「こんぱろっ」
「……それ以上、厄を集めてどうするの?」
私にとって毒は身近にあるものであり、厄ではない。
けれど、開口一番そう言ってくる彼女には近いものなんじゃなかろうか。
気遣う訳ではなく、純粋に疑問に思ったので聞いてみた。
彼女――鍵山雛は、首を小さく傾げて答えを返してくる。
「挨拶のつもりだったのだけれど」
「人形なのに人間を守るから変な奴だと思ってたけど、やっぱり間違ってなかったのね」
「私は神様よ。それに、人形全てが人間に害意を抱いている訳じゃないわ。ねぇ、こんな話を知っていて?」
また始まった……。私の露骨な仏頂面を無視して、彼女は人形と人間に纏わる昔話を語り始める。
雛が初めて、私が住むこの丘――無名の丘と呼ばれている――にやってきたのは、曼珠沙華がぽつりぽつりと咲き始めた頃だった。
くるくると奇妙な飛び方をする彼女に、暇を持て余していた私は興味を持った。
じぃと見ていると、目が合い、にこりとした笑みを向けられる。
だから、つい、此方から声をかけてしまった。
『何をしに来たの?』
友達のルーミア達や永琳以外で、此処にやってくるモノはそういない。
だから、私はまず、来訪の理由を尋ねた。
彼女は笑みを崩さぬまま応える。
『厄を集めに来たのだけれど……そうね、今は貴女と話をしてみたいわ』
興味は好意に変わった。
『ヤク』という聞きなれない単語にも惹かれたし、お話までしてくれるとの事。
密かに集めていた毒を散らし、てくてくと彼女の傍まで歩く。
『私はメディスン・メランコリー! 貴女は……あ』
その途中で思い出した――いけない、大事な事を聞いてないわ。
『貴女は人間をどう思う?』
『……愚かな種族ね。忠告を聞きもしないし、厄をどれだけ集めてもまた何時の間にかため込んでいる』
彼女に浮かぶ微笑の意味はわからなかったけど、好意は更に増した。
『そうよね、人間は愚かよね! 何でもすぐに捨てるし、自分勝手だし!』
『ええ、そうね。それも含めて愛おしいわ』
『よし帰れ』
好意は180度ぐるりと回り、敵意となる。
『コンパロ、コンパロッ』
『帰れとはまた酷い言いぐさ。あら、可愛らしい挨拶ね』
『毒を集めてるの! 帰らないなら、ぶつけるんだから!』
私は、両手を広げた。
時期的に鈴蘭は咲いていない為、曼珠沙華の毒をすくい上げる。
使い慣れていない所為だろう、普段よりも集めるのに時間を使う。
その間も、彼女はただ微笑して待っているだけ。
攻撃も撤退もしてこないその態度に焦りにも似た苛立ちを覚えた。
――ある程度の毒を集め終え、再度、彼女を見上げる。
『……どうして、何もしないの?』
『効率的な集め方を見ていたのよ。私は厄を集めるのに回らないといけないから』
『あっそ! 時間はあげたからね、喰らいなさいっ』
『貴女にも必要な時間だったと思うけど。――止めておきなさい、無駄だから。私も、貴女と同じで毒が効かないもの』
『私と同じ……って、えっ?』
言葉を口にしながら此方に進んでくる彼女に、驚きを隠せない私。
手をまごつかせていると、彼女はその両手に重ねる様に、自らの両手をかざした。
するりするりと‘力‘が抜けていく。
『……どういう事?』
『卵と鶏みたいなものだけど、私は流し雛で神様なのよ』
『ナガシビナ?』
『人形の一種よ。あぁ、自己紹介がまだだったわね。私は流し雛軍団の長、鍵山雛というの』
『え、え、貴女も人形なの!? あ、でも、人間が愛おしいって……』
『そう、貴女と同じ、ね。当初の目的に移ってもいいかしら?』
『当初……お話? うー、ぅー……わかったわ、聞いてあげるっ』
次から次へと出てくる疑問に頭がパンクし、とりあえず害意がないのは分かったので渋面を作りながら聞く事にした。
とは言え、勝手に喋らせるだけで其方に集中するつもりは端からない。
私は唯、考える時間が欲しかっただけだ。
与えられた疑問に、一つ一つ解答を見出していく。
鍵山雛。服装は何処となく私と似ているが、背丈はかなり高く見える。尤も、それは私が小さいからだけど。
