立つ薬は受け取るけれど、深入りするのは危険だ。
そんな噂話だった。
あながちすべてが間違っているというわけではないけれど、鈴仙は憤る。
てゐはそんな子じゃない、師匠はそんな人ではない、姫様はそんな人じゃない。
そう言い返してやりたかったけれど、臆病な鈴仙には黙って聞いていることしかできなくて。ただできるだけ話を聞かないようにして、永遠亭に逃げ帰って来たのである。
「なるほどねぇ」
「私のことを言われるのはいいけどさ……」
腕を組んで少しばかり難しい顔でうんうんと頷くてゐを見ながら、鈴仙はため息をつく。
「まあ、あながち間違ってもいないんじゃない?」
「てゐ?」
「だぁってさ、私はもちろん詐欺兎だし、お師匠様だってマッドサイエンティストの気があるのは確かだし。姫様だって、そういうとこあるし」
「そんなことない!」
うーん、と首を傾げるてゐ。指折り数え、一つ一つ間違ってはいないことを確認していく。まったく気にした様子の彼女に鈴仙は声を荒げてしまう。
「れ、鈴仙?」
「そんなんじゃないでしょ?」
喉の奥が熱くなる。なにかがこみ上げてくる。
鈴仙は永遠亭が好きだ。月から逃げ出して、行くあてもなかった鈴仙を拾ってくれた永遠亭には感謝してもし足りない。
衣食住だけじゃない。新しい目標も愛情も、友情もすべてを与えてもらったのだ。
少なくとも、今の鈴仙を形作るすべては永遠亭の面々によって成り立っている。
だから、普段口には出さないけれど、そんな永遠亭を鈴仙は心から大切に思っている。
「ちょ、落ち着きなって」
「だって!」
てゐは確かにしょうもないいたずらばっかりするし、鈴仙はいつだって振り回されてばかりだ。落とし穴だとか、罠だとか、時には満身創痍になってしまうこともある。
だけど、悪いやつではない。性根が腐っているとかそういうことはない。
鈴仙が月でのことを思い出して、落ち込んでいれば、くだらないいたずらをして慰めてくれる。遊ぼうよ、と連れ出してくれる。今日みたいに悩んでいれば、手を差し伸べてくれる。小さな他の兎達の面倒だってよくみている。
ちょっとひねくれているところもあるけれど、心の真ん中の部分はとても優しい。
てゐと一緒にいると、鈴仙は楽しいのだ。
永琳だってそうだ。
マッドサイエンティストとは言うけれど、永琳は患者に対しては誰よりも誠実に接している。ほんの僅かでも安全性に問題がある薬は決して使わないし、苦しんでいる人をどうにか枠の範囲で救おうと躍起になっている。
まあ、実験台になるのは鈴仙なのだけれど。
とても厳しくて、とんでもないお仕置きをすることもある。実際、鈴仙は何日も寝込んでしまった。
だけど、それは鈴仙を一人前にしようという意思があってこそだ。なまじ本人が天才な分、加減が分かっていないだけで。鈴仙が一度、家出をした時にはちゃんと迎えに来てくれた。
あの時のほっとした気持ちを鈴仙は今も覚えている。
鈴仙は輝夜が好きだ。
確かにマイペースで天然で、おっとりしていて。何を考えているのか分からないこともある。突拍子もない提案や行動に振り回されてしまうこともしばしばある。
だけど、決して狂ってなどいない。いつも笑っているのはすべてが楽しくてしかたがないからだ。本当に些細な他愛のないことも世界中すべて愛しているからだ。それが天性のものなのか、あとから身につけてきたものなのかは分からない。
輝夜は優しい。だれよりも優しい。
たくさん撫でられ、抱きしめられている鈴仙は知っている。
輝夜と一緒にいると安心できる。
「だから、悪くなんか、ないんだから」
鈴仙はこんなにも温かい場所を、他に知らない。
それなのに、心ない人々は永遠亭をまるで悪の組織のように言うのだ。
それが、悲しくて、悔しくてしかたがない。
俯いて鼻をすする鈴仙を、困ったように見つめていたてゐは、やがてゆっくりと口を開く。
「別にいいじゃん」
「……なんでよ」
「人里の人が何と言おうと、永遠亭は変わんないよ」
