「阿礼乙女様っ!」
里の自警団員を努める青年が、血相を変えて稗田邸に駆け込んできた。
その息せき切った様子を見るだけで、阿弥は何が起こったのか理解できてしまう。
「まさか……また、なの?」
「へい。そのまさか、で」
「今月に入って4人目。最初の事件から数えて、もう31人目ですよ?」
「今度は、花屋の娘が消えました。まだ、幼い子だったのに……」
「くっ、一体何がどうなっているの!」
阿弥は髪の毛を掻き毟った。
ここ最近、幻想郷内で「神隠し」が頻出している。
消えた者の特徴は千差万別で、里の老若男女ばかりか妖怪までもが、ある日ある時を境に突如として消えてしまい、以後誰の前にも姿を現さなくなるのである。
博麗の巫女をはじめ、数多くの有力者がその捜索にあたっているが、今のところ誰一人として発見することができずにいる。
そう。
本当に何の痕跡も残さずに、まるで焼け石の上に垂らした水滴の如く、完全に蒸発してしまうのだ。
これほど不気味で、しかも被害の大きな異変は、幻想郷の歴史が始まって以来はじめてのことだ。
もしこの異変に主犯がいるとしたら、それは何者で、どういう意図があるのか?
阿弥の苦悩、そして恐怖は尽きない。
そうこうしているうちに、幻想郷人口の3分の1がいなくなった。
あの八雲紫さえ、今回の異変には心当たりがまるで無いという。
普段はのらりくらりと、正体不明なことばかり喋っている紫ではあるが、こと幻想郷の危機にあっては、嘘を吐くはずがない。
全ての人妖は怯えきり、滅多なことでは己のテリトリーから足を踏み出すことがなくなった。
それでもなお、人口の減少は勢いを増すばかりだ。
1896年3月1日。
エチオピア領内アドワ北方にて、ひとつの戦争が終結しようとしていた。
「なんということだ」
イタリア軍の総司令官であるオレステ・バリティエッリは、目の前に拡がる参上に涙した。
ほとんどの兵士が死に絶え、また生き残った者も皆、はいつくばるようにして自陣へと逃げ帰ってくる。
エチオピアへの侵略は、完全に失敗した。
欧州列強中で唯一、イタリアはアフリカの意地に敗北したのだ。
これは近代史に残る失笑譚として、後世に長く語り継がれることになるだろう。
「おおスキピオよ! カエサルよアウグストゥスよ! それに五賢帝よ!
あなたたちが成した栄光は、もはや我が国より永久に去ってしまったのですか!」
その叫びは天に届くことなく、砂塵に巻き込まれて何処かへと飛ばされていった。
(あれっ?)
不意に、阿弥の周囲の風景が一変した。
今後のことを相談すべく、自警団の本部を目指して歩いていたはずなのだが、気が付けば柔らかい土の感触は足の裏から消え、代わりに硬い敷石の道が前後に伸びている。
「ど、どこなの?」
きょろきょろ辺りを見渡すと、ラテン語で「アッピア街道」と書かれた石碑があった。
「……まさか!」
松の並木に見守られる道を、阿弥は急ぐ。
果たしてその先に建造された都市には、これまで消えた幻想郷住人たちが全て集結しており、しかも皆ゆったりとしたトーガを着こなしていた。
「おや、あれは阿礼乙女様ではないか」
「ほほう、ついにあの方までこちらに来なさったか」
「さあさあ、早くおいでなされ。なに、不安がる必要はありませんよ」
「住めば都。ここでの生活は、大変に楽しいものです」
旧・幻想郷の民は、それぞれ思い思いに公衆浴場や大闘技場や宴会や乱交などのレジャーを楽しんでいる。
「ああ、そうか」
そして阿弥は、これでようやく合点がいった!ってな具合に晴れ晴れとした顔で、ポンと手を打つ。
「全ての道はローマに通ず!」
(劇終)
いや、笑ったけどさ。
後書きに吹いたwwww
納得できない。すごく納得できないんだけど笑う。