ナガシビナという言葉は未だよくわからないが、彼女の言うヤクと言う物を集める存在なのだろう。
先程、両手の毒を霧散させたのは、彼女が私と同じ人形だから……いや、違う。
彼女は私の‘力‘を散らしただけで、集めた毒はまだ手元に残っている。
『嘘つき。貴女、毒には何もしてないじゃないのよ』
『――そうして、その子はにん……あら、何のお話?』
『さっき、効かないって言ってた。だから、私は毒まで散らされていると思ったのに』
『貴女はそう思ったかもしれないわね。けれど、私は効かないと言っただけで、散らしたとは言っていないわよ』
『言葉遊びのつもり? ふんっ、本当に効かないか、試してあげるっ』
『それは残念。折角、お話に人形が出てきたところなのに』
『え……人形のお話をしていたの?』
聞いていなかった事は解っているんだろう、彼女は特に怒る様子もなく続けた。
『そうよ、楽しくて少しだけ悲しい人形のお話。あぁ、でも、残念。私も避けながらは話せないわ』
両手をあげ、首を横に振る彼女。
その様が本当に残念そうで、私は彼女のお話に頗る興味をそそられた。
でも、啖呵を切ったばかりだし……――心がジレンマを引き起こす。
すると、彼女はまた微笑み、言ってきた。
『ふふ、悩んでいるようね』
『うー、ぅー……うん』
『じゃあ、こうしましょう。まず私のお話を聞く。その後、攻撃する。どう?』
なんて名案。私はすぐさま飛びついた。
『いいわ。さぁ、お話して』
『その前に、座りましょうか。あぁ、人のお話を聞く時は、正座しなければいけないのよ。貴女できて?』
『そんなの聞いた事ないけど』
『あら、じゃあできないのかしら』
『む。できるわよ! で、セイザってなぁに?』
そっちを聞いていたの、と彼女は初めて微笑以外の笑み、苦笑を見せた。
雛のお話は、一点を除いてとても面白かった。
話の始め、わからない単語が出てはその都度、質問をしていた。
けれど、話が一転二転し中盤を過ぎた頃には、早く続きが聞きたいと口を開かない様になる。
雛の口が終わりを告げると、私はため込んだ息を吐き出した。
『――めでたしめでたし。……ご静聴、ありがとう。どうだったかしら?』
『とっても面白かったわ! あ、だけど……』
『だけど――何?』
『どうして最後がめでたしなの? 人形は最後、悪い事を押しつけられて捨てられたのでしょう? 納得いかないわ』
『貴女にはそうかもしれないわね。だけど、お話の主人公の人間と人形にとっては、めでたしなのよ』
『うーぅー……やっぱり納得いかない! その人形もめでたしなんて思っていない筈よ!』
『当時はともかく、今は、思っているのだけれどね。――で、その敵意のある瞳は何かしら?』
そんな訳ない!――心が落ち着かない私は、その勢いを彼女にぶつけようと再び『力』を集め出す。
『コンパロ、コンパロっ!』
『せっかちね。まぁ、話も終わったし今日の所は帰るわ』
『そう簡単に帰させるもんですかっ、貴女が言ったんじゃないの、お話の後は』
『――攻撃、ね。受けるとは言ってないわよ。それと、貴女、ずっと正座をしていたのだから足が痺れていない?』
『痺れるもんですか、私は人形よ!』
言葉と共に鋭い視線を向けると、彼女は驚いた顔をしていた。今更何よ。
『あら、本当? 脛の辺りがじんじん、じんじんとくるものなんだけど。本当に貴女は痺れていないの?』
自らがそうであるように、彼女は己が脛を摩りながらゆっくりと立ち上がる。
馬鹿な事を言っているんじゃないわよ――と思ったが。
念を押された事もあって、少し気にかかり、私も脛を触ってみる。
言われてみれば、こう、じんじんじんじんとしている気がしないでもない。
これが‘痺れ‘と言うものなのだろうか。馴染みのない感覚に首を捻る。
と。
『まぁ、痺れる訳がないわよね。私だって痺れていないし』
あっけらかんとした声が、遥か頭上から聞こえてきた。おぃこら。
『ま、また騙したぁ!』
『思い出してみて? 私は確認しただけで、騙してなんていないわ』
『えっ? うーぅー……あ、ほんとだ。……でも、騙そうとしてたって、戻ってこーい!』
