夜。
新月。
魔法の森にて。
少女が一人。
少女の姿をした妖怪が一人。
「ふむ」
古明地さとりは心を読む妖怪である。
他人の思考、感情、欲求、心に浮上する事柄を読む。
だがそれは無機物など自我を持たないものに対しては能力を行使することはできない。
当然、今現在さとりの目の前にある肉塊の中身もさとりには把握する術が無い。
彼の意識を内包した魂とやらの存在は既にここには無く、今はもう彼岸で順番待ちをしていることだろう。
ここにあるのはただの抜け殻である。
そこに価値を見出すにはさとりと彼はあまりにも無関係だった。
「ふむ」
古明地さとりは妖怪である。
妖怪という存在は人間を糧として生きる。
さとりも妖怪として例に漏れず人間を食す。
だがそれは本能としての行為であり、理性により容易に抑えることができる程度のものである。
では何故、さとりが現在こうして人の形をした肉塊の前に佇んでいるのか。
それはさとり本人の嗜好によるものである。
さとりは他人のトラウマを覗くことを好んでいた。
正確には己の心の傷を顕現され、発狂する人間の姿を眺めること。
腰を抜かす者、涙を垂れ流す者、失禁する者。精神が崩壊してしまう者。
様々な人間がいた、様々な反応があった、様々な恐怖があった。
蛞蝓がうごうごと無数に湧き出て地面を覆い尽くす。
絵本に出てくるような典型的な悪魔の姿が現れる。
嘲笑が四方から延々と響いてくるようなトラウマもあった。
心の奥底に刻まれる感情とは歓喜でも悲哀でもない。
恐怖である。
純粋なその感情はまるで研磨に研磨を重ね完璧に光沢を備えた宝石のようだ。
だからこそ、それに怯える姿もまた美しい。
美しいものを愛でるのは当然の理。
相手の心を全て掌握したという支配感。
相手の心の奥底を引き釣り出す充足感。
何事にも代え難い悦楽とはまさにこのことである。
「ふむ」
だというのに。
この男は。
自らの命を絶った。
黙って、何の反応も示さぬまま。
静かに己の舌を噛み切った。
さとりには到底理解し難い行為だった。
あまりの唐突の出来事に、男の真意を測ることすらできなかった。
恐怖とは、自らに危害が及ぶからこそ感じるものではないのか。
例えば痛みや死。
それから逃れるために死を選ぶなんて本末転倒というものだ。
何か、彼には死よりも耐え難いものがあったというのか。
それは何だ。
死すら凌駕する苦痛とは、何だ。
「ふむ」
男の心の奥底から引き釣り出されたのは、ただの球体だった。
ぽかりと浮かぶ小石大の白球を見た途端男は口から血を流し地面に倒れた。
何の変哲も無いただの球に、彼は一体何を見たのだろう。
一杯食わされた、というのはこの場には些か似つかわしくない感想だろうか。
さとりはふっ、と自嘲気味に笑った。
これだから人間の心とは面白い、病み付きになる。
血の匂いを嗅ぎつけたのか下妖や獣の類が辺りに集まってきた。
まだかまだかと待ち構える多数の食欲をさとりは感じ取った。
そろそろお暇する頃合いか。
立ち去る前にさとりはもう一度先刻の場面を想起した。
男の意識と同時に消えていくトラウマ。
寸前にちらりと見えた白の中の黒。
そうか、あれは──
「ふむ」
胸元からきゅるり、と音が聞こえた。
***
あれが目から、心から、こびり付いて離れない。
理由は分からないしこれからも理解することは無いだろう。
それほどにあれは印象的だったと自分でも認めている。
だが、この嫌悪感は何だ。
避けたい、見たくない、感じたくない。
全身があれを拒否している。
自分があれと深く結びついていることを考えただけでもおぞましい。
怖いのだろうか。
初めて己の恐怖と対面したような気がして体に悪寒が走った。
思わず指先に力が入る。
瞬間、何かが潰れた。
***
こいしが瞳を閉じた。
彼女はこれから誰の心も感情も恐怖も見ることは無いだろう。
じくじくと、涙か血かも分からない液体を垂れ流す瞳を無理やり糸で縫って。
「ふむ」
同じものを見たのだろうか。
新月。
魔法の森にて。
