時計がボーンボーンと、三時を告げた。
「咲夜!」
レミリアは嬉嬉として従者の名前を呼んだ。三時といえば、おやつである。おやつといえば、大好きである。この時が来るのを、レミリアは待ち望んでいたのだった。咲夜も心得たもので、お辞儀をすると部屋を出て行った。今日のおやつを準備しに行ったのだった。
「お姉さま、今日は何が出てくるのかしらね。楽しみだわ」
レミリアの隣に座っているフランドールが言った。
「そうね、昨日はアップルパイ、一昨日は……何だったかしら」
「チョコチップのクッキーだったと思う」
「ああ、それそれ。あれは美味しかったわね。咲夜は本当に何でも美味しく作るのよね」
「今日は何かなあ。そろそろケーキかな」
「ケーキいいわね。そういえば昨日、野いちごをたくさん摘んだとか言っていたから、もしかすると、もしかするわよ」
「ステキね! 私、今日はケーキが食べたい気分なの。野いちごのケーキって甘酸っぱそうで、楽しみだわ」
フランドールは喜びを全身で表して、今にも椅子から飛び出して行きそうな様子であった。
その間にも時計の針は進み続けて、ただいま三時十五分。
「まだかなあ」
フランドールは何度も言う。その度にレミリアは、あせらないあせらないと、優しく言ってあげた。
咲夜が部屋に戻ってきたのは三時二十分頃になってからであった。持ってきたのはプリンだった。それが二人の目の前に静かに置かれる。
「少し遅くなりました。どうぞ、召し上がってください」
レミリアがフランドールの方を見ると、表情はさっきよりもやや曇っているものの、やはり嬉しそうにスプーンを手にとって、一口目を食べようとしていた。ものの5分だろうか。まだ、時計は三時三十分を指していない。二人は平らげてしまった。
「今日も美味しかったわよ」
とレミリア。
「うん、美味しかった!」
フランドールも続いた。
「ありがとうございます」
咲夜はそう言って、2つの空っぽになった皿を手に取って、再び部屋を出て行った。
「ちょっと残念だったな」
フランドールは口を拭きながら言う。レミリアはでも美味しかったじゃない、と妹に同意を求めた。
「うん、美味しかった。でもケーキ食べたかったなあ」
「それはまた明日の三時まで楽しみにしておくことね」
二人は明日のことを思うと、楽しみでならなかった。
これでこの話はおしまい。ハッピーエンド。となれば、微笑ましい吸血鬼たちの日常を書き綴ったにすぎない。物語は、突然かつ再び、進みはじめた。
フランドールはひとしきり笑った後、レミリアの言葉を反芻して、ある結論を導き出した。おもむろに立ち上がって、時計の前にまで進んだ。そして、あろうことか針を戻しはじめたのだった。
「何しているの?」
レミリアが言う。
「もう一回、三時を呼ぶの。咲夜はまたおやつを持ってきてくれるわ」
再び時計がボーンボーンと、3時を告げた。
「咲夜!」
レミリアは本日二回目の嬌声を上げた。
咲夜が部屋に入ってくる。
「どうなさいました」
レミリアはフランドールに目配せをする。
「三時になったからおやつの時間よ!」
フランドールが小気味よく言い放った。咲夜はきょとんとして、レミリアに戸惑いの視線を送る。
「咲夜、時計を見なさい。おやつの時間でしょう」
館の主のレミリアもそう言ったものだから、咲夜はしばらく固まっていたが、ついには先ほどと同じようにお辞儀をして出て行った。部屋に残された二人は、くすくすとどこから出てくるのか分からない、不可思議な喜びを共有する。
次に現れたのは和菓子の饅頭と緑茶だった。二人はやはり美味しいと咲夜をほめて、また、同じことをした。時計の針を、戻したのだ。当たりは一つ。野いちごのケーキである。
その次も、そのまた次も、さらにそのまた次もおかしが現れては二人の胃袋の中へと消えた。
「なかなかお目当てのあれは出ないわね」
レミリアが何度も巻き戻る時計を見ながら呟いた。
「次に来なかったら、私がそれとなくほのめかしてみる」
フランドールは未だ執心。
そして次のおかしもやはり違った。カステラが二人の目の前に置かれた。少し、荒っぽい置き方であった。そして空っぽになった皿を持って咲夜が部屋を出るとき、その足音は異様に冷たく、コツコツと部屋に響いていた。
フランドールはそれに動じない。再び時計の針を戻してから、三時の時を告げる鐘を待った。
ボーンボーン。
咲夜が部屋に入ってきて、お辞儀をした。そして、すぐに出て行こうとするのを、フランドールが止める。
「そういえば、最後に野いちごのケーキを食べたいなあ、とか思ってるの」
「……かしこまりました」
そうして次にやってきたのは、待ちに待った野いちごのケーキであった。最初からこうすれば良かったのだと今さら気づきつつも、しかし二人はどうも口に入れる気がしない。もうお腹がいっぱいであったのだ。レミリアはフォークだけを持って、ケーキを触れてみるもののそこから先にへ、口の中へはなかなかたどり着けなかった。フランドールは何とかして一口食べたが、それ以上は無理だった。あれほど楽しみにしていたおかしは、もう見たくもなくなっていた。窓からは夕焼けもそろそろ沈んで、夜が迫っている。ただ、時計の針だけはまだ四時にもいかない。
咲夜はじっと二人の様子を眺めていた。そして二人の前へ、例の冷たい足音を響かせて近づいた。
「お嬢様、フラン様、申し上げておきます。一週間、おやつは抜きですからね」
咲夜は冷たく言い放った。レミリアもフランドールも特にどうとも思わなかった。
ついに、もういらないと二人して声を合わせて、結局野いちごのケーキを食べることはなかった。しばらくおかしは見たくもない。そんな様子である。だから、咲夜の言ったことも、たいしたことではないように二人は思った。
しかし、次の日になると、また食べたくなった。おやつの魔力はすさまじい。昨日のことなどもう忘れてしまったように、レミリアは愚痴をこぼした。
「おやつ抜きって、ひどい話ね…… ああ、食べたい食べたい。何か、甘い物、何でもいいのに、食べられないって、ひどい話よ。本当に、ひどい話」
机に顔を伏せて、足をふらふらと揺さぶってレミリアは何度も呟いていた。すると、同じ思いをしていたフランドールがおもむろに立ち上がって、再び時計の前へ歩んだ。そして満面の笑みでレミリアに言ったのだった。
「お姉さま、大丈夫よ。そんな顔しないで。時計をいっぱい回せばいいんだわ。一週間なんてすぐにやって来る」
500年も生きて、何を子供みたいなことやってるんですかお嬢様!
それと段々怒りで乱暴な態度になっていく咲夜さんの態度が人間らしく思いました。