うふふ、と軽やかな笑い声を木霊させながら、彼女は元来た方向へと帰って行った。
暫く呆然としていた私だったが、いい様に遊ばれた事に気がつき、拳を震わせ、呟く。
鍵山雛。今度来た時にはシめる。
――で、今に至る。
最初の出会い以来、雛はもう何度も此処に来ている。
その度に、私は彼女を攻撃しようとするのだが、いつも話術に乗せられて気付くとお話を聞いていた。
ソレは勿論、今日も変わらない。
困った事に、彼女のお話は一点を除いて非常に面白いのだ。
時に楽しく時に切なく、聞くモノを飽きさせない、そんなお手本のようなお話。
加えて、知識の少ない私にはお話に出てくる未知の単語も興味深く、そう言う所でもタメになっている。
けれど、その一点の所為で、私は彼女に別れの挨拶ができないでいた。
彼女のお話は、どんな事があっても「めでたしめでたし」で終わるのだ。
確かに終盤のストーリーだけを取り上げればそうなのだが、多分にご都合主義過ぎる。
特に、彼女が好んで話す「人形と人間」のお話はその傾向がより顕著だ。
だから、多分、今日のお話もそうなるのだろう。
わかっているのに、身を乗り出して聞いている自分が少しだけ苛立たしかった。
「……めでたし、めでたし」
ほら、やっぱり。
「なんだか難しい顔をしているわね」
「うん」
「面白くなかった?」
「うぅん、ぐ……っ」
「……そう。じゃあ、どうしてかしら」
首を傾げて尋ねてくる雛に、私は暫く答えを返せなかった。
難しい顔の理由は、私自身の心の問題。
その上、よくわからないのだから。
腕を組み、唸る。
その間、雛は何も言わず待っていた。
向けられる表情が柔らかく、浮かべられる笑みがこそばゆい。
雛と出会った当時には、ただ、焦りと苛立ちしか感じなかったのに。
――ふと、全く別の疑問が浮かんだ。
「雛」
「なにかしら、メディ」
「……貴女はどうして、此処にずっと来ているの?」
私の質問に、雛は数度、目を瞬かせた。
しかし、考えれば当然の疑問だろう、
出会った当初、私は敵意をむき出しにしていた。
無論、今だって抱いている。
にも拘らず、雛は数日おきに会いに来てくれていた。
不思議でならない。
お別れの挨拶をしていないから、などという理由ではないだろう。
「だって、お別れの」
「……ばいば」
「冗談よ」
言いつつも、雛は私の口に人差し指をあてていた。
見上げる。
雛の表情は変わらない。
顔を背けたくなる衝動を、私はどうにか抑えた。
ぴくりと、雛の眉が動いた。
「……今、躊躇ったわね?」
「睨みあいは先に目を逸らした方が負けなのよ!」
「そっちじゃないんだけど……いいわ。理由だったわね」
微苦笑を浮かべた雛は、一拍の後、再び笑んで私の両手を包んだ。
込められた力が少しばかり強い。
でも、視線は逸らさなかった。
雛の瞳が真剣だったからだ。
「友達と友達の橋渡しをしたいのよ」
目を細め、雛は、そう言った。
「双方を友達にもつ私としては、十分な理由じゃなくて?」
彼女の言う『友達』とは、私と、そして人間だろう。
そう考えればお話の内容も納得がいく。
なるほど、と私は頷いた。
ちょっと待て。
「んと。私は貴女を友達と思っていない」
「いやだ、まだ恋人には早いわよ」
「言ってない」
「あらあら、うふふ」
「うふふじゃない! それに何より、でっかいお世話だーっ!」
叫びつつ、私は力を集め始めた。
「コンパロッ、コンパロッ!」
「シェイク、シェイク」
「するなー!」
自分の手もろとも、雛は私の手を上下させる。
「――って! このために押さえてたのね!?」
「メディ、まずは心の交流を深めましょう」
「喧しいーっ!」
「それ、ハートキャッチ」
「ごく自然に胸を触ってんじゃなぁーい!!」
ぺったんこなのに、何が楽しいんだろう。
「じゃあ、どうぞ」
「や、柔らかい!」
「あん……」
変な声出すな。
――思った時には、弾き飛ばされていた。
でんぐりがえる私。
何に弾かれたんだろう、と思った。
まさか、突然、胸が大きくなったとか?