少女が一人。
少女の姿をした妖怪が一人。
「ふむ」
古明地さとりは心を読む妖怪である。
他人の思考、感情、欲求、心に浮上する事柄を読む。
だがそれは無機物など自我を持たないものに対しては能力を行使することはできない。
当然、今現在さとりの目の前にある肉塊の中身もさとりには把握する術が無い。
彼の意識を内包した魂とやらの存在は既にここには無く、今はもう彼岸で順番待ちをしていることだろう。
ここにあるのはただの抜け殻である。
そこに価値を見出すにはさとりと彼はあまりにも無関係だった。
「ふむ」
古明地さとりは妖怪である。
妖怪という存在は人間を糧として生きる。
さとりも妖怪として例に漏れず人間を食す。
だがそれは本能としての行為であり、理性により容易に抑えることができる程度のものである。
では何故、さとりが現在こうして人の形をした肉塊の前に佇んでいるのか。
それはさとり本人の嗜好によるものである。
さとりは他人のトラウマを覗くことを好んでいた。
正確には己の心の傷を顕現され、発狂する人間の姿を眺めること。
腰を抜かす者、涙を垂れ流す者、失禁する者。精神が崩壊してしまう者。
様々な人間がいた、様々な反応があった、様々な恐怖があった。
蛞蝓がうごうごと無数に湧き出て地面を覆い尽くす。
絵本に出てくるような典型的な悪魔の姿が現れる。
嘲笑が四方から延々と響いてくるようなトラウマもあった。
心の奥底に刻まれる感情とは歓喜でも悲哀でもない。
恐怖である。
純粋なその感情はまるで研磨に研磨を重ね完璧に光沢を備えた宝石のようだ。
だからこそ、それに怯える姿もまた美しい。
美しいものを愛でるのは当然の理。
相手の心を全て掌握したという支配感。
相手の心の奥底を引き釣り出す充足感。
何事にも代え難い悦楽とはまさにこのことである。
「ふむ」
だというのに。
この男は。
自らの命を絶った。
黙って、何の反応も示さぬまま。
静かに己の舌を噛み切った。
さとりには到底理解し難い行為だった。
あまりの唐突の出来事に、男の真意を測ることすらできなかった。
恐怖とは、自らに危害が及ぶからこそ感じるものではないのか。
例えば痛みや死。
それから逃れるために死を選ぶなんて本末転倒というものだ。
何か、彼には死よりも耐え難いものがあったというのか。
それは何だ。
死すら凌駕する苦痛とは、何だ。
「ふむ」
男の心の奥底から引き釣り出されたのは、ただの球体だった。
ぽかりと浮かぶ小石大の白球を見た途端男は口から血を流し地面に倒れた。
何の変哲も無いただの球に、彼は一体何を見たのだろう。
一杯食わされた、というのはこの場には些か似つかわしくない感想だろうか。
さとりはふっ、と自嘲気味に笑った。
これだから人間の心とは面白い、病み付きになる。
血の匂いを嗅ぎつけたのか下妖や獣の類が辺りに集まってきた。
まだかまだかと待ち構える多数の食欲をさとりは感じ取った。
そろそろお暇する頃合いか。
立ち去る前にさとりはもう一度先刻の場面を想起した。
男の意識と同時に消えていくトラウマ。
寸前にちらりと見えた白の中の黒。
そうか、あれは──
「ふむ」
胸元からきゅるり、と音が聞こえた。
***
あれが目から、心から、こびり付いて離れない。
理由は分からないしこれからも理解することは無いだろう。
それほどにあれは印象的だったと自分でも認めている。
だが、この嫌悪感は何だ。
避けたい、見たくない、感じたくない。
全身があれを拒否している。
自分があれと深く結びついていることを考えただけでもおぞましい。
怖いのだろうか。
初めて己の恐怖と対面したような気がして体に悪寒が走った。
思わず指先に力が入る。
瞬間、何かが潰れた。
***
こいしが瞳を閉じた。
彼女はこれから誰の心も感情も恐怖も見ることは無いだろう。
じくじくと、涙か血かも分からない液体を垂れ流す瞳を無理やり糸で縫って。
「ふむ」
同じものを見たのだろうか。
難しい
よく分かりますw
読解力を誰か私に…orz