ぴょいっと、縁側から飛び降りて、鈴仙の目の前に立つてゐはにやりと、不敵に笑う。
鈴仙の頭を両手で掴んで、自らのおでこと鈴仙のおでこをこつん、とぶつける。
ほとんどゼロ距離にあるてゐの顔に鈴仙は戸惑いを隠せない。
「まあ、大切な家族を馬鹿にされて怒る気持ちも分かんなくはないけどね」
「てゐ?」
「ねえ、鈴仙」
吐息すらもかかるほどに近い場所で、てゐは優しい目をして笑う。
「そんなの、私たちが知ってりゃ十分だよ」
「言いたい奴には言わせとけばいいじゃん。姫様とお師匠様と鈴仙と、それから私が分かってればいいんだよ」
一度顔を離したてゐは、今度は鈴仙の肩に細い腕を伸ばして、ぎゅうと抱きついてくる。
「本当に鈴仙はお子様なんだから」
抱きついた身体からじんわりと伝わる温かさ。喋るたびに少しだけ伝わる振動と吐息。
よしよし、と子どもをなだめるように背中を優しく叩かれる。
鈴仙は昂ぶった心が落ち着いていくのを感じていた。
「ねえ、てゐ」
「ん?」
「てゐは、永遠亭、好き?」
「さあね」
「え?」
「でも、ここにいれて良かったとは思ってるよ」
ちょっとひねくれた、いたずらっぽい表情でてゐは笑う。
それを見ていると、鈴仙はほっとして、小さく微笑んだ。
「私もそう思ってるよ」
鈴仙はあらためて思う。
永遠亭はいいところだ、と。
今日の仕事ももう終わり。遊んでばかりでなかなか寝ようとしない兎達がどうにか寝静まったのを確認した鈴仙は、縁側に腰かけてため息をつく。
すっかり疲れ切っているし、もうそろそろ寝る支度をしなければならない。
だが、少しばかり思うところがあって、鈴仙は一人夜空を眺めている。
数多の星々が瞬き、チェシャ猫の口のような細い三日月が浮かんだ夜空はどこか不気味に見えてしまう。
「鈴仙?」
不意に後ろから声をかけられる。幼く、どこか舌ったらずな印象のその声の持ち主を鈴仙はよく知っている。
鈴仙が振り向くより先に、彼女は隣に腰を降ろして、素足をぶらぶらと揺らし始める。
「どーしたの? 寝ないの?」
「てゐこそ、寝たんじゃなかったの?」
「あー、狸寝入り?」
「なんでよ」
「だって、寝た振りでもしないといつまでも鈴仙、戻らないじゃん」
「そりゃあ……」
まさか、また全員でまくら投げなんかやっているんじゃ……と、疑いのまなざしを向ける。けらけらと笑うてゐはそれに答えることなく、いたずらっぽい瞳で鈴仙を見つめる。
「ため息なんかついて、どうしたの?」
「見てたの?」
「ん、まーねー」
見透かしたようににやにやと笑うてゐを、むっとした表情で鈴仙は睨みつける。
無防備な姿を見られていたというのは、少しばかり恥ずかしい。相手がてゐならば今さらという気もするけれど。
「ちょっと悩み、というか、うん。考えることがあっただけよ」
「鈴仙って本当に悩むの好きだよねー」
「好きじゃないから」
「だって、いっつもなんか悩んでるじゃん」
「うう、それはそうかもしれないけど」
図星を突かれて言い返せない。考えてみれば、少なくない回数、てゐに相談している。
永琳や輝夜は上司だから、軽々しく、悩みを相談する、だとか、愚痴を言うだとかそういうことは気軽にはできない。その点てゐは、兎同士、鈴仙のほうがやや上の立場にいることになっているけれど、感覚的にはほぼ対等だ。
意外にもてゐがそういうことを聞き出すのがうまいこともあってしばしば悩みを相談する間柄なのだ。
「今日はどうしたの? お姉さんが聞いてあげよう」
冗談めかして胸を張るてゐ。その姿はどこまでも幼いのに、どこか頼もしさすら感じさせる。
それはてゐ自身長い年月を積み重ねてきたためか、はたまた鈴仙がてゐを信頼しているためか。分からないけれど、少しだけ笑うその瞳は見た目に似つかわしくないなにかを感じさせる。
「実は……」
今日、薬の配達に行った時の話だった。
いつものように人里を訪ねていって、薬を売ってくること。鈴仙が永遠亭で受け持っている仕事のうちで、一番大切な仕事だ。