身体を起こし、雛の胸元をじっと見つめる。
くるくると回りながら、自身の頬に手を当て、雛が言う。
「厄が漏れちゃったみたい」
「なんなのよ貴女!?」
「冗談よ」
じゃあどうやって弾き飛ばしたんだろう。
そして、何故、未だに回り続けているのか。
回転力により、雛の足は地面から離れていた。
……あ。
前者はともかく後者は解った、と言うか――「こらぁ、戻ってこぉーい!!」
叫んだ時にはもう遅く、雛は笑い声を残し、既に彼方へと消え去っていた。
わなわなと両拳を震わせて、私は呟く。
もう何度目か、忘れたけれど――
「鍵山雛。今度来た時にはシめる……っ」
――或いは、これが挨拶の代わりなのかもしれないな、なんて思った。
<幕>
「……それ以上、厄を集めてどうするの?」
私にとって毒は身近にあるものであり、厄ではない。
けれど、開口一番そう言ってくる彼女には近いものなんじゃなかろうか。
気遣う訳ではなく、純粋に疑問に思ったので聞いてみた。
彼女――鍵山雛は、首を小さく傾げて答えを返してくる。
「挨拶のつもりだったのだけれど」
「人形なのに人間を守るから変な奴だと思ってたけど、やっぱり間違ってなかったのね」
「私は神様よ。それに、人形全てが人間に害意を抱いている訳じゃないわ。ねぇ、こんな話を知っていて?」
また始まった……。私の露骨な仏頂面を無視して、彼女は人形と人間に纏わる昔話を語り始める。
雛が初めて、私が住むこの丘――無名の丘と呼ばれている――にやってきたのは、曼珠沙華がぽつりぽつりと咲き始めた頃だった。
くるくると奇妙な飛び方をする彼女に、暇を持て余していた私は興味を持った。
じぃと見ていると、目が合い、にこりとした笑みを向けられる。
だから、つい、此方から声をかけてしまった。
『何をしに来たの?』
友達のルーミア達や永琳以外で、此処にやってくるモノはそういない。
だから、私はまず、来訪の理由を尋ねた。
彼女は笑みを崩さぬまま応える。
『厄を集めに来たのだけれど……そうね、今は貴女と話をしてみたいわ』
興味は好意に変わった。
『ヤク』という聞きなれない単語にも惹かれたし、お話までしてくれるとの事。
密かに集めていた毒を散らし、てくてくと彼女の傍まで歩く。
『私はメディスン・メランコリー! 貴女は……あ』
その途中で思い出した――いけない、大事な事を聞いてないわ。
『貴女は人間をどう思う?』
『……愚かな種族ね。忠告を聞きもしないし、厄をどれだけ集めてもまた何時の間にかため込んでいる』
彼女に浮かぶ微笑の意味はわからなかったけど、好意は更に増した。
『そうよね、人間は愚かよね! 何でもすぐに捨てるし、自分勝手だし!』
『ええ、そうね。それも含めて愛おしいわ』
『よし帰れ』
好意は180度ぐるりと回り、敵意となる。
『コンパロ、コンパロッ』
『帰れとはまた酷い言いぐさ。あら、可愛らしい挨拶ね』
『毒を集めてるの! 帰らないなら、ぶつけるんだから!』
私は、両手を広げた。
時期的に鈴蘭は咲いていない為、曼珠沙華の毒をすくい上げる。
使い慣れていない所為だろう、普段よりも集めるのに時間を使う。
その間も、彼女はただ微笑して待っているだけ。
攻撃も撤退もしてこないその態度に焦りにも似た苛立ちを覚えた。
――ある程度の毒を集め終え、再度、彼女を見上げる。
『……どうして、何もしないの?』
『効率的な集め方を見ていたのよ。私は厄を集めるのに回らないといけないから』
