上海人形は考える。
自分に意識というモノが芽生えたのはいつ頃だろうと。
「どうでも良い事を考えているなお前。疲れないかそんなで」
口の悪い蓬莱人形がそんな上海人形を見て『バカジャネーノ』と鼻で笑う。
もっとも、鼻は付いていないが。
しかし、ルーツというものは気にはなるのだ。
この意識は何処から来たものなのか。
自分というものは、何処で発生したものか。
我思う故に我ありとはよく言ったものだ。
かつて、上海人形に意識が存在しなかった時には考えもしなかった概念だが、例え自分を取り巻く全ての一切合財が幻だったとしても、自分とは何かと考える意識だけは確実なものなのだろう。
――――ならば、我とは何か。
「そうだねぇ。自分のルーツか……差し当たり私は和蘭かな」
おっとりした和蘭人形がボソリと呟く。
違う。そう言う事じゃないのに。
「そうなると私は蓬莱か。しかし、この蓬莱は仙境か、それとも不死を指すのか」
内在する自己の根源を探る旅は、蓬莱人形と和蘭人形の所為で名前とルーツの話になってしまった。
だが、外面が内面に与える影響は侮れない。己の肉体からルーツを探るのも悪い事ではないだろう。
そうなると上海人形は上海という事になる。
魔都『上海』
摩天楼がそびえ立ち、西洋列強が東洋の拠点とした国際都市。
様々な国の租界がひしめき合う街。
混沌極まるこの世に顕れた魔界。
あんまり、自分らしくないと上海人形は思った。
それにしても上海人形の主人であるアリスは、なぜ上海人形を上海と名付けたのだろうか。
上海人形は鏡に映った自分を見る。どうにも上海という感じではない。
「それなら、マサイコーな感じだったとか」
なんだろうそれは。
そう言えば、上海人形の正式な名は「マサイコーの上海人形」だ。
最近は主人であるアリスも面倒くさくなったのか「上海人形」で済ましている上に上海人形自身も忘れていたが、上海人形は「マサイコーの上海人形」なのだ。
上海については知っているが、マサイコーについての事を上海人形はよく知らない。
「……マサイ族って、アフリカに居たっけ」
和蘭人形がボソリと言った。
そう言えば、居た気がする。暗黒大陸の事は良く分からないが。
とりあえず、上海人形は口の悪い蓬莱人形にマサイ族とは何か尋ねてみた。
「ええと、人食い族的なナニか」
訳の分からない事を蓬莱人形は言った。
可哀想に。蓬莱人形は首を吊りすぎて、頭が悪くなっているのだ。
よく見れば、頭のてっぺんから糸がほつれている。
直してあげようと、上海人形は蓬莱人形の頭の糸を引っ張った。
プツンと音がして、糸は切れた。
「な、なんだホー?」
蓬莱人形は唐突に馬鹿っぽい喋りになった。
さっきの糸が切れた事で、頭が決定的に緩んでしまったのだ。
「お、お前、何かしたホー?」
そんな蓬莱人形の問いを、上海人形は首を振って否定する。
しかし、これでは蓬莱人形は役に立たない。
馬鹿になった蓬莱人形を放置して、上海人形は和蘭人形に聞いてみた。
「きっと『まっ、サイコ』なんじゃないかな」
赤毛を弄りながら、和蘭人形は答えた。
サイコとは、何だろう。
「サイコパスの略だよ」
サイコパスとは、いわゆる生粋の殺人鬼(ナチュラル・ボーン・キラー)あるいは連続殺人鬼(シリアルキラー)の多くが属している精神病質、分かりやすく言えばキ○ガイの事だ。
漫画などで「おめぇは生きていちゃいけない存在なんだ」と言われて、正義の味方っぽいのに殺されるという、とてもブラックなお仕事である。
たしかにサイコパスともなれば「まっ」と、驚くのも無理は無い。
しかし『自分らしくないな』と、上海人形は思った。
自分はもっと、こう、素敵なルーツを持っているハズだ。聞いただけでワクワクして、それでいて渋くて強そうな、そんなルーツであるはずなのだ。
断じてサイコパスなんて、酷いものじゃない。
「納得できないなら、物知りの西蔵人形に聞いてみたら」
和蘭人形に促されて、上海人形はいつも廻っている西蔵人形の元に向かった。
くるくるくるくる。
「あはははははは」
西蔵人形は廻っていた。
彼女はいつも廻っているのだ。最初の内は主人であるアリスの周りを廻っているだけだったのだが、最近ではちょっとした切っ掛けで所構わずに廻り出すのである。
上海人形が声をかけてみても、西蔵人形は廻ったままだ。
困った上海人形は、魔彩光の破壊光線を西蔵人形に放つ。すると西蔵人形は黒焦げになって動かなくなった。
これで相談ができるだろう。
「マサイコーとは何かって? 簡単じゃない」
黒焦げの西蔵人形は答えた。
流石は学識高い事で有名な西蔵人形。一を聞いて十を知るとはこの事だ。
教えて欲しいと上海人形は、黒焦げになってもその場で廻っている西蔵人形に手を合わせる。
「馬(マ)サイコーだよ」
なるほど、馬だったのか。
しかし、自分はちっとも馬っぽくない。
髪型もポニーテールじゃないし、人参を見ても興奮したりしない。
本当にそうなのか、上海人形は西蔵人形に念を押す。
本当に?
