晴れ晴れとした空を見て、浮かない心はある。鬱々とした曇天を眺めても、舞い上がる心もある。雪を見、しぼむ意気と威勢があれば、雨に打たれ弾む心根もあって、要するにそれは、少し天邪鬼な性質に生まれついたと言うことなのだろう。
素直に自分の気持ちを明かせないのはねじ曲がったそれの為で、逆に考えれば、それだけ自分に素直であるとも言える。
寒さで息まで染まる純白の景色にあって漆黒の外套を羽織るあたりも、彼女アリス・マーガトロイドの性格が表れているかも知れなかった。
外套はすっぽりと全身膝ほどまで覆う大きさで、アリスのお気に入りだ。寒さが本格的になる前にと、つい先日、陽に当てるため衣装棚から引っ張り出した。少し心配していた虫食いの類もなくて、それに思ったより早く着る機会に恵まれたので、今は上機嫌だった。浮かれて頬もほころぶほどではないけれど、何かこう、良い予感がしたのだ。
とんとん。とん。
リズム良く靴が鳴る。石造りの階段を、いち、にい、さん、と、数えながら上る。外套の裾がはためき、ぱたぱた鳴る。息が吐いたそばから白くなって追い越されていき、目の前の景色は、ぐんぐん近づいて、遠ざかる。
「とお。いや、百二十三。いやいや、九十六」
上り切る頃には、数は分からなくなっていた。視界が開け、大きく目の前が広がって。
「何の呪文よ」
呆れた顔でこちらを見ているのは、巫女。箒片手に、彼女は立っている。
「数とは一種の術式みたいなもの。よく、分かったわね」
「そうなんだ。で、何のおまじない?」
「さあね、 階段が早く終わるよう願った、願掛けかしら?」
やれやれ、と首を振って見せてから、霊夢が改めて見詰めて来る。アリスは急に、そのわけが思いついた。
「寒いでしょう、今日。年がら年中紅白巫女服のあなたは関係ないでしょうけど、私はそう言うの、苦手だからさ」
言うやアリスは、蝙蝠が羽ばたくように、外套を、両手ではためかせて見せた。
「真っ黒じゃない、それ」
「ええ、真っ黒よ」
「似合わない」
「そうかしら」
金髪だと、黒に浮いてしまうのかも知れなかった。けれど逆の理由で霊夢にも似合わないとアリスは思う。黒髪は埋もれてしまうから、これでお相子というものだった。
「私なら似合うとか、一言も言ってないけど」
まあ、それは言わない方向で。立ち話もなんだ、軒先にでも座らせてもらおう。
境内の石畳をこつこつ鳴らして、アリスは歩み、近づく。
「ブレインが聞いて泣くわ」
「それは弾幕だから」
「そう。それで」
何の用? と来るのだろう。正直を言えば、用事などなかった。ただ気の向くままに散歩をしようと、目が覚めて、朝食をとって、紅茶を飲み終えたとき、思いついたのだ。
窓枠をがたがた北風が揺らすのを聞くと、彼女は外に出たくなる。体を芯から冴えさせるような寒気の訪れは、アリスにとって、行楽の季節到来であったのだ。つくづく、天邪鬼である。
散歩するのに定まった道筋は定めないのが彼女なりの楽しみ方で、気ままに、あるいはその時々の行き当たりばったりで、心に思いつく場所を巡るのがアリスにとっての散歩なのだった。
それで、まず訪れたのがここ、博麗神社だったというだけだ。
「賽銭箱はあちらよ」
「まったく、入れてあげるわよ。入れて」
「アラ殊勝ね」
賽銭の入れる所を確認したいのか、霊夢は掃除の手を止めアリスについてくる。溜息をつくのはさすがに失礼かと、アリスは外套の裾をハタハタ揺らすだけで止した。
手水屋へ向かい、清流で手、口のケガレを禊ぎして、年季の入っているであろう賽銭箱の前に二人して立つ。
「紙幣じゃ駄目?」
「音のするものをささげなさい、音のするのを」
適当に硬貨を見繕うと、狙いすます事もなくサッと投げ入れる。外套の袖口が下がり、寒々とした外気に腕が皮膚まで緊張した。ゆるい放物線を描いて飛んだコインは、賽銭箱の中へ吸い込まれていった。
コトリとも、チャリンとも判別しがたい不思議な音が響く。
二礼、二拍手。
「って、なんであなたも祈るのよ」
「巫女おん自ら祈祷をささげてあげるのよ? 感謝することね」
「まあ、良いんだけど……」
効き目は二倍かもしれないと思ったが、それぞれ祈る事が違うなら、それもないかとすぐ思い直す。
そもそも博麗の神の御利益など、どんなものかも知らない訳で、お願いなりお祈りなり何でも良かろう。
横目に霊夢が手を合わせているのを盗み見てから、アリスも瞳を落とした。
どうか次の散歩の時も、ここへ足が向きますように。