『あっそ! 時間はあげたからね、喰らいなさいっ』
『貴女にも必要な時間だったと思うけど。――止めておきなさい、無駄だから。私も、貴女と同じで毒が効かないもの』
『私と同じ……って、えっ?』
言葉を口にしながら此方に進んでくる彼女に、驚きを隠せない私。
手をまごつかせていると、彼女はその両手に重ねる様に、自らの両手をかざした。
するりするりと‘力‘が抜けていく。
『……どういう事?』
『卵と鶏みたいなものだけど、私は流し雛で神様なのよ』
『ナガシビナ?』
『人形の一種よ。あぁ、自己紹介がまだだったわね。私は流し雛軍団の長、鍵山雛というの』
『え、え、貴女も人形なの!? あ、でも、人間が愛おしいって……』
『そう、貴女と同じ、ね。当初の目的に移ってもいいかしら?』
『当初……お話? うー、ぅー……わかったわ、聞いてあげるっ』
次から次へと出てくる疑問に頭がパンクし、とりあえず害意がないのは分かったので渋面を作りながら聞く事にした。
とは言え、勝手に喋らせるだけで其方に集中するつもりは端からない。
私は唯、考える時間が欲しかっただけだ。
与えられた疑問に、一つ一つ解答を見出していく。
鍵山雛。服装は何処となく私と似ているが、背丈はかなり高く見える。尤も、それは私が小さいからだけど。
ナガシビナという言葉は未だよくわからないが、彼女の言うヤクと言う物を集める存在なのだろう。
先程、両手の毒を霧散させたのは、彼女が私と同じ人形だから……いや、違う。
彼女は私の‘力‘を散らしただけで、集めた毒はまだ手元に残っている。
『嘘つき。貴女、毒には何もしてないじゃないのよ』
『――そうして、その子はにん……あら、何のお話?』
『さっき、効かないって言ってた。だから、私は毒まで散らされていると思ったのに』
『貴女はそう思ったかもしれないわね。けれど、私は効かないと言っただけで、散らしたとは言っていないわよ』
『言葉遊びのつもり? ふんっ、本当に効かないか、試してあげるっ』
『それは残念。折角、お話に人形が出てきたところなのに』
『え……人形のお話をしていたの?』
聞いていなかった事は解っているんだろう、彼女は特に怒る様子もなく続けた。
『そうよ、楽しくて少しだけ悲しい人形のお話。あぁ、でも、残念。私も避けながらは話せないわ』
両手をあげ、首を横に振る彼女。
その様が本当に残念そうで、私は彼女のお話に頗る興味をそそられた。
でも、啖呵を切ったばかりだし……――心がジレンマを引き起こす。
すると、彼女はまた微笑み、言ってきた。
『ふふ、悩んでいるようね』
『うー、ぅー……うん』
『じゃあ、こうしましょう。まず私のお話を聞く。その後、攻撃する。どう?』
なんて名案。私はすぐさま飛びついた。
『いいわ。さぁ、お話して』
『その前に、座りましょうか。あぁ、人のお話を聞く時は、正座しなければいけないのよ。貴女できて?』
『そんなの聞いた事ないけど』
『あら、じゃあできないのかしら』
『む。できるわよ! で、セイザってなぁに?』
そっちを聞いていたの、と彼女は初めて微笑以外の笑み、苦笑を見せた。
雛のお話は、一点を除いてとても面白かった。
話の始め、わからない単語が出てはその都度、質問をしていた。
けれど、話が一転二転し中盤を過ぎた頃には、早く続きが聞きたいと口を開かない様になる。
雛の口が終わりを告げると、私はため込んだ息を吐き出した。