「本当だよ」
本当に?
「間違いないよ」
本当に?
「絶対だ」
本当に?
「実は適当」
上海人形は、魔彩光の破壊光線で西蔵人形を黒焦げにした。
これでしばらくは動けないだろう。
だが、これで話ができそうな人形はもういない。
霧の倫敦人形は上海人形の顔を見ると「こいつはくせッぇー! ゲロ以下の臭いがプンプンするぜッーー!!」と言って、襲いかかってくるので話もできない。
露西亜人形は、人形の癖にウォトカで泥酔していて会話ができないし、仏蘭西、オルレアンの二体の人形は「壊されちゃう!」と言って上海人形を怖がり、近づいてもくれない。
そして上方至上主義を掲げる京人形は、今日も上方落語の保護に奔走しているだろう。
既に上海人形が相談できる人形は居ないのだろうか。
上海人形がしょんぼりしていると、何かが近づいてきた。
どすんどすん。
それは二振りの剣を携えた途方も無く巨大な人形。
かのダビデ王に倒されたペレシテ人の巨大兵士の名を冠するアリス・マーガトロイドの秘密兵器。
「そんなにしょんぼりして、どうしたの?」
彼女はゴリアテ人形だった。
そういえば、そんな新入りも居たものだ。
上海人形は駄目で元々とゴリアテ人形にマサイコーについて尋ねた。
「うーん。もしかして伸ばす所を『ウ』って発音するんじゃ……」
頼りなげにゴリアテ人形は言った。
なるほど『マサイコウ』か。
上海人形が『その発想は無かった』と、手を叩く。
てっきりウドの大木かと思って期待をしていなかったが、他の人形達が考えもしなかった事に思い至るとは大したものだ。
これには上海人形も帽子を脱ぐしかない。もっとも、上海人形は帽子を被っていないが。
そうして上海人形が参っていると、ゴリアテ人形はおずおずとこう続けた。
「ついでにそれは……『マサ行こう』って意味なのかも」
マサって誰だ。
何処に行く気だ。
それが上海人形のルーツ。いつの間にか生じた意識の源なのだろうか。
考え込んでいるとゴリアテ人形が口を開く。
「マサって言ったら、一人しかいないよ」
ゴリアテ人形は名前を言った。
それは、マサ斎藤だった。
マサ斎藤。
昭和の名レスラーであり、かのアントニオ猪木が繰り広げた伝説の名勝負、巌流島デスマッチの相手を務め上げた人物。
フェイバリットホールドは監獄固め。
カルピスをこよなく愛し、一説にはカルピスを原液で飲むという都市伝説を持つナイスガイだ。
ゴリアテ人形から、詳しい説明を聞き、上海人形は納得した。
これならば自分のルーツに相応しい。実に渋くて力強くて通好みだ。
マサ行こう!