素直に自分の気持ちを明かせないのはねじ曲がったそれの為で、逆に考えれば、それだけ自分に素直であるとも言える。
寒さで息まで染まる純白の景色にあって漆黒の外套を羽織るあたりも、彼女アリス・マーガトロイドの性格が表れているかも知れなかった。
外套はすっぽりと全身膝ほどまで覆う大きさで、アリスのお気に入りだ。寒さが本格的になる前にと、つい先日、陽に当てるため衣装棚から引っ張り出した。少し心配していた虫食いの類もなくて、それに思ったより早く着る機会に恵まれたので、今は上機嫌だった。浮かれて頬もほころぶほどではないけれど、何かこう、良い予感がしたのだ。
とんとん。とん。
リズム良く靴が鳴る。石造りの階段を、いち、にい、さん、と、数えながら上る。外套の裾がはためき、ぱたぱた鳴る。息が吐いたそばから白くなって追い越されていき、目の前の景色は、ぐんぐん近づいて、遠ざかる。
「とお。いや、百二十三。いやいや、九十六」
上り切る頃には、数は分からなくなっていた。視界が開け、大きく目の前が広がって。
「何の呪文よ」
呆れた顔でこちらを見ているのは、巫女。箒片手に、彼女は立っている。
「数とは一種の術式みたいなもの。よく、分かったわね」
「そうなんだ。で、何のおまじない?」
「さあね、 階段が早く終わるよう願った、願掛けかしら?」
やれやれ、と首を振って見せてから、霊夢が改めて見詰めて来る。アリスは急に、そのわけが思いついた。
「寒いでしょう、今日。年がら年中紅白巫女服のあなたは関係ないでしょうけど、私はそう言うの、苦手だからさ」
言うやアリスは、蝙蝠が羽ばたくように、外套を、両手ではためかせて見せた。
「真っ黒じゃない、それ」
「ええ、真っ黒よ」
「似合わない」
「そうかしら」
金髪だと、黒に浮いてしまうのかも知れなかった。けれど逆の理由で霊夢にも似合わないとアリスは思う。黒髪は埋もれてしまうから、これでお相子というものだった。
「私なら似合うとか、一言も言ってないけど」
まあ、それは言わない方向で。立ち話もなんだ、軒先にでも座らせてもらおう。
境内の石畳をこつこつ鳴らして、アリスは歩み、近づく。
「ブレインが聞いて泣くわ」
「それは弾幕だから」
「そう。それで」
何の用? と来るのだろう。正直を言えば、用事などなかった。ただ気の向くままに散歩をしようと、目が覚めて、朝食をとって、紅茶を飲み終えたとき、思いついたのだ。
窓枠をがたがた北風が揺らすのを聞くと、彼女は外に出たくなる。体を芯から冴えさせるような寒気の訪れは、アリスにとって、行楽の季節到来であったのだ。つくづく、天邪鬼である。
散歩するのに定まった道筋は定めないのが彼女なりの楽しみ方で、気ままに、あるいはその時々の行き当たりばったりで、心に思いつく場所を巡るのがアリスにとっての散歩なのだった。
それで、まず訪れたのがここ、博麗神社だったというだけだ。
「賽銭箱はあちらよ」
「まったく、入れてあげるわよ。入れて」
「アラ殊勝ね」
賽銭の入れる所を確認したいのか、霊夢は掃除の手を止めアリスについてくる。溜息をつくのはさすがに失礼かと、アリスは外套の裾をハタハタ揺らすだけで止した。
手水屋へ向かい、清流で手、口のケガレを禊ぎして、年季の入っているであろう賽銭箱の前に二人して立つ。
「紙幣じゃ駄目?」
「音のするものをささげなさい、音のするのを」
適当に硬貨を見繕うと、狙いすます事もなくサッと投げ入れる。外套の袖口が下がり、寒々とした外気に腕が皮膚まで緊張した。ゆるい放物線を描いて飛んだコインは、賽銭箱の中へ吸い込まれていった。
コトリとも、チャリンとも判別しがたい不思議な音が響く。
二礼、二拍手。
「って、なんであなたも祈るのよ」
「巫女おん自ら祈祷をささげてあげるのよ? 感謝することね」
「まあ、良いんだけど……」
効き目は二倍かもしれないと思ったが、それぞれ祈る事が違うなら、それもないかとすぐ思い直す。
そもそも博麗の神の御利益など、どんなものかも知らない訳で、お願いなりお祈りなり何でも良かろう。
横目に霊夢が手を合わせているのを盗み見てから、アリスも瞳を落とした。
どうか次の散歩の時も、ここへ足が向きますように。
アリスの身体はもう暑さや寒さを感じることがないそうですね。
それでも外套を羽織るのは天の邪鬼だからでしょうか。
そして、紙幣を断るって…
こういう何気ない話は大好きです。
いい感じのお話でした