『――めでたしめでたし。……ご静聴、ありがとう。どうだったかしら?』
『とっても面白かったわ! あ、だけど……』
『だけど――何?』
『どうして最後がめでたしなの? 人形は最後、悪い事を押しつけられて捨てられたのでしょう? 納得いかないわ』
『貴女にはそうかもしれないわね。だけど、お話の主人公の人間と人形にとっては、めでたしなのよ』
『うーぅー……やっぱり納得いかない! その人形もめでたしなんて思っていない筈よ!』
『当時はともかく、今は、思っているのだけれどね。――で、その敵意のある瞳は何かしら?』
そんな訳ない!――心が落ち着かない私は、その勢いを彼女にぶつけようと再び『力』を集め出す。
『コンパロ、コンパロっ!』
『せっかちね。まぁ、話も終わったし今日の所は帰るわ』
『そう簡単に帰させるもんですかっ、貴女が言ったんじゃないの、お話の後は』
『――攻撃、ね。受けるとは言ってないわよ。それと、貴女、ずっと正座をしていたのだから足が痺れていない?』
『痺れるもんですか、私は人形よ!』
言葉と共に鋭い視線を向けると、彼女は驚いた顔をしていた。今更何よ。
『あら、本当? 脛の辺りがじんじん、じんじんとくるものなんだけど。本当に貴女は痺れていないの?』
自らがそうであるように、彼女は己が脛を摩りながらゆっくりと立ち上がる。
馬鹿な事を言っているんじゃないわよ――と思ったが。
念を押された事もあって、少し気にかかり、私も脛を触ってみる。
言われてみれば、こう、じんじんじんじんとしている気がしないでもない。
これが‘痺れ‘と言うものなのだろうか。馴染みのない感覚に首を捻る。
と。
『まぁ、痺れる訳がないわよね。私だって痺れていないし』
あっけらかんとした声が、遥か頭上から聞こえてきた。おぃこら。
『ま、また騙したぁ!』
『思い出してみて? 私は確認しただけで、騙してなんていないわ』
『えっ? うーぅー……あ、ほんとだ。……でも、騙そうとしてたって、戻ってこーい!』
うふふ、と軽やかな笑い声を木霊させながら、彼女は元来た方向へと帰って行った。
暫く呆然としていた私だったが、いい様に遊ばれた事に気がつき、拳を震わせ、呟く。
鍵山雛。今度来た時にはシめる。
――で、今に至る。
最初の出会い以来、雛はもう何度も此処に来ている。
その度に、私は彼女を攻撃しようとするのだが、いつも話術に乗せられて気付くとお話を聞いていた。
ソレは勿論、今日も変わらない。
困った事に、彼女のお話は一点を除いて非常に面白いのだ。
時に楽しく時に切なく、聞くモノを飽きさせない、そんなお手本のようなお話。
加えて、知識の少ない私にはお話に出てくる未知の単語も興味深く、そう言う所でもタメになっている。
けれど、その一点の所為で、私は彼女に別れの挨拶ができないでいた。
彼女のお話は、どんな事があっても「めでたしめでたし」で終わるのだ。
確かに終盤のストーリーだけを取り上げればそうなのだが、多分にご都合主義過ぎる。
特に、彼女が好んで話す「人形と人間」のお話はその傾向がより顕著だ。
だから、多分、今日のお話もそうなるのだろう。
わかっているのに、身を乗り出して聞いている自分が少しだけ苛立たしかった。
「……めでたし、めでたし」
ほら、やっぱり。
「なんだか難しい顔をしているわね」
「うん」
「面白くなかった?」
「うぅん、ぐ……っ」
「……そう。じゃあ、どうしてかしら」