そう口に出してみると、何かワクワクしてくるではないか。
「ただいまー。みんな良い子にしていたかしら?」
そこに人形達の主人、アリス・マーガトロイドが帰ってきた。
上海人形は、自分のルーツが判明した事を主人に伝えたくて、急いで出迎えに行く。
「あら、どうしたの?」
急いでやってきた上海人形に、アリスが小首をかしげる。
上海人形は、そんなアリスに思いの丈をぶつけた。
「シャンハーイ」
「そう。良かったわねぇ」
キチンと留守番ができた人形の頭を、アリスはご褒美に優しく撫でるのだった。
了
自分に意識というモノが芽生えたのはいつ頃だろうと。
「どうでも良い事を考えているなお前。疲れないかそんなで」
口の悪い蓬莱人形がそんな上海人形を見て『バカジャネーノ』と鼻で笑う。
もっとも、鼻は付いていないが。
しかし、ルーツというものは気にはなるのだ。
この意識は何処から来たものなのか。
自分というものは、何処で発生したものか。
我思う故に我ありとはよく言ったものだ。
かつて、上海人形に意識が存在しなかった時には考えもしなかった概念だが、例え自分を取り巻く全ての一切合財が幻だったとしても、自分とは何かと考える意識だけは確実なものなのだろう。
――――ならば、我とは何か。
「そうだねぇ。自分のルーツか……差し当たり私は和蘭かな」
おっとりした和蘭人形がボソリと呟く。
違う。そう言う事じゃないのに。
「そうなると私は蓬莱か。しかし、この蓬莱は仙境か、それとも不死を指すのか」
内在する自己の根源を探る旅は、蓬莱人形と和蘭人形の所為で名前とルーツの話になってしまった。
だが、外面が内面に与える影響は侮れない。己の肉体からルーツを探るのも悪い事ではないだろう。
そうなると上海人形は上海という事になる。
魔都『上海』
摩天楼がそびえ立ち、西洋列強が東洋の拠点とした国際都市。
様々な国の租界がひしめき合う街。
混沌極まるこの世に顕れた魔界。
あんまり、自分らしくないと上海人形は思った。
それにしても上海人形の主人であるアリスは、なぜ上海人形を上海と名付けたのだろうか。
上海人形は鏡に映った自分を見る。どうにも上海という感じではない。
「それなら、マサイコーな感じだったとか」
なんだろうそれは。
そう言えば、上海人形の正式な名は「マサイコーの上海人形」だ。
最近は主人であるアリスも面倒くさくなったのか「上海人形」で済ましている上に上海人形自身も忘れていたが、上海人形は「マサイコーの上海人形」なのだ。
上海については知っているが、マサイコーについての事を上海人形はよく知らない。
「……マサイ族って、アフリカに居たっけ」
和蘭人形がボソリと言った。
そう言えば、居た気がする。暗黒大陸の事は良く分からないが。
とりあえず、上海人形は口の悪い蓬莱人形にマサイ族とは何か尋ねてみた。
「ええと、人食い族的なナニか」
訳の分からない事を蓬莱人形は言った。
可哀想に。蓬莱人形は首を吊りすぎて、頭が悪くなっているのだ。
よく見れば、頭のてっぺんから糸がほつれている。
直してあげようと、上海人形は蓬莱人形の頭の糸を引っ張った。
プツンと音がして、糸は切れた。
「な、なんだホー?」
蓬莱人形は唐突に馬鹿っぽい喋りになった。
さっきの糸が切れた事で、頭が決定的に緩んでしまったのだ。
「お、お前、何かしたホー?」
そんな蓬莱人形の問いを、上海人形は首を振って否定する。
しかし、これでは蓬莱人形は役に立たない。
馬鹿になった蓬莱人形を放置して、上海人形は和蘭人形に聞いてみた。
「きっと『まっ、サイコ』なんじゃないかな」
赤毛を弄りながら、和蘭人形は答えた。
サイコとは、何だろう。
「サイコパスの略だよ」
サイコパスとは、いわゆる生粋の殺人鬼(ナチュラル・ボーン・キラー)あるいは連続殺人鬼(シリアルキラー)の多くが属している精神病質、分かりやすく言えばキ○ガイの事だ。
漫画などで「おめぇは生きていちゃいけない存在なんだ」と言われて、正義の味方っぽいのに殺されるという、とてもブラックなお仕事である。
たしかにサイコパスともなれば「まっ」と、驚くのも無理は無い。
しかし『自分らしくないな』と、上海人形は思った。
自分はもっと、こう、素敵なルーツを持っているハズだ。聞いただけでワクワクして、それでいて渋くて強そうな、そんなルーツであるはずなのだ。
断じてサイコパスなんて、酷いものじゃない。
「納得できないなら、物知りの西蔵人形に聞いてみたら」
和蘭人形に促されて、上海人形はいつも廻っている西蔵人形の元に向かった。
くるくるくるくる。
「あはははははは」
西蔵人形は廻っていた。
彼女はいつも廻っているのだ。最初の内は主人であるアリスの周りを廻っているだけだったのだが、最近ではちょっとした切っ掛けで所構わずに廻り出すのである。
上海人形が声をかけてみても、西蔵人形は廻ったままだ。
困った上海人形は、魔彩光の破壊光線を西蔵人形に放つ。すると西蔵人形は黒焦げになって動かなくなった。
これで相談ができるだろう。
「マサイコーとは何かって? 簡単じゃない」
黒焦げの西蔵人形は答えた。
流石は学識高い事で有名な西蔵人形。一を聞いて十を知るとはこの事だ。
教えて欲しいと上海人形は、黒焦げになってもその場で廻っている西蔵人形に手を合わせる。
「馬(マ)サイコーだよ」
なるほど、馬だったのか。
しかし、自分はちっとも馬っぽくない。
髪型もポニーテールじゃないし、人参を見ても興奮したりしない。
本当にそうなのか、上海人形は西蔵人形に念を押す。
本当に?