それは分かっているけれど、かなり人見知りが激しく、地上の人々との付き合い方が未だ掴めない鈴仙にとって、一番憂鬱な仕事でもある。
「いつも、わけが分からないことをしゃべっている兎よ」
「薬は効くけれど、気味が悪いのよね」
自然と人里を歩いていると耳に入ってくる心無い言葉があった。なまじ耳がいい分、ひそひそと語られた言葉も聞き逃すことができない。
しばしばそんなことを言われているのは分かっていたし、それが鈴仙自身の問題であることも承知している。苦手だ、と思いつつも、それほど悩んではいなかったのだけれど。
「そもそも、永遠亭って不気味よね」
「ああ、分かる。得体が知れないというか」
けれど、続く言葉は鈴仙を悩ませることになる。
それは滅多に人里に姿を現さない永遠亭の面々に対する、罪もない噂話だったのだけれど。鈴仙は耳をふさいで逃げ出したくってしまった。
いわく。
あそこのてゐとかいう妖怪兎は詐欺を働く。
邪悪と言うほかない性格で、狡賢い汚い心の兎だ。
底意地が悪く、もはや矯正のしようもない。妖精の他愛もないたずらとは違う。あの兎は本当に人を陥れようとする。口を開けば、嘘ばかり。
見かけると幸運が訪れるとはいうけれど、それだって眉唾ものだ。
あそこの薬師はマッドサイエンティスト。
夜な夜な竹林の奥では恐ろしい実験が行われている。冷たい心の持ち主で、人を人とも思わないという。売っている薬だって、よく効くけれど薄気味が悪い。何が入っているのか分からないのだから。
今は親切にも見えるけれど、その目的は分からない。もしかしたら、人里の人々を利用して、大規模な人体実験を行っているのかもしれない。
あそこのお姫さまは気が狂っている。
時折、人里に降りてきては、古臭い言葉遣いで子供たちに話を聞かせている。
何を言われても楽しそうに笑うさまはまさに狂人。綺麗な顔をしているけれど、その瞳が何を見ているのか分からない。妖艶という言葉の似合うその美貌は見る人々すらも狂わせる。
夜、竹林を徘徊しては血まみれになって、笑っているという噂すらある。
永遠亭には近づかないほうがいい。
役に立つ薬は受け取るけれど、深入りするのは危険だ。
そんな噂話だった。
あながちすべてが間違っているというわけではないけれど、鈴仙は憤る。
てゐはそんな子じゃない、師匠はそんな人ではない、姫様はそんな人じゃない。
そう言い返してやりたかったけれど、臆病な鈴仙には黙って聞いていることしかできなくて。ただできるだけ話を聞かないようにして、永遠亭に逃げ帰って来たのである。
「なるほどねぇ」
「私のことを言われるのはいいけどさ……」
腕を組んで少しばかり難しい顔でうんうんと頷くてゐを見ながら、鈴仙はため息をつく。
「まあ、あながち間違ってもいないんじゃない?」
「てゐ?」
「だぁってさ、私はもちろん詐欺兎だし、お師匠様だってマッドサイエンティストの気があるのは確かだし。姫様だって、そういうとこあるし」
「そんなことない!」
うーん、と首を傾げるてゐ。指折り数え、一つ一つ間違ってはいないことを確認していく。まったく気にした様子の彼女に鈴仙は声を荒げてしまう。
「れ、鈴仙?」
「そんなんじゃないでしょ?」
喉の奥が熱くなる。なにかがこみ上げてくる。
鈴仙は永遠亭が好きだ。月から逃げ出して、行くあてもなかった鈴仙を拾ってくれた永遠亭には感謝してもし足りない。
衣食住だけじゃない。新しい目標も愛情も、友情もすべてを与えてもらったのだ。
少なくとも、今の鈴仙を形作るすべては永遠亭の面々によって成り立っている。
だから、普段口には出さないけれど、そんな永遠亭を鈴仙は心から大切に思っている。
「ちょ、落ち着きなって」
「だって!」
てゐは確かにしょうもないいたずらばっかりするし、鈴仙はいつだって振り回されてばかりだ。落とし穴だとか、罠だとか、時には満身創痍になってしまうこともある。
だけど、悪いやつではない。性根が腐っているとかそういうことはない。