首を傾げて尋ねてくる雛に、私は暫く答えを返せなかった。
難しい顔の理由は、私自身の心の問題。
その上、よくわからないのだから。
腕を組み、唸る。
その間、雛は何も言わず待っていた。
向けられる表情が柔らかく、浮かべられる笑みがこそばゆい。
雛と出会った当時には、ただ、焦りと苛立ちしか感じなかったのに。
――ふと、全く別の疑問が浮かんだ。
「雛」
「なにかしら、メディ」
「……貴女はどうして、此処にずっと来ているの?」
私の質問に、雛は数度、目を瞬かせた。
しかし、考えれば当然の疑問だろう、
出会った当初、私は敵意をむき出しにしていた。
無論、今だって抱いている。
にも拘らず、雛は数日おきに会いに来てくれていた。
不思議でならない。
お別れの挨拶をしていないから、などという理由ではないだろう。
「だって、お別れの」
「……ばいば」
「冗談よ」
言いつつも、雛は私の口に人差し指をあてていた。
見上げる。
雛の表情は変わらない。
顔を背けたくなる衝動を、私はどうにか抑えた。
ぴくりと、雛の眉が動いた。
「……今、躊躇ったわね?」
「睨みあいは先に目を逸らした方が負けなのよ!」
「そっちじゃないんだけど……いいわ。理由だったわね」
微苦笑を浮かべた雛は、一拍の後、再び笑んで私の両手を包んだ。
込められた力が少しばかり強い。
でも、視線は逸らさなかった。
雛の瞳が真剣だったからだ。
「友達と友達の橋渡しをしたいのよ」
目を細め、雛は、そう言った。
「双方を友達にもつ私としては、十分な理由じゃなくて?」
彼女の言う『友達』とは、私と、そして人間だろう。
そう考えればお話の内容も納得がいく。
なるほど、と私は頷いた。
ちょっと待て。
「んと。私は貴女を友達と思っていない」
「いやだ、まだ恋人には早いわよ」
「言ってない」
「あらあら、うふふ」
「うふふじゃない! それに何より、でっかいお世話だーっ!」
叫びつつ、私は力を集め始めた。
「コンパロッ、コンパロッ!」
「シェイク、シェイク」
「するなー!」
自分の手もろとも、雛は私の手を上下させる。
「――って! このために押さえてたのね!?」
「メディ、まずは心の交流を深めましょう」
「喧しいーっ!」
「それ、ハートキャッチ」
「ごく自然に胸を触ってんじゃなぁーい!!」
ぺったんこなのに、何が楽しいんだろう。
「じゃあ、どうぞ」
「や、柔らかい!」
「あん……」
変な声出すな。
――思った時には、弾き飛ばされていた。
でんぐりがえる私。
何に弾かれたんだろう、と思った。
まさか、突然、胸が大きくなったとか?
身体を起こし、雛の胸元をじっと見つめる。
くるくると回りながら、自身の頬に手を当て、雛が言う。
「厄が漏れちゃったみたい」
「なんなのよ貴女!?」
「冗談よ」
じゃあどうやって弾き飛ばしたんだろう。
そして、何故、未だに回り続けているのか。
回転力により、雛の足は地面から離れていた。
……あ。
前者はともかく後者は解った、と言うか――「こらぁ、戻ってこぉーい!!」
叫んだ時にはもう遅く、雛は笑い声を残し、既に彼方へと消え去っていた。
わなわなと両拳を震わせて、私は呟く。
もう何度目か、忘れたけれど――
「鍵山雛。今度来た時にはシめる……っ」
――或いは、これが挨拶の代わりなのかもしれないな、なんて思った。
<幕>
マジで良かったです。
メディと雛はもっと増えたらいいと思います。
保母さん雛が実に魅力的です。