「本当だよ」
本当に?
「間違いないよ」
本当に?
「絶対だ」
本当に?
「実は適当」
上海人形は、魔彩光の破壊光線で西蔵人形を黒焦げにした。
これでしばらくは動けないだろう。
だが、これで話ができそうな人形はもういない。
霧の倫敦人形は上海人形の顔を見ると「こいつはくせッぇー! ゲロ以下の臭いがプンプンするぜッーー!!」と言って、襲いかかってくるので話もできない。
露西亜人形は、人形の癖にウォトカで泥酔していて会話ができないし、仏蘭西、オルレアンの二体の人形は「壊されちゃう!」と言って上海人形を怖がり、近づいてもくれない。
そして上方至上主義を掲げる京人形は、今日も上方落語の保護に奔走しているだろう。
既に上海人形が相談できる人形は居ないのだろうか。
上海人形がしょんぼりしていると、何かが近づいてきた。
どすんどすん。
それは二振りの剣を携えた途方も無く巨大な人形。
かのダビデ王に倒されたペレシテ人の巨大兵士の名を冠するアリス・マーガトロイドの秘密兵器。
「そんなにしょんぼりして、どうしたの?」
彼女はゴリアテ人形だった。
そういえば、そんな新入りも居たものだ。
上海人形は駄目で元々とゴリアテ人形にマサイコーについて尋ねた。
「うーん。もしかして伸ばす所を『ウ』って発音するんじゃ……」
頼りなげにゴリアテ人形は言った。
なるほど『マサイコウ』か。
上海人形が『その発想は無かった』と、手を叩く。
てっきりウドの大木かと思って期待をしていなかったが、他の人形達が考えもしなかった事に思い至るとは大したものだ。
これには上海人形も帽子を脱ぐしかない。もっとも、上海人形は帽子を被っていないが。
そうして上海人形が参っていると、ゴリアテ人形はおずおずとこう続けた。
「ついでにそれは……『マサ行こう』って意味なのかも」
マサって誰だ。
何処に行く気だ。
それが上海人形のルーツ。いつの間にか生じた意識の源なのだろうか。
考え込んでいるとゴリアテ人形が口を開く。
「マサって言ったら、一人しかいないよ」
ゴリアテ人形は名前を言った。
それは、マサ斎藤だった。
マサ斎藤。
昭和の名レスラーであり、かのアントニオ猪木が繰り広げた伝説の名勝負、巌流島デスマッチの相手を務め上げた人物。
フェイバリットホールドは監獄固め。
カルピスをこよなく愛し、一説にはカルピスを原液で飲むという都市伝説を持つナイスガイだ。
ゴリアテ人形から、詳しい説明を聞き、上海人形は納得した。
これならば自分のルーツに相応しい。実に渋くて力強くて通好みだ。
マサ行こう!
そう口に出してみると、何かワクワクしてくるではないか。
「ただいまー。みんな良い子にしていたかしら?」
そこに人形達の主人、アリス・マーガトロイドが帰ってきた。
上海人形は、自分のルーツが判明した事を主人に伝えたくて、急いで出迎えに行く。
「あら、どうしたの?」
急いでやってきた上海人形に、アリスが小首をかしげる。
上海人形は、そんなアリスに思いの丈をぶつけた。
「シャンハーイ」
「そう。良かったわねぇ」
キチンと留守番ができた人形の頭を、アリスはご褒美に優しく撫でるのだった。
了
ここで撃沈したwww
私と作者との年齢差はいかほどなのか
解説役としてみることが多かったです
私は今25