鈴仙が月でのことを思い出して、落ち込んでいれば、くだらないいたずらをして慰めてくれる。遊ぼうよ、と連れ出してくれる。今日みたいに悩んでいれば、手を差し伸べてくれる。小さな他の兎達の面倒だってよくみている。
ちょっとひねくれているところもあるけれど、心の真ん中の部分はとても優しい。
てゐと一緒にいると、鈴仙は楽しいのだ。
永琳だってそうだ。
マッドサイエンティストとは言うけれど、永琳は患者に対しては誰よりも誠実に接している。ほんの僅かでも安全性に問題がある薬は決して使わないし、苦しんでいる人をどうにか枠の範囲で救おうと躍起になっている。
まあ、実験台になるのは鈴仙なのだけれど。
とても厳しくて、とんでもないお仕置きをすることもある。実際、鈴仙は何日も寝込んでしまった。
だけど、それは鈴仙を一人前にしようという意思があってこそだ。なまじ本人が天才な分、加減が分かっていないだけで。鈴仙が一度、家出をした時にはちゃんと迎えに来てくれた。
あの時のほっとした気持ちを鈴仙は今も覚えている。
鈴仙は輝夜が好きだ。
確かにマイペースで天然で、おっとりしていて。何を考えているのか分からないこともある。突拍子もない提案や行動に振り回されてしまうこともしばしばある。
だけど、決して狂ってなどいない。いつも笑っているのはすべてが楽しくてしかたがないからだ。本当に些細な他愛のないことも世界中すべて愛しているからだ。それが天性のものなのか、あとから身につけてきたものなのかは分からない。
輝夜は優しい。だれよりも優しい。
たくさん撫でられ、抱きしめられている鈴仙は知っている。
輝夜と一緒にいると安心できる。
「だから、悪くなんか、ないんだから」
鈴仙はこんなにも温かい場所を、他に知らない。
それなのに、心ない人々は永遠亭をまるで悪の組織のように言うのだ。
それが、悲しくて、悔しくてしかたがない。
俯いて鼻をすする鈴仙を、困ったように見つめていたてゐは、やがてゆっくりと口を開く。
「別にいいじゃん」
「……なんでよ」
「人里の人が何と言おうと、永遠亭は変わんないよ」
ぴょいっと、縁側から飛び降りて、鈴仙の目の前に立つてゐはにやりと、不敵に笑う。
鈴仙の頭を両手で掴んで、自らのおでこと鈴仙のおでこをこつん、とぶつける。
ほとんどゼロ距離にあるてゐの顔に鈴仙は戸惑いを隠せない。
「まあ、大切な家族を馬鹿にされて怒る気持ちも分かんなくはないけどね」
「てゐ?」
「ねえ、鈴仙」
吐息すらもかかるほどに近い場所で、てゐは優しい目をして笑う。
「そんなの、私たちが知ってりゃ十分だよ」
「言いたい奴には言わせとけばいいじゃん。姫様とお師匠様と鈴仙と、それから私が分かってればいいんだよ」
一度顔を離したてゐは、今度は鈴仙の肩に細い腕を伸ばして、ぎゅうと抱きついてくる。
「本当に鈴仙はお子様なんだから」
抱きついた身体からじんわりと伝わる温かさ。喋るたびに少しだけ伝わる振動と吐息。
よしよし、と子どもをなだめるように背中を優しく叩かれる。
鈴仙は昂ぶった心が落ち着いていくのを感じていた。
「ねえ、てゐ」
「ん?」
「てゐは、永遠亭、好き?」
「さあね」
「え?」
「でも、ここにいれて良かったとは思ってるよ」
ちょっとひねくれた、いたずらっぽい表情でてゐは笑う。
それを見ていると、鈴仙はほっとして、小さく微笑んだ。
「私もそう思ってるよ」
鈴仙はあらためて思う。
永遠亭はいいところだ、と。
永遠亭の人達は皆良い人ばっかりだよ!!!
でもこんなに温かく愛のある作品に出会うと救われる。安心する。
氏にはもっと書いて頂かないと!
永遠亭を愛してる俺らがわかってればいいのかもしれない
今回の一件は、彼女が人見知りを治す為に一歩を踏み出すきっかけになるかも知れませんね。
私も、何よりも永遠亭が大好きです。
鈴仙の優しい気持ちがぎゅっと込められた素敵な文章でした
誰よりも好きなんだろうなあって想いが凄く伝わってきて良かったです
もっとこういう永遠亭があればいいのに